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十二、じゃあ

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 クラちゃん事件から早一ヶ月経った。つまり問題の俺たちの川蝉祭は終わった。

 結果として大成功。そう断言していいと思う。
 魔界より現れし氷の女神さながら異彩を放つ旭さんの美しい姿は学生も教員も溜め息ものであった。曲が終わるや拍手喝采の嵐。彼女に憧れて魔術愛好会の部員数が少しだけ増えた。

 かつて旭さんをいじめていた野郎も彼女の存在にやっと気づいた。ああだこうだ色々言って友好的に近づいてきたのだが、不安を消し去る呪文を手に入れた旭さんの前では形無し。美池先輩が対応するまでもなかった。
 変な逆恨みもあったものの、花御堂の友だちである爬虫類顔と鬼顔のリアル宇宙人の協力のもと、大事にはならずに済んだ。このフタリも川蝉祭に遊びに来ていて、旭さんにサインを求めた。旭さんは着実にファン百人を作っている。

 宇宙人研究会は改造コンポを没収され、また同じモノを作ろうと大わらわだとジョンスが言っていた。あの晩“テンキュウノツカイ”を目撃した学生はわんさかいて、動画サイトやネットニュースで話題。イカサマかどうか議論が巻き起こった。

 宇宙人研究会にもマスコミが無許可に押しかけて来たが。

「今はそれどころじゃない」
「その話は口に出してはいけない」
「さもないと鳥の糞の雨が降り注ぐぞ」

 と、戦戦恐恐にカメラマンたちを追い出した。ウワサなんて七十五日で終息するというし、一ヶ月もすれば浮気だの不倫だのと芸能スキャンダルやSNSの炎上で、世間の関心なんて簡単にそれていく。花御堂によれば泰京の放送局に配属されているその道のプロが一枚噛んでいるというから尚更というものだ。

 ジョンスは花御堂となかよくなった。実は奴も特撮がスキだと判明して、メガネ・アンド・メガネで親交を深めている。近々ツカサおすすめのDVDをふたりで観賞する予定にある。

 サンシンは相変わらずである。川蝉キャンパスには残念ながら弓道部もアーチェリー部もなく、常にボーリング部でガーターを出しまくっているという。試しにサンシンの特訓に付き合ってみれば、あいつは隣のレーンにまでボールを飛ばしてストライクが出る始末。あいつは健康だ。
 変わったことといえばツカサのヘアスタイルを真似て髪をさらに伸ばし始めたこと、江井先輩とネンゴロになったこと。妹は失恋である。ありがとうございました。

「ひゅおーーん」
「あ? ああ、サンシンは今ごろ江井先輩とバッティングセンターだ」

 おそらく一号の傘をなでて微笑みかけると、ぴゅおーーん、と家の中に入って、慣れた手つきで客用のマグカップを出して、フルーツグラノーラとヨーグルトを入れて、スプーンで混ぜている。

 どうして子クラゲの、おそらく一号がここにいるのかというと、あんにゃろう戻って来やがったのである。家の周りをうろつき、共に飯をちょいちょい摘まむ所業。雑食だ。サンシンが家に遊びに来れば、それはもう甘えた声を出して喜ぶ喜ぶ。

 ハッコウソラクラゲの子どもはクローンのようなもので、記憶も遺伝するという。さらにボスクラゲになればどんなに遠距離でも自分が産んだクローンと記憶を同期することができるらしい。さすが星際連盟のシンボルになっているだけある。
 とにかく会うことが叶わないクラちゃんの代わりに地球に戻ってきた、とでも言えようか。おそらく一号はウナボーとも仲が良い。

「おいショージン。そんなところで何をしている?」
「んん、考え事」

 アプローチにあぐらをかいて秋風に当たりながらアコベをいじっていた俺の隣にハクトーが立つ。

「ずっと考えてたんだ……えんじぇるすのことだよ」
「む。それは重要だな。私も一緒に考えてやろう」
「ぷ、くくく……」

 俺は肩を震わして笑い、ハクトーは眉根を寄せる。

「なんだショージン。何がそんなに可笑しい?」
「いや、いいんだ。気にすんな。それよりも……えんじぇるすの知名度は、ゆっくりだけど広まってきているだろ?」
「そうだな」

