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第64話 異世界の市場(1)

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 日が沈み――、辺りはすっかり暗くなったころ時計を確認すると午後7時を過ぎていた。
 
「桜、起きなさい。桜――」
「おじちゃん?」
「今日も汗を掻いたからな。お風呂に入るぞ」
「うん」

 半分寝ている桜を抱き上げてお風呂場に連れていく。
 まずは脱衣所で――。

「はい。両手を上げて」
「はーい」

 半分寝ている桜の両手を上げさせてワンピースを脱がせる。
 そのあとは、風呂場で体を洗い長い髪の毛をシャンプーしてからリンスをして、お湯で洗い流したあと――、桜が半分寝たままなのでお風呂から出たあとは腰まで届く桜の黒髪をドライヤーでせっせと乾かす。

「まるで、フーちゃんみたいだな」

 まあ、今日は桜も知らない人と会って疲れたはずだし。
 それに、村長や雪音さんも尋ねてきて色々とあったからな。
 眠いのは仕方ないのかもしれない。

「よし、これでいいな」

 船を漕いでいる桜を居間のベッドに寝かせたあとは、自分なりに大量の塩を如何にして特産物として偽装できるかインターネットで調べていくが、良い案が見つからない。

「そろそろ時間か」

 壁に立て掛けてある時計を見ると時刻は午後11時を指している。
 そろそろ迎えに行った方がいいだろう。
 桜の方へと視線を向けるが――。
 桜はフーちゃんを抱き枕にして寝ている。
 完全に熟睡モードだ。

「仕方ないな」

 桜を抱き上げてフーちゃんごと車に乗せる。
 目を覚ますとは考えられないが、起きたときに俺が居なかったら心細いだろうからな。
 ただ、起こすのは忍びないという緊急措置。

「そういえば、忘れたらいけないな」 

 田口村長の家に向かう前に、借りていたブルーシートを車に乗せた。



 村長の家までは距離として車で30分ほど。
 ちなみに田口村長は、結城村でも大規模な畑を持っている地主でもある。
 田口村長が管理している畑の区画に入ってから10分ほど走った所で、2階建ての家が視界に見えてきた。
 家の構造としては木造建築で高床式と言ったところだろう。
 建築様式は古く築100年近い。

 田口村長の家が近づくと、目的地である家の入口に明りがつく。
 どうやら初期のワゴンアールである俺の車のエンジン音に気がついたらしい。
 多少、手を入れて足回りなどを強化しているが――、それでも今の時代の電気自動車やエコカーと比べるとエンジン音は格段に大きい。

 静まり返っている田舎ではよく音は響くから気が付くのは必然とも言える。
 車を村長の家の前に停めると――、家の中から白いワンピース姿の雪音さんが姿を現す。
 その後ろには、何だかんだ言いながら田口村長の姿も見て取れた。

「こんばんは。月山様――、すいません。迎えにきてもらって」
「気にしないでください。店の経理をお任せするのに必要な事でしたら、こちらも最大限の協力はしますので」
「桜ちゃんは連れてきたんですね……」
「そうですね。さすがに置いていく訳にはいかないので――」
「そうですか……」

 助手席に、雪音さんが乗ったあと田口村長が運転席側に回ってくる。

「五郎、孫を頼んだぞ?」
「分かっています」

 異世界に行けるかどうかは分からない。
 だけど、異世界に行けた時に何かが起きたらと考えると、やはり村長も孫のことが気になって眠れなかったのだろう。

「あと――、コレを――」

 村長が手渡してきたのはハンディカメラ。
 
「特産物を何にするかは、皆で決めないといけないからの。とりあえずは、それで異世界の市場でも行けたら撮っておくようにの」
「お借りします」

 携帯電話で動画か写真として保存する事も考えていたが、ハンディカメラがあるならソレに越したことはない。
 


 雪音さんを助手席に座らせた後、車を走らせ来た道を戻る。
 30分後ほどで家に到着したころには時刻はすでに午前0時を過ぎていた。

「桜」

 何度か、桜に声をかけるが――、どうやら完全に熟睡している模様。

「月山様、どうしましょうか?」
「月山でいいです」
「分かりました。それでは月山さんで……、それで、どうしましょうか?」

 何度か体を揺すると「うーん」と答えてくるが、目を覚ましたりはしない。
 仕方ないな……。

「雪音さん。申し訳ありませんが――、桜を寝かせてきますので」
「分かりました」

 桜を後部座席から抱き上げたあと、雪音さんに玄関の戸を開けてもらい家の中に入る。
廊下で、フーちゃんが目を覚まして周りをキョロキョロと見ていたが、桜のお腹の上で寝てしまう。

