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第192話 フーちゃん、一攫千金物語

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「桜はね! 雪音おねえちゃんだから譲ったの!」
「桜ちゃん……」
 
 何か知らないが、譲る譲らないとは何の話をしているのか。
 
「だから、桜は許可しないの! ねー! ふーちゃん」
「桜」
「おじちゃん」
「もう、良い子は寝る時間だから寝なさい」
「えー! もう、今日は十分に寝たの!」
 
 俺は桜の体をひょい! と、持ち上げて部屋まで連れていきベッドの上に寝かせる。
 
「おじいちゃんが居る世界は、おじちゃんが対応しておくから、桜はもう寝なさい」
「……まだ眠くないの」
「目を閉じていれば、何時の間にか寝られるからな」
「はーい。羊が一匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が5匹、羊が7匹、羊が11匹」
「桜、数字が飛んでいるぞ?」
「雪音お姉ちゃんがね、素数を教えてくれたの。だから桜ね、羊さんに素数を足してみたの!」
「そっか。とりあえず早く寝なさい」
 
 俺の言葉に頬を膨らませる桜。
 ただ、しばらく桜のベッドの横で座っていると、何時の間にか桜は寝ていた。
 フーちゃんも桜の頭の上で寝ているので、俺は桜が寝ている部屋から出る。
 
「どうでしたか?」
「寝ました」
「それは、よかったです。五郎さん、お酒でも飲みますか?」
「いいんですか?」
「たまには――。お店の売り上げが伸びたことに乾杯しましょう」
 
 俺と雪音さんは、その日はしばらく晩酌を楽しんだ。
 
「今日は、涼しいですね」
 
 昨日は、少し遅くまで晩酌を楽しんでいた事もあり若干の気怠さは残ってはいるが、雪音さんが淹れてくれるお茶を飲みながら、時計へと視線を向ける。
 時刻は、午前8時少し前。
 店の開店は9時からなので、まだ時間的余裕はある。
 
「テレビでも見るか」
「五郎さん。もうすぐ朝食が出来ますので桜ちゃんを起こしに行ってもらえますか?」
「わかりました」
 
 席から立ち、桜の部屋へ。
 戸をスライドさせて中に入れば、フーちゃんを抱き枕にして、桜は寝ていた。
 
「桜、そろそろ朝食の時間だぞ」
「うーん」
 
 寝起きが弱い桜は、半分寝ながら起きる。
 そして器用に、フーちゃんを頭の上に乗せると洗面台の方へと向かっていく。
 
「よくあれで犬を落さないよな……」
 
 ちょっと疑問に思いながらも台所へと行き、用意してある朝食を前に椅子に座ると、洗面台で顔を洗ってきた桜も「おはようなの」と、パジャマ姿のまま席につく。
 朝食を摂り始めたところで、だんだんと意識がハッキリとしてきたのか、時折欠伸をしながら食事をする桜。
 
「そういえば、幼稚園とかどうしますか?」
「幼稚園?」
 
 桜がお箸をもったまま首を傾げる。
 
「同世代の友達がいっぱいできる場所だな」
「そうなの。フーちゃんも一緒にいけるの?」
「フーちゃんは無理かな」
「くぅーん」
 
 足元でローストビーフをガツガツ食べているフーちゃんが、まるで日本語を理解しているかのように相槌を打ってくる。
 
「ただ、幼稚園は義務教育じゃないし、何より――、結城村には幼稚園がないからな」
「あ――」
 
 人口が数百人程度の小さな結城村では、小さな子供がいる方が稀だ。
 そして、幼稚園や保育園なんてモノは結城村には存在しない。
 
「まぁ、来年からは小学校に通う感じになるから、それまでは自宅でいいのでは?」
「そうですね。そういえば、小学校の準備とかはしていますか?」
「一応、ランドセルとかは買っていますが――」
「それ以外は?」
「……あとで用意すればいいかなと」
「そうですか。それでは、私と桜ちゃんで町まで小学校入学の為の必要なモノを買いに行ってきてもいいですか?」
「雪音さん、小学校入学は来年の4月からですよ?」
「早め早めに用意した方がいいので――」
「そうですか。分かりました。それではお願いします」 
 
