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第236話 金が重すぎて持ち上がらない件

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 バックヤードから日本に通じるドアを抜けたところで、俺は背伸びする。
 すでに、日は完全に昇っている。
 
「今日は、疲れましたね。ナイルさん」
「そうですか?」
「もう40歳を超えると、徹夜は、結構堪えるんですよ」
 
 俺は、ナイルさんと会話しながら、店の正面へと向かおうとしたところで足を止める。
 
「――あっ……」
 
 そこで大事なことを想い出す。
 
「ゴロウ様。どうかしましたか?」
「ナイルさん。大事な事を忘れていました。メディーナを連れてきていません」
「あ……」
 
 そういえば、少し席を外していたメディーナさんを連れてくるのを忘れていた。
 徹夜明けだと判断力が本当に鈍るな。
 
「ちょっと連れてきます。ナイルさんは店の外に置いてあるパレットを片付けておいてください。積んでおいてくれるだけでいいので」
「分かりました」
 
 またバックヤード側から店内に入り、異世界へと戻る。
 
「ゴロウ様!」
 
 シャッターを開けると、入って来たメディーナ。
 
「すまない。ちょっと忘れていた」
「忘れていたって……」
「この年になると、疲労がピークに達すると、つい大事なことを忘れてしまう事があるんだ」
 
 言い訳をしながらも、俺は、酷い言い訳をしているなーと、自覚している。
 
「ほんと、副隊長も私のことを忘れるなんて酷いです……」
「人間、疲れると判断能力が衰えることがあるので。それよりも早く行きましょう」
「分かりました……」
 
 ぶすっとした表情。
 とりあえず納得はしてない様子。
 だけど、仕方ないじゃないか。
 本当に、スパッと忘れていたんだから。
 むしろ、20代のナイルさんよりも先に気が付いた俺を褒めてもらいたい。
 
 メディーナさんを店内に入れて、シャッターを閉める。
そして店内を確認し、誰も居ない事を確認したあと、日本へと通じる扉があるバックヤード側へと移動し、扉を通って日本側へと出た。
 
 メディーナさんと一緒に店前に移動すると――、
 
「副隊長!」
「メディーナですか。戻りましたか」
「戻りましたか……じゃないですよ! どうして、部下の私を忘れてしまっていたのですか!?」
「まぁ、よくあることじゃないですか」
「私の存在の薄さ!?」
「そんな事より、さっさとパレットを重ねてください。開店まで、時間がありませんし、恵美さんが来たら余計な詮索をされてしまいますから」
「はーい」
 
 メディーナさんを軽くあしらっているナイルさん。
 そんな様子を見たあと、俺は店の正面からシャッターを開けたあと、店内に入りバックヤードへと移動する。
 バックヤードに置かれている台車を店内で広げたあと、辺境伯が運び込んでくれた木箱へと手を伸ばし木箱を持ち上げようとするが、まったく動かないどころかビクともしない!?
 
「お、重すぎる……。まったく動かないんだが!?」
 
 まさしく押しても引いても、動かない。
 
「うおおおおおおお!」
 
 全身全霊! 全力全開! 俺の持ちうる力を全て使って! 持ち上げて! 台車に積もうとしても!
 
「はぁはぁはぁ――」
 
 俺は、肩で息をしながら木箱を睨みつける。
 
「動かない……」
 
「ゴロウ様。どうかされました?」
「――いえ。ちょっと……ほんの少しだけ木箱が重いなと……」
「なるほど……」
 
 どうやら、店の外のパレットの片づけは、メディーナさんに一任したよう。
そして、ナイルさんが店内にパレットを取りに来たと。
ナイルさんは、床の上に積まれている木箱へと視線を向けたあと、
 
「ゴロウ様。随分と量がありますね」
「そうですね。おそらく、全部、売れば、かなりの額になると思います」
「今回は支払いも多そうですからね」
「分かりますか」
「はい」
 
