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180話 悪魔の誘い

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「雑魚を倒した程度で良い気になるなよクソチビ野郎、〈エンチャントフレア〉〈フィジカルエンチャント〉!」
「お前こそ、わざと攻撃を外してやったのに偉そうにしてんな筋肉ダルマ!」

 未だ放心状態のトモノリとは対照的に、手下の全滅から立ち直ったマルケオスが、属性付与魔法で高熱を宿らせた大剣を構える。
 こちらも挑発を入れつつ、自分だけでなくメリティエやフリッツにも身体強化魔法をかけた。
 ヨルムンガンドでの手ごたえからして、俺の強化魔法ならレベル差を埋めることは可能だと確信を持っている。

「ちっ、まだ〈アーティファクト〉を隠し持ってやがったか」

 巨漢の美男子がこちらの身体が淡く発光したのを見て警戒を強める。

「俺のアーティファクトは108個まであるぞ」
「嘘をつくならもっと信憑性のある数にするんだな」

 あからさまな嘘を見抜きながらも、余裕を浮かべる俺へマルケオスが忌々し気に顔を歪める。
 持っていないと断定出来ない苦しさが如実に見て取れる。

 ははっ、効いてる効いてる。

『この余裕、さては独学でスキルを習得したクチか』
『そいつぁスキルを封じても魔法が使えるってことですかい?』
『そう言うことった。だが体格からして向こうでは平和ボケしていた人間だ、一気に距離を詰めてたたみかけるぞ』
『合点でさぁ!』

 マルケオスが眼帯の部下へ念話で指示を出し、俺達を挟み込む形で突撃してきた。
 
 ばれるの早すぎだろ。
 
「メリー、フリッツ、そっちの眼帯男を頼む、俺は筋肉ダルマの相手をする」
「ふん、私1人で十分だ」
「おや、これは心強い」

 メリティエが鼻息を荒げ、戦闘力UP系のバフスキルを発動する。
 平静を保ったフリッツが腰の剣を抜く。
 俺も既に魔法化された収納袋様から愛用の斬撃短槍ショートパルチザンを取り出したところへ、接敵したマルケオスの大剣が頭上から降って来た。
 槍の柄でなんとか受け止めるも、攻撃の重さに身が沈む。

 クッソ重っ!?
 これだから近接職の物理攻撃は!

 左から来た追撃のミドルキックは右足を上げてカットする。
 だが踏ん張ることは敢えてせず、わざと蹴り飛ばされ威力を逃す。
 
「どうした、異世界のサルはこんなのも防げんのか!」

 ナニ調子にのってやがりますかこのゴリラは。

 着地と同時に地面を蹴ると、ショートパルチザンを大上段から打ち下ろし。
 マルケオスが難なく大剣で弾き胴を薙いでくるも、槍を魔念動力で空間にがっちり固定して受け止めながら素早く懐に飛び込むと、ショートフックの要領で槍の穂先と石突きで左右から連打する。
 マルケオスはそれを手甲と幅広の大剣を盾にして防ぐと、剣ごと体当たりして無理やり俺を押しのけ、鋭い一撃を返してきた。
 切っ先を右太ももをかすめ、切り傷と火傷の痛みが同時に走る。
 そこへ太い脚での後ろ蹴りが腹部に突き刺さり、たまらず後退を余儀なくされる。
 更なる追撃の刃をギリギリで躱し、2撃めを槍で受け流して切り返しからの連撃を返す。

 くそっ、こっちも短槍とはいえ槍なのだ、ミドルレンジの打ち合いで剣に負けてたまるか!

