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224話 戦闘準備
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夏祭りから一夜明け、朝から戦力不足を補うための交渉にと飛び回り、それが終わると自宅で〈ダンジョンコア〉を用いた魔道具を作成した。
金色の球体にびっしりと書き込まれた神語文字が白く発光する。
魔法職なら簡単に習得しているであろうスキルの効果を持たせそれを神語文字でさらに増幅させた、この世界でも唯一無二の逸品となった。
これで俺の欠点も解消された。
あとは――
「トシオ、注文の品が出来たよ」
「待ってました!」
モリーさんから剣身200センチ、柄100センチの緋色の直刀を受け取る。
今まで使っていた短槍と比べても明らかに長すぎる刃は幅10センチもあるがとても薄く、巨大なカミソリのような印象を持つ。
「実際に手にしてみると思ってた以上に刃ぁ長っ」
「赤いですね……」
「とても綺麗でしゅが、毒々しいと言いましゅか禍々しいと言いましゅか」
セシルとフィローラが剣に顔を近付け刀身に映る自分たちの顔をまじまじと見る。
赤というより橙に近いか?
「ほんに大きいくせに薄いわ細っこわ、打ち合うただけで壊れてしまわぬか?」
「頼まれたから作ってやったが、はっきり言って強度的にはまったく信用出来ないねぇ。金属の強度もヒヒイロカネは神鉄の中でも一番脆いって言われているし。それにこれだけ長いと取り扱いも難しいだろうに、本当にこれで大丈夫なのかい?」
イルミナさんが武器の強度を疑い、今まで数多くの武具を手掛けてきたモリーさんだからこそのプロのダメ出しが言葉を濁されることなく発せられた。
ちなみに頼んだ時も『こんなので本当に良いのかい?』と執拗に言われている。
「まぁ、打ち合うことが目的じゃないですし、全身鎧を斬るならこの形状が俺にはベストかなと」
バラドリンド教国が保有する動く鎧〈神聖鎧兵〉対策を兼ねたもので、魔法を使わずに全身甲冑の物体を切ることを考えるとこれくらいの長さの刀身が欲しかったのだ。
「あんたこんなので金属鎧をぶった斬るつもりだったっての? しかも相手の装備は勇者のスキルで強化されてるって話じゃない、いくら神鉄製の武器でもドラグライトの全身鎧なら刃が歪むか最悪割れちまうわよ。本当に正気かい?」
「ドラグライトって、たしか特殊鋼の中では最高硬度のやつでしたっけ?」
「そうだよ」
モリーさんが嫌悪で目を険しくして頷く。
剣の形状が用途に合致していないことに、壊れるものを作らされたという想いで忌避感が先に立つのだろう。
「まぁこのままだと壊れちゃうので、そこでひと手間加えてもらったんですよ」
「それがこの神語文字ってやつかい?」
「Exactly。剣にはどんなものでも問答無用で斬れる効果が付与してますんで、対象物の硬度なんて気にしなくてもよくなるはずです」
刃が触れるだけでどんな対象でも確実に分断出来る代物だ。
「本当に何でも斬れるのか楽しみじゃな」
「切れることはわたくしが保証いたします」
イルミナさんが魔法研究者としての顔を覗かせ、レイティシアさんが神の威厳を誇る。
刀身には切っ先から刃元にかけて神語文字で〝なんでも斬れる絶対に斬れる斬れる斬れるお前なら斬れるズバっとサパっとキリキリ斬り裂けお前に斬れないモノなど存在しないったらしないのだからさぁさぁ剣よ斬滅せよありとあらゆる理すらも〟と彫られている。
剣を作る際、「神語文字を使って神を封印したりしてるんだし、たぶんスキルとか魔法とかってこの世界の〝ルール〟もそれを用いてる可能性も高そうじゃない? だったら世界のルールそのものをどうにか無視できないか?」と話したところ、レイティシアさんが「でしたら神語文字を用いて新たにルールを設けてみましょうか?」とこうなった。
それにしても神語文字の文章がひど過ぎるの何とかならなかったのか?
