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第16話 テレビで学ぶ人間界

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 握られたままの手から伝わってくるイヴェリスの冷たい感触と、握られたことでどんどんと熱を帯びていく私の右手。

 その温度差を肌で感じていることに、ドクドク――と全身に響くような心臓の音に合わせて、体中の熱が一気に顔へと押し寄せてくる。

 呼び止めただけなのに、なぜ今私たちは手を繋いでいるのか
 
 そんな哲学者のように冷静な分析をしたいところだけど、現実は高鳴る心臓の音を必死に抑えようとすることしかできなかった。

 これじゃあ、まるで私が魔力を抑えられてないみたいじゃない。 
 
 イヴェリスに今考えていることも、思っていることも、バレたくない。
 ただそれだけのために、必死で無の感情をつくり出そうとするけど、そのたびに、握られている手の力がギュッと強まる気がして――再び鼓動が加速する。

「蒼、ここか!」
 私がそんな状態であることに気づいているのかどうか分からないけど、イヴェリスの嬉しそうな声が脳内に響く。握られていない方の手で心臓を抑え込むように俯いてた姿勢から、ゆっくりと顔を上げると、煌々と灯りのついたコンビニにいつの間にか到着していた。

「あ、そう。ココッ」
 動揺のあまり、声が裏返る。

「大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
 私の挙動がおかしいのを心配したイヴェリスが、サングラスを少しズラして顔を覗き込んでくる。

「――ッ! なんでもない!」
 その顔の近さと、赤くなっているはずの顔を見られたくなくて、咄嗟にイヴェリスの手を振り払い店内へと逃げ込むように入ってしまった。

 大丈夫。今のはなんでもない。
 ただの魔界流スキンシップ。

 そう自分に言い聞かせながら、イヴェリスの方にゆっくりと視線を向けると――

「おおっ……! これが自動ドアというものか!」

 一人でテンパっている私をよそに、コンビニの自動ドアに興奮している様子だった。

「蒼! テレビで見たのと同じだ!」
 ドアの前に立っては一歩引いて、また目の前に立っては一歩引いて
 自動ドアが開いたり閉まったりするのを楽しんでいるイヴェリスを見て、次第と高鳴っていた鼓動も落ち着きを取り戻す。

 そうだった。こいつはこういう奴だった。

「シーッ! 早く来てっ」
 幸い、他にお客さんはいなく、レジに居た男の店員さんが『なんだこいつ』と言う冷たい目で見ているだけだ。

「すごいな。なんでもある」
「興奮しないでよ?」
「ああ、頑張っている……。あ! これ! 知っているぞ。おにぎりだな!」

 商品が並んでいる棚という棚にへばりつくかのごとく、自分の知っているものを見つけると、いちいち指さしてこちらにアピールしてくる。
 サングラスとマスクをしていても、その下が満面の笑みだということがわかるくらいに。

 家でずっとテレビを見ていたイヴェリス。あれはただ時間潰しだったわけじゃなく、人間の世界を勉強するために見ていたらしい。
 だから今の彼にとっては、この目の前にあるものは、どれも“壁画の中で見たもの”という認識みたい。スマホも使いこなせるようになって、最近は言葉使いも物の名前も、教えなくても知っていることが多くなった。

 そんなこんなではしゃいでいるイヴェリスよりも先に、スイーツの置いてある棚の前に着く。これを見ても、彼は平常心でいられるだろうか。

「イヴェリス、こっち」

 お弁当を手に持ち『これは甘くないやつだ』とブツブツ言っているところを呼び寄せると

「プリンか!?」
 そのお弁当をすぐに元の場所に戻しすっとんでくる。

「どれがいい?」
「おお……!」

 念願のスイーツを目の前に、イヴェリスは一瞬固まる。呼吸も少し荒くなり、肩で息をし始めた。

「ちょ、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶだ……」

 途端に、イヴェリスからフワッと甘い香りが漂ってくる。どうやら興奮で魔力が漏れだしているらしい。

「どれがプリンだ……?」
「ここから、ここまでプリンだよ」
「すべてか!?」
「うん」
「なんてことだ……。すごいな! どれも美味いのか?」
「んー。好みによるけど……おすすめは、これかな」
 数種類並ぶプリンの中から、私がいつも食べていたプリンを指さす。

