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十一、十一

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「オギーもサミーも勇気がありますゥ!」

 リビングにて。ヨハネス店長はご丁寧にピンクのブーツをヨイショヨイショと脱いで向きをそろえてから、両腕を広げて俺とサンシンに飛びつくように抱きついてきた。きゃぴきゃぴと跳ねながら頬ずりされて毛がチクチクとくすぐったい。

「就職先はぜひワタシたち銀河団日本支部におねがいしたいですゥー!」
「うわ! やったなオギ!」
「いやいやいや、もう少し考えさせてくれ」

 俺は自己中心的にジタバタしただけで、呆れるくらいに何も解決に貢献していないのである。

 おっさんは汗だくのへとへとになって和室で横たわっていて、雉子が甲斐甲斐しく濡れタオルで顔を拭いている。旭さんも正座をして団扇であおいであげている。貢献者の特権だ。

 クラちゃんは邪魔なので宇宙へ押し出してある。知らない女がサンシンとハグしているのが気になるのか、クラちゃんは玄関のドアだけ解放し、触手をまるで腕を組んでいるように折りたたんで床に添えている。

 他の団員のことを店長にたずねると、銀河団はヴァチイネが所持する船の一斉検挙に成功したらしい。負傷者もいるというが命に別状はなく、団員は全員無事とのこと。ようやく来てくれた応援に海賊船を引き渡し、店長は俺たちの無事を確かめるためにやってきてくれたのだ。
 彼女の愛車は空を飛んでいる家の前に止まっている。そのユーフォーは俺の知らないネコ耳系美少女アニメのステッカーが貼られ、いわゆる痛車いたしゃになっていた。

「みんなの無事をちゃんとこの目で確認したかったっていうのもあるんだけどォ……」

 中ではアルファルドさんがご立腹で、元カレとの通信でガミガミ怒鳴っている真っ最中らしい。彼女は一度沸点に到達するとしばらく冷めず、耳の奥が痛いので沈静化するまで近場であるこの家まで避難してきたという。俺は「元カレの情報提供でうまくいったんじゃないんですか?」と疑問を口にすると、店長は困り顔で瞳をウルウルさせる。

「アルーの愛車がねェー、牽引することになっちゃってェー」
「エッ壊れたんですか? あ、だからいっしょに乗ってたんや……」
「その怒りを仲間にぶつけるワケにはいかないからァー、元カレにィ?」
「八つ当たりですか」
「歩くスキャンダルっていうかァー、醜聞製造機だからァ。各星のお偉いさまが天を仰ぐくらいに痴情がもつれすぎててェー、今回の情報提供もイメージアップのためだったっていうかァー、謝礼金目当てェ?」

 アルファルドさんに愛を絞ったはいいが、落とされた女たちからすればそうは問屋が卸さないだろう。王族だったアルファルドさんに手をつけるくらいだ。どえらいことになっているに違いない。

「銀河団的にも本当は力を借りたくなかった感じですか」
「そゥ! どうせクズであることにはァー、変わりないからァー」

 貞操を捧げた上に愛車もダメになったのでは、手をこまねき続けた宇宙マフィアだかギャングだかを憎き男のリークのお陰でひっ捕らえただけでは元を取れないだろう。

「ツッカー君」

 ふいに、店長はツカサに目を向ける。

「話はハナーから聞いたですゥ。例のコンポはァ、撤去するですゥー。それから同じ品番は販売中止ねェ。売っちゃったのもすぐさま回収するですゥー。パパーにも連絡するですゥー」
「はい」

 ツカサは控えめな声で潔く聞き入れた。

「ツカサんとこのコンポがどないしたんです?」

 トールはツカサと店長の顔を交互にうかがう。タケも状況を飲み込めずに眉根を寄せている。この状況で隠し通せないだろうと思ったのだろう、ツカサは嘆息を漏らし、嫌ってくれるなと懇願する眼差しを仲間に向けた。

「僕の父親は宇宙人だ」
「エ、そうなん!?」
「てっきりカタコトの外人だとばかり。むーん」

 タケは深刻気にアゴをさすりながらうつむく。受け入れ難いのかと思いきや「地球の男は飽きられているのか」とズレたことをぶつぶつ言っている。

「つまり、そういうハーフや?」

 ツカサは「黙っててゴメン」と頭を垂らす。俺はムラタニ楽器店に行ったことがないので彼の父親がどんなキャラクターをしているのか見当もつかない。

「いや、ええよ。言えるワケないやん、そんなん」

 トールはあっさりしている。なおもガックリと肩を落としているツカサに、

「ああ、なあ、ツカサ。この家にはじめて入った時から、いやハクトーさんと出会うた時から、世界はまだまだとてつもなく広いというか、ぼくは何もわかっとらんねやと思ってんな?」