「書いてある言葉がまるで剣に言い聞かせてるみたいですよね」
「事実、剣に自己暗示をかけることで自身を呪いで縛り、事象を歪ませるのです。年月を重ねることで呪いはより強力なものとなるでしょう」
女神の依り代となり神語文字が読めるようになったリシアの言葉に、レイティシアさんがさらっと恐ろしいことをのたまった。
だがなんと言っても神様のお墨付きだ。
その説明で以前望んだ概念武装を手にしているのだと感慨も深くなる半面、モリーさんではないが持っていて大丈夫なのかと急に心配になる。
「でも剣の効果が呪いって、じゃぁダンジョンコアに施したアレもそうなんですか?」
「はい、同じです」
「持ってて俺も呪われたりしません?」
「邪念が込められたものではありませんので、所持して不幸になるようなものでも――……」
そこまで言って俺と目を合わせたレイティシアさんの言葉が急に尻すぼみとなり、リシアの後ろに隠れもじもじと恥ずかしそうに俯く。
「ん?」
「あの、トシオ様ちょっと……」
頭に?を浮かべている俺をリシアが廊下まで追いやる。
バカでかい刃物を持っているので非常に危ない。
「どしたの?」
「そのですね、レイティシア様と私って感覚が繋がっていると説明しましたよね?」
「そう言ってたね」
大地母神レイティシアの神格であり精神体とも言うべき彼女は、彼女の信者であるリシアを依り代とすることで迷宮から解放された。
その結果、リシアが感じたことや経験したことも共有されているとのこと。
「それでですね、昨晩の、その、アレのことも全部レイティシア様に見られていたわけでして……」
「……あー」
顔を赤くしてうつむきしどろもどろな説明をするリシアにいろいろと察してしまう。
つまり、寝室での夫婦の営みまで共有してしまったのか……。
すべての事情を理解しながらリビングに戻ってくるると、女神があたふたした後またもリシアの背に隠れた。
そういう乙女チックな反応をされるとこっちまで恥ずかしくなる。
女神様が信者の背に隠れんのもどうなの?
そもそも地母神って言ったら豊穣や生命を司る神様なのに、人間の交尾ごときで乙女か。
うぶな少女のような反応を見せる女神にツッコミを入れていいものか躊躇してると、廊下側からクラウディア王女とよしのんがリビングに突入してきた。
「聞いてください一ノ瀬さん、重大ニュースです!」
そう言ってよしのんが印籠でも見せつけるかのように手にした本に思わず目が釘付けになる。
ハードカバーの大きなサイズのその本の表紙には、妙に美化された二次元の俺がフリッツであろう物体に顎クイして見詰め合うとても耽美な白黒の絵が描かれていたからだ。
本のタイトルに〝槍使いの勇者は美男子を所望する〟とこの世界の言葉で書かれており、サブタイトルには『俺の聖槍を受け止めろ!』という煽り文句が添えられていた。
煽り文句の下品さが容易に想像できてしまい死にたくなる。
「……で、何これ?」
「聞いて驚かないでくださいよ? ついに私、作家デビューしちゃったんです!」
こちらの氷点下のまなざしなど気にも留めてないのか気付いていないだけか、興奮したよしのんの指さすところには小さな文字で〈イラスト・著:ヨシノ・イノウエ〉と書かれていた。
〝どうです、すごいでしょ!〟みたいな顔なのが余計にイラっとさせられる。
「クラウディア様に私の小説を読んでもらったら、国が全面協力で製本してくれることになったんですよ! これは試しに作ってもらった最初の一冊です!」
「………」
アホだ。
アホが居る。
