魔術契約士の契約再婚

神田柊子

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王都の魔術契約士

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「さあ、ハリーさん。この中から一人選んでくださいね」
 応接セットのローテーブルにずらっと並べられた五人の女性の写真に、ハリーはうんざりした声を出す。
「オーガスト夫人、私はもう再婚は考えていません」
「いいえ、ダメです。国家資格を持つ魔術契約士ともあろう者が独身なんて! 信頼感が薄れるじゃないですか!」
「そんなことありませんよ。いちいち魔術契約士が既婚者かどうか調べてくる依頼者なんていませんから、大丈夫です」
「そういう問題じゃありません!」
 そういう問題にしたのはそちらだろう、とハリーは内心悪態をつく。
 五十代半ばのオーガスト夫人は、ハリーの母方の伯父の配偶者だ。血の繋がりはない。
 仲人が趣味という人で、ハリーの最初の結婚を取り持った。しかし、その結婚は二年後に離婚という結末を迎えた。彼女の初めての失点がハリーの離婚だったらしい。
 ハリーの二度目の結婚もオーガスト夫人の紹介だったが、残念ながら離婚に終わっている。ことハリーの結婚においては失点続きのオーガスト夫人は、どうにかしてハリーを再婚させたいと躍起になっていた。
 ハリー自身はもう結婚するつもりはなかった。
 結婚したところでどうせまたうまくいかないだろうと思う。
「私ももう三十五です。一人で生きて行く方が気楽でいいんです」
「そうはいってもね。十年、二十年後、これから先ずっと一人なんて、さみしいものよ」
 夫人はしんみりと諭すように言う。仲人趣味だけでなく親戚として心配されてもいたのか、とハリーが認識を改めようとしたところ、夫人は「ですから!」と元の勢いを取り戻した。
「あなたが選べないって言うなら、わたくしの方で選んでお見合いの日程を決めさせていただきますわ! いいですね?」
「いや、それはちょっと……」
 軽いノックに続いて、応接室の扉が開いた。
「失礼いたします」
 顔を出したのは、ハリーの秘書ドリスだ。四十代半ばのドリスは出産の際に退職してしまったそうだが別の大手事務所で勤務経験があり、ハリーの事務所には彼女以外の従業員はいないため、事務から受付やスケジュール管理まで一手に引き受けてくれている頼もしい存在だった。
 オーガスト夫人との会話を強制的に終わらせるために、三十分経ったら入ってきてほしいとドリスに頼んでいたのだ。
「所長、お客様がいらっしゃっています。受付でお待ちいただいております」
「ああ、わかった」
 やたらと目くばせするドリスに「助かるよ」とうなずいてから、ハリーは夫人に「次の約束があるので今日はこの辺で」とエスコートする。
「またそうやって、わたくしを追い出すのね。それならそれでけっこうです。次はお相手の方と一緒に来ますから、ここでお見合いしましょう」
「いえ、ですから、もう二度離婚して結婚はこりごりだと」
 そこで、こほん、と小さく咳払いが聞こえ、ハリーと夫人は口をつぐんだ。
 応接室を出るとすぐに事務所の受付スペースだ。カウンターと衝立で執務スペースと区切ってあるだけだが、入り口の脇に設置された待合の椅子に女性が座っていた。
 ドリスの言ったお客様は夫人を帰らせるための方便だと思っていたハリーだ。本当に客がいるとは思わずに、私的な話を続けてしまった。ドリスの目くばせは「嘘ですよ」だと思っていたが、「本当ですよ」の意味だったのか。
 夫人も気まずく思ったのか、「また改めて」とだけ言ってそそくさと帰っていった。
 結局、見合いの阻止はできなかった。
 ハリーは内心ため息をつき、夫人を送り出したドアを閉めると、待合の女性に向き直った。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまい、失礼いたしました」
 ハリーが声をかけると、女性はすっと立ち上がる。
 同年代くらいだろうか。黒に見まがうほど暗いグレーのジャケットとスカートは、喪中なのかもしれない。
 彼女はくすっと小さく笑い声を立てた。
「お久しぶりね、フォーグラフさん。クラリス・レインです」
「アンダーソンさん……」
 ハリーは懐かしい顔を前に、目を瞬かせる。
「そうそう。魔術科時代はアンダーソンだったわね」
 華やかな美しさは変わらず、年を重ねてしっとりとした艶を感じさせる表情で、クラリスはあのころと同じように笑った。
 卒業してから十七年ぶりの再会だった。
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