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第二章 姉と弟
辺境伯の執務室
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「ああ、今日はタクトとエマが来ているのか」
窓の外を見たダーツ辺境伯オーブリーがつぶやいた。騎士団の訓練場にタクトがいるのが見えたのだろう。
セドリックは父にうなずき返す。
「タクトはなかなか見どころがあるそうですね」
「剣もだが、勉学の方も優秀らしいな」
二年ほど前から、タクトは週に一度、辺境伯家の騎士団に剣術を習いに来ている。図書室の利用も許可しているため、本を借りて帰るそうだが、歴史や政治などの難しい本も平気で読むらしい。家令が質問を受けたと言っていた。
「王都の学校に入れてみるか? お前の側近にどうかね」
オーブリーの提案に、セドリックは笑う。
「はは、それは無理でしょう」
「やはり無理か」
オーブリーも本気で考えてはいなかったのか、同じく笑う。
「あれは、もう主人を決めている騎士ですよ」
タクトが『界の狭間』から落ちてきて六年が経った。タクトは十二歳。エマは十四歳になった。
エマはタクトを弟扱いしているけれど、タクトはエマを頼る相手だとは思っていないだろう。お互いがお互いを守るべき者と考えているように見えた。
それは微笑ましく思えたし、危うくも思えた。
ヴィオレットの森の『魔女の家』は不思議な空間で、ゾエと使い魔だけだった時分は別世界のように感じて、セドリックは子ども心に怖かった。エマが暮らすようになってやっと自分の世界と地続きの場所なのだと思えるようになったのだ。
いつかエマとタクトの二人きりになったとき、そこはまた箱庭のような閉じられた場所になってしまうのではないかとセドリックは心配していた。
だから、セドリックはできるだけエマやタクトと交流を持つようにしていた。
外の世界を見せる意味では、タクトを王都の学校にやるのはいいかもしれないが、彼はきっと首を縦に振らないだろう。
「果たして主従で終わるかどうか、だな」
茶化すようなオーブリーの言葉にセドリックもうなずきつつ、
「魔女は結婚してもいいのですか?」
「構わないようだ。ずっとさかのぼれば、辺境伯夫人だった魔女もいたらしい」
「へぇ、それは知りませんでした」
魔女の子どもが魔女になるわけではなく、血縁の濃さは関係ない。いつか辺境伯家に菫色の髪と瞳の子どもが誕生するかもしれない。
そんな未来をセドリックが夢想したとき、部屋の扉が叩かれた。
オーブリーの応えに入ってきたのは妹のブリジットだった。
「お父様、あ、お兄様も……。失礼いたします。少しよろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
セドリックの用件は済み、雑談中だった。
オーブリーは笑顔で娘を迎えた。
「あの……」
ブリジットは胸の前で両手を握り、意を決したように顔を上げると、
「お兄様の結婚パーティにエマも招待していただきたいのです」
セドリックは来月に結婚する。相手は領地が隣りの子爵家の令嬢、十九歳のジュリエンヌだ。セドリックの二つ年下で年回りもちょうどいいということで、子どものころから婚約していた。昔から行き来があり、いわば幼馴染のようなものだ。政略結婚と言えば言えなくもないが、お互いに気心が知れているので関係は良好だった。結婚しても彼女とならうまくやれるだろうと想像がつく。
「年頃の近い友人がいないので、私……」
ブリジットはそう言いながらうつむいてしまった。
オーブリーとセドリックは顔を見合わせる。九つ下の妹は内気すぎて心配だ。結婚パーティは父も母も妹にかまってはいられないだろうから、あまり物怖じしないエマが一緒にいる方が安心ではあるが。
タクトが剣術を習いに来るとき、エマも一緒に辺境伯家に来ている。ブリジットの令嬢教育を一緒に受けたり、母や祖母と茶を飲んだりしていた。平民とは言っても、それなりに行儀は身につけている。
「母上は何ておっしゃってるんだい?」
セドリックが聞くと、ブリジットは「まだお話していません」と首を振った。
「まあいいのではないかな。ヴェール村の村長や、ムニール医師も招待している」
「父上がそうおっしゃるなら、僕は全く構いませんよ」
エマとジュリエンヌは顔を合わせたことはなかったかな、とセドリックは思い出す。快活なジュリエンヌはきっとエマを気に入るだろう。
「エマを招待するならタクトもだな。ゾエはどうだろう?」
オーブリーが顎をこすって「カイはさすがに無理か」と唸る。
「人型ならいいんじゃないですか?」
「念のため、招待状だけ全員分用意するか」
オーブリーがそう言うと、ブリジットはほっと息を吐いた。
「エマにはもう話した? 今日は来ているのだろう?」
「はい。エマはお父様とお兄様が良ければ、と」
エマはオーブリーやセドリックが断ることを期待していたかもしれない。
「僕も行こう。説得に力を貸すよ」
