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第三章「真意」
託された想い
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週明けの6月24日(月)。すっかり通例となった昼休みの報告兼会議。話の内容的には、各自で親に話を聞いた結果を報告し合うということだったが、僕は気が気ではなかった。
「おとんに聞いてみたら、意外なほどあっさり吐きおったわ。何でも協力金目当てに、二つ返事でOKしたんやと」
これは武志君の言葉だが、他のみんなも多少の違いはあれど、大体同じだったらしい。一通り皆の報告が終わった後に、右柳さんがまとめに入る。
「これで参加の仕組みについてはハッキリしたな。ただ私としては、『運営の目的を探る』という当初の目的を果たせていないため、ゲーム自体は続けようと思うのだが。異論があるものはいるか?」
右柳さんの問いに、誰も異論は唱えなかった。僕もゲームを続けることに文句はない。だけどもう一つ、どうしても確認をしなければいけない事項が残っていた。
「……すみません。一つだけ確認させてください。スリーピングフォレストに参加当初、チュートリアルが行われましたよね? チームが結成される前、オークと一対一で戦わされたと思うのですが、覚えていますか?」
「ああ、そんなこともあったな。それがどうしたんだい?」
出来れば僕も、こんな話は切り出したくはない。だけど聞かない限り、現状から前へは進めないだろう。
拳をギュッと握った僕は、覚悟を決めた。
「右柳さんと左倉さんはその……オークを倒しましたか?」
二人は僕の質問の意味がわからないという風に首をかしげる。二人の返答を、僕は固唾を飲んで見守っていた。
「ああ、勿論。最初こそ苦戦したが、武器の存在に気づいてからは、問題なく倒せたよ」
「僕も同じだ。近接武器だったから、会長ほど楽にとはいかなかったと思うがね」
「それはその……翔君も同じなんですよね?」
ここで右柳さんが僕の様子がおかしいことに気づいたらしい。急にマジメな顔になって答えた。
「……ああ、間違いない。あいつも自分の銃で、オークを倒したと言っていた」
心臓がドクンと大きく脈打つ。確信を得た僕は、話を続けることにした。
「先日僕は、ひょんなことから夏目さん達からも、同じ質問の答えをいただきました。そこで気づいたんです。スリーピングフォレストのルールの一つ。それは『チュートリアルをクリアしていないとチーム戦には参加出来ない』ということ。だけどこの中に一人、その条件を満たしていない人がいるんですよ」
僕の言葉に真っ先に反応したのは武志君だった。直後、僕と武志君の視線が一人の人物の元へと集まる。
そこには――腕を組んで座る美月さんの姿があった。
「……それで? 勇気君は結局何が言いたいの?」
「美月さんは最初に言ってたよね。『私はずっと逃げてただけだったから』って。つまり美月さんだけがチュートリアルでオークを倒していない。にも関わらず、僕たちのチームには参加している。これは……矛盾してるよね」
右柳さんと左倉さんも、僕の言葉の意味することに気づいたらしい。だけど余計な口を挟まない方がいいと思ったのか、黙ったままだ。
「つまり勇気君はこう言いたいのね? ゲームルールを無視してチームを組んでいる、私こそが運営の内通者だ……と」
美月さんの問いに、僕はギュッと目を閉じ、頷いた。直後、美月さんはふぅとため息をついた。
「だから言ったのよ。こんなあからさまなヒント、すぐバレるって……」
それは返答というよりは、独り言のようだった。だけどこの言葉が意味することは一つ。彼女は自分こそが運営の内通者であることを認めたのだ。
「なんでや美月! なんでお前……こんなことを!!」
