3 / 76
二、二
しおりを挟む
仕送りは月に一度、母さん名義で送ってくれることになっていた。六万円前後の変動制であり、あまり期待はするなと釘を刺されている。弟と妹がいるので金は俺ばかりに注げないのである。その上このご時世、奨学金返済を目的とした貯金を言わずもがな強いられている。
学生寮は満員。俺は泰大か駅ないしバス停に近くて安い部屋を探した。あらかじめこの新しい土地に足を運んで決めておくべきだったのだが、気持ちが先走っていた。
「あの、外に貼ってあった築二十年のアパート四万円の奴っスけど」
俺は向かいでずっしりと腰かけている脂ぎった男に言った。
「ああ、あれですか? あれはもう契約済みです」
「じゃあ、はがしといてくれませんか?」
「これからそうしようと思っていたところでして」
俺は眉をひそめる。脂の臭いと、湿ったハンカチで額をぬぐう様は生理的に受けつけられない。豚骨スープをほとばしらせていたおデブちゃんの方が愛嬌はなみなみとあってよかった。
彼の爆弾おにぎりを頬張る様子を思い出すと多少の苛立ちは収めることに成功。デブは男女問わず癒し系に限るということだ。
非癒し系の男はノルマを達成すべく次々と物件を紹介してきたが、この目に留まることはない。俺は富裕層に属さないごく一般な学生であって、学生が所持する金額の全国平均をリサーチしたうえで商品を提供するべきだとは思わないか?
「もう結構です」
俺は早々と退出した。どの不動産屋も空回りに終わったこの日は漫画喫茶で寝泊まりに確定した。
翌日の物件巡りでは、あるところは寝台列車の個室のごとし。あるところは風呂なしでトイレは外。あるところは夜な夜な何かが部屋を歩き回るだのと不発の連続。金がなければ相応の生活を強いられ、そして楽しまなければならないが、ホラーの類は特に遠慮したかった。
道すがら、炭酸飲料が飲みたい気分となる。早咲きの桜を風情も感じずに眺めつつ、いっそのこと漫画喫茶に入り浸ろうかという名案を浮かばせながら自動販売機に小銭を入れた。
そこで携帯電話に着信があった。曲は甲子園の定番『コンバットマーチ』である。
「もしもーし」
『もしもしオギー?』
軽薄な声の主は中学からの友人。サンシンこと、真水良介。
中学で野球部だったこいつは、生まれたての小鹿のごとき腰の弱いフォームで空振り三振を披露し、グラウンド内外を騒然とさせた。だからサンシン。初めはマミーと呼ばれていたのが、それを打ち消すほどに奴のプレーはまずい印象を人々に植えつけたのだ。
そんなこいつの着信に対し『コンバットマーチ』を設定しているのは皮肉のつもりなのだが、本人はけろっとしている。
『今はもうそっちにおるげんろ? 住むとこ決まったんが?』
「なーん、全然見つからん」
俺はレモンサイダーのボタンを押す。ペットボトルの落ちる音がサンシンの間抜けた『そっかー』とかぶる。俺と同じ泰大の教育学部に合格。まんまと学生寮に入居。これはAО入試と一般入試が始まる時期の違いのせいに違いないのだが、けしてスポーツ枠で推薦されたのではないことを強調しておきたい。
『じゃあさー、オギ。トウキョウスカイホームって知っとっけ?』
「スカイホーム?」
『トウキョウ、スカイホーム。試験受けに行ったあと超絶に暇持て余してぶらぶらして見つけてんけど。結構安いやつあった記憶あるげんてなあ』
友人の記憶力を頼りにその不動産屋を探した。表通りから外れ、赤レンガの高架下にあるラーメン屋や居酒屋を抜け、コンビニエンスストアと古びたゲームセンター、昔ながらのタバコ屋を通過し……危うく通過しそうなところ発見したのが小高いビルに挟まれた平屋であった。
学生寮は満員。俺は泰大か駅ないしバス停に近くて安い部屋を探した。あらかじめこの新しい土地に足を運んで決めておくべきだったのだが、気持ちが先走っていた。
「あの、外に貼ってあった築二十年のアパート四万円の奴っスけど」
俺は向かいでずっしりと腰かけている脂ぎった男に言った。
「ああ、あれですか? あれはもう契約済みです」
「じゃあ、はがしといてくれませんか?」
「これからそうしようと思っていたところでして」
俺は眉をひそめる。脂の臭いと、湿ったハンカチで額をぬぐう様は生理的に受けつけられない。豚骨スープをほとばしらせていたおデブちゃんの方が愛嬌はなみなみとあってよかった。
彼の爆弾おにぎりを頬張る様子を思い出すと多少の苛立ちは収めることに成功。デブは男女問わず癒し系に限るということだ。
非癒し系の男はノルマを達成すべく次々と物件を紹介してきたが、この目に留まることはない。俺は富裕層に属さないごく一般な学生であって、学生が所持する金額の全国平均をリサーチしたうえで商品を提供するべきだとは思わないか?
「もう結構です」
俺は早々と退出した。どの不動産屋も空回りに終わったこの日は漫画喫茶で寝泊まりに確定した。
翌日の物件巡りでは、あるところは寝台列車の個室のごとし。あるところは風呂なしでトイレは外。あるところは夜な夜な何かが部屋を歩き回るだのと不発の連続。金がなければ相応の生活を強いられ、そして楽しまなければならないが、ホラーの類は特に遠慮したかった。
道すがら、炭酸飲料が飲みたい気分となる。早咲きの桜を風情も感じずに眺めつつ、いっそのこと漫画喫茶に入り浸ろうかという名案を浮かばせながら自動販売機に小銭を入れた。
そこで携帯電話に着信があった。曲は甲子園の定番『コンバットマーチ』である。
「もしもーし」
『もしもしオギー?』
軽薄な声の主は中学からの友人。サンシンこと、真水良介。
中学で野球部だったこいつは、生まれたての小鹿のごとき腰の弱いフォームで空振り三振を披露し、グラウンド内外を騒然とさせた。だからサンシン。初めはマミーと呼ばれていたのが、それを打ち消すほどに奴のプレーはまずい印象を人々に植えつけたのだ。
そんなこいつの着信に対し『コンバットマーチ』を設定しているのは皮肉のつもりなのだが、本人はけろっとしている。
『今はもうそっちにおるげんろ? 住むとこ決まったんが?』
「なーん、全然見つからん」
俺はレモンサイダーのボタンを押す。ペットボトルの落ちる音がサンシンの間抜けた『そっかー』とかぶる。俺と同じ泰大の教育学部に合格。まんまと学生寮に入居。これはAО入試と一般入試が始まる時期の違いのせいに違いないのだが、けしてスポーツ枠で推薦されたのではないことを強調しておきたい。
『じゃあさー、オギ。トウキョウスカイホームって知っとっけ?』
「スカイホーム?」
『トウキョウ、スカイホーム。試験受けに行ったあと超絶に暇持て余してぶらぶらして見つけてんけど。結構安いやつあった記憶あるげんてなあ』
友人の記憶力を頼りにその不動産屋を探した。表通りから外れ、赤レンガの高架下にあるラーメン屋や居酒屋を抜け、コンビニエンスストアと古びたゲームセンター、昔ながらのタバコ屋を通過し……危うく通過しそうなところ発見したのが小高いビルに挟まれた平屋であった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる