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二、二

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 仕送りは月に一度、母さん名義で送ってくれることになっていた。六万円前後の変動制であり、あまり期待はするなと釘を刺されている。弟と妹がいるので金は俺ばかりに注げないのである。その上このご時世、奨学金返済を目的とした貯金を言わずもがな強いられている。

 学生寮は満員。俺は泰大か駅ないしバス停に近くて安い部屋を探した。あらかじめこの新しい土地に足を運んで決めておくべきだったのだが、気持ちが先走っていた。

「あの、外に貼ってあった築二十年のアパート四万円の奴っスけど」

 俺は向かいでずっしりと腰かけている脂ぎった男に言った。

「ああ、あれですか? あれはもう契約済みです」
「じゃあ、はがしといてくれませんか?」
「これからそうしようと思っていたところでして」

 俺は眉をひそめる。脂の臭いと、湿ったハンカチで額をぬぐう様は生理的に受けつけられない。豚骨スープをほとばしらせていたおデブちゃんの方が愛嬌はなみなみとあってよかった。
 彼の爆弾おにぎりを頬張る様子を思い出すと多少の苛立ちは収めることに成功。デブは男女問わず癒し系に限るということだ。

 非癒し系の男はノルマを達成すべく次々と物件を紹介してきたが、この目に留まることはない。俺は富裕層に属さないごく一般な学生であって、学生が所持する金額の全国平均をリサーチしたうえで商品を提供するべきだとは思わないか?

「もう結構です」

 俺は早々と退出した。どの不動産屋も空回りに終わったこの日は漫画喫茶で寝泊まりに確定した。

 翌日の物件巡りでは、あるところは寝台列車の個室のごとし。あるところは風呂なしでトイレは外。あるところは夜な夜な何かが部屋を歩き回るだのと不発の連続。金がなければ相応の生活を強いられ、そして楽しまなければならないが、ホラーの類は特に遠慮したかった。

 道すがら、炭酸飲料が飲みたい気分となる。早咲きの桜を風情も感じずに眺めつつ、いっそのこと漫画喫茶に入り浸ろうかという名案を浮かばせながら自動販売機に小銭を入れた。

 そこで携帯電話に着信があった。曲は甲子園の定番『コンバットマーチ』である。

「もしもーし」
『もしもしオギー?』

 軽薄な声の主は中学からの友人。サンシンこと、真水さみず良介りょうすけ
 中学で野球部だったこいつは、生まれたての小鹿のごとき腰の弱いフォームで空振り三振を披露し、グラウンド内外を騒然とさせた。だからサンシン。初めはマミーと呼ばれていたのが、それを打ち消すほどに奴のプレーはまずい印象を人々に植えつけたのだ。

 そんなこいつの着信に対し『コンバットマーチ』を設定しているのは皮肉のつもりなのだが、本人はけろっとしている。

『今はもうそっちにおるげんろ? 住むとこ決まったんが?』
「なーん、全然見つからん」

 俺はレモンサイダーのボタンを押す。ペットボトルの落ちる音がサンシンの間抜けた『そっかー』とかぶる。俺と同じ泰大の教育学部に合格。まんまと学生寮に入居。これはAО入試と一般入試が始まる時期の違いのせいに違いないのだが、けしてスポーツ枠で推薦されたのではないことを強調しておきたい。

『じゃあさー、オギ。トウキョウスカイホームって知っとっけ?』
「スカイホーム?」
『トウキョウ、スカイホーム。試験受けに行ったあと超絶に暇持て余してぶらぶらして見つけてんけど。結構安いやつあった記憶あるげんてなあ』

 友人の記憶力を頼りにその不動産屋を探した。表通りから外れ、赤レンガの高架下にあるラーメン屋や居酒屋を抜け、コンビニエンスストアと古びたゲームセンター、昔ながらのタバコ屋を通過し……危うく通過しそうなところ発見したのが小高いビルに挟まれた平屋であった。
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