立ち上がり、食ってかかったのは武志君だ。美月さんは後ろ髪をくくっていたヘアゴムを無造作に取ると、右手で前髪をかきあげた。
「ご名答。私は運営の指示により、チームに潜り込んだ内通者。その役目はゲーム外……つまりは現実世界においての監視。そこにいる勇気君のね」
「……僕?」
僕の確認に、美月さんはフンと鼻を鳴らした。その仕草はまるで別人のようだった。
「バレちゃったからには、約束通り話さないとね。このゲーム開催の目的は、アプリの動作確認ともう一つ。それは事の発端となる二人の人物の監視。つまり『皇城翔』と『足立勇気』。この二人がどのように考え、行動するかを運営側は見たかった。ところどころにヒントを設置して……ね」
「僕と翔君ってことは、やっぱり原因はあの事故ってこと……?」
僕のこの発言に、美月さんの表情が激変する。
「ええ、そうよ! あの事故の際、車を運転していたのは、私の父だった! あの日はお父さんとお母さんの結婚記念日! お父さんは仕事に出ているお母さんを迎えに行く途中だった! なのに……あんたのせいで!!」
美月さんのお父さんは、あの事故が原因でふさぎ込んでしまったらしい。翔君のお父さんからの提案に応じることで、世間への公表は避けられたものの、「人を轢いてしまった」という事実は変えられない。
その重さに耐えられなかったというのだ。
「交通事故は車が悪い!? そんなもの、飛び出してきた方が悪いに決まってるじゃない!! あんたのせいで、お父さんとお母さんは……私の家は!!」
美月さんはため込んできたであろう怒りを、全て僕へとぶちまけた。返す言葉もない僕は、ただ黙って聞くしかなかった。
「良いこと教えてあげる。あの事故の後、あんたの机に誹謗中傷を書き込んだのは私。あんたのせいで皇城君が事故にあったって、クラスのみんなに話したのも私! どう? 少しは、お父さんの苦しみがわかった!?」
「……もうええ、美月。そのくらいにしとけ」
たまりかねたのか、武志君が僕と美月さんの間に割り込む。一通り吐き出して多少は落ち着いたのか、美月さんは大きく息を吐いた。
「……もう一つ言っておくわ。あなたのことを許していないのは、皇城のお父さんも同じ。だからあの人は『足立勇気』がどのような人物か知りたがった。こんな手の込んだことをして、監視までさせて……。場合によっては、許すつもりだったかもしれないけど……私は絶対許さない!!」
美月さんは机に置いてあった自分のスマホを手に取ると、そのまま床へと叩きつけた。激しい衝撃により、スマホの本体は破損し、割れた部分から内部が露出してしまった。
「悪いけど私はここでゲームを降りる。どのみち正体がバレた今となっては、今までみたいに一緒には戦えないでしょう。SIMカードにはチーム編成のための情報も記憶されてるから、これであんた達も仲良く失格ってわけ。いい気味よ!」
美月さんはそのまま早足で、生徒会室から出て行ってしまった。その場はシーンと静まり返ってしまったが、武志君がふぅとため息をつく。
「悪かったな勇気。こんなことになってしもて……」
「ううん、元はといえば、悪いのは僕だし……」
確かに美月さんは言いすぎたかもしれない。だけど事故を別の角度から見れば、彼女は確かに被害者。そして彼女から見れば、僕は立派な加害者なのだ。
「……俺、美月のこと追いかけるわ。今のあいつを一人にしとけんし。出来れば最後まで一緒に戦いたかったけど……。すまんな」
そう言って、武志君も出て行ってしまった。残された僕たち三人を何とも言えない空気が包む。
不意に右柳さんが机の引き出しを開け、入っていた針金のようなものを取り出した。
「……やれやれ、言葉にこそしなかったが、私は決勝で君達との再戦を楽しみにしていたんだ。夢野さんにやられた時の借りを返そうと思ってな」
言いながら彼女はスマホの側面に針金を差し込み、側面のカバーを開けた。そしてそこから刺さっていたSIMカードを取り出す。
