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77話 わんわんおー

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 ライシーン第五迷宮四十一階層。

 階層に入る手前で長時間発動する補助魔法やスキルをかけると、最初の分かれ道であるT字路をいつもの様に左へと曲がる。
 ここに来て通路の縦横の幅が一気に12メートルへと広がり、通路内でも囲まれる可能性が増した。
 サンドワームがこの階層以降でなくて良かったと心の底から猫神様に感謝する。

 帰ったらルーナにお供えでもしておこう。 

 そのルーナルアだが、ミネルバと遊ぶようになってからは、時折俺のところに来ては口では言わないが撫でろと態度で求めてくる。

 そのくせ撫で続けていると「しつこいにゃ!」と怒るのなんなの猫なの?
 あ、猫か。

 流石に面と向かって言葉で拒否られると悲しくなり、ククやトトのふわふわもふもふの体毛やさらさらの髪を撫で気を紛らわせている。

 そう言えば、トトは複乳なのにククは特大だけど二つなんだよなぁ。
 同じ種族の姉妹なのにこの差はなんなんだろ?

 元々体の大きさや足まわりの形や骨格もかなり違うし、理由が分からないだけに、モンスターだから姉妹でもこんなものなのかと納得せざるを得ない。

 複乳と言えば、フィローラも普段のマルモル形態ではそこそこ大きくて形の良い胸が2つだが、本来の姿であるキツネ娘状態に戻ると、トトと同サイズの複乳が8つになる。

 ……大きな胸に憧れでもあるから変身時はあのサイズ……なんてことはないと本人のためにも否定してあげるべきか?
 単にマルモル形態に合わせて8つの胸が2つに集約されただけかもしれないけど。
 まぁフィローラはどっちの形態でも犯罪臭が漂う可愛さだから良いんだけど。
 ……いいのか?

 逆にケモ娘形態のリシアは成熟した感が強いので非常に美しい。
 ……迷宮に入ってるのになに考えてるだ、最近は頭の中がピンク色すぎてダメダメだ。
 事故に繋がりかねない、集中しよう。

 迷宮内は右へ左へとうねっているものの、方角的にはトータルで直進していることになっている通路を進んでいたら、今度は右に大きく曲がり始めた。
 一応ボーナススキルの〈サーチエネミー〉ではこのまま進むと1匹の敵と遭遇するが、まだ少し距離がある。

「ご主人様、この先で大きな寝息が聞こえます。獣じみた魔物だと思います」

 敵の存在をきっちりと報告してくれるクク。
 彼女自身や隣りに居る妹の全身鎧が、ガチャガチャと騒がしい金属音を奏でているにも関わらず、これだけ聞き分けるのだからすごい。

「ありがとう、視認できるまで近付こう」
「はい」

 行軍を続けるも向こうは動いている様子は無い。
 サーチエネミーで発見してるのだから、ついでに種族も分かれば楽なんだけどなぁ。
 現状では明確な数と位置しか掴めないので、出会ってみないと鑑定が働かない。

「寝息が止まりました。目を覚ましたようで息を潜めています」

 ククの報告で相手の動向が知らされる。
 広いとは言え、洞窟の様な音が反響する通路を金属音をさせて歩いているのだ、野生動物なら普通に気が付くだろう。
 遭遇した途端に射撃系スキルを食らうと困るので、毎度の事と皆も分かりきっているだろうが、気を引き締める意味合いも込めて指示は出しておく。
  
「皆、防御魔法やスキルの準備。クク、防御スキルのタイミングは任せる」
「はいっ」

 集中しながらも歩みを進めると、直線通路に出たので魔物の姿を確認した。


 オルトロス:Lv49
 属性:なし
 耐性:打撃ダメージ半減 炎ダメージ半減
 弱点:なし
 状態異常:なし


 双頭の黒犬。
 ライオンを軽く二回り以上も上回るサイズの犬が、口から赤い炎を覗かせ姿を現した。
 神話ではラミアに翼が生えたような蛇神エキドナの息子で、地獄の番犬でお馴染み3つ頭の猛犬ケルベロスの弟。
 迷宮四十一階層に来て神話級の化け物が俺達に立ちはだかったという訳だ。
 しかも迷宮では階層と同じレベルのモンスターが出るはずだが、こいつは既に8レベルも高い。
 恐らく魔水晶か共食いでレベルを上げている。
 前者ならまだ良いが後者なら同種殺しの異常固体、通常よりも危険と判断して然るべきだ。
 魔物といしての性能が分からない状態で最初の固体がこいつと言うのは嫌なものがある。
 そのオルトロスは既に臨戦態勢をとっており、こちらの出方を伺っている。

