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四、五
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……片笑んだ、のだが。翌日にはやっぱり不安になり、通学中や講義に向かう途中、そして食堂の窓際で親子丼をつついている時でさえも、翼をつけた銀髪ポンチョ野郎が来ていないか気を巡らしていた。
「お前さっきから何を気にしとれん?」
向かいのサンシンがサバの味噌煮定食のごぼうサラダを食べながら聞いてくる。
「いや別に」
「そうだ今日、行くげんろ? 魔術愛好会」
行かないとまずい気がする。奴は来る、と仙人が意味深長な顔つきで俺に囁いている。目の届かない所で俺の名前を口にされては、今後のキャンパスライフに関わる。笑い者にされることだけはご免こうむりたい。
それに松先輩だ。来なかった俺を呪い苦しめようと蛇の目を不気味に光らせながら、数珠をギシギシ鳴らすかもしれないのだ。夜な夜な夢の中に来訪して俺の嫌なところ百選をお経のように読み上げるかもしれないのだ。
サイケデリックなドラムンベースが聞こえ、中庭を注目した。二重のV字型のアンテナがついているヘルメットをかぶったサングラスの男たちが、パラボラアンテナが回るコンポーネントステレオのような機械を中心にマイムマイムを踊っている。よく耳を済ませればあのドラムンベースにマイムマイムが巧妙に組み込まれていることがわかった。
「ダンスの練習か?」
「ああ、あれ? 宇宙人研究会」
俺は卵を一かけら口から吹いた。
「あんだって?」
「なんか色々と意味不明な単語ハモらせて宇宙人に通信しとるげんと。俺一回だけ参加してさ、試しにマイクに向かって自分の名前言ってみた。“俺の名前は真水良介。アイ・ラブ・クラゲ。アイ・ラブ・クラちゃん。カムバック・マイ・ラヴァー”って。これで俺の名前は宇宙に飛んだ。マイ・ボイス・フライ・アウェー。ギャラクシーデビュー」
「何やってんだよ」
俺は顔をしかめ、口をモグモグさせる。こいつはいつも気になった奴がいれば積極的に交流して仲良くなろうとするから、いつかネズミ講とかに引っかかるんじゃないかってヒヤヒヤする。友だち増やしたい割に連絡先を交換しようっていう考えに至ろうとしないアホなところも残念な気持ちにさせられてしまうが。まあそのおかげで、宇宙喫茶で川中島に連絡先を聞こうとしなかったから、これに関してはアホでよかったと思う。
「青春だよ。青春。今のうちに周りから、はははバカだなーって思われることをたくさんやっとくげんて。そんでおっさんになった時に、あの頃はバカやったなーって笑いながら酒飲むげんて」
「なんじゃそりゃ」
サンシンには行動力があった。やりたいことは何でもやった。アホなので笑顔で反省した。あれがいけなかった。これがいけなかった。次はこうしてみる。次はああしてみる。野球もサッカーも、どんなに無駄な努力と陰口を叩かれようと、サンシンはアホなので気にしなかった。こいつこそ扇ヶ谷家の『日々精進』に歯に合っていて、俺こそクラゲのようにゆらりと生きるべきだった。俺たちは生まれるべき家を間違えたのだ。
宇宙人研究会は本気で宇宙人と交信しようとしているのか、それとも形だけで楽しんでいるのか。どちらにせよ、それは一生忘れられない思い出になるのだろう。黒歴史ってやつだ。せいぜい枕抱きしめて悶えやがれ。
「な、オギやろうよ、バンド部。もっかいやろうぜ」
「太鼓のゲームでもダンスのゲームでも、俺に一回でも勝ったら考えてやってもいいぜ」
「マジか。マジかー」
サンシンはわざとらしく頭を抱えて天井を仰いだ。こいつはリズム感なら常人並みに持っている。が、動体視力は壊滅的。脳が反応しても体が追いつかない。サンシン曰く、脳が天才的に運転しすぎて体がびっくりしているだけだからそのうち慣れる、らしい。そう言って既に五年経過しているが、いつになったら慣れるんだよ。とにかく俺に勝つなど天地が引っくり返ろうともありえない。