 大振りだが鋭く重たい大剣に対抗するように、足を使って間合いや位置取りを変え、1発の斬撃に対し2発3発と細かく刺突や斬撃を撃ち返す。
 激しい刃の応酬に金属の打撃音が闇夜に響く。
 マルケオスは首や鎧の隙間などむき出しの場所はしっかりとガードしつつ、神鉄製の鎧に覆われた場所は攻撃の芯をずらして受け流すスタイルだ。
 見た目や武器の大雑把さに反し、かなりの技巧派なのが容易にうかがえる。

「攻撃は軽い上に付け焼刃な練度が空けて見えるぜ」
「お前のトロくさい動きにはあくびが出るけどな」

 敢えて強がりを口にしたが、実際のところ俊敏さに差は無いため、これは完全に負け惜しみである。

 小手先の技での突破は無理臭いな。 
 だったら――

 数度の打ち合いの後、2人が同時タイミングで袈裟斬りを放つも、攻撃の軽い俺は後方に弾かれた。
 着地と同時に前方に再突撃。
 俺を待ち構えているマルケオスが鋭い突きを繰り出してきた。
 これを槍で巻き込んで地面に誘導すると、そのまま槍の穂先を胸部に滑り込ませる。
 マルケオスが驚きの表情を見せながらも紙一重で横に捻って躱しながら一回転、強引な横切りを繰り出してきた。
 それを飛行魔法を駆使した複雑な姿勢制御で強引にマルケオスの首に蹴りをぶち込んだ。
 吹き飛ぶマルケオスが民家の壁に激突するも、直ぐに立ち上がる。

 マジかよ、マクマレート流〈巻き落とし〉を躱した上に反撃までしてきやがった!?

 俺が大通りのど真ん中に着地するとマルケオスがこちらに向かって疾走、大上段の一撃を放つ。
 ギリギリ横っ飛びで逃れるも、尚も執拗な突き斬り蹴りが飛んでくる。
 後方にステップを踏んで逃れながら態勢を立て直し、正面からの斬撃を柄の中腹で受け止め鍔迫り合いに持ち込んだ。

「今のはヒヤっとしたぜ、ヒョロガリの癖になかなかやるじゃねぇか」

 マルケオスが獰猛な笑みを浮かべて舌なめずりし、大剣に力を込めて押しつけてきた。

「なぁお前、俺の所に来ねえか? お前がこれまで味わったことのない楽しみをクソ程教えてやるぜ」
「またホモかよ。俺にそっちの趣味は無いからノーサンキューだ。尻が寂しいなら馬とでもやってろ」
「俺様の下で働けば贅沢させてやるって言ってるんだ! お前が居りゃあ近隣の国も滅ぼして天下統一も夢じゃねぇ。そうすりゃ金も女もより取り見取り、ついでに兄貴も殺してくれりゃあ俺様がこの大陸の支配者だ。なんならアイヴィナーゼは丸ごと貴様にくれてやっても構わないぜ?」

 マルケオスが更に剣を押し込みながら、悪魔の取引を持ち掛け、一方的に野心を垂れ流す。

「勝手なことを、誰かの不幸をむさぼるような欲望なんてまっぴらだ」
「はっ、これだけの力を持っていながら野望はないのか? 雄としての征服欲は無いのか? 嫌がる女を孕ませるのは最高にたまらんぞ!」

 押し込んだ大剣から発せられる熱で前髪が焦げ、槍を通して伝わる熱を冷却魔法で防ぐ。
 
 欲望のままに嫌がる女を無理やりってのは確かに興奮するシチュエーションだ。
 だがそれはあくまでも創作の中だけの話であって、現実の世界でとなると話しは違う。
 善良な人を相手にそんなことをしようものなら、罪悪感で死にたくなる。
 他人を殺してまで叶えたい欲望なんて叶えたら最後、後悔で一生自分を呪うことになる。

 そんなものをチラつかせるこの男を、俺は自分とは別の生き物だと断定した。

「生憎と俺はイチャラブ派なんでね、そんなクソなことをやって喜ぶ趣味はない!」
「つまらん奴め、欲望のままに生きたいとは思わんのか? もっと人生を楽しんだらどうだ?」
「そんなことしないと楽しめない人生の奴にだけは言われたないわ!」