 居間についたあとは、桜を布団に寝かせたあとクーラーは付ける。
 その後、紙に異世界に行ってくる旨を書いてからテーブルの上に置く。
家から出ると、玄関前で雪音さんが待っていた。

「玄関の中で待っていても良かったのに……。ここだと、明りがありますから虫に刺されませんか?」

 てっきり玄関の中で待っているとばかり思っていた。

「――いえ、桜ちゃんは私のことを警戒しているみたいなので……」
「気を使わせてしまい申し訳ないです」
「お気になさらないでください。祖父から、桜ちゃんの両親の話や大体のことは伺っていますので」
「そうですか……」

 これから雪音さんが、経理として頻繁に来るようになれば当然、桜のことも疑問に思う部分が出てくるだろう。
 その前に、釘を刺す意味合いで田口村長は話したのかも知れない。

「それよりも早く行きましょう」
「そうですね。――ただ、雪音さんが入れるかどうかの保証は……」
「分かっています」

 裏庭の門を通り月山雑貨店のバックヤード側へと立ち入る。
 
「とりあえず、自分が最初に手本を見せますので」
「はい」

 店舗内に入るためのバックヤード側の扉を開く。
 ――リィイインと澄んだ音が鳴る。
 それは、いつも通りのこと。
 バックヤードに入ると、店内は異世界側から差し込む明りで明るい。

 ――そして、扉は開いたまま。

「――ん?」

 外に出ると雪音さんが立ち尽くしている様子が見える。

「どうですか?」
「やっぱり入れないです。壁があるみたいで……」

 たしかに雪音さんが手を伸ばすと扉は開いているというのに壁に手が触れているように先に進むことが出来ずにいる。

「これは、もしかしたら……」
「月山さん?」
「ちょっと手を握ってもらえますか?」
「――は、はい」

 雪音さんの手を握ったままバックヤード側へと入ると、体から力が抜けるような感じがすると同時に「店の中に入れました……」と、言う雪音さんの声が後ろから聞こえてきた。
 振り返ると、たしかに――、そこには雪音さんの姿が見える。
 どうやら、俺の予測は正しかったらしい。
 以前に、異世界の住人で誰も店の中に入れないという話があったが――、その時のノーマン辺境伯だけは店の中に入ることが出来た。
 その方法は、俺と手を繋いでいたから。

「よかったです――っ!」

 歩き出そうとしたところで、まるで貧血に襲われるように足がふらつく。
 何とか壁に手をつくことで倒れる事は無かったが――、まるで全力疾走した後のように心臓の鼓動が激しい。

「月山さん! 大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

 高鳴り律動を繰り返す心臓――。
 胸を押さえながら言葉を返すが、荒くなる息を止めることが出来ない。

「肩を貸します」
「――と、とりあえず店の中に……」

 何が原因かは分からない。
 ただ、バックヤードに入る時に起きたことが原因だと考えると――、いま家に帰るのは得策ではない。
 余計に事態が悪化する可能性すら考えられる。

「分かりました」

 雪音さんに肩を貸してもらいながら店内に入る。
 すでに棚などは出来ており冷凍・冷蔵ケースなどを設置すれば、すぐにでも営業が出来るまで店内の工事は済んでいるのが分かる。

 カウンター近くまで移動したあと床の上に直に座る。
 そして、カウンターの台に背中を預けた後、しばらく休む。

「月山さん、何か飲み物でも取ってきましょうか?」
「――今は、このままでお願いします」

 正直、余計な面倒は起こして欲しくない。
 いま不測な事態に陥ったら対応できる余力もないからな。
 しばらく高鳴る鼓動を落ち着かせるために、深く息を吸い込み吐き休む。




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