確かにすごいけど馬鹿すぎて言葉が出ない。
人が必死になって魔法の改修作業や切り札をどうするかで頭を悩ませ、結局は大量殺戮魔法であることにまた胃を痛くしていたって時に、こいつはよりにもよって俺をモデルにしたBL小説を書いていただけでなく、製本にまでこぎつけていやがったのだ。
「ほら、ここも見てくださいよ! スペシャルサンクスの所にモティナちゃんとクラウディア様の名前も入ってるんですよ!」
3人だけで楽しむ分には黙認できるが、これが世に出るのはいただけない。
てかクラウディアも止めろよな――って、なんで誇らしげにしてんだよ……。
昨晩からウサギ耳を付けたままの新妻のふんぞり返る姿に頭が痛くなる。
「……よしのん」
「はい、なんでしょう?!」
目をキラッキラさせて巻末付近のページを捲っているよしのんが、俺の次なる言葉を待っている。
本が出来たことへのお祝いの言葉が貰えるとでも思っているみたいだが、誰がそんなものをくれてやるか。
「すごいねぇ。ちょっとその本見せてくれる?」
「どうぞどうぞ! 思う存分読んで感想なんか聞かせてくれると嬉しいです!」
笑みを浮かべて手を差し出すと、御腐れ作家先生が大はしゃぎで本を手渡してくれた。
手渡された本に強固な防御魔法を施し、即火炎魔法で盛大に包んでやる。
「きゃあああああ!? なにするんですかー!?」
「え、汚物は消毒?」
炎をそのままに、ばれないように本だけを収納袋様に放り込むと、代わりに布切れを炎にくべる。
すぐに燃え尽きた布は黒い灰となってテーブルに落ちた。
「汚物じゃありません! 私の処女作の初版も初版、記念すべき第一号ですよ!?」
テーブルに落ちた灰を涙を浮かべながら必死にかき集めようとするよしのん。
当然灰なんて集めたところでどうにかなるはずもない。
「どやかましい。こっちはいろいろと必死になってるさなかになにやってくれてやがりますか」
「それは分かってますけど、それとこれとはまた別じゃないですか!」
「え、分かってて人のテンション下げるような物を見せに来たの!?」
よしのんだけでなくクラウディアにも視線で問うも、王女様は責任から逃れるようにそっぽを向いた。
昨晩はあんなに可愛かったのに、やっぱりいい性格してやがるなクソったれ。
「なんで私の本で一ノ瀬さんのテンションが下がるんですか! 仮にそうだとしても燃やすことないじゃないですか!」
お前なんも分かってないだろ……。
「んじゃぁ俺もこの戦いが終わったら、どこかの画家に頼んでお前とクラウディアのレズックス漫画を描かせて全世界に出版してやる」
俺の妄想力を魔法外骨格の応用できわどい下着姿のよしのんとクラウディアを1/8スケールで出現させ、ねっとりと絡み合わせた。
我ながら素晴らしいエロさである。
「きゃああああああああ!? なんてことするんですか! 一ノ瀬さんがこんな変態だったなんて思いませんでした!」
自分のことを棚上げにして俺を変態呼ばわりとか、よしのんさんマジ頭おかしい。
逆ギレにも程があるだろ。
「俺とフリッツを絡めて楽しんでるお前が言うな、歩くわいせつ物陳列罪」
「男性同士は良いんです! 本来なら結ばれないはずの男性同士が障害を乗り越え強い愛で結ばれる。この尊さと背徳感が分からないんですか?!」
「わかってたまるか。そもそもわからないからこそ今まで放置してやってたのに、それを態々俺に見せに来た時点でアウトなんだよ」
涙を滲ませるよしのんにたんたんと言葉を叩きつける。