 と、トールは息を継ぐ間もなく言って手を差し伸べた。ツカサは安堵でぎこちなく口角を緩ませ、ふたりは握手を交わす。

「刺激的な人生ってやつだな。うんうん」

 タケがふたりの肩を抱き体重をかける。『これからもよろしく』と彼らは絆を確かめ合い、微笑ましい。

「俺たちえんじぇるす、飽きられない男になろうぜ!」

 タケは威勢よく腕を振り上げて小指を立てた。トールも『約束の指』を立てた。ツカサも続いて小指を立てると、タケは『約束の指』に絡めて「うぇーい」とピョンピョン跳ねだした。ツカサも絡めて、三人はウェイウェイウェイと『約束の指』を中心に時計回りにピョンピョンした。なんの儀式を見せられているんだ俺は。

 彼らのナゾの儀式は一段落して、花御堂は石をヨハネス店長に渡した。

「これが報告した赤い石です」
「スゴイですぅー。こんなに大きいのは初めて見たですぅ!」

 店長は目を大きく見開かせ、赤い輝きをのぞき込む。瞳孔を広げたり狭めたりして、ちらちらと舌舐めずりする様はエサにありつける直前のネコだ。

「化石エネルギーのナニか……なんですよね?」

 よだれを垂らされる前に、店長の気を俺に向けさせた。彼女は「んま」とよだれを唇で押し戻す。ちょっとカワイイ。

「これはァ、宇宙空間の狭間付近でごくマレに発見されるミステリーの原石なんですゥー。正体はまだわからないんだけどォー、微量でも巨大戦艦やロボットを動かせるエネルギーを持っていてェー、これで砲撃されるととんでもないんですゥー。だから悪用されないようにィー、取り締まってるんですゥー」

 興味ありげに、おっさんは雉子に支えられながら歩み寄り、ナゾの石をまじまじと見る。

「魔力の結晶みたいな気もしますね。異世界から飛んできたのかも。これが人を惑わせるのもわかる気がします」
「魔法使いの視点ではそうなのね」

 旭さんが何度もうなずく。

「えっ、魔法使いなん!?」

 驚愕するサンシンに俺たちは一斉に驚愕した。

「ていうか、やっぱり店長たちもリアル宇宙人!?」
「そ、そうですゥー」
「花御堂さんも!」
「僕は正式な手続きで地球人となりました」
「ハクトーさんは!」
「私は天使だ」
「それでええと!」
「僕は雉子です」
「うわぁ! 気づかなかった全然!」

 サンシンは頭を抱え悶え、俺をにらんだ。

「むしろ今更すぎだろお前、今まで何を見とってんま」
「だってハイになってたんやもん!」
「いやいやいや」

 現実見てなさすぎじゃねーか。

「オギは最初から知ってたんだろ!? うわぁ、人生損した気分! ていうかここがお前の住んでる家なんだよな!? なんか豚汁んだけど! こっちから出たらナスカの地上絵だし! どうやって、え、なんで綱渡りしとるげん?」

 見かねてタケが「おいこれ以上言うな! アホになるぞ!」と口を挟んだ。経験者は語るというやつだ。サンシンは「え?」と間抜け面を見せつけ、その鈍さに周りはどっと笑った。ついさっきまで危険にさらされていたというのに、ウソのように場はすっかり和んでいる。

「オーギガヤツ君」

 花御堂が笑みをこぼしながら俺に声をかけた。

「さっき、家族と言ってくれましたね」
「おう」
「冷静に考えると、うれしかったです。今度……いえ、まあ、そのうちに」

 言葉を尻すぼみに、花御堂は宇宙の彼方に目をやって分厚い唇を歪ませた。もしかすると俺と同じ、家族に対して意固地だったのだろうか。機会があれば聞いてみたい。地球星籍を取ってまで地球にいるのも、仮面ライダーやウルトラマンが誕生したこの星を愛したからではなく、昔の自分を断ち切りたかったからなのかもしれない。
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