上 下
1 / 83

第1話  プリンとピリ辛きゅうり

しおりを挟む
女にとって“アラサー”と言うのは、人生においてとても重要な一区切りだ。
 若さを失ったような感覚にもなるし、これからの人生どうしようかと真剣に考え始めなければならない。
 まあ、アラサーと言っても、25~34歳の年齢差を一括りにしているのだけど。

 24よりも25の方が老けたように感じる。
 28から29になるときは、三十路の手前ということもあって、色々なことに焦り始める年齢だ。

 もちろん、そんな数字に関係なく恋愛を楽しんでいる人はたくさんいる。

 本当は焦る必要なんてないのに。

 なんとなく世間の風潮が「女の賞味期限」みたいなものを作っているせいで、世の女性たちは何かしら肩身が狭い思いをしている。

 かくいう私、柚木 蒼(ゆずき そう)は、アラサーをギリギリ名乗れる34歳。
 次の誕生日で、アラフォーへと進化を遂げる女だ。


「ふぁ~……。づかれだ……」


 キーボードにのせている指がだんだんと重く感じる。
 頭の中では、まとめきれない言葉がグルグルと駆け巡り、やがて闇のなかへと消えていく。
 明日が締め切りの記事を書き上げなければいけないのに、思うように進まないときはいつもこうだ。
 息抜きと自分に言い聞かせて、スマホを手に持ち、10分くらい前に見たばかりのSNSにもう一度目を通す。
 画面の向こう側に広がる世界は、いつもキラキラと楽しそうで、画面のこっち側にいる私は、それを見て他人の日常をうらやんでばかり。


「はぁ……」


 大きなため息とともに、スマホをベッドへと放り投げる。
 窓の外から差し込んでいた光がいつのまにか無くなり、パソコンのモニターから放つ光だけで部屋の明かりが保たれていた。

 この薄暗い感じが、私は好きだ。

 20代の頃は、私も恋愛に対してそれなりに焦っていた。
 周りは当然のように彼氏が居て、次々と結婚をしていく。
 そして子供を産み、仕事に育児に大忙し。

 親戚からも、友達からも、会社の人からも、顔を合わせれば「彼氏は?結婚は?」と言われるしまつ。私だって別に好きで誰とも付き合っていないわけじゃない。
 でも、無駄に理想が高い私には、彼氏をつくるなんて無理な話だった。

 私はどちらかというと内面を重視するタイプ。
 出会った男に対して、「あー今の発言はマイナス1点」などと、最初からマイナス方式の採点を初めてしまう最低な女である。

 いくら顔が良くても、中身を好きになれなければ興味はない。
 そもそも、いい顔の男が私を好きになることもないのだけど。
 異性に好かれるという経験も乏しいため、自分の容姿や性格に自信は持てなかった。

 10年前だったら、まだ“若さ”を武器にできたかもしれない。
 でも、30代になったら武器にできるものは自分自身で磨かなければならない。

 例え好きな人ができても、武器になるものなんて、なにもない。そんな風に、何かと理由付けては、傷つくのが恐くて恋愛から逃げていたのかもしれない。

 気が付けば、彼氏いない歴と年齢が同じになっていた。

 周りからあれだけ言われていた「彼氏できた?」の言葉も、今はもうない。
 ここまでくれば、みんな腫物に触るように、男関係の話を私にしなくなる。
 一部では男じゃなくて女の人が好きなのでは? なんて噂話まで飛び交っていたようだ。

 こうなったら、性別なんて関係なく、私だって恋のひとつやふたつはしてみたい。
 でも年齢を重ねれば重ねるほど、彼氏いない歴は言いにくくなる。
 むしろ、絶対に隠さなければいけないのではと思うほど。

 初めましての人と恋バナになったとしても、友達の恋愛相談で培った知識であたかも彼氏います感を装ってしまう。
 これじゃあ、もしも恋愛関係になりそうになっても「実は付き合ったことなくて、処女なんです」なんて言ったところでドン引きされるに違いない。
 だいたいの男たちは重く感じて逃げるんだ。
 そう思うと、誰も好きになれないし、興味も持てなくなる。