 ハクトーはまだ怪訝そうだ。

 えんじぇるすは学生を中心に広まりつつある。誰かがあの初前座ライブを撮影していてYouTubeにアップしていた。コメントは賛否両論。例えばトールの歌唱力。彼の歌い方が受けつけられない奴や、音痴だとこき下ろす奴。歌以前に態度が気持ち悪いという辛辣な反応もあった。四人の外見に対するコメントもちらほら見受けられ、キャラクターの統一性のなさも批判の対象だった。

 宇宙喫茶でトールは「統一性のなさが個性ちゃうんか」とメンソレータムのリップを塗りながら頭をひねるも、自身に関するコメントへの感想は控えた。ツカサは帽子のつばの上の眼鏡のことを忘れて動画サイト(この店は撮影こそできないがネット環境はあるらしい)とにらめっこをしながらドギツイ色をした『エックススムージー』をストローで吸い、タケに至っては悪評ばかり気にして動画を見ようともしなかった。実はガラスのハートのグループである。

「言ってたよな? 私がいなくなっても聞いてくれるファンがたくさんできるようにって。でもこのままじゃあ、えんじぇるす・イコール・ハクトーっていうイメージが定着するだろうよ。あんたはいつか天国へ帰るんだから、それを俺がどうにかしたいんだ。どうにかな」
「……なるほど」
「えんじぇるす・イコール・ハクトーじゃなくって、えんじぇるす・イコール・エンジェルにすればいいんだって思った」
「む?」

 ハクトーは説明しろという目で俺を見下ろす。

「守護天使がえんじぇるすのシンボルなんだよ。だから俺が、天使の格好をしてあんたの代わりになる。単なる思い付きじゃあないぜ?」

 動画で一番注目されていたのはやっぱりハクトーで、『他が空気』とか『何様だよ』とかコメントが書かれ放題だった。『客寄せパンダ』も否定しきれない。どんなに良い曲を作って、どんなにトールが良く歌っても、同じレベルの音楽はごまんとあって、埋もれていくのが目に見えている。だから差別化を図って目立って注目を浴び、聞いてもらえる環境を切り開いていくしかない。批判されている間は見てもらえているのだ。

「ずっと考えていたんだろう?」
「馬鹿にしないなんて意外だな」
「馬鹿にする必要があるのか? 真剣に考えていたぐらい、その目を見ればわかる」
「さすがにあんたの代わりを完璧にこなせるなんて思っちゃいねえよ。半年以上いっしょに暮してきたけど、とても川中島白桃さまの模倣なんてできん。所詮コスプレにしかならねーし」
「そうだ。ショージンはショージンだからな。だが名前を借りたいというなら考えてやってもいい。川中島白桃は芸名としても光り輝くセンスだからな。ちゃんとハクトーさんと呼ばせるんだぞ」

 ハクトーは眩しそうに目を細めて薄らと微笑む。

「ショージンはオーギガヤツと違って器用だし、周りに恵まれているからな。うまくいく」
「そうかな」
「ああ。サンシンがいるし、マツアキラがいる。失敗しても平気だ。トールもツカサもタケも、やわな精神をしてはいないぞ。ガラスはガラスでも防弾ガラスのハートだ。私が保証する」

 ハクトーが誇らしげに胸を張るのが可笑しかった。
 俺にはみんながいる。独りじゃないから何も怖くはない。ここから地上を眺めれば、批判の一つや二つはかわいいものだ。この扉から飛び出せばあっという間に天国に着く。いつだってラクになれるし、ホンモノの天使になるチャンスが得られるなんて思ってしまえば、何だってやれそうな気がしてくる。

 チャイムが鳴って、勝手におそらく一号が裏口を開けやがった。居候認定かペット認定か、おっさんが判断してしまったせいなのか……相手が雉子だったからいいものの、ちゃんとサンシンにしつけてもらわねばなるまい。

「こんにちは。さつまいもをお裾分けに来ました」

 すっかり麦わら帽子が定着している。円卓に置かれた段ボールの中には泥がついたままの赤紫色の立派なサツマイモがごろごろ。おそらく一号はなんだなんだ? と、興味を持って雉子の上で右左行ったり来たりしている。

