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番外9話 慟哭の誓いその2

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 男が娘と孫を失った日から、およそ半年が経っていた。

 土砂降りの雨が広く深い洞窟内に水の香りが漂うも、むせるような鉄の臭いがそれをかき消す。
 場所はウィッシュタニア魔法王国の首都から北へ200キロほど離れた小さな森の奥。
 元々魔物の住処であった洞窟を改修した盗賊団のアジトは、正体不明の何者かの襲撃を受け混乱を極めていた。 

「もう逃さんぞこのクソ虫共、ここが貴様らの終焉の地と知れい!」

 謎の男が重圧な足音を鳴らしながらの宣言に、盗賊団の頭領ディセイオが手下達を連れて後退する。

「なんだよ! なんなんだよあのジジイは!?」
「下がれザットウ! ちっ、ガレアス、ザットウを下がらせろ!」
「あぁ!」

 厳めしい面構えの中年男が後退を命じるも、若い男は血走った目で出口から延びる影を凝視し動かない。
 ガレアスと呼ばれた巨体のリザードマンが怯える男の肩を掴んで強引に下がらせると、盾とモーニングスターを構えて殿しんがりを入れ替わる。

「エオノ、ガレアスに補助をかけろ!」
「わ、わかった! 万能なるマナよ、彼の者の守る障壁となれ、プロテクション!」

 青白い顔をした魔術師風の男がガレアスへと防御魔法を施し、リザードマンの手に持つモーニングスターにも魔法の輝きが生まれる。
 輝く鈍器の光は入り口へと延びる通路を照らし、歴戦の老兵然とした大柄な男の姿を浮き上がらせた。

「貴様らは殺す、1人残らず殺す。娘や孫の命をワシから奪った貴様らだけは、ワシの手で余さず殺して、殺して! 殺し尽くしてくれる!!」

 襲撃者の眉間や口元が怒りでゆがみ、洞窟内に響き渡る憎悪の叫びに、悪行の限りを尽くした24人の盗賊団の男たちを震え上がらせた。
 それと同じくらいの者達が、男の通ってきた通路の上で既に息絶えている。
 村を4つ滅ぼし領主の館を焼き払い、勢いに乗る売り出し中の盗賊団が、たった1人のこの男に壊滅させられるなど、誰が想像できようか。
 50を過ぎても衰えを感じさせない逞しい肉体が、幽鬼の如くゆらりと揺れる。
 洞窟には緊急脱出用の逃げ道などなく、奴を倒さなければ盗賊達にここを抜け出す手段はない。

 だがここは狭い通路だ。
 ガレアスの盾で道を塞いでいる間に後ろの大広間まで下がり、全員で囲み落とし前を付けさせてやる。

 ディセイオの思惑を理解しているガレアスが、大盾で通路を塞ぎじりじりと後退を続ける。
 人種よりも大柄なリザードマンと分厚い金属の大盾による壁は、早々に破られるものではない。
 そして生き残った盗賊仲間の待ち構える大広間に差し掛かったところで、ガレアスからガツッと重たくも短い音が鳴った。
 いぶかしげにそちらを見ると、ガレアスの背中から金属に輝く物体が生えていた。
 だがそれが大剣の切っ先であると理解する頃には、ガレアスの背中からは大量の血が流れ出す。
 足元に赤い水たまりを作ったガレアスの足には全く力が入っておらず、項垂れた頭がリザードマンの命が既にこと切れていると示している。
 老兵の蹴りで大盾ごとその巨体がディセイオの前まで吹き飛んでくると、分厚い大盾には大きなひし形の穴が開いていた。

「しこうた。リザードマンは丈夫だと聞いていたが、よもやこうもあっさりと死んでしまうとは、ワシの勘も衰えたものよ」
「スキルも使わず鉄の大盾を貫いたというのか!?」
「チクショー、こんなところで死んでたまるか! 俺はまだやりたいことがあるんだ!」

 一度後ろに下がらされたザットウが錯乱した状態で切りかかるが、そんな攻撃で何とかなるなら盗賊団はこれ程の被害を被ってはいない。
 案の定一刀の元にザットウが振り上げた右手が断ち切られ、大剣の刃はそのまま腰に入いり足首の内側を抜ける。
 特攻した勢いのまま前のめりに倒れるザットウ。
 切断面こそ広いが即死するような傷ではない、明らかに生かして苦しめるための切り口だった。

