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第36話 止められない衝動

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「すっご! 蟹もあるじゃん!」
「豪華すぎる」

 楓と友樹さん、私とイヴェリスが横並びになってそれぞれの座椅子に座る。
 イヴェリスは目の前に広がる豪勢な料理に、少し顔を歪ませながら足元にゴグを隠していた。

「いただきまーす!」
「「「いただきます」」」

 宴会のような夕食が始まる。友樹さんはビール、楓と私はシャンパンと、それぞれお酒が置いてある。意外にもイヴェリスはワインを飲んでいた。

「え。ナズナ、お酒飲めたの?」
「ああ、赤ワインだけ飲める」

 食事に手をつけず、代わりに真っ赤なワインを、まるで血液のように飲み干していく。甘いもの以外は口にしないと思ってたのに……。グビグビと顔色ひとつ変えずワインを飲んでいるイヴェリスにびっくりしてしまった。

「ナズナくん、お酒強いねぇ! もうボトルないじゃん」
「楓はあんまり飲みすぎるなよ?」
「えー今日くらい、いいじゃあん」
「はいはい、わかったから」

 ご飯も終盤になってくると、だんだんと楓の酔いもまわってきたようで。隣に座っている友樹さんに近づき、ベタベタとくっつき始める。

「ねえねえ、彼氏自慢しようよ!」
「え、なにそれ」
「彼氏の好きなところ言ってくの!」
「なにそれ、いいじゃん。それで気分よくお酒が飲めるわ」
「でしょでしょ!」
「や、やだよ」
「えーナズナくんも聞きたいよねぇ?」

 酔い始めた楓による、謎の無茶ぶり大会が始まってしまった。イヴェリスはチラッとこちらを見ると

「そうですね、聞きたいな」
 
 って、ニヤッて私を見ながら返事をした。
 くっ……。私が恥ずかしがるのをわかっていて言っている顔だ。

「じゃあ私からね!」
 まだやるなんて一言も言ってないのに、勝手に挙手して発言し始める楓。

「んー友樹は、すっごい優しい。あと、かっこいい!」
「なにこれ、意外と照れるな」
「へへー。そうやってすぐ照れるところも可愛くて好き!」

 楓は友樹さんに密着しながら、ほっぺを指でつんつんとしている。

「はい、次は蒼ねー」

 いや、そのテンションで渡されても! 
 シャンパンはすぐ酔っちゃうからと思って、今日はまだ一口しか飲んでないのに。完全にシラフ状態でこのノリはきつい。

「えっと……かっこいい。顔が」
「顔で選んだのかー!」

 私の回答に不満とでも言うように、楓が野次をとばしてくる。

「いや、そういうわけじゃないけど! んー……甘いものが好きなとこ」
「ねーそれ自慢でもなんでもないー」
「なっ……」

 うーんと考えながらチラッとイヴェリスの方を見ると、こっちはこっちで、なぜかすごい不服そうな目で私を見ている。

「んー……私のために色々がんばってくれるとこ」
「それはそう! えらい! それからそれから?」
「 それから……私の気持ちをいつも優先してくれるところ?」
「うんうん、いいねえ。蒼はすーぐ自分のこと後回しで人に合わせちゃうもんね」
「そんなことないけど」
「ふふ、私いま好きなひとたちがいっぱいで幸せ。ねー友樹ー」
「ああ、そうだね。よかったね」

 楓に抱き着かれている友樹さんは、そんな楓が可愛くてたまらないというような顔で頭を撫でていた。なんだよ、マンネリとか言ってたけど全然ラブラブじゃん。ちょっと安心した。

「じゃあ、そろそろ各々楽しむ時間にしますかっ」

 楓にずっとくっつかれている友樹さんが痺れを切らし、早々にこの宴会に終わりを告げた。うん、そうだよね。お酒も入ってるし、部屋に温泉もあるし……。普通、恋人ならさっさと二人っきりになりたいよね。

「じゃあ、また明日ね」
「うんー。二人ともいい夜過ごしてねぇー」
「ちょ、楓」
「えへへ。あ、ナズナくん、ちょっと」
「……?」

 二人の部屋から自分たちの部屋に戻ろうとすると、楓がイヴェリスに何か耳打ちをしている。どうせまた変なこと吹き込んでるんだろうけど……。

「楓になんて言われたの?」
「いや、べつに」
「え、教えてくれないの?」
「たいしたことではない」

 ひとつ下の階にある自分たちの部屋へと戻る。電気をつけると部屋が明るすぎるから間接照明だけにしたら、やけにムードのある部屋ができてしまった。

「部屋の風呂には入らないのか?」
「え? いや、入らないよ」
「せっかく来たのに、もったいなくないか」
「そんなこと言われても――」

 部屋から丸見えなのに入れるかっての。

「入りたいなら、俺はどこかに行くが」
「いいって」

 一人で入るくらいなら、イヴェリスと少しでも一緒に居たい。なんて言えるわけもなく。

「なら、一緒に入るか?」
「な、バカじゃないの――」

 私の顔が真っ赤になるのを見届けると、イヴェリスはふっと笑って視線を外に移す。

「足だけ浸かろう」
「足だけ?」
「それなら俺も入れる」

 そう言うと、イヴェリスはベランダに出て、浴衣の裾をたくしあげ温泉へと足を浸けた。

「蒼も来い。気持ちいいぞ」
「うん」

 手を差し伸べられて、私も同じように温泉に足を入れる。
 二人でお風呂の縁に座りながら、夜空を見上げる。降っていた雨はいつのまにか止み、空には大きな満月と、たくさんの星が輝いていた。

