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第61話 待ち合わせ

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「いい? 家から一緒に行っちゃダメだからね! どっかで待ち合わせしてから行くんだよ。これが同棲カップルのデートの楽しみ方だから!」

 楓の家を出るときに言われたアドバイス。
 確かに、一緒に住んでいると待ち合わせ的なのってなかなかない。
 でも、暑い日にイヴェリスを先に外で待たせるわけにもいかないし……。

 どうしたらイヴェリスに不自然に思われず、待ち合わせできるかを考えた結果――

「ごめん、イヴェリス! 一瞬だけ仕事で行かなきゃいけないところがあるから、駅で待ち合わせでもいい?」
「別に、俺は構わないが。大丈夫か?」
「うん、すぐ終わるから! じゃあ、13時ね」
「わかった。気を付けろよ」

 ふう。なんとかバレずに家から出ることに成功した。
 あとは……。

「トマリ~。いるでしょー。開けてー」

 仕事と偽ってやってきたのは、兄のお店。
 ここで寝泊りしているはずのトマリを起こすために、お店の扉をドンドンと叩く。もし、トマリが爆睡していたら、どっかのトイレで着替えるしかない。

「ふあ~……。蒼? なんだ、こんな時間に」

 しばらくドンドンと叩き続けていると、大きなあくびをしながらトマリが奥の部屋から出て来くる。上と下の鍵をガチャリと解除すると、ボサボサの前髪で目が半分隠れたトマリが顔を出した。

「なんか美味いもんでも持ってきたのか?」
「あーよかった。起きてた。うん、食べ物もある」

 扉を開けてくれたトマリの腕の下をくぐって、お店の中へと入る。
 
「これ、食べていいから! ちょっと着替えさせてね」
「着替え?」

 昨日の夜のうちに用意しておいた生姜焼きをトマリに押し付けて、さらに奥にあるロッカーの部屋にこもる。

「入ってこないでね!」

 そう言っても興味本位で入ってきそうだから、念のためのロックをかける。
 イヴェリスにバレないよう持ってきたワンピースを取り出して、着てきたデニムとTシャツから着替える。
 髪もコテを使って頑張って整えて、楓に塗れと持たされた口紅もつける。
 あんまり着けないネックレスや、いつもとは違うイヤリングまでフル装備だ。

 アクセサリーを着けるだけでも、不思議とオシャレに見えて。鏡に映る自分が自分じゃないような気がした。

「ねぇ、トマリ」
「あ?」

 まずはトマリに見てもらおうと、ちょこっとだけドアを開けて顔を覗く。
 もしここでトマリに笑われたら、潔くワンピースはやめて来た時の服に着替えるつもりだった。

 トマリは一回チラっとこっちを見ると、すぐに手に持っている生姜焼きへと視線を戻す。

「これ、変……?」

 トマリに聞いたところで、人間のファッションについて理解があるかどうかもわからないけど。ゆっくりと、ドアを大きくあけてトマリの前へと出る。
 今は生姜焼きにしか興味がなさそうなトマリの視線がめんどくさそうに私に向けられる。すると、今度は視線をすぐに戻すことなく、ピタッと手が止まってしまった。

「やっぱり変かな」

 金色の目を丸くしながら、つま先から頭の先までゆっくり見られる。

「変……? 変と言われれば、変だが……」
「やっぱり……! 着替えてくる……」

 トマリの反応を見て、やっぱりワンピースを着て行くのはやめようと踵を返す。
 危ない、一人で浮かれてこんなの着て行ってたら、イヴェリスに引かれるところだった……。

「ま、待て待て待て!」

 いつもの服に着替えようと扉を閉めようとした瞬間、慌てたよう立ち上がったトマリがドアを押さえてくる。

「わるい、変とはそういう意味ではなく」

 そのまま、腕を引かれ部屋の真ん中の方にまで連れて行かれると、私と目を合わさないようにしながら

「そのっ、か、かわいい」

 って、耳まで真っ赤にして言ってきた。

「えっ」
「いつもとなんか雰囲気が違うから、それに対して変と言ってしまったんだ。悪かった……」

 いつもなら目を見て話してくるのに、チラチラとしか目が合わなくて。

「なんで急に、そんな恰好で来た? も、もしかして俺を誘っているのか……?」
「へ!?」
「すまない。俺はまだそういう時期ではなくてだなっ……」

 手の甲を口元にあてながら、顔を真っ赤にするトマリ。
 いやいや、そんな反応が返ってくるとはまったく想像してなかったし。
 誘っているってなんだ、誘っているって! 