「痛ええええええ!た、たすげえっっっ!?」
「幼子の命を奪った貴様らが夢を見るな、希望を持つな、助けを口にするな。激痛でもがき苦しみ、これまでの行いを後悔して死ぬことこそが唯一の道と知れい!」

 悲鳴と懇願を口にしたザットウの薄くなった右足を踏み付けそう告げると、痛みで声を上げられなくなったザットウの腹を踏みつけ体重をかける。
 ザットウの腹部に信じられない重さが加わり、ゆっくりと靴がめり込んでいく激痛とともに口から血がこぼれる。
 復讐鬼と呼ぶにふさわしい男の残忍な行動が凄惨で残忍な反面、冷静で冷徹で冷血な意志の元に粛々と行われているだけに、それを見た者の精神が狂いそうになる。
 自身の腹部にめり込んだ足を必死に退かそうと足掻いていたザットウの手から力が抜け落ち、呼吸も小さくなっていく。

「逝くならもっと痛みを味わってからにしろ」
「がぁぁ……!」

 老人は静かな憎しみ込めて吐き捨てると、足を倒れた男の腹部を踏み抜いた。
 ザットウの口から断末魔の声と大量の血肉が飛び出す。
 最大級の激痛を与えられた死に際であった。
 そこにディセイオの脇を1人の男が通り抜ける。

「死ねぇぇぇ!」
「やめろカリーニ!」

 老人が踏み付けている死体に目を向けたのを隙と捉えた男が剣で切りかかるが、その剣が振り抜かれるよりも早く腹部が横に裂けた。
 斬撃に引っ張られる形で横に転んだ男が痛みで腹部を手で押さえるも、手にに生じたおかしな感触にその視線が下に向く。

「ひいい、俺の腹がぁぁぁ!?」

 こぼれる臓物を抱えておののくカリーニ。
 襲撃者の卓越した剣技が内臓を傷つけることなく腹筋を切り裂いたのだ。
 必死に飛び出した内臓を押し戻そうとしている男の顎へ、復讐鬼のつま先が蹴り込まれた。

「うごっ!?」

 短い悲鳴を上げて転がされた男の胸部にたくましい足が乗せられる。

 肺の空気を無理やり押し出されるも、呼吸するための筋肉や横隔膜が欠損しているため、例え器官に血が詰まっていなかろうと新たな空気を取り込むことが出来ないでいる。
 あまりの激痛にカリーニと呼ばれた男は自身を踏み付けにしている足を手で押しのけようと必死に抵抗するが、先に逝ったザットウと同様、腕だけで退かせられるほど男の体重は軽くない。
 カリーニが涙や鼻水を流し、激痛と酸欠により意識を失いそうになったところで、男はカリーニの剥き出しの臓器踏み潰し更なる苦痛を贈与する。
 口と鼻から涎や鼻水の代わりに胃液と血液を噴出させられると、男は苦痛の中で心臓を止めた。
 カリーニがこと切れたのを確認した襲撃者は、持ち上げた足を力いっぱい振り抜きカリーニンだった死体を肉片としてぶちまけた。
 仲間が苦しめられて殺されている間にも、盗賊達は洞窟の奥へと後退した。
 
「大声を上げて切りかかってくるド素人が。大人しく首を差し出せばより大きな苦しみを与えてやったものを…」

 悠然とした足取りで追ってくる人の姿をした鬼の独り言が聞こえてくる。
 仲間を半数以上失っても尚投降が認められない現実に、盗賊達は恐怖と絶望の中で戦闘の継続を余儀なくされた。

 程なくして洞窟内では戦闘音が途絶えるも、ディセイオの苦鳴が途切れたのは、それから更に半日後の事だった。

 洞窟から姿を現した復讐鬼の怒りと憎しみと殺意は、未だ衰えはしなかった。
 なぜなら、自分の復讐はまだ終わってはいない。
 娘と孫を手にかけたのはこの盗賊団だが、それを許すきっかけを作った者共がまだ生きている。
 その元凶を粛清すべく、老兵は重たい足で歩みを再開した。
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