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七、嘘

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  忘れ去る前にイロハ 正しておこうか俺のルール
  扇投げるならけして 枕に当ててはいけないんだ
  勝負はここぞの場面 平均超したら褒めてくれよ
  高得点ならもっと 天にも昇る抱擁ください


 ……俺は半円形の古びたステージの隅でアコベを弾いていた。俺が途中まで作詞していた曲である。

 作曲は、誰がしたのか忘れた。インターネット上で公開されていた一六和音、二四和音をつまみ食いのように適当にクリックして回って、ピンときたものを拾って無許可にリリックを落とし込んだだけに過ぎない。

 とりあえず一番まで作詞をしてみたのだけどいかが? と、今更になって報告しに向かおうにもホームページは閉鎖され、残されたトップページに今まで来てくれた人々へのお礼の一曲がしんみりと流されていたのみであった。

 なぜ閉鎖したかは諸事情の三文字で済まされていた。楽曲作りは続けていくらしく、いつかどこかでお会いしましょうと締めくくられていて、置いてきぼりを食らった気がした。作曲は続けるならサイトを閉じる必要はないはずだ。これまで上げてきた曲はどうなる? もう誰かに聞かせたい意欲が失せたというのなら、あのサイトは墓場ですらなくなったのだ。

 たとえこの先、運命的な再会を果たそうが果たすまいが、このリリックはこの曲に乗せて世に出ることはない。なぜならこの曲は墓場に捨てられて抹消された、死んだ曲だからだ。わずかばかりの悔いが残った。


  なあ、いつまでも 浮き足立ってなんかいられないさ
  洗い直す俺のいかしたスニーカー
  なあ、いるから 言葉が欲しいなら言うさ
  いくらでも 君の心 焦げつくほど


 あらかじめ一言残しておけば何か変わったのではないか。許可を取るのを怠って作詞していたのを棚に上げて、何日かはそれを考えた。一体何を変えることができたのか、そんなものは机上の空論に過ぎない。何らかの変化をもたらすほどの影響力が俺のリリックにあったか? 当時の俺は余程の自信家だったらしい。

 その有り余る自信。つまりは自尊心のせいか、俺は音楽を思いのままに操ることだってできる。エレキギターやドラムやキーボードや、トランペットにトロンボーンにサックス。宙に浮かせて音を奏でさせることができる。顔も声も知らない赤の他人のではなく、俺自身が作ったメロディーでこのリリックは生まれ変わるのだ。


 ――お前、マジでプロ目指してんの?


 幻聴である。
 俺に影響力などなかった。音を響かせているのは影だ。人影がある。こいつらは楽器の影を演奏しているようでもあり、踊っているようでもあり、あやしているようでもあった。俺が独断で演奏を止めたとしてもこいつらは自分勝手でやめないだろう。

 この影は誰で、そして誰が歌ってくれているのか。マイクスタンドの足に絡みついている影はなんだ?

 声は二重にも三重にも聞こえてくる。トールのような気もする。そう思うと影にヒョウ柄が浮かんでくる。ヒョウが尻尾を立ててマイクスタンドにじゃれているように見えてくる。


 ――マジでプロなんか目指してんの?


 曲を遮るように客が野次る。部活動を共にした奴らだ。奴らはニヤニヤと俺の孤独を拝んでいやがる。
 夢を共有していたと思っていたのに、うわべだけだったというのか。俺の夢は絵空事で、砂上の楼閣だったというのか。

 ケラケラ笑っている。
 もてあそびやがったのだ。どこまで本気だったのか試して嘲笑っていやがったのだ。まるで嘘の告白をしてネタばらしをして馬鹿にするかのような。それをネタに、飽きるまで指を背中に差すかのような。

 ゲラゲラ笑っている。
 許せなかった。現実を盾に俺を裏切り、いつまでも恥をかかせようとしているこいつら。

 ピックを持つ手は震え、演奏がままならなくなってくる。俺は覆没した夢想家だというのか。現実が見えていなかった愚か者だというのか。息が苦しい。顔が熱い。心臓が爆発しそうだ。仙人はどこだ? あいつはどこにいる? またあいつに仙術をかけてもらわないと体がもたない。

 大爆笑だ。
 それなのにトールは厚顔無恥で、構わず歌い続けているのだ。


  夢幻ゆめまぼろしか開錠した空中楼閣
  指図はすんな! 輝かしい朝日を手に入れて
  立ち止まらず 振り返りもせず 燃やせ俺の魂
  赤く青く闇を照らして


 スポットライトが赤くなった。ステージが赤ヒョウ柄に染まる。声援が聞こえる。サンシンの声が聞こえる。東京のおっさんの声が聞こえる。花御堂の声が聞こえる。でもまだ笑い声が聞こえる。

 我慢の限界だ。俺はとうとうアコベを振り上げる。作曲はやめだ。リリックも生まれ変わらない。未完成のまま脳髄の中で死んでいくのだ。

 爆発した感情に任せて、ニヤニヤしている奴らに向かって投げつけた。勢いよく飛んだアコベはスローモーションになった。前列から奴らは消えていく。サンシンが消える。おっさんが消える。花御堂が消える。最後列でアコベを受け取ったのは天使だった。奴の場所にスポットライトが当たった。

「オーギガヤツのベースに何をしている」
「もうそんなもんいらねーよ!」

 楽器が一斉に床に落ちた。背景は砂となって崩れ去り、真っ青な空が現れると楽器たちは彼方へ吸い込まれていく。

「何を癇癪かんしゃく起こしている? オーギガヤツにいらないと言う権利はないぞ。これはオーギガヤツのベースだ。勝手に捨てるな」

 俺は歯を食いしばる。どこまでも上から目線の奴だ。怒りは蒸気となって顔から噴出しそうになった。

 バックステージから誰かが来た。

「返せま。それは俺んだ」

 そいつの顔を見た。

「なんだ、お前」

 俺と対して変わらない年のようだったが、姿は色あせていた。

「俺はオーギガヤツだ」

 知っている。いかにも堅物という感じの。写真で見たことがある。

「親父……」

 俺は空に引っ張られた。扇が閉じるように昼と夜がぐるぐる回って、仕舞いには夜が双方から押し寄せて潰された。



 コツリ。


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