上 下
168 / 437

第168話 月山雑貨店の日常(4)

しおりを挟む
 根室さんはレジ打ちの方法をナイルさんに教えると言っていたが、言語もまったく異なる以上、難しいと思う。
 それでも、品出しくらいはできるようになってくれれば楽になる。
 店の方は根室さんに任せて、母屋へ戻る。
 
「ただいま」
「おかえりなさい」
 
 すぐに出迎えてくれる雪音さん。
 そして――、小走りで走ってくる桜。
 
「おじちゃん! おじちゃん!」
「どうした?」
「クーラーつけていい?」
「別にいいぞ?」
 
 あれ? どうして雪音さんに聞かないんだ?
 
「桜、今度からは雪音さんに確認を取ってOKが出たらやっていいからな」
「うん!」
 
 すぐに居間の方へ駆けていく桜。
 
「雪音さん」
「桜ちゃんは、家のことは五郎さんに聞くことが最優先みたいで……」
「なるほど……」
 
 まぁ、たしかに桜と一緒に暮らしていて何かあったら俺に聞くように言い聞かせてきたからな。
 
「そういえば、藤和さんから連絡はいきましたか?」
「はい。一応、塩と他の商品の納品については目途が立ちました。これから仕入れ代金を手に入れに目黒さんのところに行ってきます」
「それではお店の方は私も協力して見ておきますね」
「よろしくお願いします」
「――おじちゃん! お出かけするの!?」
 
 俺と雪音さんの話を聞いていたのか桜が居間から顔だけ出してきいてくる。
 どうやら、横になっていたようだ。
 そして――、フーちゃんがズルズルと舌をハッハッハッ! と出しながら夏バテしているのか、床を這ってくる。
 
「そういえば、犬は暑さに弱かったような……」
「はい。今度からは、クーラーをつけたままの方がいいかも知れないですね。少なくとも夏が終わって涼しくなるまでは」
 
 その雪音さんの言葉に俺は「そうですね」と頷く。
 ただし! 田舎の家で隙間だらけなので、クーラーを付けていたとしても冷風はガンガン! 建物の隙間から出ていく。
 来月の電気代は恐怖そのものだ!
 まぁ店の維持費の電気代も相当だと思うので、それと比べれば家の電気代は大したことがないと思うが……。
 
「雪音さん」
「はい? 何でしょうか?」
「来月の電気代とかヤバイですかね?」
「はい。たぶん店の方だけで60万円近く、家の方が3万程ですので――」
「それって……」
「かなりシビアですね。五郎さん、頑張って塩を換金してきてくださいね!」
 
 それって、俺に質屋に行けって安易に告げているよな?
 桜も、その事に気が付いているのか「わーい! 旅行なの!」とか「わんわん!」と、フーちゃんまで喜んでいる始末。
 
「とりあえず、目黒さんのところに行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
「桜も行くか?」
「桜は、臨時休業中なの」
 
 どうやら、桜も暑さで動く気力がないようで、フーちゃんと共に、通路の木の床部分が冷たいのか頬を当てて俺を見てきている。
 
「そうか。そういえば和美ちゃんは、どこに行ったんだ?」
「昨日ね、夜遅くまで遊んでいたから桜の部屋で寝ているの!」
「クーラーはつけているのか?」
「つけてないの!」
「……大丈夫なのか?」
 
 特に熱中症とか……。
 
「五郎さん、私が和美ちゃんを見ておきますので目黒さんの方へ行ってきてください。約束を取り付けてあるんですよね?」
「はい。それじゃ、お願いします。あと、くれぐれも自分の不在のことはナイルさんには‐―」
「分かっています。一応、護衛任務ですものね」
 
 とりあえず雪音さんに母屋のことは任せて根室さんの家へと車で向かう。
 
「一人で車に乗るのは久しぶりだな」
 
 車のラジオをつけて運転をし続け、目黒さんの家に到着したあとは金の一部を換金したお金をいただき家への帰路についた。
 母屋に到着したあと、「ただいま」と、玄関の戸を開けると、待っていてくれたのか、雪音さんが出てくる。
 
「おかえりなさい。五郎さん」
「今、戻りました」
 
 目黒さんの所から真っ直ぐに帰宅したこともあり、予定よりも早く自宅に戻ってくる事が出来た。
 靴を脱ぎ家に上がり、雪音さんの声がした台所へ向かう。
 台所に到着したところで――、
 
「おじちゃん、おかえりなさいなの!」
「おっさん、おかえり!」
「ただいま……」
 
 二人とも、お皿に入ったシャーベットを口にしながら挨拶してくる。
 
「アイスクリームを作ったんですね」
「はい。五郎さんも食べますか?」
「いえ、自分はとりあえず店の方に行ってきますので――、あと、これを――」
「はい。預かります」
 
 現在の月山家の資産管理は、雪音さんに丸投げしているので、俺は目黒さんに渡された100万円が入った封筒を雪音さんに渡す。
 
「それじゃ自分は、店の方に行ってきます」
「はい」
 
 俺は桜と和美ちゃんの頭を撫でたあと、店へと向かう。
 ちなみにフーちゃんはクーラーの下で仰向けになって横になっていた。
 犬は、暑さに弱いというのは、異世界の犬であっても同じのようだ。
 
 
 