「おいおい。最近堂々とこっちに来過ぎやしないか?」
「ゑ? お邪魔だったかなぁ?」
「そうじゃない。知ってるか? 最近ウワサだぞ?」

 トウキョウスカイホームの都市伝説に新たな設定が付け加えられている。トウキョウスカイホームの主人が鳥人間を飼っている……という設定である。雉子は馴染みの人の前にしか姿を現さない。まあ、クラちゃん事件の時はおっさんの頼みでトールたちの前に現れるしかなかったのだが……。

 新しい客がいる時にも暖簾の向こうから話しかけることもあって、勘の鋭い奴はそいつの正体に気づく。せいぜい飲み会などで酔った勢いで口を滑らせればいい。誰も相手にしない。

「けれど都市伝説って……?」

 雉子は首を傾げた。

「空をとんとん拍子ってる家を提供してるってやつだ」
「ああ、それは五十彦さんの……でも口に出せないんだよね?」
「メールをしようが紙に書こうが。たぶん手話も無理だろうな」
「ヘンだなぁ? それじゃあウワサが立たないよ?」

 どうやってトウキョウスカイホームの都市伝説が誕生したか、説明しておこうか。答えはこうである。おっさんが持ってきたファイルの中にその物件があり、それを見るだけで契約しなかった奴らが、ほんの笑い話として広めただけのことなのだ。たとえ証拠をぶれずに激写しようと、合成だと思われ取り合ってくれやしないだろう。家が空に浮いているなんてありえないから。

 俺はいいことを思いついた。

「なあ。いっそのことこの家に住めばいいんじゃね? 一つ部屋空いてるし。あっちで郵便配達やりだしたんなら家賃払えるぜ?」
「え、どうしよう……? でもぼく、五十彦さんの家事もお手伝いしたいし……」
「住み込みじゃなくてもいいじゃないか。キジコが契約すれば家賃は三万になる」

 貧乏天使も大いに助かるというワケだ。

「こんな空をとんでもない家なんて、この世界じゃ珍しいわいね。訳あり物件にしてはサイコーだわ。俺イチオシな」
「訳あり物件ってなんだい?」

 結局なぜこの家が安いのか。まさか東京のおっさんが言った、ベランダがないから、だなんてそんな理由じゃ納得できないだろう?

 ……そうだな。こんな天使やリアル宇宙人。川中島節は炸裂。便器や浴槽はカラフル。時にバイオレットスワンが家に突っ込んでくる。今ではクラゲが家にお邪魔する。まともな精神ではやっていけない。それが訳ありだ。そう言う話にしておこう。いやあ、家賃十二万を割り勘だなんて助かる。全額支払うなんて俺にはできない。

「まるで扇ヶ谷君が住むためにあるような邸第だね」

 雉子は笑った。冗談のつもりだったろうが、まさにその通りである。この家は俺がいてこそ成り立っている。自己中な奴だと思うだろう? 俺だってまともじゃないってことぐらいしている。そうでなければやっていられない。これは自己中心性な話。ドラマである。

 天地が一つの紙切れだとすれば、破るも捨てるも可能なのだ。この世界が薄っぺらな一時の娯楽の場だというなら、俺は喜んで身をささげるだけ。しかしただでは終わらせたくない。俺は飛行機を作って飛ばす方を選ぶ。どこまで飛んで、着地するか。扇であおいで距離を稼ぐのもありだろう。人生は楽しむべきだから。精進していればきっと世界は俺のものとして続いていく。

 ひとまず二階建て空中楼閣のファンタスティックはここでお開きにさせてくれ。ファンタジーの方が語呂はいい気がするが、旭さんがそう言ったのでそっちを採用する。
 さあ、お開きと言いながら、閉じてくれ。何かあったのか仕事中であるはずの花御堂がこっちに向かってくるのである。波打つように飛んでくるバイオレットスワン。このままだと激突するだろう。


〈了〉


ーーーーーーーーーー
作者より
最後まで読んでくださりありがとうございます。
いわゆる俺たちの戦いはこれからだエンドですが、人生そういうもんだと思っています。
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