 話しも一段落きつき食事を終える。
 そのあとは店を開けに向かう。
 もう客足は途絶えていると思ったが、思ったよりも駐車場に車が停まっている。
 しかも、昨日と同じように県外ナンバーが非常に多い。
 
「これは……まさか……」
 
 フーちゃんフィーバーの再来なのでは?
 そして――、俺の予感は当たり店を開けていると、駐車場に車を停めている若いカップルが話しかけてきて、フーちゃんを撮りたいと言って来たが……、今日は出かけると言ったところで、がっかりして様子を見せて車に乗り駐車場から出ていく。
 次から次へと車が去って行く様子は、まさしく潮が引くようと言う言葉にそっくりだろう。
 動画撮影目当ての生主達が、去った後、普段通り店舗は営業。
 時間は、お昼を回った頃、母屋に居た時に田口村長が訪ねてきた。
 
「五郎! 大変じゃぞ!」
「どうかしたんですか?」
「お前の店がテレビに映っているぞ!」
「――え?」
「テレビに?」
 
 少し驚きつつも、俺はリモコンでテレビをつけると、秋田のローカル放送局で、月山雑貨店の特集が組まれていた。
 
「こんなの許可を出した覚えはないんだが……」
 
 俺はテレビを見つつ、ローカルテレビ局が参照していたのは、動画サイトだという事に気がつく。
 さらにテレビのナレーターが話始める。
 
『今話題沸騰中の動画を紹介していきたいと思います』
「五郎さん、どうかしましたか?」
 
 最初の俺の許可を出した覚えがないという言葉を聞いたのか、雪音さんが台所から居間の方へと顔を見せる。
 
「お爺ちゃん? どうして、ここにいるの? 玄関から入ってないわよね?」
「まぁ、深く気にすることない。もう五郎は、身内同然だからの。そうだろう? 五郎?」
「そこは玄関から入ってください。桜の教育上にも」
「まったく仕方ないのう」
 
 渋々と言った様子で、田口村長は引き下がる。
 
「あの、それより五郎さん。何かあったのですか?」
「じつは月山雑貨店がローカルテレビで特集らしきものが組まれているみたいで――」
「でも、許可の連絡とかは来てないですよね?」
「おそらく動画サイトに乗せてあるモノだけを流用するから問題ないと判断したのかも知れないな……」
「また、いい加減な――」
 
 呆れた様子で雪音さんは呟く。
 それには、俺も完全同意だ。
 
『まず、こちらのグラフを見てください』
 
 司会者の話が続く。
 そのグラフは、ナイアガラの滝を逆さにしたようなグラフが描かれている。
 
『こちらの月山雑貨店で撮影をした時に映っております白い犬ですが、とても頭がいいようです。これに興味を引かれた方がSNSなどでツイートをして拡散され、今ではネット界隈では知らない人がいない程に有名になっているらしく――』
「これって……」
 
 雪音さんが、戸惑った様子で俺を見てくる。
 
「まず間違いなく、フーちゃんのことかと……」
「そうですよね」
「一躍有名人と言ったところかの。――いや、犬だから一躍有名犬? かの」
 
 村長は笑っていた。
 
『そして、月山雑貨店の仔犬を撮りました動画を、動画サイトに上げた人は全員が一日で動画収益化のラインに達したことがグラフで見て取れます』
「五郎さん、収益化って?」
「簡単に説明すると、動画サイトに動画をアップする事で登録者数をある一定まで増やして、視聴回数を年間ある一定ラインまで持って行くことで、動画サイトからお金が貰える仕組みが収益化と言うんです」
「そうなのですか……。それって簡単な事なのですか?」
「全然です。少なくとも、普通に頑張っていたら数か月かかるレベルですね」
「数か月……、それを一日で達成するなんて……」
「普通に考えたらありえませんが、有り得ない事が起きているので、たぶんローカルテレビ局が取り上げたのかも……」
 
 そこまで話したところで、俺は気がつく。
 今日の朝、やけに県外の車が多かったことに――、そして、フーちゃんが居ないことを伝えたら何も買わずに帰っていたことに……。







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