秋彦

鳥丸唯史(とりまるただし)

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「やっと今日退院だね、おじいちゃん。結構長引いちゃったね」
「おお。体がなまってなまって」
「全然なまってないでしょ。あれだけ走ったり腹筋したり腕立て伏せしたりして」

 荷物をまとめながら呆れていると、おじいちゃんは真面目そうに私を見た。

「それでだな……真夜中、中庭で何やっとったん?」

 ぎくりとした。おじいちゃんが従弟と夜遅くまでテレビゲームに付き合っておばあちゃんに叱られていたことを思い出した。

「木と歩いとったな? あの木はニュースでやっとったモミジやろ?」

 見られてしまった。細心の注意を払っていたのに、帽子をかぶっておけばよかったと後悔した。なんて目が効くおじいちゃんだろう。

 ひとまず、寝ぼけてたんじゃない? と誤魔化そうとしたが、その前におじいちゃんは身を乗り出した。

「お前も付き合い大変やな? はっはっはっはっは」

 おじいちゃんも昔、木が歩いているところを見たのだろうか。

 雑に植えられている不思議なモミジに人が集まっている。十一月になっても、彼は炎を絶やさないでいた。マスコミは真相を突き止めることはないだろう。誰もまさか、木が自分の意思で動いて、愛の力で紅葉を復活させたなんて信じないだろうから。

 いずれ人の手で元の場所に戻されてしまうのだろうか。それだけが気がかりだ。

 ベンチには江都子さんがいる。隣にはアキヒコがいるのが見える。最後に挨拶をしようとも考えたけれど、やめた。幸せそうに見える。

「あのね、おじいちゃん……」

 ……私、別に恋したから彼に会いに行ってた訳じゃなかったみたいなんだよね。ただいつも通りに会いに行ってただけな訳ね。

 ……でもあの人、全然気づいてる感じじゃなくてさあ。あの人はずっと代わりに待ってたから、それで知らない間に恋しちゃったんじゃないかな? 恋は盲目っていうじゃない?

 ……あ、別に略奪愛なんかじゃないよ? だって私は無関係だもん。彼女の笑顔が見れただけで私は幸せ。本当のことを伝えに行く気はないから。だって教えちゃったらますます昼メロみたいになっちゃうでしょ?

 ……ね? おじいちゃん。

「お前の泣くん我慢する顔はちっちゃい頃からブサイクやなあ。梅子にそっくりだ」

 おじいちゃんは親指で無理やりわたしの下まぶたをやわらかく引き下げてあかんべえを作った。わたしはへらへら笑った。


<了>
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