 ワープゲートを開いて自分の背後とマルケオスの背後を繋ぎ、大男の膝裏を蹴りつけた。
 マルケオスが唐突な膝カックンに「うおっ!?」と驚きの声を上げながら態勢を崩したところへスイカ割りの如く槍を振り下ろすも、そのまま倒れるに任せて地面を横に転がり攻撃を避け、ブレイクダンスみたく素早く立ち上がった。
 追撃の刺突は大剣に阻まれ、繰り出す連撃のことごとくが防がれる。

「弱い奴は強い奴に従うのがこの世の摂理ってやつだ。弱者は全て俺様の玩具になってりゃいいんだよ」
「そんな身勝手が許されてたまるか」
「生憎と誰の許しも必要としてないんでね」
「良い歳した大人が欲望を抑えられんとかそれこそガキやんけ。〝頭脳は子供、身体は大人、こんなん出来ましたけど〟ってか? かっこ悪っ」
「弱者の遠吠え程、恰好の悪いものは無いがな!」

 大剣が風切り音を立てて横に振り抜かれる。
 重たすぎる一撃が防ごうとした槍は弾かれ、身体が僅かに流れたところへ大剣とは思えない速度の切り返しが、俺の右腕を半ばまで断ち切った。
 骨まで達した痛覚に顔を歪めながら後方に飛び、回復と痛覚遮断の魔法を同時に発動させる。

 俺がかっこいいと思った人達は、間違ってもこんな奴じゃない。
 戦えない人の前に立ち、傷つきながらも人を守ってみせるような、クレアル湖で俺を庇ってくれたモーディーンさんやザアラッドさんみたいな人達だ。

「例え弱者でも強者に吠えられるなら、力があるのに弱者も守れないお前よりは遥かにかっこええわ」
「そういうのを負け惜しみって言うんだぜ?」

 灼熱に輝く大剣を肩に担ぎ、ニヤニヤと笑いこちらを見下すマルケオス。
 それには不謹慎にも怒りより〝自分や仲間の攻撃魔法ではダメージを受けない〟というルールを忘れ、〝それ熱くないんか?〟なんて思ってしまう。 

「負け惜しみでもなんでもお前みたいなクソダサ野郎になるくらいなら、お前みたいなクソを片っ端からぶっ殺して回るのを生きがいにしたほうが全然マシじゃボケ!」
「くっははは! そいつは面白そうな趣味だな、やれるものなら是非やってみやせろ」
「じゃぁそうさせて貰うわ」

 修復された右腕の感触を確かめながら、短槍を右手に自然体の構えを取る。

 大方戦闘慣れしていないトモノリや手下を失った穴を俺で埋めようとスカウトしたのだろうが、俺はこいつの手下になるためにここに来たんじゃない。
 ウィッシュタニアの王族に、苦痛を、恐怖を、嘆きを、不幸を、絶望を、与え、思い知らせ、蹂躙し、屈服させに来たのだ。
 スカウトするなら家を襲撃する前にやるんだったな。

「遊んでやっているとも気付かん雑魚が、俺様の誘いを断ったことを後悔させてやるぜ!」
「お前と喋ってるこの状態が既に時間の無駄過ぎて後悔しか無いわ。こっちはこの後も予定が詰まってんねん、舐めプしてんと早よ来いや」
「いいぜ、なら遊びは終わりだっ!〈マキシマイズパワー〉〈ブーストパワー〉〈クリティカルブレード〉〈バトルオーラ〉〈クイックスピード〉!」

 近接の強化スキルをマシマシに追加され、そこからさらに奴の生命エネルギーが活性化。
 先程よりも筋肉が盛り上がり、顔や肌が見える部位に太い血管が浮き上がる。
 スカウトに失敗したと見るや、全力で俺を殺すつもりのようだ。

 漸く本気になりやがったか。

 ならその力ごと、お前を叩き潰してやる!
 
「〈エインヘリヤル〉!」

 漆黒の鎧が全身を包み、闘争心を具現化させた。
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