「衣装はこちらで用意すると伝えてくれ」
「はい」
セドリックは請け負って、ブリジットの背中を押した。
窓の外を見たダーツ辺境伯オーブリーがつぶやいた。騎士団の訓練場にタクトがいるのが見えたのだろう。
セドリックは父にうなずき返す。
「タクトはなかなか見どころがあるそうですね」
「剣もだが、勉学の方も優秀らしいな」
二年ほど前から、タクトは週に一度、辺境伯家の騎士団に剣術を習いに来ている。図書室の利用も許可しているため、本を借りて帰るそうだが、歴史や政治などの難しい本も平気で読むらしい。家令が質問を受けたと言っていた。
「王都の学校に入れてみるか? お前の側近にどうかね」
オーブリーの提案に、セドリックは笑う。
「はは、それは無理でしょう」
「やはり無理か」
オーブリーも本気で考えてはいなかったのか、同じく笑う。
「あれは、もう主人を決めている騎士ですよ」
タクトが『界の狭間』から落ちてきて六年が経った。タクトは十二歳。エマは十四歳になった。
エマはタクトを弟扱いしているけれど、タクトはエマを頼る相手だとは思っていないだろう。お互いがお互いを守るべき者と考えているように見えた。
それは微笑ましく思えたし、危うくも思えた。
ヴィオレットの森の『魔女の家』は不思議な空間で、ゾエと使い魔だけだった時分は別世界のように感じて、セドリックは子ども心に怖かった。エマが暮らすようになってやっと自分の世界と地続きの場所なのだと思えるようになったのだ。
いつかエマとタクトの二人きりになったとき、そこはまた箱庭のような閉じられた場所になってしまうのではないかとセドリックは心配していた。
だから、セドリックはできるだけエマやタクトと交流を持つようにしていた。
外の世界を見せる意味では、タクトを王都の学校にやるのはいいかもしれないが、彼はきっと首を縦に振らないだろう。
「果たして主従で終わるかどうか、だな」
茶化すようなオーブリーの言葉にセドリックもうなずきつつ、
「魔女は結婚してもいいのですか?」
「構わないようだ。ずっとさかのぼれば、辺境伯夫人だった魔女もいたらしい」
「へぇ、それは知りませんでした」
魔女の子どもが魔女になるわけではなく、血縁の濃さは関係ない。いつか辺境伯家に菫色の髪と瞳の子どもが誕生するかもしれない。
そんな未来をセドリックが夢想したとき、部屋の扉が叩かれた。
オーブリーの応えに入ってきたのは妹のブリジットだった。
「お父様、あ、お兄様も……。失礼いたします。少しよろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
セドリックの用件は済み、雑談中だった。
オーブリーは笑顔で娘を迎えた。
「あの……」
ブリジットは胸の前で両手を握り、意を決したように顔を上げると、
「お兄様の結婚パーティにエマも招待していただきたいのです」
セドリックは来月に結婚する。相手は領地が隣りの子爵家の令嬢、十九歳のジュリエンヌだ。セドリックの二つ年下で年回りもちょうどいいということで、子どものころから婚約していた。昔から行き来があり、いわば幼馴染のようなものだ。政略結婚と言えば言えなくもないが、お互いに気心が知れているので関係は良好だった。結婚しても彼女とならうまくやれるだろうと想像がつく。
「年頃の近い友人がいないので、私……」
ブリジットはそう言いながらうつむいてしまった。
オーブリーとセドリックは顔を見合わせる。九つ下の妹は内気すぎて心配だ。結婚パーティは父も母も妹にかまってはいられないだろうから、あまり物怖じしないエマが一緒にいる方が安心ではあるが。
タクトが剣術を習いに来るとき、エマも一緒に辺境伯家に来ている。ブリジットの令嬢教育を一緒に受けたり、母や祖母と茶を飲んだりしていた。平民とは言っても、それなりに行儀は身につけている。
「母上は何ておっしゃってるんだい?」
セドリックが聞くと、ブリジットは「まだお話していません」と首を振った。
「まあいいのではないかな。ヴェール村の村長や、ムニール医師も招待している」
「父上がそうおっしゃるなら、僕は全く構いませんよ」
エマとジュリエンヌは顔を合わせたことはなかったかな、とセドリックは思い出す。快活なジュリエンヌはきっとエマを気に入るだろう。
「エマを招待するならタクトもだな。ゾエはどうだろう?」
オーブリーが顎をこすって「カイはさすがに無理か」と唸る。
「人型ならいいんじゃないですか?」
「念のため、招待状だけ全員分用意するか」
オーブリーがそう言うと、ブリジットはほっと息を吐いた。
「エマにはもう話した? 今日は来ているのだろう?」
「はい。エマはお父様とお兄様が良ければ、と」
エマはオーブリーやセドリックが断ることを期待していたかもしれない。
「僕も行こう。説得に力を貸すよ」
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「はい」
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