上 下
111 / 254

104話 水面下

しおりを挟む
『エルネスト殿下、勇者の潜伏先を特定しました』

 アイヴィナーゼ王国第二の都市ライシーンに派遣していたフリッツから連絡が入ったのは、勇者ヨシノがケットシーを連れ逃亡してから3週間後。

 フリッツ隊がライシーンに潜入してすぐに発見とは、冒険者であったこの男を引き抜いて正解であった。
 
『聞かせろ』
『はっ、彼女が連れていたケットシーの話によると、ライシーンの街で〈トシオ〉と申すハーピーを連れた冒険者らしき男の庇護下にあるようです』

 トシオだと?
 この世界ではあまり聞かない名前の響きだ。
 アイヴィナーゼの勇者の名は確かアキヤだったはず。
 ……まさかな、いや、勇者の子孫、もしくはアイヴィナーゼ以外の異世界人が潜伏している可能性も考慮に入れるべきか。
 ヨシノ、アキヤ、タイチ、ヨウヘイ、ケンタ、ヒデオ、クミコ、ヒロシ、ナオヤ、ハルノブ、リュウイチ、タカオ、マサヨシ、アオイ、コウジ、ゴロウ、ツヨシ……。

 これまで召喚された勇者の名を覚えている限り並べていくと、やはり語呂や調子が似ているため、勇者の子孫や異世界の人間の可能性が高いと思われる。
 勇者の子孫が勇者と同等の力を持ち得るわけではないが、それでもいくつかのスキルを継承していることが多い。
 ましてや〈流れ人〉ともなると、戦闘面では勇者に劣るが、厄介な事に変わりは無い。

 願わくば子孫程度であってほしいものだが、最悪は常に想定するべきだ。
 それと情報の出所が妖精猫ケットシーと言うのが気に入らんな。
 奴らには知性があるようでその実態はそこいらに居る猫と差分は無く、その大半はいい加減で自堕落な獣。
 自分達が助かるために適当なことを言っている可能性も多分にある。
 ケットシーなどすべて駆逐され、妖精犬クーシーにとって代わられてしまえば良いものを……。
 いかん、また犬好きをこじらせてしまった。

 それよりも今は勇者ヨシノだ。

『まずはトシオとかいう異世界人らしき男の所在と人となりを知るべきだな』
『現在彼らの夕食会に潜入中ですが、接触を試みますか?』
『下手に刺激し話が拗れるのも避けたい。冒険者ギルドに仲介を要請し、慎重に住所をしらべ、趣味趣向の洗い出――なに?』

 今夕食会に潜入中と言ったか?
 どういうことだ? 貴族の立食会なら兎も角、一般人の家庭では家族だけで食卓を囲むと聞いているぞ。
 その食事所に既に潜入しているだと?
 
『一体どうなっている、詳しく状況を説明しろ』
『はっ、現地の活動拠点としていた民家が偶然にも彼の者の自宅のはす向かいでした。親睦を兼ねた会食に偶然呼ばれた次第です。ご近所というだけで、現在も見ず知らずの我々に食しきれないほどの肉を振舞ってくださっています』
「………」

 なんだその都合の良い偶然は……。
 しかし、偶然に頼るのは不本意ではあるが、ケットシーに頼るよりかははるかにマシだ。
 この偶然は大いに利用させてもらおうではないか。

『殿下?』
『……いや、なんでもない。続けろ』

 その後、フリッツからもたらされた情報は、トシオと言う冒険者の社交性やその妻の容姿であった。

 人付き合いを蔑ろにせず、男の冒険者仲間とも良好な関係を築き、かなりの愛妻家。
 妻の容姿からして恰幅の良い女・・・・・・が好みの様だ。
 勇者はスタイルの良い美女や美しい少女を好むものと記されている。
 むしろ太った女を求めるのは農村や遠い異国でみられる傾向だったはず。
 異国から来た勇者の子孫と見るべきか?
 だが何事にも例外は付き物だ。
 それに、その程度の事で〈流れ人〉や他国から逃亡した〈野良勇者〉では無いと断定するには早急も良いところだ。

『なかなか気風の良い青年です。さぞかし〝迷宮探査が捗っている〟ことでしょう』
『肉の鮮度は?』
『捌きたての綺麗な赤身です。恐ろしい事に、幻の食材と言われるあの〈霜降り〉まで提供されましたよ』
『確定だな』