「分かり合えないなら、せめて目に入れない近寄らないってするのがマナーってもんだろうが」
「だからって、何も燃やさなくても、良いじゃないですか……! ……うぅ……酷いです……う”え”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ん”!」
漸く感情が悲しみに追いついたのか、よしのんが床に座り込んだまま涙をボロボロと溢れさせガチ泣きする。
知らない間にBL本のモデルにされたのだ、泣きたいのはこっちである。
……まぁこれくらいにしておいてやるか。
「だったら自分から俺の目に入れるような事は2度とするなよ」
収納袋様に収めたBL本を取り出し、その本でよしのんの頭をぽこんと叩く。
「いたっ――本、燃えたんじゃ……?」
茫然としながら俺の手にある本を注視する涙目のよしのんに嗜虐心が刺激され、全く同じ手順で本が燃え上がらせる。
「燃えろ燃えろー!」
「きゃああああああああああああ!?」
再度悲鳴を上げたところですぐに火を消し、彼女の膝の上に本を置いてやる。
「今後は俺をモデルにしたBL本を書くな。ものすごく不快だから」
「は、はい……」
気持ちの乱高下に疲弊しきったよしのんが、消沈した声を喉から絞り出した。
本当に反省してくれ。
「あと、本を出版するなら俺とフリッツの部分をちゃんと修正して架空の人物にするように。もし俺たちだと連想できる内容で出版されでもしたら、今度こそこの世から1冊残らず燃やし尽くす。今後の執筆活動も一切禁止にされたくなかったらちゃんと言うとおりにすること。良いな?」
「はい、ごめんなさい……。……あああああああああああああ!?」
しょぼくれながら頷くよしのんが急に大声を上げたかと思うと、慌てた様子でワープゲートを開き飛び込んだ。
突然の奇声に俺の心臓が大きく跳ねる。
気でもふれたか!?
ワープゲートの先は何かの工房の建物らしく、マコーレン印刷所の看板が見えた。
どうやら製本にストップをかけに行ったみたいだ。
「トシオ様が世間に認知される絶好の機会でしたのに」
クラウディアがヤレヤレといった様子でぼやく。
「そんな認知のされかたするなら世界の敵になった方が遥かにましだわ」
『ねこ殿、至急アイヴィナーゼの会議室に来てくだされ』
一連のやり取りに辟易していると、バラドリンド対策本部となったアイヴィナーゼの会議室に詰めていた影剣さんから念話が届く。
もう嫌な予感しかしない。
『何かあった?』
『バラドリンド軍に動きありでござる』
出来ることなら聞きたくなかった予想通りの報告に、極度の緊張とストレスが俺にのしかかる。
『すぐ行く』
影剣さんに短く伝え、俺はアイヴィナーゼへのワープゲートを開いた。
金色の球体にびっしりと書き込まれた神語文字が白く発光する。
魔法職なら簡単に習得しているであろうスキルの効果を持たせそれを神語文字でさらに増幅させた、この世界でも唯一無二の逸品となった。
これで俺の欠点も解消された。
あとは――
「トシオ、注文の品が出来たよ」
「待ってました!」
モリーさんから剣身200センチ、柄100センチの緋色の直刀を受け取る。
今まで使っていた短槍と比べても明らかに長すぎる刃は幅10センチもあるがとても薄く、巨大なカミソリのような印象を持つ。
「実際に手にしてみると思ってた以上に刃ぁ長っ」
「赤いですね……」
「とても綺麗でしゅが、毒々しいと言いましゅか禍々しいと言いましゅか」
セシルとフィローラが剣に顔を近付け刀身に映る自分たちの顔をまじまじと見る。
赤というより橙に近いか?
