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十一、二

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 ついに川蝉祭前日。日没も早まり、前夜祭のムードが漂っている。

 俺たちのリハーサルは予定通り滞りなく終え、ダンス部と入れ違いに特設野外ステージから降りた。

 ダンス部の女子チームはみんなヘソ出しルックを決めている。蚊に噛まれたと言ってカリポリだらしなく腹をかいている子がちらほらいて幻滅させられる。こちらの選曲の反応も微妙だ。あまりの懐かしさに面白おかしく笑う子もいれば「キモーい」やら「さむーい」やら一刀両断する子もいる。観客の生の声は辛辣だ。

 だが俺たちには後悔はなかった。好きの反対は無関心。反応してくれた時点で俺たちの勝利である。しかも遠巻きにひそひそ話をしていた子たちと目が合ったらしいトールが、柔和な笑みで手を振った途端に彼女たちの頬がポッと赤くなって、陰口をたたく嫌らしい女の顔がたちまち純真な少女の顔に変貌した。
 さすがカミソリレターを受け取った経験を持つ男。いかついアクセサリーを装着したオラオラ系ファッションをしている状態でこうだと、清楚なカジュアルファッションを決めたらどうなってしまうのやら。

「あいかわらず女の子の受けはいいよね、トールは」

 ツカサは細マッチョというやつなのか、軽々とキーボードと周辺機器を抱えながらトールのモテ具合に感心する。機材はそっちで自己管理しろというジョンスたち運営委員の小さな嫌がらせに対し、彼はおとなしく従っていた。

「せやねぇ。また女紹介せぇ言われるわ」

 トールもまんざらでもない顔をしている。けれども友だちのセックス事情を不安視するような人だ。美池先輩のレーダーがまったく反応していなかったからには“女を回す”みたいな下劣な頭はしていない。本気でカノジョがほしい友だちのために間を取り持つくらいにしか考えていないのだろう。

「あ、あ。江井先輩は誰にも紹介しちゃアカンやつなんで、ネ!」
「わぁかっとるて! そんな心配せんでも誰も横取りせぇへんて!」

 焦りの色を出したサンシンに、トールは軽快に笑い飛ばした。

「男のファンも増えてくれりゃいいんだけどよぉ」

 タケはちょっぴり不満げに下唇を尖らせている。

「まあ、視覚から入るか聴覚から入るかだし。カレピにすすめてカップルでファンになってくれることもあるんじゃないか?」
「カレピなぁ」

 タケは聞き流しているが、ツカサは彼氏をカレピって言うタイプらしい。

「なかなか様になってたね」

 ステージの様子を監視していたジョンスが前に現れて、両手に腰を当てて偉そうに言った。

「だろ? 絶対盛り上がるぜ!」

 サンシンはすっかりお祭り気分だ。

「例の魔術愛好会は? いなかったけど」
「さすがに同じ魔術は二度も見せられんよ。もう別んとこで全体リハーサル済み」

 俺がしてやったりの顔でVサインをすると、ジョンスは興味なさそうに鼻を鳴らして笑う。いちいち鼻につく奴である。

「しっかし、噂には聞いてたけど」

 ジョンスは川中島を上から下までまじまじと見る。

「天使なら輪っかもつければいいんじゃない?」
「まるで輪っかの蛍光灯を頭につけてろと言わんばかりの軽いノリだな。馬鹿め。輪っかはオーラだ。仏様の後光と同じだ。まるで仏様に向かってバックライトを当てないのかと言っているかのようだ」

 炸裂した川中島節にジョンスは呆然とする。トールたちがクスクスと笑い、ジョンスは眉根を寄せる。すぐ真面目顔に戻すとまた鼻を鳴らし、黄色い眼鏡に手を添える。

「それじゃあ僕はまだ実行委員会としての準備があるんで失礼。くれぐれも問題を起こさないように」

 言葉尻を強くして念を押し、ジョンスは立ち去った。小さくなっていく背中を見ながら、ツカサが「気難しそうな奴だね」ぽつりと言った。

「でも宇宙喫茶の常連なんですよ」
「ああ、親近感を感じるワケだ」
「それはちょっと違う気がしますけど」
「あのメガネどこで買ったのかなあ」
「さあ……」

 ツカサはちょっぴりずれている。

 ミス川蝉にエントリーした女子たちの最終チェックが始まる。一人ずつウォーキングしてポージングするのを男子泰大生に混じってタケが野太い声援を送る。えんじぇるすのファン層の悩みと美人な女子は別問題らしい。

 俺は松先輩を探しにひとり別行動を取った。

 追い込みで屋台が続々と完成しつつあり、にぎやかさが増していく。天気予報では明日は晴れ。東京のおっさんもおまじないをかけておくというのだから間違いない。

「オギ!」

 前方から松先輩が息を弾ませながら駆けてきた。ヨハネス店長が先日言っていた例の占い用の衣装らしきものを着ていたもんだから、つい口を半開きになって呆けてしまった。俺に見せるのを意識してくれているのか、例のペンギン走りではなくなっている。それはそれで寂しさを感じてしまう。