 この世界で肉は魔物が落とすもの。
 それを生産することも、冒険者の主な仕事である。
 だがその鮮度を維持できるのは勇者や流れ人が持つ特殊なスキルのみ。
 ましてや〈霜降り〉ともなると、迷宮の中層から深部に生息するモンスターか、あるいは国が運営する牧場のモンスターからしか取れない貴重な食材だ。
 これを惜しげもなく他人に振舞える人物の素性など、この世界では限られている。

『お前達は引き続きその者の身辺を調べ上げろ』
『はっ』

 エルネストは部下に命じると、通信を終えた。
 
 

「陛下、逃亡しておりました女勇者様が、アイヴィナーゼ王国に潜伏しているとの報告が入りました」
「そうかそうか! よくやった!」

 ウィッシュタニア魔法王国の国王の寝室。
 着任したばかりの大臣がもたらした報に、豪華な巨大なベッドでは、激太りの初老の男が少年を犯しながら歓声を上げた。
 ベッドの上では、犯されている少年の他にも、ただ怯え震えるだけの子供の形をした物体が3つ転がっている。
 その状況の醜悪さに大臣が吐き気すら催すが、決して顔に出すようなことはしなかった。

 ウィッシュタニア魔法王国国王、バルキア・フォン・ウィッシュタニア。
 
 以前は神経質なところはあったものの、真面目が取り柄の国王だった。
 その国政に斬新さも奇抜さも無く、失敗しない事だけに気を配る矮小な王。
 陰では凡王、豚王などと陰口をたたく者まで居たが、その者達は全て粛清され、あの世で後悔していることだろう。

「して、ランペールは何と言っておる?」
「今回の件はヴィクトル将軍に一任するそうです」
「そうかヴィクトルにか、余の臣下の中でもあやつほど頼れる男はおらん。ならば勇者殿の帰還は決まったようなものじゃなブハハっ」

 王子殿下達には年端もいかない少年少女を与えられ、欲望を肥大化させ、心身共に豚と成り下がったこの国の元最高権力者が、弛んだ頬を揺らして笑う。
 今ではすべての実権を息子達に握られているとも知らず、この薄暗い部屋で飼殺され、自身もそれを享受した。
 煩わしいことは全て息子達が引き受け、ただ欲望のままに少年少女を犯す人生に、バルキアはこれまでにない充足感に満たされていた。
 なぜもっと早くそうしなかったのかとさえ思うほどに、今の状況を満喫している。
 
「そして我が国は隣国全てを攻め滅ぼし、やがては世界を手中の収めるのじゃ!」

 願望を垂れ流しながら、反応を示さなくない少年へとお構いなしに腰を振る。
 バルキアの頭の中では、世界を手中に収めた男が玉座に着く姿ではなく、今よりもさらに大きく豪華なベッドの上に、世界中の美少年少女を侍らせる自身の醜い欲望が浮かべられていた。

「……恐れながら、女勇者めが不届きにも陛下の意向に逆らい、帰還を拒むなどというあるまじき愚行を犯した際の処遇は如何致しましょう?」
「ふはっ、お主も冗談を言うようになりおったか! じゃがワシに逆らう愚か者がこの世に居るはずが無かろう?」
「まったくもってその通りでございます」

 この世に居るはずがない。
 仮に居たとしても存在しなくすれば居なくなる。
 思いあがった傲慢な発想だが、この国ではまかり通る法律だ。
 そんな狂気を支える絶対的な権力が、次世代の王の元で保障されていた。
 
「それに、そのような些末事などランペールに任せておけばよい。ほれ、ワシは忙しいのじゃ。用が済んだのならさっさと出ていかぬか」
「御意」
「さて、次は誰にしようかのう……よし、お主に決めたぞ」
「い、いやだ! 助けて、おじさん助けて!」

 国王の眼鏡に適った少年が、選ばれるなり絶叫を上げ助けを求める。
 しかし、大臣は深く一礼し振り返ることなく部屋を出ると、閉ざされようとした扉の隙間から、少年の助けは聞こえてはこなかった。
 聞こえてはこなかったのだ。
 今日も淡々と執務をこなすだけの歯車であり続けることこそが、この国で生きることが許された唯一の道に他ならない。
 少しでもこの男の癇に障りでもすれば、前任者の様に妻子と共に消される。
 前任者と同じ末路を辿る事だけは、何としてでも避けなければならない。
 でなければ、ベッドで蹂躙される前大臣の子供達の様に、自分の娘も豚の餌だ。
 
 年端のいかない子供であっても、決して同情などしてはならない。

 大臣はそう自分に言い聞かせ、逃げるようにその場から立ち去った。

 
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...