「ほんに大きいくせに薄いわ細っこわ、打ち合うただけで壊れてしまわぬか?」
「頼まれたから作ってやったが、はっきり言って強度的にはまったく信用出来ないねぇ。金属の強度もヒヒイロカネは神鉄の中でも一番脆いって言われているし。それにこれだけ長いと取り扱いも難しいだろうに、本当にこれで大丈夫なのかい?」
イルミナさんが武器の強度を疑い、今まで数多くの武具を手掛けてきたモリーさんだからこそのプロのダメ出しが言葉を濁されることなく発せられた。
ちなみに頼んだ時も『こんなので本当に良いのかい?』と執拗に言われている。
「まぁ、打ち合うことが目的じゃないですし、全身鎧を斬るならこの形状が俺にはベストかなと」
バラドリンド教国が保有する動く鎧〈神聖鎧兵〉対策を兼ねたもので、魔法を使わずに全身甲冑の物体を切ることを考えるとこれくらいの長さの刀身が欲しかったのだ。
「あんたこんなので金属鎧をぶった斬るつもりだったっての? しかも相手の装備は勇者のスキルで強化されてるって話じゃない、いくら神鉄製の武器でもドラグライトの全身鎧なら刃が歪むか最悪割れちまうわよ。本当に正気かい?」
「ドラグライトって、たしか特殊鋼の中では最高硬度のやつでしたっけ?」
「そうだよ」
モリーさんが嫌悪で目を険しくして頷く。
剣の形状が用途に合致していないことに、壊れるものを作らされたという想いで忌避感が先に立つのだろう。
「まぁこのままだと壊れちゃうので、そこでひと手間加えてもらったんですよ」
「それがこの神語文字ってやつかい?」
「Exactly。剣にはどんなものでも問答無用で斬れる効果が付与してますんで、対象物の硬度なんて気にしなくてもよくなるはずです」
刃が触れるだけでどんな対象でも確実に分断出来る代物だ。
「本当に何でも斬れるのか楽しみじゃな」
「切れることはわたくしが保証いたします」
イルミナさんが魔法研究者としての顔を覗かせ、レイティシアさんが神の威厳を誇る。
刀身には切っ先から刃元にかけて神語文字で〝なんでも斬れる絶対に斬れる斬れる斬れるお前なら斬れるズバっとサパっとキリキリ斬り裂けお前に斬れないモノなど存在しないったらしないのだからさぁさぁ剣よ斬滅せよありとあらゆる理すらも〟と彫られている。
剣を作る際、「神語文字を使って神を封印したりしてるんだし、たぶんスキルとか魔法とかってこの世界の〝ルール〟もそれを用いてる可能性も高そうじゃない? だったら世界のルールそのものをどうにか無視できないか?」と話したところ、レイティシアさんが「でしたら神語文字を用いて新たにルールを設けてみましょうか?」とこうなった。
それにしても神語文字の文章がひど過ぎるの何とかならなかったのか?
「書いてある言葉がまるで剣に言い聞かせてるみたいですよね」
「事実、剣に自己暗示をかけることで自身を呪いで縛り、事象を歪ませるのです。年月を重ねることで呪いはより強力なものとなるでしょう」
女神の依り代となり神語文字が読めるようになったリシアの言葉に、レイティシアさんがさらっと恐ろしいことをのたまった。
だがなんと言っても神様のお墨付きだ。
その説明で以前望んだ概念武装を手にしているのだと感慨も深くなる半面、モリーさんではないが持っていて大丈夫なのかと急に心配になる。
「でも剣の効果が呪いって、じゃぁダンジョンコアに施したアレもそうなんですか?」
「はい、同じです」
「持ってて俺も呪われたりしません?」
「邪念が込められたものではありませんので、所持して不幸になるようなものでも――……」
そこまで言って俺と目を合わせたレイティシアさんの言葉が急に尻すぼみとなり、リシアの後ろに隠れもじもじと恥ずかしそうに俯く。
「ん?」
「あの、トシオ様ちょっと……」
頭に?を浮かべている俺をリシアが廊下まで追いやる。
バカでかい刃物を持っているので非常に危ない。
「どしたの?」
「そのですね、レイティシア様と私って感覚が繋がっていると説明しましたよね?」
「そう言ってたね」
大地母神レイティシアの神格であり精神体とも言うべき彼女は、彼女の信者であるリシアを依り代とすることで迷宮から解放された。
その結果、リシアが感じたことや経験したことも共有されているとのこと。
「それでですね、昨晩の、その、アレのことも全部レイティシア様に見られていたわけでして……」
「……あー」
顔を赤くしてうつむきしどろもどろな説明をするリシアにいろいろと察してしまう。
つまり、寝室での夫婦の営みまで共有してしまったのか……。
すべての事情を理解しながらリビングに戻ってくるると、女神があたふたした後またもリシアの背に隠れた。
そういう乙女チックな反応をされるとこっちまで恥ずかしくなる。
女神様が信者の背に隠れんのもどうなの?
