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第17話 理想と現実
しおりを挟む結局、イヴェリスの手を振りほどいて逃げるように来た道を戻る。
「怒ったか?」
「怒ってないけど」
「人間のふりというのも、なかなか難しいな」
「……」
一歩後ろをついてくるイヴェリスの言葉が、私の感情をかき乱す。
吸血鬼にとって“手を繋ぐ”という行為は、人間のふりだと思ってしていること。
そう、頭の中で何度も何度も復唱するけど。異性と手を繋ぐってこと自体が子供のとき以外、記憶に無くて――
「ほら、あの人間たちも手を取り合って歩いているではないか」
「あれはっ」
イヴェリスが指をさす先には、手を繋ぎながら歩いているカップルの姿。
「あ、あれは、恋人同士がすることなの」
「恋人? ふむ。お前がよく考えている彼氏と言うやつか」
「か、考えてないんですけど!?」
ああ、ほんとにこいつ、どこまで私の心を読んでいるんだろう。ついでに私は、無意識に彼氏とか恋愛のことを考えるクセをやめよ……。
「ほら見て! あっちの二人は手繋いでないでしょ」
タイミングよく、前から会社帰りの男性と女性が歩いてくる。その二人を見せながら、男女が手を繋ぐのは普通じゃないことをイヴェリスに教え込んだ。
「本当だな」
「あれが、普通なの」
「そうなのか」
なんとか、納得してもらえたようで。
あー。余計なこと覚えるなら、今度からテレビも制限しないとダメかな。
こっちの気もしらず、道中で何度もプリンを覗きこんでは、嬉しそうにしている。そんなイヴェリスを横目に見ながら、無事に買い物を済ませて帰ってこれた。
「ゴグ! これがプリンだぞ」
「きゅ!」
部屋に入るなり、お留守番してくれていたゴグにさっそく自慢している。
「先に手、洗ってね」
「手を洗う?」
「そう。帰ってきたら、手洗いうがいするの」
「なんのためにだ」
「人間の世界には悪い菌がウヨウヨいるから」
「俺には関係ないな」
「ダメ! 手を洗わないとプリン食べさせないよ」
「なッ……」
どんな魔力よりも「プリン食べさせない」の一言がイヴェリスには効く。仕方ないとばかりにプリンから離れ、見よう見まねで手を洗ってうがいをした。
「人間は変な儀式ばかりするな」
「儀式って」
いつもの定位置に胡坐をかいて座るイヴェリス。その目の前に、買ってきたプリンと白玉パフェを並べて、しばらく眺めていた。
「ふおお……」
目の前に大金を積まれたかのように、目をギラギラと輝かせながら
「た、食べてよいか?」
私からの許可を待つ。本当に、どこまでも犬みたい。
「いいよ、召し上がれ」
コンビニでもらってきた小さなスプーンを渡すと、イヴェリスはゆっくりとプリンを手に持ち少々手こずりながらも自分で蓋を開けていた。
「甘い匂いだ」
高くてきれいな鼻先をプリンへと近づける。
「ええと……イタダキマス」
「ぷっ」
いつのまにか覚えた食べる前の挨拶をして、ゆっくりとスプーンですくう。と、その柔らかさにまず感動しているのか、落とさないように、そっと口へと運んでいった。
「――ッ」
その瞬間、ブワッとイヴェリスから甘い香りがたちこめ、喉仏のあたりがゴクンと動いた。
「どう? 美味しかった?」
聞くまでもなく、美味しいって顔をしているけど
「な、なんて儚いんだ……」
「儚い?」
プリンを食べた感想とは思えない独特な表現。
「口の中でなくなってしまった。勝手に飲み込んでしまうんだ」
「そうでしょ」
「アイスともパンケーキとも違うな」
「そうだね」
「でも、アイスのように口に入れてもすぐになくなってしまう」
「ふふっ」
一口、また一口と大事そうにプリンを食べるイヴェリスを見ながら、ふと自分がニヤついていることに気付く。慌てて、ごまかすように両手で自分のほっぺを挟み、ニヤけを止めようとムニムニと揉んだ。
「蒼も食べるか?」
ニヤついてる自分が気持ち悪すぎて、スッと真顔に戻っていたところに、プリンがのせられたスプーンを差し出される。これは、いわゆるあーんってやつ……?
「あ、いや、私はいいから全部食べなよ」
「いいのか?」
「いいよ」
本当はちょっと食べたかったけど、さすがに“あーん”はハードルが高すぎるだろ。
「あーんとはなんだ?」
「それ以上、心を読んだらプリンを取り上げます」
「す、すまない」
またすぐに考えていることを読まれてしまい、本人にとって今一番恐ろしい言葉を盾に距離を置く。よほどプリンを取り上げられたくないのか、イヴェリスは私に背を向けるようにまたプリンを食べだした。
「悪くなかった」
満足そうに空っぽになったプリンの容器を机におくと「次はこれだ」と言って、すぐに白玉パフェに手を伸ばした。
「なんだか、いろいろ入っているな」
「この丸いのが白玉。これが生クリーム。で、この黒っぽいのが餡子。その下に入っているのがプリン」
「おお、豪華だな! さすが高いだけはある」
「そ、そうだね」
ほんの数週間前。
私はこのプリンと白玉パフェで迷って、プリンを買った。その後にやってきたカップルが、即決で二つ買っていくのを見て、羨ましく思ってたっけ……。
たった数週間。私はイヴェリスと、あの時うらやましがったカップルのように、二つのスイーツを買っている。人生なにが起こるかわからない。お金を出しているのは私だし、食べたがっているのはイヴェリスで、まったくうらやましがっていた現実とはかけ離れているけど。
「まずはお前が食べろ」
「え?」
「食いたかったのだろ?」
そう言うと、イヴェリスはさっき私がしてあげたように、もう一本の小さなスプーンを袋から出して渡してきた。
「いいよ、イヴェリスが食べなよ」
「そんなに食べては罰があたりそうだ。だから半分、お前が食べてくれ」
これもまた、理想の半分ことは違うけど……。
容器を持っているイヴェリスの手から、白玉をひとつすくって口に入れる。
「美味いか?」
食い気味に聞かれる。
「ん、美味しい」
私がそう言うと、なぜか彼のほうが満足そうに目を細めた。
「どれ、俺にも食わせろ」
半分食えとか言ったくせに、一口食べたのを見届けるとすぐに自分のスプーンをパフェにさしこんでくる。
何度か白玉をすくいあげるのに失敗して、やっとの思いで口に入れたかと思うと――
「ぅえ」
反射的に舌を出してそのまま吐き出した。
「ちょっ! きたなっ!」
「なんだこれは、甘くない!」
「餡子とか生クリームと一緒に食べないと!」
「しかも何とも言えぬ感触……まるで魚人族の卵みたいだな」
「変な例えしないでよ」
イヴェリスの口からでた白玉がコロンとソファの上に転げおちる。
「吐くことないでしょ!」
数枚ティッシュを引っ張り出し、無残にも出されてしまった白玉を包みゴミ箱に投げ入れる。
ああ、せっかくの白玉がひとつ無駄になった……。
「うん。この白いのと、黒いところは悪くない」
白玉を邪魔もの扱いするようにスプーンでよけながら、他の部分だけを食べ始めるイヴェリス。
「やはりプリンには敵わないな」
「ねぇ残しておいてよ!」
「わかっている」
さっきまで半分あげなきゃ罰が当たるとまで言ってたくせに……
「あとはお前のだ」
そう突き出された容器の中を覗き込むと、残骸のように取り残された白玉3つ。
あー。やっぱり現実は甘くない。
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