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第四章 聖女じゃない令嬢

本物の聖女

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 ムスカリラ王国からやってきてくれたのは、元聖女のローズだった。
 ステラが聖女候補だったときに、王妃の茶会で会った記憶がある。
 それから、セレナの身代わりで慰問に行ったとき。
「ローズ様、お久しぶりです」
「ステラ様。お元気そうでなによりですわ」
「ええ、あのときは大変失礼いたしました」
「いいえ。今、お幸せそうで良うございました。……それなのに、また大変な目にあわれたとか」
 ローズは心配そうに顔を曇らせた。
 ステラたちはミモザナ王国の王都の中央教会に集まっていた。
 ムスカリラ王国からは、ローズの他、教会の司祭、ステラたちを担当していた聖女庁職員のソントンとロジャーがやってきている。
 ミモザナ王国側からは、アレクシス。ステラとダレル。トラヴィスとジュリエットとイストワーズ公爵。文官と司祭が数人ずつ集まっている。
 マルヒヤシンス聖国へ行くときは学院の長期休みを使う、と条件をつけることで時間稼ぎができた。学年度末の休みにあたる春休みを予定しており、今はまだ秋だ。
 聖国は遠いため、春休みを使ってもまだ足りない。新年度早々に休むことになってしまうが、公務扱いになるため補講をしてもらえるようで安心した。
「聖女認定のための女神像は、決まりがあるのですか?」
 ミモザナ王国の司祭がムスカリラ王国の司祭に聞く。
「いいえ、大きさやお姿に決まりはありません。けれど、教会の礼拝室にいらっしゃることは必須です。寂れた教会ではだめですが、地方の教会でも問題ありません」
 セレナの教科書に書いてあった、とステラは思い出す。
 それから、ローズが口を開いた。
「私は聖女を引退しましたが、教会で暮らすのをやめただけで、力がなくなったわけではごさいません。聖女は一生聖女のままです」
 お見せしましょう、とローズは女神像の前に進んで行った。
 ひざまずいて、女神の足の甲に触れる。
 すると、ローズの身体が淡い光に包まれた。
 息をのむ音や、感嘆のため息が耳に入る。
 光るローズの姿は神々しい。
 しばらくそうしてから、ローズは手を離して起き上がると、こちらに戻ってきた。
「結界がないので、祈りを捧げても手応えがなくて、不思議ですね」
 ローズが司祭に話す。
「こちらの女神像でも聖女認定が行えることがわかりました。それでは次はステラ様」
「はい」
 呼ばれて、ステラは女神像に近寄る。
 ひざまずいてから、一度見上げた。
 やはりこちらの女神像も、この近さでは目が合うことはない。
 ステラはそっと足の甲に触れた。
 目を閉じる。
 ――女神様。どうか聖女じゃありませんように。
 こう願ったのは初めてだった。
 そして、やっぱりステラの身体は光らなかった。
 ステラは聖女ではない。
 ほっとしたのはステラだけではないようで、ステラが戻るとダレルが抱きしめてくれた。
「聖女じゃなくてよかったって思ったのは初めてです」
 両親をあきらめた日、聖女はあきらめきれなかった。
 聖女じゃない劣等感にいつも立ち戻ってしまう自分。
 今日ここで聖女じゃなくてよかったと思えたことで、心が解き放たれた気がする。
 ダレルに場所を譲ったのか、トラヴィスを探すとステラの後ろにいた。ステラが微笑むと彼も笑顔を返してくれた。

 そのあと、ジュリエットも試したが聖女ではなかった。念のため、男性も全員やってみたが、聖女はいなかった。
「大々的に認定会を行う必要があるね」
 アレクシスが言うと、ソントンが彼の前に出た。
「ムスカリラ王国で現職の聖女が結婚できないのは、結界の維持のために教会に暮らさないとならないからです。他国には結界がないので、聖女の仕事は護符への祈りだけになるかと思います」
「そうだね。そうすると、必要なときだけ教会に出勤する形になるのかな?」
「ええ。長時間の祈りはできないため、一日一時間程度でしょうか。準備等を入れても拘束時間は数時間です。聖女の人数や護符の必要枚数によりますが、出勤は週に数日だけと決めてもいいと思います」
「出勤先はどこの教会でも良いとすれば、引っ越しも自由にできるな」
「護符を書く仕事もあってもいいかもしれん」
「希望次第ですね。聖女を副業にしたいか、本業にしたいか」
 ダレルやイストワーズ公爵、文官たちも話に加わっていく。
 こうなると、ステラが口を出せることはなくなる。ステラはトラヴィスにそっと寄り添った。次期公爵なのに話に加われないトラヴィスが、なんとなく焦っているように見えたから応援の代わりだ。
 ロジャーが文官に書類を渡して、
「我が国の聖女制度の一部をまとめて参りました。給料なども記載してあります」
「ありがとうございます!」
 それを見ていたアレクシスが懸念する。
「他国で聖女が見つかると、護符の輸出に影響が出ると思うけど、その辺りはどう考えているの?」
「しばらくは一定数の取引を継続していただきたいです。それを受け入れていただけるのなら、もっと詳細な資料をご提供できます。そして、その後は『聖女の母』の判定に使う聖具を輸出することも考えています」
「いいのかい?」
「ええ。仕様を調べられても、我が国でしか作れませんから」
 ソントンは声をひそめる。
「ここだけの話ですが、魔の森で採れる素材を使って作るのですよ」
 ステラも初めて聞く話だ。瘴気の立ち込める魔の森の素材で、それに対抗できる聖女の判定の道具が作られるなんて、不思議だ。
「聖女と認定されても就職するかは個人の判断に任せる、とすれば、ためらいは減るかな?」
 アレクシスがジュリエットに確認する。
「そうですわね。あとは、聖女に良い印象がついていれば、さらによろしいと思います」
「魔獣の大発生のときに、聖女の護符が皆を守った。――そういう美談を流そうか?」
「いいですわね、お父様」
 イストワーズ公爵にジュリエットが手を叩く。
 こうしてミモザナ王国で、聖女を探す事業が始まった。

 聖女の認定会を始めてから数日。王都で聖女が見つかった。
 ムスカリラ王国以外にも聖女はいたのだ。
 そのことが早期にわかったのは幸いだった。聖女探しに熱が入り、認定会に参加する人も増えた。
 すぐに聖女派の同盟国で会合が持たれ、共通の聖女制度が整えられた。聖女に認定されたあとも同盟国間の移住に不便がないように、だ。
 聖女制度は、聖女が不当に搾取されないように配慮されていて、ステラは安心した。
 他の同盟国でも聖女が次々と見つかり、聖女の人数は一気に増えた。

 ローズと再会した日。国同士の話がまとまったあとで、ステラはローズから手紙を渡された。
「セレナ様とシャーロット様からですよ」
「まあ! ありがとうございます!」
「本当はおふたりがこちらに来れたら良かったのですが、現役聖女は旅行できませんから」
 そして、ローズはステラの耳元で内緒話をした。
「おふたりそれぞれが祈りを込めた護符が入っているそうですよ」
「まあ!」
 セレナの手紙では「魔獣に突撃するなんて、何やってるのよ!」と怒られ、シャーロットの手紙では「淑女たる者、周囲の状況把握もできませんと」と注意されていた。
 秘密にしていたのになぜ? と思ったけれど、すぐにマーガレットだと気づいた。
 シャーロットの手紙には、マーガレットも巻き込んで教会に貴族の身分を持ち込まない制度を作りたいと意気込みが書かれていた。

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