そもそも地母神って言ったら豊穣や生命を司る神様なのに、人間の交尾ごときで乙女か。
うぶな少女のような反応を見せる女神にツッコミを入れていいものか躊躇してると、廊下側からクラウディア王女とよしのんがリビングに突入してきた。
「聞いてください一ノ瀬さん、重大ニュースです!」
そう言ってよしのんが印籠でも見せつけるかのように手にした本に思わず目が釘付けになる。
ハードカバーの大きなサイズのその本の表紙には、妙に美化された二次元の俺がフリッツであろう物体に顎クイして見詰め合うとても耽美な白黒の絵が描かれていたからだ。
本のタイトルに〝槍使いの勇者は美男子を所望する〟とこの世界の言葉で書かれており、サブタイトルには『俺の聖槍を受け止めろ!』という煽り文句が添えられていた。
煽り文句の下品さが容易に想像できてしまい死にたくなる。
「……で、何これ?」
「聞いて驚かないでくださいよ? ついに私、作家デビューしちゃったんです!」
こちらの氷点下のまなざしなど気にも留めてないのか気付いていないだけか、興奮したよしのんの指さすところには小さな文字で〈イラスト・著:ヨシノ・イノウエ〉と書かれていた。
〝どうです、すごいでしょ!〟みたいな顔なのが余計にイラっとさせられる。
「クラウディア様に私の小説を読んでもらったら、国が全面協力で製本してくれることになったんですよ! これは試しに作ってもらった最初の一冊です!」
「………」
アホだ。
アホが居る。
確かにすごいけど馬鹿すぎて言葉が出ない。
人が必死になって魔法の改修作業や切り札をどうするかで頭を悩ませ、結局は大量殺戮魔法であることにまた胃を痛くしていたって時に、こいつはよりにもよって俺をモデルにしたBL小説を書いていただけでなく、製本にまでこぎつけていやがったのだ。
「ほら、ここも見てくださいよ! スペシャルサンクスの所にモティナちゃんとクラウディア様の名前も入ってるんですよ!」
3人だけで楽しむ分には黙認できるが、これが世に出るのはいただけない。
てかクラウディアも止めろよな――って、なんで誇らしげにしてんだよ……。
昨晩からウサギ耳を付けたままの新妻のふんぞり返る姿に頭が痛くなる。
「……よしのん」
「はい、なんでしょう?!」
目をキラッキラさせて巻末付近のページを捲っているよしのんが、俺の次なる言葉を待っている。
本が出来たことへのお祝いの言葉が貰えるとでも思っているみたいだが、誰がそんなものをくれてやるか。
「すごいねぇ。ちょっとその本見せてくれる?」
「どうぞどうぞ! 思う存分読んで感想なんか聞かせてくれると嬉しいです!」
笑みを浮かべて手を差し出すと、御腐れ作家先生が大はしゃぎで本を手渡してくれた。
手渡された本に強固な防御魔法を施し、即火炎魔法で盛大に包んでやる。
「きゃあああああ!? なにするんですかー!?」
「え、汚物は消毒?」
炎をそのままに、ばれないように本だけを収納袋様に放り込むと、代わりに布切れを炎にくべる。
すぐに燃え尽きた布は黒い灰となってテーブルに落ちた。
「汚物じゃありません! 私の処女作の初版も初版、記念すべき第一号ですよ!?」
テーブルに落ちた灰を涙を浮かべながら必死にかき集めようとするよしのん。
当然灰なんて集めたところでどうにかなるはずもない。
「どやかましい。こっちはいろいろと必死になってるさなかになにやってくれてやがりますか」
「それは分かってますけど、それとこれとはまた別じゃないですか!」
「え、分かってて人のテンション下げるような物を見せに来たの!?」
よしのんだけでなくクラウディアにも視線で問うも、王女様は責任から逃れるようにそっぽを向いた。
昨晩はあんなに可愛かったのに、やっぱりいい性格してやがるなクソったれ。
