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128話 性癖は宗教

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 べちゃっ。
 べちょっ。

「んに”ゃ!?」

 妙に暖かい湿った何かに顔面を這いまわられる感触に、強制的に目を覚ます。
 上半身を起こして振り返ったところにタックルを食らい、「うぼっ!?」と肺から空気が零れ、強制的に布団に転がされる。
 更に巨大な毛玉が上から覆いかぶさって来た。

「んのっ!」

 緊急展開したマジックシールドでを強引に押し退けて、漸く乗っかって来たライオンサイズの獣を目の当たりにした。
 それは双頭の黒い犬。
 2つある口で忙しなく息を吐き、つぶらな4つの瞳で左右からこちらを見詰めている。
 その物体が我が家の番犬であるオルトロスのペスルだと、鑑定眼が告げていた。

「「ハッハッハッハッハッ」」
「……デカっ!?」

 昨日生まれたばかりなのに何その大きさ!?
 頭も増えてるしお前一晩で一体何があったんだって、何があったもなにも、魔水晶マナクリスタルでレベルUPしてるわ!
 そう言えばミネルバの時もこうだったな。

 魔物はレベルが上がると肉体的に急激な成長をするのをすっかり忘れていた。
 なのでこうなることは必然だ。
 それでもLv42であると鑑定眼が知らせてくれるので、初期ジョブにもかかわらず思ったよりレベルが上がっていない。
 恐らくハーピーとオルトロスではレベルUPに必要な経験値が違うのだろう。

 まぁ〝ハーピー=その辺に居そうなモンスター〟〝オルトロス=神話級のモンスター〟くらいの格の違いがなせる業か。
 しかし、今ミネルバとペスルがガチで殺り合った場合、ミネルバが魔法で一方的に狩りとるビジョンしか視えない。
 なんたって、ダース単位で屠殺した実績があるだけに、わかりき斬った結果だ。
 
 四十一階層での殲滅戦を思い出し、脳内で謎の異種族タイトルマッチが開催される前にぽしゃった。

 にしても、でかいのに柴犬の顔って迫力無いなぁ……。
 この先番犬としやっていけるのか不安しかない。
 そして朝から犬の唾液塗れとはツイてない。

 濡れた顔を手で拭うと、やめておけばいいのについ臭いを嗅いでしまった。

「くっさ!? 唾くっさ!」
「あははは! トシオの顔べったべたー!」
「っはははは!」
「ははは……」

 それを見ていたトトとメリティエが俺の顔を指さして爆笑し、その光景にユニスが諦めの表情で苦笑い。

 起きてたんか。

 普段寝起きの悪いトトとメリティエが今日に限って俺より早いのは、昨日真っ先に寝たせいだろう。
 しかし、良く見ると三人の顔も濡れに濡れまくってるので、俺がというより自分達も含めたこの状況が面白いようだ。

 こんなに舐められたら早寝もクソも無く誰だって起きるわ。

 そうこうしていると、この騒ぎに他の皆も目を覚まし始めた。

「おはようございますトシオさ……ペスル?」
「「ワウッ!」

 朝の挨拶を投げかけてくれるリシアが黒い物体を目撃し、一瞬言葉を詰まらせるも正体に気付く。

 こんなでかいのが寝室に居たら、誰だって息の一つや二つ飲み込むものだ。
 てかこんなべたべたで唾臭のする顔じゃぁ、リシア達に目覚めのキスも出来やしない。

「あぁもう、とりあえず顔洗ってくる。3人共おいで」
「「はーい」」
「助かります」
「首輪を用意しないとだな」
「そうですね。あの大きさですし、散歩に連れて行くにも丈夫な鎖が必要でしょう」
「鎖と来たか」

 横に並んで歩くユニスに告げたところ、真っ当な意見が返って来た。
 
「それと、毎朝これではかないません。犬小屋も用意しましょう」
「犬小屋なぁ……」

 ライオンサイズの犬を入れる犬小屋って、それもう小屋と呼べるレベルじゃないよね?

