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第282話 桜の異変(1)

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 ――翌日。
 
 居間のちゃぶ台で、みんなで朝食を食べていたところ――、
 
「おじちゃん! 今日は、どこかに行くの?」
「どうしてだ?」
「だって! フーちゃんが、お出かけしたいって!」
「いかないぞ?」
「そうなの?」
 
 俺は頷く。
 
「フーちゃん、いかないって――」
 
 桜の隣で、ローストポークを食べていたフーちゃんが、桜の話を聞いた途端、「ガウルッルウ」と、俺を威嚇してくる。
 まるで人間の話を理解しているようだ。
 まぁ、偶然だと思うが。
 
「まぁ、あとで散歩にいくか」
「くーん」
「おじちゃんは御店を開けるのに忙しいと思うの! だから、あとで桜がフーちゃんと散歩行ってくるの!」
「散歩か……」
 
 少し前にナイルさんがイノシシなどを夜だったが狩ってきたからな。
 それを考えると、桜だけで、散歩に行かせるのは危険と言わざるを得ない。
 最近は、熊も都心に進出してきているようだし、もうすぐ冬だと考えると熊と会う可能性だってある。
 
「ナイルさん」
「はい?」
 
 俺は、横で豚汁を飲んでいたナイルさんに声をかける。
 
「桜の護衛をお願いできますか?」
「桜様の護衛ですか?」
「はい。この前、イノシシを討伐してきたじゃないですか?」
「そうですね」
「もしかしたら、熊とかが出てくる可能性もあるので、桜とフーちゃんの散歩の護衛をお願いします」
「……その熊というのは?」
「そうですね。簡単に言えば、猛獣ですね。日本で一番危険な野生の生物と言っていいです」
 
 俺の言葉に、「こちらの世界で、一番危険……」と、ナイルさんが呟く。
 その途端、ナイルさんが笑みを浮かべる。
 
「お任せください! このナイル! 全身全霊を持って! その凶悪な魔物を打ち滅ぼしてきましょう!」
「魔物じゃなくて熊です」
「その熊を討滅してきましょう! それで、その熊という魔物は、どのようなモノで?」
 
 ナイルさんにノートパソコンに表示した熊の映像を見せる。
 
「なるほど。危険度はEランクと言ったところですか」
「Eランク?」
「はい。冒険者ギルドで魔物の討伐ランク付けを行うのですが、その際の脅威度判定で、魔物の強さを含めて魔物の討伐ランクがされるのです」
 
 ナイルさんは、熊の動画を見ながら――、
 
「やはりEランク程度ですね。ゴロウ様の話ぶりですと、ドラゴンでも出てくるのかと思いました。そうしますと、私だと無理ですので――」
 
 そこまで言ったところでナイルさんの視線はフーちゃんへと向けられる。
 どうして、そこでフーちゃんを見るのか。
 
「ま、まさか……」
 
 俺は、ジッとフーちゃんを見る。
 すると俺の視線に気が付いたのかビクッ! と、フーちゃんが体を震わせたあと、毛を逆立てて――、
 
「ガルルルッルルルル」
 
 ――と、俺を威嚇してくる。
 もう、それだけで分かった。
 そう、分かってしまった。
 
「気のせいだな」
 
 仔犬というのは、自分よりも大きな動くモノに対して吠える傾向がある。
 それは自分が弱いと理解しているからだ。
 つまり、フーちゃんが竜という可能性はない。
 だって、本当に竜なら、大変だからな。
 一瞬だけ、フーちゃんは異世界の竜が変化して犬に化けているだけで人の言葉が理解できる魔物かと思ったが、俺も想像が豊かになったものだ。
 所詮は犬――、それ以上でも、それ以下でもない。
 
「とりあえず、桜とフーちゃんの散歩の護衛をお願いします。ナイルさん」
「分かりました」
「そういうことだから、桜はナイルさんと一緒に、フーちゃんの散歩に行ってきなさい」
「はーい」
 
 元気よく返事をする桜。
 それを見ながら、うちの姪っ子は可愛いなと思いつつも一つだけ思ったことがある。
 これだけ田舎なのに、フーちゃんを散歩に行かせる意味とは?
 
 ――そんなことを思っていると、ご飯を食べた桜がテレビをつける。
 するとニュース番組がテレビに映し出され――、
 
「『速報をお伝えします。今年の初旬に発生した飛行機事故ですが、何の進展も得られないまま捜索は打ち切るという判断を航空会社は声明を出しました。それと共に、遺族の方には、賠償金が一人当たり8000万円が支払われる――』」
 
 そんなニュースが、お茶の間に朝から流れる。
 俺は咄嗟にテレビのチャンネルを変更したが――、
 
「……」
 
 ――無言。
桜は、チャンネルを変更されたテレビをずっと見たまま身動ぎ一つしない。
 
「桜……?」
「……」
「桜、大丈夫か?」
「えっと……おじちゃん……、いまのニュースって……」
 
 ここは本当のことを言うべきか?
 ――いや、ここは誤魔化すべきだろう。
 
「あれだ。飛行機事故って結構多いからな」
 
 我ながら苦しすぎる。
 慌てて、リモコンでテレビのチャンネルを変えておいて、この言い訳はきつすぎるだろ!
 思わず、自分自身を叱咤しながらも何て声をかけていいのか分からない。
 
「そう……なの?」
「ああ。だから――、気にしなくていいぞ?」
「うん……」
 
 先ほどまでの元気な姿が一転。
 桜の顔色が真っ青だ。
 そこで俺は、もうすぐ9時になることに気が付く。
 店を開けないと。
 
「雪音さん。桜を、お願いします」
「分かっています。五郎さんは御店を開けてきてください」
「分かりました」
 
 本当は桜の傍に居ておいてあげたい。
 だが、店を開けない訳にはいかない。
 幸い、根室さんが店番をしてくれるから、彼女がきたら店番を交代すれば問題ないだろう。
 
 





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