「どう? 三人で作った」

 巨大な銀色の蜘蛛の刺繍が施された、ゴシックロリータ風のフリルの着物姿でターンをしてみせた。蜘蛛の巣を思わせる繊細なモブキャップから生やしたポニーテールにはカラスアゲハをかたどった髪飾りがついている。バッチリうなじも確認できた。

「めっちゃ可愛いです」

 黒を基調にしたところが彼女らしい。スピリチュアルな数珠もマッチしていて、三百六十度、愛らしい姿だった。彼女ならミス川蝉どころかミス泰大を狙えるのでは。大袈裟だと冗談に思われてしまうかもしれないが。俺は好きだと自覚するととことんのめり込んでしまうタイプなのだろう。松先輩が相手ならいくらでも洗脳されてもいい。

 さしずめ先輩は謎の占い老婆のメイドという設定といったところだろうか。これは繁盛する。

 松先輩は頬を赤らめ「ふひへっ」と無邪気ににんまり。せっかくの衣装だが、ステージが終われば今度はノンちゃんの姿のままウェイトレスをする予定であった。その方が宇宙喫茶に馴染むだろうし、集客も見込めるからだ。それで魔術愛好会入会希望者が増えれば万々歳。できれば女子だけ来てくれればいいのだが、それはそれで松先輩に浮気を心配されるかもしれないから、一人くらいは野郎がいてもいい。美池先輩のレーダーがあれば清潔感のある奴をふるいにかけられるだろう。

 とにかく俺は記念撮影した。彼女単体と、ツーショットである。これは携帯電話の待ち受け画像にしなければなるまい。運気が上がること間違いなしである。

「コスプレしてる人、結構いるわね」
「前夜祭だからやっちゃってる奴もいるんじゃないスかね?」
「でも、当日もきっとこうだから、雉子さんも来れるんじゃない?」
「ああ、たしかに!」

 雉子は今あの田舎にいる。おっさんの知人の畑が荒らされる被害が連日続いていて、犯人をとっつかまえてほしいと依頼されているという。彼は「がんばる!」と元気いっぱい。等身大の自分に戻ることができ、生き生きしているようで何よりだ。

「チンユーシュツ、ゴウユーシュツ。キユーキューイン」

 やおら彼女が呪文を口にした。

「あ、緊張してる?」
「だって明日だから。失敗したくない」
「大丈夫ですよ。俺がいますから」

 松先輩は照れ臭そうに「むふふ」と着物の裾を揺らした。俺は今ものすごく幸福感を覚えている。

「さぁここでハグしましょうか」
「わーッ!」

 ナスビがニュッと横から伸びて叫ぶ俺。

「なんだよ! びっくりすんがいや!」
「言ってみただけですよ」
「そうじゃねーよ」
「ラブラブの熱々っぷりに、僕も焼きナスになっちゃいますね。あっ僕今けっこうウマいこと言いましたね。焼きナスだけにウマい。秋は間近ですからね。ハ・ハ・ハ」

 ナスビを自覚しているのはさておき、松先輩まで焼きトマトで顔を両手で覆っている。呪文の効果が吹き飛んだらしい。

 もうコイツはいっそのことお化け屋敷にでも参加すればいいのにと思う。日が暮れてから様子を見に来た花御堂は変装をせず自然体だ。誰も振り向いたりはしない。奴の背後では怪獣の張りぼてが多人数で運ばれていく。てんやわんやの、まるで安上がりのSF映画の撮影現場ではないか。

「そうだ。店長たち、ちゃんと当日参加できるんか? まだナントカっていう奴を捕まえてねえんだろ?」
「ミンパラとヴァチイネです。アルファルドさんの元彼の情報が定かであることが大前提に動いてますからね……」

 花御堂は肩をすくめてみせた。そっちを解決してくれなければ魔術愛好会会員増加計画もガタガタになる。

 松先輩はヨハネス店長から事情を聞かされている。彼女はその道のプロである店長の言葉を信じているが、心のどこかで不安を感じている。最高のコンディションで挑めなくなってしまう恐れは否めない。その証拠として。

「ですが問題はありません。なんてったってアキラさんのお守りがありますからね。素晴らしいマジックアイテムです」

 花御堂は手首のミサンガを誇らしげに掲げた。なんと松先輩は無病息災の念を込めた手作りのお守りを従業員全員分、徹夜で用意してしまったのだ。

「私の髪の毛を編み込ませてあるから効果は絶大。すべての悪意から守ってくれる」
「アキラさんが心から我々のことを思っているのが伝わります。素晴らしい」

 花御堂は感動している。俺の分もあって嬉しかったが、倒れられたら本末転倒だ。だからその日はどうにか言いくるめて練習を早めに切り上げさせたのである。
 相談してくれれば俺もいっしょに作ったし、東京のおっさんもみんなが無事で済むおまじないをしてくれている。数珠を握りしめる癖が和らいできているが、不安をひとり溜め込む癖はそう簡単には改善されないという訳か。

「それにしても、にぎやかですね。ところで例のユーフォーはどこですかね?」
「ああ……ユーフォーというか通信機械というか」

 俺は陸上競技場に案内した。
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