上 下
163 / 437

第163話 異世界人の視察(5)

しおりを挟む
「お気になさらず。それより異世界の方の様子はどうですか?」
「かなり驚いていました」
「なるほど。それは良い事です。それとリーシャさんの事ですが……」
「リーシャがどうかしましたか?」
「はい。かなり物覚えが良いと言うか……、誰かに地球というか日本についての知識を習っているように見受けられます」
「日本についてですか?」
「はい。もしかしたら、月山様が教えられたのでは? と、一瞬――、思ったのですが、そのようなことは?」
「ないですね」
「なるほど……」
 
 藤和さんが顎に手を当てながら考え口を開く。
 
「リーシャさんの事ですが、私の会社でしばらく預かっても宜しいでしょうか?」
「どうぞ! いつまでも可です!」
 
 思わず俺は即答しておく。
 
「分かりました。それでは、リーシャさんはしばらく私の方に預からせて頂きます」
「――ですが、リーシャさんが素直に応じるかどうか……」
「本人に聞いた方が早いかも知れませんね」
 
 そう言い残し、藤和さんは店の中に入っていく。
 その様子は、もう夜も暗いので店内はガラス越しに筒抜けだ。
 しばらく、リーシャと話していた藤和さんが、彼女を連れて戻ってくる。
 
「ゴロウ様!」
「はい。ゴロウです」
「話は伺いました! 私を娶る代わりに、こちらの世界の一般常識を身に付けるために奉公にでよ! と、伺いました!」
「藤和さん……」
 
 ジロリと、彼の方を見るが――、意に介さない表情で、
 
「これも色々とありますので」
「それは必要な事と受け取っても?」
「はい」
 
 仕方ない。
 藤和さんには異世界との交渉事は任せているから、ここで反対するのは不味いか。
 
「そうですね。リーシャさん、お願いできますか?」
「分かりました!」
 
 人間に化けているリーシャは元気よく答えてくる。
 
「それでは、私はリーシャ様と派遣の方――、業者の方を連れて一度戻りますので、明日にはご連絡致します」
「よろしくお願いします」
「はい。あと、月山様」
「何でしょうか?」
「こちらを異世界の方に渡しておいてもらえますか? 必要になると思いますので」
 
 渡されたのは、海外旅行などで使うような大きなキャリーバッグ。
 
「中には一体、何が……」
「あちらの王族の方を交渉の場に引き摺り出すモノとお考えいただければ――」
「王族の方? 王族の方は王女様が来ているような……」
「いえいえ。身分だけ王族の方が来られても意味はありませんので――、実質の王族の方との交渉の場が欲しいのです」
「それは、営業をかける上で決裁権を持つ相手を探すような?」
「そんなところです」
「なるほど……。分かりました。それでは、預かっておきます」
「使い方については、ヴェルナー卿かリコード卿に教えておいて頂ければ問題ないと思いますので。それでは、そろそろ帰りませんと派遣の方も待たせていますので、また明日――」
「お気をつけて」
「はい。それでは失礼します」
 
 話しが一段落ついたところで、藤和さん達が乗った車やトレーラーなどが一斉に駐車場から出ていく。
 それを見送ったあと店内に入ると、疲れた様子の根室さんの姿が――。
 
「お疲れ様です。今日は、無理をお願いしてしまい申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず」
「店の戸締りは自分がしておきますので、もう帰ってもらって大丈夫です。今日は、本当にお疲れ様でした」
「お疲れ様です。あっ! 月山さん」
「はい?」
「明日からは、リーシャという女性もシフトに入るんですか?」
「いえ。そういう予定はありません」
「そうですか……」
「何かリーシャが問題でも?」
「いえ! すごく物覚えがいいので助かりましたので! 出来れば、人が増えると品出しやレジ打ちも楽になると思って」
「なるほど……」
 
 たしかに店の規模の割には、人員が少ない。
 ただ、普段は買い物客が滅多に来ないので、少ない人員で回ってしまう。
 忙しくなると、そこがネックになるのか……。
 そうなると人員補充は急務なのかも知れない。
 
 ――あっ! そういえばナイルさんとか仕事してくれないかな?
 
