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第101話 雪音と五郎の夜の茶会

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「分かっておる。ナイル、最後の塩の取引の料金に関しては用意が済んでおる。その男を店前に送り届けるときに渡すとよい」
「かしこまりました」
 
 一方的に言いたいことだけ言うとノーマン辺境伯は立ち上がり部屋から出ていく。
 あまりにも、今までとは違うその変わり様に不信感しか浮かばない。
 つまり、今まではグレーゾーンだったからこそ俺を利用してきたが――、それが出来なくなったから切り捨てたということだろう。
 王国には逆らわない。
 それが貴族という連中なのだろう。
 
「わかりました! もう、二度と此方の――、異世界には関わることはないと思いますので!」
 
 苛立つ気持ちを言葉に載せたままノーマン辺境伯の背中に投げかける。
 今まで考えていた事が、ぜんぶ無駄になった。
 最近、調べたが基本的に貴族というのは平民をどうとも思っていない連中だと書かれていた。
 そして、貴族は中途半端な血の混血などを嫌う。
 俺が大事にされていたのは、利益があるからという理由だったのだろう。
 そして婚約にかんしても、そういう意図があったと……。
 それを断っていて王国から反対されたのだから、俺には利用する価値がないと見切りをつけたといった所か。
 本当に貴族というのは物語の中と同じく自分勝手な生き物のようだ。
 
 俺はソファーから立ち上がると、大股で部屋から出ていく。
 その際に、部屋から出て行こうとするノーマン辺境伯の横をすれ違ったが、ノーマン辺境伯の表情を俺は見ることはなかった。
 俺を煽てて利用して使えなくなったら切り捨てる人間の顔なんて見る気も無かったからだ。
 
 すぐにナイルさんが用意してくれた馬車に乗りこむ。
 そのあとは店で俺は代金を貰った。
 
 まだ律儀に代金を払ってくれるだけの良心はあったようだ。
 俺は苛立ちを隠す事のないまま月山雑貨店に入りシャッターを閉めたあと……家に戻った。
 
「はぁ……」
 
 思わず溜息が出る。
 時間は、深夜帯ということもあり、俺は母屋の鍵を開けて静かに扉をスライドさせてから玄関で靴を脱ぐ。
 
「月山さん?」
 
 靴を脱いでいたところで、背後から声をかけられる。
 振り向くと、そこには折り目のついたピンクの花柄のパジャマを着た雪音さんが立っていた。
 
「ただいま戻りました」
 
 苛立つ感情を抑えながら、桜が起きないように小声で彼女に話しかける。
 
「おかえりなさ……」
 
 途中で口を閉じたあと、怪訝そうな表情をした雪音さんが首を傾げ――、
 
「月山さん、何かありましたか?」
「――え?」
「何時もと雰囲気が違う気がしましたので――」
「そ、そうですか?」
「はい。普段は、もっと――、こう……何と言いえばいいのか説明は難しいですけど……、月山さん、なんか怒っていませんか?」
「……別に怒ってはいません」
 
 俺は、そんなに顔に感情を出すタイプではないと思っているんだが……。
 一目で見て何かしらあったと感じる雪音さんは、やはり伊達に保育士をしていなかったと言うところなのだろうか。
 
「そうですか。お茶でも入れますね」
 
 それだけ言うと雪音さんは台所に向かう。
 そんな後ろ姿を見たあと、普段は応接室として使っている客間に向かう。
 さすがに桜が寝ているであろう居間に行けば起こす可能性があるからな。
 
「月山さん、お待たせしました」
 
 居間で座布団を丸めて横になること数分で湯飲みを2個と急須、あとはお煎餅やカステラなどの甘味をお盆の上に載せた雪音さんが客間に入ってくる。
 テーブルの上に並べられていくお茶請けと湯飲み。
 