「だが話を聞く限り、戦うべきは私ではないのだろう。だからその役目……君へと託そうと思う」
右柳さんは取り出したSIMカードを僕へと渡した。状況を把握出来ない僕に、彼女は説明する。
「先ほどの話が事実なら。私のSIMカードを使えば、皇城とチームを組めるはずだ。君はあいつと一緒に、決勝トーナメントを勝ち進め。そしてこのふざけたゲームを終わらせてこい」
SIMカードを手渡された後、右柳さんの手で握らされた。翔君に協力するために始めたゲームだけど、僕も結末をこの目で見たいと思っていた。そんな気持ちを彼女は汲んでくれたのだろう。
「あ……その、なんだ。こういう場合、僕はどうするべきなんだろうな?」
左倉さんはどうすべきかわからず、あたふたしていた。右柳さんはため息をついた後に口を開く。
「……お前も私と同じだ。足立君と組む立場の人間ではない。さっさと合田君を追いかけて、彼にカードを渡してこい!」
「はい! 行ってきます!」
左倉さんは敬礼すると、生徒会室を出た後に、廊下を走っていった。
ふと思ったけど、生徒の代表となるべき生徒会の代表が、廊下を走ってもいいものなのだろうか――
★
その日の夕方、僕はいつものように翔君の病室にお見舞いに来ていた。今まさに沈もうとしている夕日と同様、僕の心は深く沈んでいた。
右柳さんはああ言ってくれたものの、僕が全ての原因であることは間違いない。昼間の美月さんの言葉と、眠ったままの翔君が目の前にいるという現実。
僕は自分の犯した罪を、再び実感させられていたのだ。
ふいにその時、扉の外からノックの音が聞こえてくる。僕が返事をせずに座ったままでいると、夏目さんが中へと入ってきた。
「……足立さん」
夏目さんは僕が黙ったままでいると、近くまで歩いてきた。
「やっぱり僕が全部悪いのかな? 僕が不注意だったせいで翔君を、美月さんを傷つけて……。罪を償おうと頑張るつもりだったけど、結局何をしても許されることはないのかな……」
「……そんなに自分を責めないでください。今回の一件、誰が悪いとかじゃないと思います」
夏目さんの口から漏れる優しい言葉。いつもの僕なら喜んだかもしれないが、今の僕にそんな余裕はなかった。
「夏目さんにはわからないよ! 翔君は僕の親友だった! 武志君も美月さんも友達だと思ってた! だけどそれらは全部僕の一人よがりだったんだ!!」
完全なる八つ当たりだった。嫌われてもおかしくない暴言だったが、夏目さんは小さく首を横に振ると、ゆっくりと握った手を僕の方へと突き出した。
そして上向きに開かれる手のひら。彼女の手には、小さなカードが乗せられていた。
「先ほど、合田さんという方が私の元を尋ねてこられました。学校で何があったかを話してくれて、『勇気の助けになってやって欲しい』と、これを……」
恐らくこれは、左倉さんから受け取ったSIMカードなのだろう。それが夏目さんの手にあるということは、彼は僕のパートナー役を夏目さんに任せたということなのだろうか。
「……そうか。僕は武志君にも見限られたのか。それもしょうがないよね……」
「それは違います。合田さんは『美月のことは俺に任せろ』と仰ってました。足立さんと夢野さん、どちらも大事な友達なんだ、とも。あの方は今、自分に出来ることを頑張っているのだと思います」
不意に僕の目から、涙が溢れてくる。そんな僕を、夏目さんは後ろから優しく抱きしめてくれた。
「でしたら私は、私に出来ることをやりたいと思います。足立さんと、周囲の方々との友情を守るために。最後の戦い……協力させてください」
「……夏目さん」
僕は袖で目元を拭うと、その場から振り返る。その時見た彼女の顔は、いつも通りの笑顔だった。
「ごめん。情けないことばかり言って。僕はこの先、翔君と一緒に戦おうと思う。だからその……夏目さんにも協力してくれると嬉しいな……と」