 店に入ると、根室さんとナイルさんが丁度、談笑していたようで――、俺が戻って来た事に気が付いた二人は居住まいを正す。
 
「今、戻りました。何か、業務報告とかはありますか?」
「特には問題はありませんでした」
「そうですか。良かったです」
「ナイルさんも、どうですか?」
「私も特には――」
 
 おや? 意外だな? 異世界とは勝手が違うから何か質問があると踏んでいたんだが……。
 
「仕事に関しては、私が教えていますので大丈夫ですよ?」
「そうですか。根室さん、申し訳ありません」
「いえいえ。それより、ナイルさんって留学生なんですよね?」
「そうですね」
 
 まぁ、表向きは……。
 
「私、聞いた事のない国なんですけど、エルム王国ってどこにあるんですか?」
「そうですね、ロシアと中東の間のどこかですね」
「なるほど……」
 
 怪訝そうな表情で頷いてくれる根室さん。
 こんな大雑把な説明でいいのか? と、一瞬――思ってしまうが、納得してくれたのならOKとしておこう。
 
「ナイルさん」
「何でしょうか?」
「日本語は読めるんですか?」
「――いえ! まったく読めません」
「そ、そうですか」
「根室さん、本当に大丈夫ですか?」
「はい。仕事に関しては、いつも一緒に行動していれば大丈夫だと思いますので!」
「なるほど……」
 
 まぁ、基本的に根室さんはうちの店舗の大黒柱に近いモノがあるからな。
 ナイルさんに関して言えば根室さんに任せておけば問題ないだろう。
 
 二人に店番を任せた後は、レンタルしていたガスコンロを返す為に、中村石油店に電話をする。
 しばらくしてから、中村さんが到着し――、レンタルしていた機材を返却し支払いを済ませる。
 
「そういえば五郎、アレは外国人か?」
「まぁ、そんなもんです」
「ふむ……」
「そういえば中村さん」
「何だ?」
「今度、そこのトイレから少し離れたところにプレハブ小屋を建てようと思うんですけど、プロパンガスでいいので、ガスが使えるように工事をお願いできますか?」
「かまわんぞ。何時頃だ?」
「リフォーム踝に確認をとってからになるので……」
「分かった。それでは、またな」
「はい。今回は、助かりました」
「気にする事はない。陸翔のことで、五郎には迷惑をかけたからな」
 
 そう言い残すと中村さんは車に乗って帰ってしまった。
 
 
 
 一日の仕事も終わり、店のシャッターを閉める。
 
「ゴロウ様」
「どうかしましたか?」
「今日、一日――、平民の方と仕事をしていて思ったのですが……」
 
 何か問題でもあったのか? と――、考えてしまうが……。
 
「……」
「いえ! 特に不平不満があった訳ではないのです! それと、私には敬語は不要ですので!」
 
 俺が無言で考えていたのを変な風に捉えたようで、慌ててナイルさんが釈明してくるので、「敬語は、仕事をしていると自然と身に付くものなので気にしないでください」と、言葉を返しておく。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結済】サバイバル奮闘記 転生悪役令嬢の逆転劇

忠野雪仁
恋愛
「ルシエル・ヴァレンシア。聖女リリーナへの数々の嫌がらせ、 及び聖女殺人未遂によりお前を離島への島流しとする。」 私の婚約者でもありこの国の王太子でもある ハーレック王太子殿下は私にそう告げます。 「承知しました。」 私が素直に罰を受け入れるとそれが予想外だったのか 王太子は私に問いかけた。 「では、罪を全て認めるのだな」 「いいえ、私はその様な事は一切しておりません。 しかしながら、私が何を言ってもお聞き入れして頂けない事も理解してます」 「本当に最後まで太々しい性格は治らぬのだな。 聖女リリーナは、お前の処刑を望んだが 仮にも先日まで婚約者だったお前を処刑するのは気が咎める。 聖女リリーナに今後近づけない様に魔術契約を施しての島流しは 私のせめてもの慈悲である」 国王殿下がこの国を離れている最中に 仮にも侯爵令嬢の私の処刑は出来ない。 かと言って、国王陛下が戻られて正式に調査されるのもまずいのであろう。 罪人が処罰される様な離島の監獄、よしんば逃げらたとしても 聖女リリーナには近づけないので報復も出来ない 都合の良い落とし所 つい先日にルシエルに転生した元女子大生の私は諦めていた 王太子の腕に縋り付いている赤色の胸元がおおきく空いたドレスを着た聖女リリーナ この世界は、この女のシンデレラストーリーの為の乙女ゲームであろう 少なくとも私はやった事も無く攻略ルートも知らないが 明らかにおかしいハーレムエンド その私が幼い頃から慕っていた義兄も攻略対象 さぞかし気分が良いのだろう、聖女と言うには余りにも品性のない笑い顔で ニヤニヤこちらを見て笑っている 本来であれば聖女リリーナのハーレムハッピーエンドで この物語は終わりだったのであろうが リリーナは、最後の最後で欲を出してしまった。 私を離島に流す船でハーレムメンバーとバカンスを楽しむ その船は、台風により嵐で座礁した。 本来、ルシエルが島流しされる島とは別の小さな島へ 私も含めて全員流れ着いた。 ルシエルの逆転劇はここから始まるのだった。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...