「待って待って、違うから!」
「違うのか……?」

 あからさまに残念そうな顔をするトマリ。

「これから、イヴェリスとデートに行くんだけど」
「はあ?」
「それで、待ち合わせするために、ここで着替えをしてですね……」

「ゥウウウウッ」

 説明をしている最中に、さっきまで顔を赤らめていたトマリの顔が次第に真顔へと戻っていく。おまけに牙まで剥きだして、低い唸り声を出し始めてしまった。

「ご、ごめんって!」
「イヴェリスばかり蒼を独り占めしやがって」
「独り占めって」
「先に俺がこっちの世界に来るべきだった! そしたら……」
「そしたら、トマリに食べられちゃうだけじゃん!」
「うーむ……。それもそうか」

 たぶん、イヴェリスが居なければ私は出会った直後にトマリの栄養として食べられていたに違いない。それはトマリも考えは同じだったようで、剥きだした牙をゆっくりと治めた。

「デートとはどういうものだ?」

 デートの文化がないらしい魔界の人たち。

「んー。好きな人と、二人で出掛けることかなぁ」

 わかりやすく簡単に説明をすると、トマリはパッと閃いた顔で、「じゃあ、今度俺ともデートをしよう!」と言ってきた。

「それは無理だよ。だって私はイヴェリスと付き合ってるんだもん」
「そんなものは、こっちのルールだろ!」
「私はこっちの世界の人間だもん」

 私がそう言うと、トマリは少し寂しそうな顔で

「だったら、蒼も魔界で暮らせばいい」

 と、小さな声でつぶやいた。

「私が魔界に行ったら、すぐに殺されるってイヴェリスが言ってたよ」
「そんなもの、俺が守る!」
「おー頼もしいねぇ」

 長い前髪をかき分けてあげるように、トマリの頭を撫でる。
 そんな風に言ってくれるのはすごい嬉しいけど、私がイヴェリスに血をあげなきゃいけないことを忘れてはいないだろうか。

「あ、もうこんな時間だ! じゃあ、トマリ、また明日ご飯作って待ってるね」
「もう行くのか?」
「うん。13時に待ち合わせだから」
「俺も行っていいか?」
「デートって言ったでしょ!」
「そうだよな……」

 お留守番させられる子供のように、シュンとするトマリ。

「わかったわかった。今度トマリがお休みのときに、みんなで遊びに行こう」
「本当か?」
「うん。だから今日は大人しく待ってて」
「わかった!」

 トマリはお店の扉までついてくると「楽しんでこいよ」って言って、私を見送ってくれた。


***


 お店を出るのが、予定より遅くなってしまった。すぐに捕まったタクシーに飛び乗って、イヴェリスと待ち合わせをしている駅に向かう。

 タクシーを降りて辺りを見回すと、遠くからでもすぐにイヴェリスを見つけることができる。日陰に立ちながらスマホを握り、バケットハットを深く被りサングラスをして。その姿は、傍からみたら芸能人みたいだ。

 イヴェリスの前を通る人たちも、みんな一度はイヴェリスの顔を覗き込んでいく。
 横断歩道で信号を待っていると、ちょうどイヴェリスが女の人に話かけられたようで、首を横に振りながら何かを話していた。

 勧誘か、逆ナンだろうか。

 信号が青に変わって、小走りでイヴェリスの元へと向かう。
 いつもと違う服装に、イヴェリスは気付いてくれるだろうか? かわいいって思ってもらえるだろうか。変だと思われたどうしよう。気づいてもらえなかったらどうしよう。

 ちょっとずつ縮まる距離に、久しぶりに緊張する。
 ドキドキと鼓動が速くなって。小さく深呼吸をしてからイヴェリスに声をかける。

「お、おまたせ」

 私の声に気付いて、スマホの画面とにらめっこしていたイヴェリスが顔を上げる。
 いつもみたいに、すぐに名前を呼んでくれるかと思ったら、トマリの時みたいに一瞬妙な間が空く。

「あ、あぁ、蒼か」
「遅くなっちゃった、ごめんね」
「いや……。俺も今来たところだから、大丈夫だ。行くか」

 そう言うと、イヴェリスはスッと顔を背け、足早に歩きだしてしまった。
 少しくらい褒めてくれるかな、なんて期待していたような言葉もなく。あからさまに避けられたような気がして、急に胸がギュッと締め付けられる。

 服が似合ってなかったのか、それとも気付いてないのか。

 スタスタと歩いて行ってしまうイヴェリスの後を小走りで追いかける。足が長いから、一歩が大きくて。このままじゃ、どんどんと距離があいてしまう一方だ。

「イヴェリス、待って」
「――ッ」

 先に歩かれるのがいやで、イヴェリスの手に掴もうと伸ばす。と、その手を勢いよく離されてしまった。

「す、すまない。今は触れないでほしい」
「ごめん……」

 ――ズキンッ

 いつもなら、イヴェリスから手を握ってくれるのに。私に合わせて隣を歩いてくれるのに。なんで今日はそんなに先に行っちゃうの……?

 何か怒らせるようなことをしちゃった?
 仕事って嘘ついてトマリのところに行ってたのがバレて、怒ってるの……? 

 理由は何にせよ、今は涙がこみあげてきそうになるのをグッと堪えながら、イヴェリスの後ろを歩くことしかできなかった。
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