「はい、一緒に頑張りましょう!」
夏目さんは両手で僕の手を強く握りしめた。
夕日が窓から差し込む病室の中。こうして僕たちの新チームは結成されたのだった。
~第三章 了~
「おとんに聞いてみたら、意外なほどあっさり吐きおったわ。何でも協力金目当てに、二つ返事でOKしたんやと」
これは武志君の言葉だが、他のみんなも多少の違いはあれど、大体同じだったらしい。一通り皆の報告が終わった後に、右柳さんがまとめに入る。
「これで参加の仕組みについてはハッキリしたな。ただ私としては、『運営の目的を探る』という当初の目的を果たせていないため、ゲーム自体は続けようと思うのだが。異論があるものはいるか?」
右柳さんの問いに、誰も異論は唱えなかった。僕もゲームを続けることに文句はない。だけどもう一つ、どうしても確認をしなければいけない事項が残っていた。
「……すみません。一つだけ確認させてください。スリーピングフォレストに参加当初、チュートリアルが行われましたよね? チームが結成される前、オークと一対一で戦わされたと思うのですが、覚えていますか?」
「ああ、そんなこともあったな。それがどうしたんだい?」
出来れば僕も、こんな話は切り出したくはない。だけど聞かない限り、現状から前へは進めないだろう。
拳をギュッと握った僕は、覚悟を決めた。
「右柳さんと左倉さんはその……オークを倒しましたか?」
二人は僕の質問の意味がわからないという風に首をかしげる。二人の返答を、僕は固唾を飲んで見守っていた。
「ああ、勿論。最初こそ苦戦したが、武器の存在に気づいてからは、問題なく倒せたよ」
「僕も同じだ。近接武器だったから、会長ほど楽にとはいかなかったと思うがね」
「それはその……翔君も同じなんですよね?」
ここで右柳さんが僕の様子がおかしいことに気づいたらしい。急にマジメな顔になって答えた。
「……ああ、間違いない。あいつも自分の銃で、オークを倒したと言っていた」
心臓がドクンと大きく脈打つ。確信を得た僕は、話を続けることにした。
「先日僕は、ひょんなことから夏目さん達からも、同じ質問の答えをいただきました。そこで気づいたんです。スリーピングフォレストのルールの一つ。それは『チュートリアルをクリアしていないとチーム戦には参加出来ない』ということ。だけどこの中に一人、その条件を満たしていない人がいるんですよ」
僕の言葉に真っ先に反応したのは武志君だった。直後、僕と武志君の視線が一人の人物の元へと集まる。
そこには――腕を組んで座る美月さんの姿があった。
「……それで? 勇気君は結局何が言いたいの?」
「美月さんは最初に言ってたよね。『私はずっと逃げてただけだったから』って。つまり美月さんだけがチュートリアルでオークを倒していない。にも関わらず、僕たちのチームには参加している。これは……矛盾してるよね」
右柳さんと左倉さんも、僕の言葉の意味することに気づいたらしい。だけど余計な口を挟まない方がいいと思ったのか、黙ったままだ。
「つまり勇気君はこう言いたいのね? ゲームルールを無視してチームを組んでいる、私こそが運営の内通者だ……と」
美月さんの問いに、僕はギュッと目を閉じ、頷いた。直後、美月さんはふぅとため息をついた。
「だから言ったのよ。こんなあからさまなヒント、すぐバレるって……」
それは返答というよりは、独り言のようだった。だけどこの言葉が意味することは一つ。彼女は自分こそが運営の内通者であることを認めたのだ。
「なんでや美月! なんでお前……こんなことを!!」
立ち上がり、食ってかかったのは武志君だ。美月さんは後ろ髪をくくっていたヘアゴムを無造作に取ると、右手で前髪をかきあげた。
「ご名答。私は運営の指示により、チームに潜り込んだ内通者。その役目はゲーム外……つまりは現実世界においての監視。そこにいる勇気君のね」
「……僕?」