「セシル、火耐性魔法! 敵はオルトロス、打撃と火耐性持ちだ、皆気をつけろ!」
「「「はい!」」」
「〈ファイヤーレジスト〉」

 セシルの対火炎防御魔法が全体にかかると、それを合図にオルトロスの大きな口が両方とも開き、紅蓮が迸る。
 属性レジストが、飛んできた火炎の威力を減衰させる。

「ウォールシールド!」

 対炎効果の乗ったククが盾スキルを発動させ、オルトロスの火炎攻撃を防ぐ。
 業火がククを中心に真っ二つに割れ、左右を火の海で塞ぐ。
 次第に炎が弱まり視界が開けるも、双頭の犬は姿を消していた。
 だがサーチエネミーがそれを逃さない。
 右の壁に目を向けると、右上前方、10メートル程の高さから壁を蹴り、大きな口を開けての強襲をセシルに向けて繰り出していた。

 すごいな、あの巨体でそこまで高く跳べるのか。

 魔物との戦闘にも慣れてきたのか、俺は感心こそするが驚くこと無くセシルの前に立ちふさがると、空中で身動きの取れないオルトロスに〈荷電粒子砲〉をお見舞いした。
 昨日生まれたばかりの必殺の雷撃が強烈な閃光と帯電の爆音を辺りに轟かせ、紫電の柱が魔獣を飲み込み迷宮の壁にぶち当たる。
 魔法が消えると壁には黒い〈オルトロス記念スタンプ〉が完成していた。

 何だ今の威力!? 

 オルトロスよりも、自分の発動させた5発分のライトニングブラスト同時発射に驚きを禁じえない。
 視界の左隅に数人のLvUPを確認しながら深呼吸。

 どうどうどう、落ち着け落ち着け……。

「オルトロスの特徴を教えてくれる?」
「オルトロスは炎の息と強靭な肉体を持つ獰猛で残忍。本来なら最上級職の人達が戦うモンスターでふ。あ、炎は連射出来ないみたいでふよ」
「……」

 フィローラの説明では、どうやらカタログスペックは高いようだ。
 そのオルトロスに狙われたセシルだが、襲われた恐怖で体を小さく震わせていたので抱きしめて落ち着かせる。
 俺が彼女の立ち位置なら、反応できたか非常に怪しい。

「私が知る限り、天然のオルトロスの頭はさほど良くないと聞いていましたが……」
「炎を囮にしての一人時間差から壁を使っての三角跳びの立体攻撃までして、そこから一番脆そうな魔法職を狙って来たぞ……」
「とても頭のよくない魔物には思えませんね」

 首を傾げながらのユニスの知識に実況解説的なツッコミを入れると、リシアが俺の感想を引き継いでくれた。

 本当に異常固体だったのかもしれない。
 あと天然のオルトロスってなんだよ。
 天然じゃないのとか居るのか?

「ト、トシオさん、もう大丈夫です……!」

 くだらない脳内ツッコミを入れていると、セシルが立ち直ったところで進軍を再開する。
 階層には多くの敵対反応がある。
 複数を相手にする前に、今日のわんこがどれ程の性能かもう少し見ておきたい。
 すると、ククが手を上げ皆を制止させる。

「……ご主人様、一頭こちらに向かってきます。更に間を開けて後ろからもう一頭です」
「わかった」

 近接能力も見ておきたいし、昨日トトには迷宮で狩りがあまりできないからつまらないと言われた手前、彼女達に任せてみるか。

「トト、メリティエ、次のは二人でやってみる?」
「おー!」
「任せろ」

 やる気満々と言ったご様子の二人。
 補助魔法を施し待ち構えていると、Lv41オルトロスが走って来た。

「行け」

 GOサインと共にトトを先頭に2人が走ってくるオルトロスへ突貫する。
 ファーストコンタクトでトトがハルバードを豪快に振り下ろし、オルトロスの顔面を狙うも、首をひねって躱された。
 反撃の噛みつきを繰り出すオルトロスの懐に、素早く飛び込んだメリティエが、真下からカウンターのアッパーを打ち上げ顎を砕く。
 そこへトトの左ストレートがオルトロスの眉間に盾を打ち込み頭蓋を割る。