「ダブルデートというのもいいものだな」
「楽しかった?」
「ああ。友樹さんが良い人だった」
「そっか」

 こうやってイヴェリスは、色んな人と触れて、色んなことを知っていくんだな。私は誰も知ろうとしなかったけど。イヴェリスは自分から飛び込んで、誰にでも隔てなく接することができる。だから、こんな私でも一緒にいることができるんだと思う。

 でも、イヴェリスが外の世界に触れるたびになんでか寂しくなってゆく。

「蒼」
「ん?」
「蒼は楽しかったか?」
「うん。楽しかったよ」
「そうか。最近はあまり一緒に居る時間がないからな。たまにこうやって二人でどこかに行きたい」
「そうだね」

 イヴェリスは、私が少しでも寂しいって感じたら、寂しくさせないよう言葉にしてくれる。そういうところも、全部全部好きだけど。私から言えないことがもどかしい。

「そろそろ寝よっか」
「そうだな」

 温泉から出て、濡れた足を拭いて。寝室には家のベッドの倍はある広さのベッドが二つ並んでいて。一緒に寝るようになってしまったせいで、この広さすら距離を感じてしまう。

「うちのベッドもこれくらい広いといいのにね」

 その感情を殺すように、思ってもないことをすぐ言ってしまう。

「なぜ二つもある?」
「なにが?」
「ベッド。ひとつで良くないか?」
「いや、それは一人ずつ寝るためでしょ」
「今日は一人ずつ寝るのか?」
「う、うん」

 またイヴェリスが少し不服そうな顔をする。グッと眉間にシワを寄せながら、一人ずつ寝るのが気にくわないとでも言うように。その顔を見ながら右のベッドに私が座ると、イヴェリスも一緒に右のベッドに来る。

「ちょ、なに」
「一緒がいい」
「え?」
「俺もこっちで寝たい。ダメか?」
「いや、広いんだからそっちで」

 そりゃあ、私も一緒に寝たいけどさ……。今日は一緒に寝たら、それこそ理性がどっかに消えそうになっちゃうしな。って、男か。私の頭の中は。

「無理だ」
「ちょ」

 グイッ

 そう言うと、腕を強引に引かれ、急にイヴェリスに強く抱きしめられていた。
 あれ、なんか、様子がおかしくない……?

「ちょ……どうしたの」
「わからない」

 自分でも何をしているのかわってない様子で、イヴェリスが戸惑っている。

「でも、なぜか、蒼に触れていたい」
「なっ――」

 ふわっとイヴェリスから甘い香りがする。瞬間的に、髪が黒から白銀になって、窓から入ってくる月明りでキラッと輝く。

「イヴェリス? もしかしてキャンディ食べてない?」
「おととい食べたばかりだ」
「じゃあ、なんで」

 いつのまにか、目もグレーから赤に変わっている。でも肌はそのまま。髪の色も変わるだけで、腰まで伸びるはずの長さも短いままだ。

 完全な吸血鬼に戻るわけでもなく、半ヴァンパイアみたいな姿。

「はぁっ……」
「イヴェリス……?」

 私にしがみつくように、だんだん呼吸が荒くなっていくイヴェリス。必死に興奮を抑えるようにゆっくりと息をしているようだ。

「大丈夫? どうしたの?」

 落ち着かせるように、そのまま背中をゆっくりさすることしかできなくて。

「なぜこんなに苦しい」
「苦しいの? ワイン飲み過ぎた?」
「ちがう」

 私を抱き締める力がギュッと強くなる。少し、痛いくらいに

「俺は、なんでお前のことがこんなに欲しくなる……?」

 赤く光る瞳に見つめられて、どこか寂しげで、そのせいで苦しそうで。
 そんな目で見られたら、さすがの私もしてはいけない期待をしてしまう――

「それは……吸血鬼だから、だよ」
「ちがう」
「本能的に血が欲しくなってるんだよ」
「ちがう」
「ちがくないよ」

 ああ、今すぐ抱きしめ返して、好きって言いたい。言ってしまえば、どんなに楽になれるだろう。でもそれは、今を楽にする方法で。これから先、どんどんその気持ちは辛くなるだけ。

「楓が友樹さんにしていたように……お前に、俺を求められたい。俺も……お前に触れたくてたまらない――」
 
 今、イヴェリスに何が起こってるのかわからない。けど、心臓の音が、私以上にドクドクと鼓動しているのが伝わってきて

「智が言っていた。キスは自然にしたくなるものだと」
「そんなの……」
「最近の俺は、ずっと蒼にキスがしたいと思ってしまっている」
「――っ」
「でも、お前は嫌がる。どうしたらいいか、わからない……」

 そんなストレートに欲を言うキスがどこにあるの。

「……蒼、どうしたらいい」

 少し潤んでいる赤い瞳を見ていると、体が硬直したように動かなくなる。なんでも見透かしているその瞳から、逃れられないとでもいうように。

「私に聞かないでよ……」
「蒼は嫌か……?」

 スッとイヴェリスの手の平が私の頬を包み込む。赤い瞳で見つめられても、恐くない。むしろ、もっと見てて欲しいくらい。

 ああ、もう、どうにかなっちゃえばいい。

「――ッ」
 イヴェリスの背中に手を回す。ギュッて。やっと抱き着けたのが嬉しくて、力いっぱい。

「蒼」
 耳元で私のことを求めるように、何度も何度も名前を呼ばれ。私の脳内をどんどん麻痺させていく。

  イヴェリスの視線が唇を見ている。そのまま親指で優しく私の唇をなぞり――

「ん……」

 目が合った瞬間。
 お互い惹かれるように唇と唇を重ねていた。




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