「エアホッケーならどう? カンカンカーン、ホンジャマカーンって」
「ああそれでも」
俺は笑いをこらえながら快諾した。
「お前さっきから何を気にしとれん?」
向かいのサンシンがサバの味噌煮定食のごぼうサラダを食べながら聞いてくる。
「いや別に」
「そうだ今日、行くげんろ? 魔術愛好会」
行かないとまずい気がする。奴は来る、と仙人が意味深長な顔つきで俺に囁いている。目の届かない所で俺の名前を口にされては、今後のキャンパスライフに関わる。笑い者にされることだけはご免こうむりたい。
それに松先輩だ。来なかった俺を呪い苦しめようと蛇の目を不気味に光らせながら、数珠をギシギシ鳴らすかもしれないのだ。夜な夜な夢の中に来訪して俺の嫌なところ百選をお経のように読み上げるかもしれないのだ。
サイケデリックなドラムンベースが聞こえ、中庭を注目した。二重のV字型のアンテナがついているヘルメットをかぶったサングラスの男たちが、パラボラアンテナが回るコンポーネントステレオのような機械を中心にマイムマイムを踊っている。よく耳を済ませればあのドラムンベースにマイムマイムが巧妙に組み込まれていることがわかった。
「ダンスの練習か?」
「ああ、あれ? 宇宙人研究会」
俺は卵を一かけら口から吹いた。
「あんだって?」
「なんか色々と意味不明な単語ハモらせて宇宙人に通信しとるげんと。俺一回だけ参加してさ、試しにマイクに向かって自分の名前言ってみた。“俺の名前は真水良介。アイ・ラブ・クラゲ。アイ・ラブ・クラちゃん。カムバック・マイ・ラヴァー”って。これで俺の名前は宇宙に飛んだ。マイ・ボイス・フライ・アウェー。ギャラクシーデビュー」
「何やってんだよ」
俺は顔をしかめ、口をモグモグさせる。こいつはいつも気になった奴がいれば積極的に交流して仲良くなろうとするから、いつかネズミ講とかに引っかかるんじゃないかってヒヤヒヤする。友だち増やしたい割に連絡先を交換しようっていう考えに至ろうとしないアホなところも残念な気持ちにさせられてしまうが。まあそのおかげで、宇宙喫茶で川中島に連絡先を聞こうとしなかったから、これに関してはアホでよかったと思う。
「青春だよ。青春。今のうちに周りから、はははバカだなーって思われることをたくさんやっとくげんて。そんでおっさんになった時に、あの頃はバカやったなーって笑いながら酒飲むげんて」
「なんじゃそりゃ」
サンシンには行動力があった。やりたいことは何でもやった。アホなので笑顔で反省した。あれがいけなかった。これがいけなかった。次はこうしてみる。次はああしてみる。野球もサッカーも、どんなに無駄な努力と陰口を叩かれようと、サンシンはアホなので気にしなかった。こいつこそ扇ヶ谷家の『日々精進』に歯に合っていて、俺こそクラゲのようにゆらりと生きるべきだった。俺たちは生まれるべき家を間違えたのだ。
宇宙人研究会は本気で宇宙人と交信しようとしているのか、それとも形だけで楽しんでいるのか。どちらにせよ、それは一生忘れられない思い出になるのだろう。黒歴史ってやつだ。せいぜい枕抱きしめて悶えやがれ。
「な、オギやろうよ、バンド部。もっかいやろうぜ」
「太鼓のゲームでもダンスのゲームでも、俺に一回でも勝ったら考えてやってもいいぜ」
「マジか。マジかー」
サンシンはわざとらしく頭を抱えて天井を仰いだ。こいつはリズム感なら常人並みに持っている。が、動体視力は壊滅的。脳が反応しても体が追いつかない。サンシン曰く、脳が天才的に運転しすぎて体がびっくりしているだけだからそのうち慣れる、らしい。そう言って既に五年経過しているが、いつになったら慣れるんだよ。とにかく俺に勝つなど天地が引っくり返ろうともありえない。
「エアホッケーならどう? カンカンカーン、ホンジャマカーンって」
「ああそれでも」
俺は笑いをこらえながら快諾した。
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