「なら、これにする!」
 そう言うと、イヴェリスは大事そうにプリンをひとつ手に取った。

「蒼はわぬのか?」
「じゃあ――今日は特別にもうひとつ好きなの選んでいいよ」

 あまりに嬉しそうにするものだから、つい甘やかしてしまう。

「俺が選んでいいのか!?」
「どうぞ」
「ど、どれにしたらいいのかわからぬ……」

 急に選択権を与えられたイヴェリスは、嬉しいけど選べないと困った表情を浮かべながら、ひとつひとつスイーツを手にとっては、色んな角度から眺めて吟味していた。

「この丸いのが気になる」
「あ、それは――」

 その中で、イヴェリスが私に差し出してきたのは、まさかの白玉パフェだった。

「でも待て。これは……プリンよりも数字が大きい。つまり高いということだろ?」
「え?」
「ここだ。ここの数字が金を示しているんだろ?」

 爪の先でトントンと見せてきたのは、パッケージに書かれていた値段の部分。

「そんな事まで、どこで覚えたの」
「節約術特集でやっていた。シュフはここを見て買い物をすると」
「ぶっ」
「なぜ笑う?」

 『真面目に話しているんだが』と言わんばかりに怪訝そうな顔が、余計におもしろい。夕方のワイドショーを熱心に見ていると思ったら、そんなこと覚えてたの? 
 しかも節約って……。私がお金ないお金ないって言ってたの、ちゃんと気にしてくれてたんだね。

「いいよ、今日は」
「しかし」
「そのかわり! 今日だけね」
「本当に……いいのか?」
「うん。……ふふっ」

 あまりにもおかしくて、何度も笑いがこみあげてくる。

「蒼、あっちも見てよいか? 見るだけだ」
「いいよ。あんまり商品に触らないようにね」
「わかった!」

 ドリンクコーナー、カップラーメン、お菓子、冷凍食品、そしてアイスと、イヴェリスはすべての棚を隅から隅まで熱心に見入っていた。

 その姿をちょっと離れたところで見ていたら

「ねえ、なにあの人、めっちゃイケメン……! 」
「芸能人かな?」
「サングラスかけてるしね」
 いつのまにかすぐそばに20代前半くらいの女の子が二人いて、イヴェリスを見ながらヒソヒソと話している。

「もうちょっと近く行って顔見てみようよ」
「いいね」
 女の子たちはそう言うと、アイスのケースにへばりついているイヴェリスの方へと足を進めていく。

 別に芸能人でもなんでもないから、顔を見られたところで問題はないけど。この容姿じゃ、噂が噂を呼んでしまいそうな気がして――

『イヴェリス、もう帰るよ』
 慌てて心の中でイヴェリスに向かって呼びかけた。

「帰るのか?」
 すぐにその声に気づくと、女の子たちとすれ違うように、イヴェリスが戻ってくる。そばにいた二人は即座に顔を見合わすなり、またヒソヒソと何かを話しているようだった。

「早く帰ってプリン食べよ」
「そうだな!」

 レジで支払いを済ませ、店員さんが小さなスプーンと一緒にプリンと白玉パフェを袋に詰めてくれる最中に「俺のプリンだ、丁重に扱え」とイヴェリスが突然命令口調で話しかける。

 再び店員さんから『なんだこいつ』と言う目を向けられ
 
「すみません、なんでもないです! ありがとうございます!」
 レジに置かれた袋を奪い取るようにして、イヴェリスの腕を掴んでコンビニを飛び出した。

「変なこと言わないって約束!」
「しかし――」
「しかしじゃない! まったく」
「すまない」

 はあー。忘れてたけどイヴェリスって王様だった。最近はだいぶ上から目線でものを言わなくなったと思ってたけど。いや、私がなれてしまっただけかもしれない。

「ほら。自分で大事に持って」
 袋に入ったプリンをイヴェリスに渡す。

「ついに食べれるのだな!」
「美味しいって感じるといいね」
「楽しみだ」

 ビニール袋に入ったプリンを満足そうに覗きこんだ後、右手に袋を持つと 

「蒼、感謝するぞ」

 そう嬉しそうに言いながら、なぜか当たり前のように私の右手を握って歩き出した。

「ちょちょちょ」
「なんだ?」
「手!」
「嫌なのか?」
「嫌とか、嫌じゃないとかじゃなくて」
「先ほどは興奮していたではないか」
「し、してないし!」
「それに、人間はこうするのが普通なのだろう?」
「いや、普通じゃない……!」
「でもテレビで――」
「それドラマの話でしょ!?」

 せっかく落ち着いたと思ったのに、また心臓が跳ね上がる。
 ワイドショーの次はドラマ。ああ、変なことばっかり覚えてく……。

 テレビは子供に悪影響を与えるなんてよく言うけど、吸血鬼にはもっと悪影響なんじゃ――


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