「はい、どうぞ――」
「ありがとうございます」
 
 お茶が注がれた湯飲みを受け取り口をつける。
 
「おいしいですね」
「それは良かったです」
 
 お茶を飲みホッとすると同時に、これからのことを考えると不安感を覚える。
 正直、ナイルさんには店舗経営は順調だと言ったが絶賛赤字中だ。
 前回までの塩の販売と今回の代金で多少は延命出来たとして、焼石に水。
 
「雪音さん」
「はい、何でしょうか?」
「例えばですよ」
「はい」
「店を閉めることになるとしたら、やっぱり困りますよね」
「そうですね。一応、祖父も限界集落に店を構えるという理由で、店舗改装を含めてかなりの出資を行政に認めさせましたから。色々と後始末が大変だと思います。あとは根室さんも仕事場所が無くなりますし――、あとはリース契約をしている宗像冷機さんや、一括仕入れをお願いしている藤和さん、あとは神田自動車とのフォークリフトに関する契約もありますから……」
「ですよね……」
 
 雪音さんが、お茶を啜りながら答えてくる。
 店舗を開くまでに多くの人と関わったことから簡単に廃業をすることができない。
 それでも、まだ黒字の時点で廃業して都会に戻って仕事を見つけた方が、赤字倒産よりはずっといい。
 問題は、関わった人に――、とくに村長に迷惑がかかるというところだろう。
 
「やっぱり何かあったんですね。それって、月山雑貨店が立ち行かなくなるほどのことですよね?」
「……」
 
 すぐに答えられる内容ではない。
 俺だって気持ちの整理がついていないのだ。
 
「月山さん」
 
 静かに――、俺の目を見てくる雪音さん。
 威圧してくると言った様子ではない。
 
「私は、月山雑貨店の経理や財務を預かっている身です。これからの月山雑貨店の展望――、強いて言えば何かが起きているのでしたら聞く権利と義務があります。それに、一人で抱え込んでも答えが出ないものは出ません。分からないこと、迷っているのでしたら私には話をしてください。それとも、私のことは信用できませんか? 不治の病に掛かっている私には話せない内容ですか?」
「……そういう訳では――」
「それなら教えて頂けますか? 会社を経営するということは、従業員との報連相が大事なんですよ?」
 
 思わず溜息が出る。
 
「分かりました。それでは――」
 
 俺は雪音さんに事のあらましを伝えていく。
 話が進むにつれて雪音さんの表情が曇っていき――最後の方で首を傾げながら、「ノーマン辺境伯様って、兵士や市民の方から慕われていますよね? それなのに、そんな風に一方的に取引を切ってくるのはおかしくないですか?」と、呟いてくる。
 
「――え? ですが王宮がダメだと言ったから断ったのでは?」
「それでも事情をきちんと説明してくると思うんですよね。もしかしたら、月山さんに話せない事情があって突き放すような言い方をした可能性もありますよね?」
 
 雪音さんは、カステラを一口食べながら話してくる。
 たしかに第三者から見たら、そうかも知れないが――、実際に俺と話したノーマン辺境伯の表情を見たら、それは無いと断言せざるを得ない。
 
「――いえ、それは無いと自分は思いますが」
「それはそうですけど……、――でも事情を聞かされずに一方的に取引を破棄されたのでしたら、事情をキチンと聞かないと」
「ですから……」
「どちらにしても、祖父には一度、話しましょう。これからのことを含めて」
「そうですね……」
 
 俺は頷く。
 それと共に、出資してくれた村長には申し訳ないと思ってしまう。
 とりあえず手に入れた金を質屋などに売れば、店舗改装費用などは村長に返すことは出来るし、いまなら黒字で抑えることだってできる。
 
 うまく村長に話すとしよう。
 
 
 
 …………体が揺すられる。
 それと共に――、「月山さん、朝ですよ」と、言う声が鼓膜を揺さぶる。
 
「雪音さんですか。おはようございます」
 
 欠伸をしながら目を覚ますと、白色のワンピースを着て――、その上から薄い桃色のエプロンを着た雪音さんが視界に映り込む。
 
「おはようございます」
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