 鎖や小屋はどんな感じのが良いかをユニスと意見を交わしつつ、土間の裏手までやってくる。
 クリエイトウォーターを発動させ、4人の顔からもオルトロスの涎を洗い流す。

 もう序でだし、このまま朝練するか。

 なんて思っていたところへ、濡れネズミならぬ濡れ猫と化したルーナの首根っこを摘まんだリシアがやって来た。
 二人共とてもいやそうな顔をしていることから、なんとなく察しが付く。

 お前もか……。

「トシオ、そのデカブツ家から叩きだしてにゃ!」
「イエス、マイゴッド」
「くぅ~ん」

 俺達の会話がわかるのか、ペスルが情けない鳴き声を上げる。

「許せペスルよ、信仰には逆らえんのだ」

 口元をにんまりと歪め、指を虫の足の如くワキワキとさせながらペスルに近付くと、ペスルは耳を下げ尻尾を丸めて怯えを見せた。

 冗談とはいえここまで怯えられると心が痛い。
 
「トシオ様、妙な顔でペスルを威圧しないでください。本気で怖がってますよ」
「ははは、ごめんごめん」

 リシアに軽く怒られたので、それに乗っかる形でワキワキを止め、左右の頭をワシャワシャと撫でる。

「ちょっと朝練に行ってくるよ。ご飯が出来たらいつもの様に誰かを納屋に寄こしてくれる?」
「はい、気を付けてくださいね」
「あてもあされん行くー!」
「私も付き合うぞ」

 トトとメリティエがご一緒させろと寄ってくる。

「では自分も朝駆けに行きたいのですが、よろしいですか?」

 ユニスも序とばかりに断わりを入れてきた。

 朝駆けは彼女の習慣だったな。
 今までは迷宮攻略中を装って行動していたためさせてやれなかったが、今日から解禁してもいいだろう。

「いいよ行っといで。ただし、何か起きたらすぐに連絡してくれ」
「承知しました。ミネルバー!」

 朝駆けの許可を出すと、顔を綻ばせたユニスが直ぐに母屋へと引き返しす。
 どうやらミネルバを連れていくようだ。
 それじゃぁと普段着に着替えてから2人を連れて納屋へ向かうと、巨大ワンコまで着いて来た。

「トシオはいつもどんな練習をしているのだ?」
「あても知りたい」
「ん? そう言えば俺の朝練って見たこと無かったっけ?」
「魔法の実験や、離れ離れになっていると聞く友人と連絡してるものだと思っていたが」
「いや、それで合ってるよ」

 そう言いながらワープゲートを四十六階層のボス部屋に繋ぐ。
 ボスも倒したし例の諜報員は四十七階層に監禁中で誰もいないため、複数人で練習するなら打って付けだ。
 フィローラ達の話では、雑魚モンスターが復活するには階層ボスが居れば半日で、居なければ1日~2日。
 階層ボスが復活するのに下の階層にボスが居れば3日、居なければ1週間を要するそうだ。

「いつもは簡単な運動をしてからだけど、今日は先に連絡かな。なので、悪いけどけど先にやってて」
「わかったー!」
「「うぉん!」」
 
 無言で親指を立てるメリーを含めた2人と一頭の返事を確認すると、二人はオルトロスを鬼にして追い駆けっこを始めた。

 良いなぁ、俺も棒やボールを投げて〝ほぉら、とって来~い〟とかしたい。

 羨ましい2人と1頭を尻目に、壁際に座り込んでチャットルームへと接続する。

 ぴろん♪

《トシオがチャットに入室しました》

『ナマステー』
『シャローム』
『サルウス シス』
『どこの言葉ですか!?』
『インドやね』
『ワシのはヘブライ語やで』
『ラテン語くらいは分かれよ』

 シンくんのツッコミに、それぞれが国名を告げる。
 
 ヘブライ語も大概だが、普通ラテン語なんてわからないからな?
 俺もツッコミを入れなかっただけで、何となく挨拶なんだろうな程度しか分からなかったし。
 ってそうじゃない。

『そんなことより大変やー。隣の隣にあるいかれた宗教国家に、よしのんが家に居る事がばれてもうたー』
『来て早々本気で大変な話を持ち込んできおったな』
『まぁねこさん的にはいつものことだが』
『え、ボケとかじゃなくてですか?』
『いや、マジよ?』
『ならどうしてそんなに緊迫感が無いんですか!』
『さぁ?』