僕の確認に、美月さんはフンと鼻を鳴らした。その仕草はまるで別人のようだった。
「バレちゃったからには、約束通り話さないとね。このゲーム開催の目的は、アプリの動作確認ともう一つ。それは事の発端となる二人の人物の監視。つまり『皇城翔』と『足立勇気』。この二人がどのように考え、行動するかを運営側は見たかった。ところどころにヒントを設置して……ね」
「僕と翔君ってことは、やっぱり原因はあの事故ってこと……?」
僕のこの発言に、美月さんの表情が激変する。
「ええ、そうよ! あの事故の際、車を運転していたのは、私の父だった! あの日はお父さんとお母さんの結婚記念日! お父さんは仕事に出ているお母さんを迎えに行く途中だった! なのに……あんたのせいで!!」
美月さんのお父さんは、あの事故が原因でふさぎ込んでしまったらしい。翔君のお父さんからの提案に応じることで、世間への公表は避けられたものの、「人を轢いてしまった」という事実は変えられない。
その重さに耐えられなかったというのだ。
「交通事故は車が悪い!? そんなもの、飛び出してきた方が悪いに決まってるじゃない!! あんたのせいで、お父さんとお母さんは……私の家は!!」
美月さんはため込んできたであろう怒りを、全て僕へとぶちまけた。返す言葉もない僕は、ただ黙って聞くしかなかった。
「良いこと教えてあげる。あの事故の後、あんたの机に誹謗中傷を書き込んだのは私。あんたのせいで皇城君が事故にあったって、クラスのみんなに話したのも私! どう? 少しは、お父さんの苦しみがわかった!?」
「……もうええ、美月。そのくらいにしとけ」
たまりかねたのか、武志君が僕と美月さんの間に割り込む。一通り吐き出して多少は落ち着いたのか、美月さんは大きく息を吐いた。
「……もう一つ言っておくわ。あなたのことを許していないのは、皇城のお父さんも同じ。だからあの人は『足立勇気』がどのような人物か知りたがった。こんな手の込んだことをして、監視までさせて……。場合によっては、許すつもりだったかもしれないけど……私は絶対許さない!!」
美月さんは机に置いてあった自分のスマホを手に取ると、そのまま床へと叩きつけた。激しい衝撃により、スマホの本体は破損し、割れた部分から内部が露出してしまった。
「悪いけど私はここでゲームを降りる。どのみち正体がバレた今となっては、今までみたいに一緒には戦えないでしょう。SIMカードにはチーム編成のための情報も記憶されてるから、これであんた達も仲良く失格ってわけ。いい気味よ!」
美月さんはそのまま早足で、生徒会室から出て行ってしまった。その場はシーンと静まり返ってしまったが、武志君がふぅとため息をつく。
「悪かったな勇気。こんなことになってしもて……」
「ううん、元はといえば、悪いのは僕だし……」
確かに美月さんは言いすぎたかもしれない。だけど事故を別の角度から見れば、彼女は確かに被害者。そして彼女から見れば、僕は立派な加害者なのだ。
「……俺、美月のこと追いかけるわ。今のあいつを一人にしとけんし。出来れば最後まで一緒に戦いたかったけど……。すまんな」
そう言って、武志君も出て行ってしまった。残された僕たち三人を何とも言えない空気が包む。
不意に右柳さんが机の引き出しを開け、入っていた針金のようなものを取り出した。
「……やれやれ、言葉にこそしなかったが、私は決勝で君達との再戦を楽しみにしていたんだ。夢野さんにやられた時の借りを返そうと思ってな」
言いながら彼女はスマホの側面に針金を差し込み、側面のカバーを開けた。そしてそこから刺さっていたSIMカードを取り出す。
「だが話を聞く限り、戦うべきは私ではないのだろう。だからその役目……君へと託そうと思う」
右柳さんは取り出したSIMカードを僕へと渡した。状況を把握出来ない僕に、彼女は説明する。