「ぱわぁすまーっしゅ!」

 巨体が吹き飛んだところを再びハルバードが振るわれ、断刃が黒い体毛に覆われた胴に直撃した。
 大量の血をまき散らせて後退させられた黒い狂犬が、地面を滑りながらも踏ん張った。
 だが――

「飛燕脚!」

 メリティエの飛び掛かりからの空中ローキックが、オルトロスの横っ面に綺麗に入った。
 横からの強い衝撃に犬の首が曲がってはいけない角度に折れ、そのまま地面に沈んで沈黙した。
 黒い狂獣が粒子散乱を開始する。

 ……なんか2人の息が滅茶苦茶合ってるんですがなんなんですん?

「おお、練習の成果がもう出てますな」
「トトー、メリティエー、かっこいいわよ~」

 ユニスが大仰に頷き、ククが二人に向けて手を振った。
 ユニスの口ぶりからして、どう考えても昨日の狩りが影響しているに違いない。

 あと凄い既視感があるなと思ったら、これ完全に授業参観日の父兄ですやん。

「昨日何してたの?」
「狩り中の2人の動きがバラバラでしたので、コンビネーションを教えてみました。その際クク殿に協力を仰ぎ褒め役を務めて頂きました」

 ユニスの説明を聞いてる間にもトトとメリティエがドロップ品を回収し、ククの元へに集まる。ククが二人の頭を優しく撫でて「2人とも良く出来たわ、えらいわね」と褒め称える。
 その言葉にデレデレのトトと、気恥ずかし気にそっぽを向きながらも撫でられるままのメリティエ。

 完全に懐柔されてますやん……。
 
「そうそう、今ここで渡すのもどうかと思いますが、昨日の戦利品です」

 ユニスが取り出したのは、こぶし大の白い毛玉だった。
 まるでウサギの尻尾である。

「ホーンラビットからのドロップ品です」
「って、ホントにウサギの尻尾かよ!?」
「おや、ご存じでしたか?」
「ご存じと言うかそれにしか見えないわな……」
「確かにそうですね」
「とりあえず、有り難くいただいておくよ」

 ユニスからウサギの尻尾を受け取り収納袋様へ入れておく。

 これと以前に拾ったうさ耳を用いれば、人種ヒュームだってうさ耳獣人化が可能だな。

 思考がまたもそっち方面に行ってしまったので修正する。
 見た感じオルトロスの強さは決して低くは無さそうだが、二人が圧倒し過ぎていまいち分からない。

 もう一匹くらい試しておくか。

 追加のもう一頭が現れたので交戦に入る。
 遠距離から炎を吹きまくり、炎が消えると涎を撒き散らしながらこちらに向かって走ってきたオルトロスLv41。

「ガードシールド!」

 ククが防御スキル〈ガードシールド〉を発動。
 自身の盾への強化と衝撃吸収スキルがアダマンタイトの大盾を包み込むと、突撃してきたオルトロスを待ち構え受け止めた。
 ウォールシールドとガードシールドも先程のプロテクションとレジストのような違いがある。

「「アクアバインド!」」

 ククに足止めされたオルトロスに、更にフィローラとセシルの水属性捕縛魔法が巨体を拘束にかかる。

「トト、メリティエ、始末しろ」
「はーい」
「了解」
 
 俺の指示に身動きの取れなくなった黒犬の側面へと挟むように回り込むと、懐に飛び込んだ和風美幼女が拳で横っ腹を突き上げ体が浮かせ、四足の愛獣によるハルバードの斬撃が反対側の横腹を切断。
 開かれた腹部から大量の血と臓物を零すも、狂犬は戦闘意欲は衰えず、右の頭はトトを、左の頭はメリティエを狙って襲い掛かろうとした。
 しかし、頭は二つでも体は一つしかなく、どちらにも攻撃は届かない。

 なるほど、確かに頭は良く無さそうだ。

 この巨体から生まれる膂力ならどちらか片方を狙えば拘束を引きちぎって攻撃が届いたかもしれないが、そういう思考には至らなかったようだ。
 届かないのならと口から炎をチラつかせた瞬間、ククがオルトロスに向け大盾を振り下ろした。
 