 シンくんの驚きに軽く返しておく。

 緊迫感の無さは先程のペスルのよだれべっちょり事件が原因だろうが、説明するのが面倒な上に上手く伝えられそうにないので、そこは敢えて黙秘する。

『あと隣国のとある奴にもバレたんで、ちょっと話を聞いてくだしあ』

 ネットスラングを交えつつ、3人に昨晩起きたことを話し始めた。



『……なるほどな』
『割とシャレになってませんよね?』
『ガチのヤバい話やな』
『どないしよー?』

 家では既に議論したため、こちらでは3人に丸投げする形で意見を乞う。

『そうだな……第三王子派とやらには〝魔晶石によるレベル上げがしたいのなら、1度に18人までなら利用させてやる〟とだけ言っておけばいい』
『18人? なんでまた?』

 冒険者スキルの〈大PT作成〉なら36人まで同時に〈獲得経験値UP〉の恩恵が受けられる。
 それなのに半分の人数であることに疑問が浮かぶ。

『18人……あぁ、もう18人を猫さん側の陣営で固めんのか』
『両方で同じ人数をレベルアップさせれば、戦力差は縮まり辛いですもんね』
『そう言うことだ』

 大福さんの気付きにシンくんが解説を入れてくれると、レンさんが同意する。

 はえー、よく考えたものだな。
 こういうのがすぐに出てこない辺り、俺のおつむはお察しだな。

 皆が居てくれて本当に良かったと心から感謝する。

『しかも魔晶石は向こうが用意してくれるのですから、ただで経験値が稼げて美味しいじゃないですか』

 シンくんが一石二鳥だと告げてくる。
 そのシンくんも、彼がこっそりと属している帝都に到着すれば、同じ様な恩恵が受けられる予定。

 しかし、シンくんの方はシンくんの方で、謎の勇者とご対面しなければならないため、全然羨ましくないが。

『〈獲得経験値増加〉は最大で通常の10倍の経験値入手量になる。勇者に求められる能力で一番あやかりたいのは何をおいてもまずはそれだ。その餌をチラつかせている間に状況を把握し、手を切るなり手助けしてやるなりすればいい。だが……』
『問題は宗教国家の方ですね』
『せやな』

 レンさんが言葉を詰まらせると、シンくんが引き継ぎ大福さんも同意する。

『宗教は厄介やからな。誰がどこで信仰しとるか隠されると分からん上に、信仰のためならどないに無茶な事でもしおる』
『ねこさんは分かり易いですがね』
『そもそもねこさんは隠してすらいないだろ』
『にゃ~ん』
『リアル過ぎてチャットに猫が混じっとる様に聞こえるから止めぇ』
 
 甘えた猫の鳴きまねでごまかすと、大福さんから半笑いの呆れ声で止められた。

『宗教といえば、ぼっちさんの大女萌え教も大概だな。オーガ女オーグレスで手を打てばいいものを』
『いやいや、影剣さんのふたなりっ娘教に普通の女や男の娘を勧めるんと同じで、そこは受け入れられんでしょ』

 レンさんが大福さん並みの呆れ声のボヤキを吐露したが、そこは突っ込んで差し上げる。

影剣アレのふたなり好きも大概やったなぁ』
『それに比べたら、ねこさんときにゃこさんの猫好きが可愛く思えますね……』

 性癖と宗教を同一視するのはどうかと思うが、特殊性癖は個人か団体かの違いは在れど性質的には酷似しているため、他人の性癖は決しておとしめてはいけない。
 それこそ戦争の火種となるから、今ここでレンさんの筋肉教団や大福さんのロリ教団に矢を射かけるようなことも決してしない。

『そういえば、ぼっちさんは元気にしとんのか?』
今正いままさに〝オーガや冒険者の女は無骨さが受け入れられん〟と駄々をこねているところだ。うるさいぞ、嫌なら自分で探しに行け。ただし、城の外へ出ることは許さん』

 チャットの途中でチャット外の人間にそう告げるレンさん。
 告げられている相手は恐らくも何もぼちぼちぼっちさんだ。

 やっぱりこの人、音声チャットと同じ感覚でルームチャットを使ってるな。
 
『――話を戻すが、バラドリンドに関してだが所詮は隣の更に隣の国だ、向こうから接触してくるまでは放置して構わん。今は自宅の防犯を強化しておくべきだろう。それよりもウィッシュタニアの第一王子派とやらに情報を垂れ流しかねないケットシーをどうにかすることが先決だな。それと、アイヴィナーゼの勇者が死んだことは第三王子派にも伏せておけ。アイヴィナーゼに勇者が存在する事にした方が今は好都合だ』
『サー・イエッサー!』

 レンさんの指示のお陰で俺の行動方針も定まり、定時集会はお開きとなった。
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