「そうしますと、しばらくは今の人員のままですか?」
「そうなります。もしかしたら、男性が一人入るかも知れませんが、その時は宜しくお願いします」
「分かりました。お幾つくらいの方ですか?」
「そうですね……、あそこに立っている方ですね」
「――! が、外国の方ですか?」
「そんな感じです」
「そんな感じですか?」
「はい」
 
 ナイルさんに関しては詳しいことは言えない。
 村長からも口止めはされているし。
 
「そうですか……」
 
 少し不安そうな表情を根室さんは覗かせた。
 彼女が帰ったあとは、店を閉める。
 
「ナイルさん、お待たせしました」
「――いえ。何か私の方を見て先ほど帰られた女性と話されていましたが何かありましたか?」
「実はナイルさんの事を聞かれまして――」
「なるほど。そういう事でしたか。それでは、今度、お会いした時にゴロウ様の護衛についている事を伝えておきます」
「そういうのはいいので」
「そうですか? ――ですが、ゴロウ様の事に関してですので、最低でも雇っている人間に対してはある程度の情報開示は必要なのでは?」
「ナイルさん、じつは異世界との交流に関しては内密で行っている極秘事項なのです」
「……どういう事でしょうか?」
 
 ナイルさんが眉を顰める。
 
「ノーマン辺境伯様と、自分が膨大な塩の取引をしているのは知っていると思いますが――」
「それはもちろんです」
「塩というのは人間の生命を支える必需品です。それを少量ではなく莫大な量を取引するとなったら国が出てくる事になります」
「なるほど……、つまり国同士の国交が必要になり、色々と問題が出てくると――、そうゴロウ様はお考えなのですね?」
「まぁ、そんなところです」
「…………分かりました。それでは、私の身分については明かさない方が得策かも知れませんね。――それでは私は何と言う身分に致しましょうか?」
「そうですね……、外国人技能実習制度を利用した実習生というのはどうでしょうか?」
「それは、一体何なのでしょうか?」
「簡単に言うのなら、他国で勉強をしながら、他国の仕事内容を学ぶという制度ですね」
「――なんと!? そんな危険な制度を推奨している国があるのですか!?」
 
 外国人技能実習制度の何が危険なのか俺には今一分からないが――、
 
「そ、そうですね……」
 
 一応、話を合わせておく。
 
「そんな制度を取り入れている国は、相当危険ですね」
「危険?」
「はい。自国の技術を他国の者に教えるなど、自殺行為に他なりません。その者が国に戻ったあとに同じ品質の物を作れば国力のバランスが崩壊します。まったく! 愚かとしか言えません。普通、そんな制度を作る輩が存在していればエルム王国でしたら縛り首モノです」
「……そ、そうですね……」
「ま、まさか……」
「……」
「先ほどのゴロウ様の話しぶりから、そんな制度を、この国は行っているのですか?」
「そのまさかです……」
 
 俺の返答にナイルさんは深く溜息をつく。
 
「とりあえずナイルさん。ナイルさんは技能実習生と言う事で説明しますので、お願いします」
「…………分かりました」
「それでは母屋に戻りましょう。王宮からの方々を、辺境伯領に戻さないといけませんので」
 
 頷いたナイルさんを連れて母屋へ。
 
「ただいま戻りました」
「五郎さん、お帰りなさい」
「どうですか? 皆さん、そろそろお開きの様子ですか?」
「それが……」
 
 苦笑いをしてくる雪音さん。
 それで何かがあったと思い至り客間へ向かうと、そこには――、アロイスさんとルイーズさん以外、畳の上で寝ている人達の姿が目に入ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