 さすがに一ヵ月以上も月山雑貨店で仕事をしていない。
 レジ打ちも、慣れてきていて、こちらの世界の通貨については精通してきているので、ナイルさんも金の相場が分かっているし、仕入れの価格も分かっているので、どのくらいの経費が掛かっているのか理解できているのだろう。
 
「これは、母屋の方に移動したいのですが……」
「そうですね。それがいいですね」
 
 俺は、ナイルさんに、これからのことを説明すると、ナイルさんも同意してきた。
 
「――では、まずは台車に積んでしまいますか」
 
 ナイルさんが木箱を掴み、持ち上げる。
 
「は?」
「どうかなさいましたか?」
「――い、いえ……。重くないですか?」
「一応、副隊長ですから。身体強化の魔法を使えば、持ち上げることはできます」
「……」
 
 そうだった……、異世界には魔法があったんだ。
 それにしても、俺が一切動かせない木箱を、軽々と持ちあげては台車に積み込んでいくのはシュールというか何と言うか――と、思ったところで5箱を超えたところで、
 
 ――ミシッミシッ
 
――と、台車から聞こえて来たらいけない音が聞こえてくる。
 
「ナイルさんっ! ストップ! ストップ!」
「どうかなさいましたか?」
「どうかなさいましたか? じゃなくて! 台車が! 荷物を載せる部分が歪んでいますよ!」
「あ――」
「と、とりあえず台車から木箱を降ろしてください。このままだと台車が壊れます!」
「わ、分かりました」
 
 ナイルさんが慌てて、木箱を台車から降ろしていく。
 ありえない。
 台車から変な音がしたぞ?
 一体、何キロあるんだ? あの木箱は……。
 
 俺はカウンターへ行き、ノートパソコンを起動する。
 そして金の重さを確認し――、
 
「えっと、金の比重は、水の19.32倍!? ――と、いうことは2リットルのペットボトルが8本入る木箱の大きさだと……16リットルに金の比重、だいたい20倍をかけると……320キロ!? 木箱一個で320キロ!?」
 
 どうりで、俺が持ち運べないわけだ。
 そして、どうりで台車から鳴ったらいけない音が出ていたわけだ。
 俺が購入した台車の耐荷重の重さは500キロくらいまで。
 なのに、5箱積んでいたということは、1トン以上の重さ。
 むしろ、よく耐えていたと褒めた方がいい。
 
「ナイルさん」
「何でしょうか?」
「金の入った木箱ですけど土の上に置いたら沈みかねないので――、あと重量からして母屋の床上に置いたら床が抜けるので、コンクリート床の、何もないところに置いておきましょう。ただし、重ねないように」
「分かりました。それでは、店内から移動しておきます」
 
 そう言いつつ、ナイルさんは一人で320キロもある木箱を持ち上げてバックヤード側へと運んでいく。
 
「ほんと異世界の人はすごいな」
 
 それと同時に藤和さんがトラックを手配すると言った意味も分かった気がする。
 もしかしたら、藤和さんは金の重さを理解していて説明してくれたのかも知れない。
 それと同時に、少しだけ嫌な予感がして、俺は30箱の金の価格を計算する。
 
「今の金の買い取り額が8000円くらいだから……、一箱320キロとして……、一箱25億6000万円!? それが、30箱ということは……700億円以上……」
 
 俺は思わず手が震える。
 全ての金の換金を自分でする訳ではない。
 ないが……、いくら金を辺境伯が自分で生成できるとは言え、これは多すぎる。
 だが、向こうが適正だと判断して支払ってくれたものを返却するのは……。
 
「それにしても、一箱320キロだとして、30箱だと多く見積もって10トンか……。装飾品として加工されているから、金の延べ棒のような重さは無いとしても、それでも大型トラックが必要になるよな……」
 
 だから、藤和さんは、大型トラックが運転できるリーシャさんを手配したのか。
 最初は、紙幣運搬用のトラックだと思っていたが、じつは金の重さ対策だったとは……。
 
 
 
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