 まあ、このまま一生おひとりさまを楽しむのも悪くないか。
 なんて、最近は開き直っているけど。


「おなかすいたな……」


 卵、牛乳、納豆、水、栄養ドリンク。いつもあるものしかないのはわかりきっているのに、スカスカの冷蔵庫を覗いては、いますぐお腹を満たしてくれるものを探す。


「コンビニ行くか」


 結局、そこには食べたいものなんか入っているわけもなく。
 起きてそのままの格好から、コンビニに行く用として置いてあるロンTとスウェットパンツに穿き替える。
 ボサボサの頭は帽子で隠して、洗っていないままの顔はマスクで隠す。
 これが私のコンビニスタイルだ。
 とてもじゃないが、自分が男ならこんな女を好きになる人なんていないだろうと思ってしまう。

 原稿で煮詰まったときは、外の空気を吸うのが一番の気分転換になる。
 それはわかっているけど、一度パソコンの前に座ってしまうと、重い腰が上がらず、外の空気を吸うというちょっとしたことすらできなくなるのだ。

 少しひんやりとした夜風が気持ちいい。
 このまましばらく、散歩でもしたい気分。

 近くのコンビニまで200mくらいの距離を、ゆっくりと深呼吸しながら歩く。たまに両手を上げてめいっぱい伸びてみたり、ブンブンと振りまわしてみたり。
 凝り固まった肩をほぐすのにはちょうどいい運動だ。周りから見たら不審者のような動きだけど。

 コンビニに着くなり、一目散に向かうのはスイーツが並ぶコーナーだ。
 なんか美味しそうなスイーツはあるか、棚の一番上から下に向かって順番に見ていく。そのなかでも、今の気分にハマったのが298円の白玉入りパフェと、160円のプリンだ。
 とは言え、何でもない日に298円のコンビニスイーツはいかがなものだろう。
 今が原稿終わりとか、仕事帰りなら、ご褒美として買うのに悪くはない。
 でも、とくになんでもない、ただの気分転換ついで。空腹を満たすためだけってなるともったいない気がする。

 この値段をとるか食べたい欲をとるかに板挟みされる時間は、締め切り前の私にとっては大きな原動力だ。

「このくらい、値段気にせず買えるように仕事頑張ろう!」って考えに繋がるから。
 
 なんていうか、自分でもちっぽけな目標だなーとは思うけど
 このくらいちっぽけな目標でもないと、仕事のモチベーションは保てない。

 まあ、今月のギャラのことを考えると160円のプリンで我慢しよう。白玉パフェは、締め切りが終わったあとのご褒美としてとっておこう。

 数分間悩んだあげく、スイーツコーナーから移動してしょっぱい食べ物を探していると、一組のカップルが店内へと入ってくる。

 彼女の方は、キレイにメイクして、髪型も服もかわいい。彼氏はラフな格好だけど、どこか小綺麗だ。
 デートの帰りのような雰囲気を醸す二人は、数秒前の私と同じようにスイーツコーナーの前で止まった。


「どれにする?」
「えープリンも食べたいけど……これも食べたいなぁ」


 彼女は、プリンと白玉パフェという私とまったく同じ選択肢で悩み始めた。
 二人の会話を盗み聞きしながら「わかるー。迷うよねー! うんうん」なんて、心の中で友達かのような合いの手を挟んでしまう。
 どっちを選ぶのかなーなんて、赤の他人のことを気にしながらも、自分はピリ辛きゅうりに手をのばした。


「じゃあ二つ買って半分こする?」
「え、いいの?」
「うん。どうせ選べないだろ」
「わあーい!」


 ピリ辛キュウリ触れるか触れないかまで伸ばした手が、一瞬止まってしまう。
 そう、彼女には彼氏という最強の存在がいるといことを忘れていた。
 どっちを食べようかなんて悩みは、悩みでもなんでもない。