「なんで私の本で一ノ瀬さんのテンションが下がるんですか! 仮にそうだとしても燃やすことないじゃないですか!」
お前なんも分かってないだろ……。
「んじゃぁ俺もこの戦いが終わったら、どこかの画家に頼んでお前とクラウディアのレズックス漫画を描かせて全世界に出版してやる」
俺の妄想力を魔法外骨格の応用できわどい下着姿のよしのんとクラウディアを1/8スケールで出現させ、ねっとりと絡み合わせた。
我ながら素晴らしいエロさである。
「きゃああああああああ!? なんてことするんですか! 一ノ瀬さんがこんな変態だったなんて思いませんでした!」
自分のことを棚上げにして俺を変態呼ばわりとか、よしのんさんマジ頭おかしい。
逆ギレにも程があるだろ。
「俺とフリッツを絡めて楽しんでるお前が言うな、歩くわいせつ物陳列罪」
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涙を滲ませるよしのんにたんたんと言葉を叩きつける。
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……まぁこれくらいにしておいてやるか。
「だったら自分から俺の目に入れるような事は2度とするなよ」
収納袋様に収めたBL本を取り出し、その本でよしのんの頭をぽこんと叩く。
「いたっ――本、燃えたんじゃ……?」
茫然としながら俺の手にある本を注視する涙目のよしのんに嗜虐心が刺激され、全く同じ手順で本が燃え上がらせる。
「燃えろ燃えろー!」
「きゃああああああああああああ!?」
再度悲鳴を上げたところですぐに火を消し、彼女の膝の上に本を置いてやる。
「今後は俺をモデルにしたBL本を書くな。ものすごく不快だから」
「は、はい……」
気持ちの乱高下に疲弊しきったよしのんが、消沈した声を喉から絞り出した。
本当に反省してくれ。
「あと、本を出版するなら俺とフリッツの部分をちゃんと修正して架空の人物にするように。もし俺たちだと連想できる内容で出版されでもしたら、今度こそこの世から1冊残らず燃やし尽くす。今後の執筆活動も一切禁止にされたくなかったらちゃんと言うとおりにすること。良いな?」
「はい、ごめんなさい……。……あああああああああああああ!?」
しょぼくれながら頷くよしのんが急に大声を上げたかと思うと、慌てた様子でワープゲートを開き飛び込んだ。
突然の奇声に俺の心臓が大きく跳ねる。
気でもふれたか!?
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どうやら製本にストップをかけに行ったみたいだ。
「トシオ様が世間に認知される絶好の機会でしたのに」
クラウディアがヤレヤレといった様子でぼやく。
「そんな認知のされかたするなら世界の敵になった方が遥かにましだわ」
『ねこ殿、至急アイヴィナーゼの会議室に来てくだされ』
一連のやり取りに辟易していると、バラドリンド対策本部となったアイヴィナーゼの会議室に詰めていた影剣さんから念話が届く。
もう嫌な予感しかしない。
『何かあった?』
『バラドリンド軍に動きありでござる』
出来ることなら聞きたくなかった予想通りの報告に、極度の緊張とストレスが俺にのしかかる。
『すぐ行く』
影剣さんに短く伝え、俺はアイヴィナーゼへのワープゲートを開いた。
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ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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