「〈シールドプレス〉!」

 ガーディアンのスキルでバッシュから派生した攻撃スキル〈シールドプレス〉によって振り下ろされた大盾が、オルトロスの正面に打ち込まれると、黒犬を不可視の力で押し込み地面に縫い付けた。
 後は地面に縫いとめられた双頭の犬を、トトとメリティエがフルボッコにして戦闘は終了した。

 最初に遭遇した奴はやはり異常固体と見て良いだろう。

 粒子散乱したオルトロスの死骸の跡からは、魔獣の骨と毒牙、そしてオルトロスの卵が残されていた。

 ……卵?
 え、なに、お前哺乳類じゃなかったの?
 それともこっちの世界の哺乳類はカモノハシと同じで卵から孵るものなの?

 なにをトチ狂ったのか、ククに温められた卵から孵るトトを脳内で想像してしまう。

「よかったですね、トシオ様。オルトロスの卵はとても貴重です。リベクさんに持っていけば高く買い取って頂けますよ」
「そうなんだ……、でも犬なのに卵なのね」
「ええ、魔獣なら普通は子供を生むのですが、倒すと極稀にですがこうして卵を落とします」

 リシアの説明でなぞが解けた。
 なるほど、普通に子を生むがドロップアイテムとしても卵を落とすのか。
 リシア達も卵を生むのかと一瞬心配したが、杞憂に終わってくれた。

「リベクさんに持って行けばってことは、これも孵化袋に入れれば孵るの?」
「ええ、そうですよ。魔物の中でもオルトロスの様な魔獣種は卵から孵させ躾ければ、強力な下僕になります。冒険者の間では特に人気です。魔物に関しましては魔物契約が出来る人が冒険者ギルドに居ませんので、魔物商の管轄となっています。トシオ様も育ててみますか?」
「……ちなみにこれを売ったらケットシーの卵は幾つ買え「トシオ様?」
「あ、はい、ごめんなさい」

 ケットシーの量産はしてはいけないという嫁の圧力に、あっさりと屈するクソ雑魚亭主がここに居ますよ。
 リシアさんも笑いながら〝まだ諦めてなかったのこの駄目亭主〟みたいな冷たい眼差しを向けるのはやめてください。
 流石にそこまでは思ってないだろうと信じたい。

「ちなみにですが、ケットシーの卵はこの世に存在しませんからね?」
「あ、そうなんだ」
「ケットシーは魔物ではありませんから……」

 俺達のやり取りを見て和んだセシルが、笑顔でそう付け加えた。
 どうやら先程の恐怖は抜けているようだ。

 ふふっ、これを狙っての先程のやり取りである。
 そう、計算通りなのだよ。
 そういうことにしておいてお願いプリーズ。

「卵ならこんなのも有るよー」

 トトがそう言って魔道具袋から取り出したのは、まさかのサンドワームの卵だった。

「んなの拾ってたの!?」

 メリティエ以外の全員が、神速の速さでトトから離れた。 
 
「私も拾っている」

 と、今度はメリティエがサンドワームの卵を取り出した。
 
「ワ、ワーム種は土壌を豊かにするそうで……、畑を耕すのも楽になるため農村では重宝にされています……」
「サ、サンドワーみゅはその、えっと、ゴブリンだって食べてしみゃうのでワーみゅ種のにゃかでも特に高額で引く手数多だしゃうでしゅ…!」

 セシルと呂律が回らなすぎているフィローラが互いに抱き合い、二個目の卵に腰を抜かしながら説明してくれた。

 二人の忠義に圧倒的感謝。
 
「そっか、ありがとう。でも無理はしなくていいからね。二人もわかったから、すぐにそれをしまってくれ」
「えー」
「仕方ない」

 魔道具袋に空いていたもう片方の手を突っ込んでいたトトとメリティエが動きを止めると、突っ込んでいた手を抜き持っていた卵を袋に入れなおす。

 おいお前ら……、今二つ目を出そうとしなかったか?

 だがそれを問う勇気がなく、俺はサンドワームの卵が四つ以上あるかもしれないという事実から目をそむける。

 クソ雑魚な上にチキン野郎でスマン……。
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