 なんなら、値段で悩んでいた私とは格が違う。

 二人はどっちのスイーツも手に持ち、レジに進むと
 楽しそうに手をつなぎながら帰っていった。

 残された私の手には、プリンとピリ辛きゅうり。

 なんて悲しくなるような組み合わせなのだろうか。
 それでも私は、白玉パフェはご褒美って決めたし、ピリ辛キュウリはどうしても食べたい! だから、これでいいのだ。

 寂しくなんて、ない。

 コンビニから帰って、ベッドの上に脱ぎ捨てていった部屋着に着替える。
 また同じようにパソコンの前に座り、プリンとピリ辛キュウリを食べて、深夜まで仕事を頑張るだけだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【番外編】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来
恋愛
連載中『おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒にくらすはめに』の番外編をアップしております。 本編に載せようかなー。でも、苦手な人もいるよなー。どうしようかなー。って思った性的表現を含むお話を不定期でアップする予定です。 そのため、性的描写が苦手な方はご注意ください。 そこまでストレートな表現はしませんが、イヴェリスのイメージがぁぁぁ!ってなるようであれば、そっとページをお閉じください。 そしてこちらを読む際は、本編のネタバレが含まれることをご了承ください! この短編から出会ってしまった方は、よかったら本編も読んでくれると嬉しいです。 日頃の感謝を込めて! どうぞ、お楽しみくださいまし~

シリウスをさがして…

もちっぱち
恋愛
月と太陽のサイドストーリー 高校生の淡い恋物語 登場人物 大越 陸斗(おおごえ りくと)  前作 月と太陽の  大越 さとしの長男    高校三年生 大越 悠灯(おおごえ ゆうひ)  陸斗の妹    中学一年生 谷口 紬 (たにぐち つむぎ)  谷口遼平の長女  高校一年生 谷口 拓人 (たにぐち たくと)  谷口遼平の長男  小学6年生 庄司 輝久 (しょうじ てるひさ)    谷口 紬の 幼馴染 里中 隆介 (さとなか りょうすけ)  庄司 輝久の 友人 ✴︎マークの話は 主人公  陸斗 と 紬が 大学生に どちらも  なった ものです。 表現的に  喫煙 や お酒 など 大人表現 あります。

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

ヴァンパイア♡ラブどっきゅ〜ん!

田口夏乃子
恋愛
ヴァンパイア♡ラブセカンドシーズンスタート♪ 真莉亜とジュンブライトは、ついにカップルになり、何事もなく、平和に過ごせる……かと思ったが、今度は2人の前に、なんと!未来からやってきた真莉亜とジュンブライトの子供、道華が現れた! 道華が未来からやってきた理由は、衝撃な理由で!? さらにさらに!クリスの双子の妹や、リリアを知る、謎の女剣士、リリアの幼なじみの天然イケメン医者や、あのキャラも人間界にやってきて、満月荘は大騒ぎに! ジュンブライトと静かな交際をしたいです……。 ※小学校6年生の頃から書いていた小説の第2弾!amebaでも公開していて、ブログの方が結構進んでます(笑)

約束してね。恋をするって

いずみ
恋愛
宇都木陽介は、天文部に所属する高校二年生。今夜も、せっせとバイトして買った新しい望遠鏡を持って、高台の公園で天体観測を楽しんでいた。 そこにふらりとあらわれたのは、白いワンピースを着た無表情な少女。幽霊かとも見まごうその少女に、陽介は見覚えがあった。 学校での様子とは月と太陽のように違う顔を持つ木ノ芽藍。 陽介の学校生活と進路が、藍によって乱されていく。 高校生のあれやこれやです。でもやっぱりちょっと変な話です。

竜王の花嫁

桜月雪兎
恋愛
伯爵家の訳あり令嬢であるアリシア。 百年大戦終結時の盟約によりアリシアは隣国に嫁ぐことになった。 そこは竜王が治めると云う半獣人・亜人の住むドラグーン大国。 相手はその竜王であるルドワード。 二人の行く末は? ドタバタ結婚騒動物語。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...