【完結済】サバイバル奮闘記 転生悪役令嬢の逆転劇

忠野雪仁
恋愛
「ルシエル・ヴァレンシア。聖女リリーナへの数々の嫌がらせ、 及び聖女殺人未遂によりお前を離島への島流しとする。」 私の婚約者でもありこの国の王太子でもある ハーレック王太子殿下は私にそう告げます。 「承知しました。」 私が素直に罰を受け入れるとそれが予想外だったのか 王太子は私に問いかけた。 「では、罪を全て認めるのだな」 「いいえ、私はその様な事は一切しておりません。 しかしながら、私が何を言ってもお聞き入れして頂けない事も理解してます」 「本当に最後まで太々しい性格は治らぬのだな。 聖女リリーナは、お前の処刑を望んだが 仮にも先日まで婚約者だったお前を処刑するのは気が咎める。 聖女リリーナに今後近づけない様に魔術契約を施しての島流しは 私のせめてもの慈悲である」 国王殿下がこの国を離れている最中に 仮にも侯爵令嬢の私の処刑は出来ない。 かと言って、国王陛下が戻られて正式に調査されるのもまずいのであろう。 罪人が処罰される様な離島の監獄、よしんば逃げらたとしても 聖女リリーナには近づけないので報復も出来ない 都合の良い落とし所 つい先日にルシエルに転生した元女子大生の私は諦めていた 王太子の腕に縋り付いている赤色の胸元がおおきく空いたドレスを着た聖女リリーナ この世界は、この女のシンデレラストーリーの為の乙女ゲームであろう 少なくとも私はやった事も無く攻略ルートも知らないが 明らかにおかしいハーレムエンド その私が幼い頃から慕っていた義兄も攻略対象 さぞかし気分が良いのだろう、聖女と言うには余りにも品性のない笑い顔で ニヤニヤこちらを見て笑っている 本来であれば聖女リリーナのハーレムハッピーエンドで この物語は終わりだったのであろうが リリーナは、最後の最後で欲を出してしまった。 私を離島に流す船でハーレムメンバーとバカンスを楽しむ その船は、台風により嵐で座礁した。 本来、ルシエルが島流しされる島とは別の小さな島へ 私も含めて全員流れ着いた。 ルシエルの逆転劇はここから始まるのだった。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

【完結】魔法は使えるけど、話が違うんじゃね!?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「話が違う!!」  思わず叫んだオレはがくりと膝をついた。頭を抱えて呻く姿に、周囲はドン引きだ。 「確かに! 確かに『魔法』は使える。でもオレが望んだのと全っ然! 違うじゃないか!!」  全力で世界を否定する異世界人に、誰も口を挟めなかった。  異世界転移―――魔法が使え、皇帝や貴族、魔物、獣人もいる中世ヨーロッパ風の世界。簡易説明とカミサマ曰くのチート能力『魔法』『転生先基準の美形』を授かったオレの新たな人生が始まる!  と思ったが、違う! 説明と違う!!! オレが知ってるファンタジーな世界じゃない!?  放り込まれた戦場を絶叫しながら駆け抜けること数十回。  あれ? この話は詐欺じゃないのか? 絶対にオレ、騙されたよな?  これは、間違った意味で想像を超える『ファンタジーな魔法世界』を生き抜く青年の成長物語―――ではなく、苦労しながら足掻く青年の哀れな戦場記録である。 【注意事項】BLっぽい表現が一部ありますが、BLではありません      (ネタバレになるので詳細は伏せます) 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2019年7月 ※エブリスタ「特集 最強無敵の主人公~どんな逆境もイージーモード!~」掲載 2020年6月 ※ノベルアップ+ 第2回小説大賞「異世界ファンタジー」二次選考通過作品(24作品) 2021年5月 ※ノベルバ 第1回ノベルバノベル登竜門コンテスト、最終選考掲載作品 2021年9月 9/26完結、エブリスタ、ファンタジー4位

処理中です...