「先ほどの話が事実なら。私のSIMカードを使えば、皇城とチームを組めるはずだ。君はあいつと一緒に、決勝トーナメントを勝ち進め。そしてこのふざけたゲームを終わらせてこい」
SIMカードを手渡された後、右柳さんの手で握らされた。翔君に協力するために始めたゲームだけど、僕も結末をこの目で見たいと思っていた。そんな気持ちを彼女は汲んでくれたのだろう。
「あ……その、なんだ。こういう場合、僕はどうするべきなんだろうな?」
左倉さんはどうすべきかわからず、あたふたしていた。右柳さんはため息をついた後に口を開く。
「……お前も私と同じだ。足立君と組む立場の人間ではない。さっさと合田君を追いかけて、彼にカードを渡してこい!」
「はい! 行ってきます!」
左倉さんは敬礼すると、生徒会室を出た後に、廊下を走っていった。
ふと思ったけど、生徒の代表となるべき生徒会の代表が、廊下を走ってもいいものなのだろうか――
★
その日の夕方、僕はいつものように翔君の病室にお見舞いに来ていた。今まさに沈もうとしている夕日と同様、僕の心は深く沈んでいた。
右柳さんはああ言ってくれたものの、僕が全ての原因であることは間違いない。昼間の美月さんの言葉と、眠ったままの翔君が目の前にいるという現実。
僕は自分の犯した罪を、再び実感させられていたのだ。
ふいにその時、扉の外からノックの音が聞こえてくる。僕が返事をせずに座ったままでいると、夏目さんが中へと入ってきた。
「……足立さん」
夏目さんは僕が黙ったままでいると、近くまで歩いてきた。
「やっぱり僕が全部悪いのかな? 僕が不注意だったせいで翔君を、美月さんを傷つけて……。罪を償おうと頑張るつもりだったけど、結局何をしても許されることはないのかな……」
「……そんなに自分を責めないでください。今回の一件、誰が悪いとかじゃないと思います」
夏目さんの口から漏れる優しい言葉。いつもの僕なら喜んだかもしれないが、今の僕にそんな余裕はなかった。
「夏目さんにはわからないよ! 翔君は僕の親友だった! 武志君も美月さんも友達だと思ってた! だけどそれらは全部僕の一人よがりだったんだ!!」
完全なる八つ当たりだった。嫌われてもおかしくない暴言だったが、夏目さんは小さく首を横に振ると、ゆっくりと握った手を僕の方へと突き出した。
そして上向きに開かれる手のひら。彼女の手には、小さなカードが乗せられていた。
「先ほど、合田さんという方が私の元を尋ねてこられました。学校で何があったかを話してくれて、『勇気の助けになってやって欲しい』と、これを……」
恐らくこれは、左倉さんから受け取ったSIMカードなのだろう。それが夏目さんの手にあるということは、彼は僕のパートナー役を夏目さんに任せたということなのだろうか。
「……そうか。僕は武志君にも見限られたのか。それもしょうがないよね……」
「それは違います。合田さんは『美月のことは俺に任せろ』と仰ってました。足立さんと夢野さん、どちらも大事な友達なんだ、とも。あの方は今、自分に出来ることを頑張っているのだと思います」
不意に僕の目から、涙が溢れてくる。そんな僕を、夏目さんは後ろから優しく抱きしめてくれた。
「でしたら私は、私に出来ることをやりたいと思います。足立さんと、周囲の方々との友情を守るために。最後の戦い……協力させてください」
「……夏目さん」
僕は袖で目元を拭うと、その場から振り返る。その時見た彼女の顔は、いつも通りの笑顔だった。
「ごめん。情けないことばかり言って。僕はこの先、翔君と一緒に戦おうと思う。だからその……夏目さんにも協力してくれると嬉しいな……と」
「はい、一緒に頑張りましょう!」
夏目さんは両手で僕の手を強く握りしめた。
夕日が窓から差し込む病室の中。こうして僕たちの新チームは結成されたのだった。
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