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第58話 目黒の指摘と税理士

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「さて、着いたぞ」

 しばらくして、目黒さんの家についた後は桜とフーちゃんを車から降ろす。
 もちろんフーちゃんは桜の頭の上に乗ったままだ。
 玄関の戸を何度か叩く。

「五郎か。そろそろ来ると思っておったぞ」
「そうですか?」
「うむ。すぐに中に入るといい」
「失礼します」
「しつれいします」

「あれ? 今日は囲炉裏のある部屋では?」
「今日は、しっかりと話をしておきたいからな」
「しっかりと?」

 俺の疑問に目黒さんは答えることはなく平屋建ての――、渡り廊下を歩いていく。 

「ここだ。入りなさい」

 部屋の中に通される。
 室内は、マルチディスプレイのモニターとパソコンが置かれている。
 さらに応接用品一式が置かれていて、さながら事務所と言っても差し支えない内装であった。

「そこに座りなさい」

 目黒さんに勧められるまま、革製のソファーに座る。
 そして対面には目黒さんも座り。

「――さて、田口から話は聞いている。見せてもらってもいいか?」
「はい」

 袋ごと目黒さんに渡す。
 そして目黒さんが袋から金で作られた装飾品を見たあと俺の方を見てくる。

「全部で7000万円弱か……」

 思ったよりも金額が高い。
 それよりも気になったのは、目黒さんが溜息交じりに呟いたことだ。

「五郎、これだけの金が売買された場合、税務署は必ず調べに動く。数百万円単位ならまだしも、これを全て処分は厳しいことになるが――、時間を掛ければ処分は可能だ」
「時間を掛ければ?」
「うむ。だがな……、そういう綱渡りをするのは止した方がいい。守りたい者が出来たのなら、それは尚更だ」
「はい……」

 彼の言葉に頷きながら、ペットを抱いている桜の方を見る。
 
「そうなると田口村長が言った通り異世界の物を仕入れて結城村の特産物と言った感じで販売したほうがいいでしょうか?」
「それが賢明だ。何かあれば田口のせいに出来るからな。田口や、他の結城村の有力家が力を貸してくれるなら、他の家にも利益は提供したほうがいい。有力な家は、五郎の家の父親には少なからず恩があるからな」
「恩?」
「そうだ。今ではどうかは知らないが、五郎の父親が異世界から持ってきたポーションで助けられた者もいたからな」
「ポーションですか……」
「うむ。――さて、話は戻すが早急にお金が必要か?」
「はい。多少は――」
「仕方ない。これと、これと――」

 目黒さんが袋から金の装飾品を出してはテーブルの上に並べていく。
 そして室内の金庫を開けてお金を持ってくる。

「手数料を引いたお金1000万円だ。これだけあればしばらくは足りるだろう?」
「つまり、このテーブルの上に置いたのは……」
「儂がネットオークションと知人に販売する分だ。もちろん25%の手数料はもらっている。他の金の装飾品については、異世界で何等かの特産物と交換するのに使うのがいいだろうな」
「わかりました」
「――さて、とりあえず金の取り扱いに関してはこんなところか……」
「そうですね」

 正直、異世界から持ってきた金の取り扱いに関しては、都会では金の買い取りをしますという看板が街の至る所に立て掛けられているので、そこまで気にすることは無かった。
 
「どうかしたのか? 商売で疑問があるのなら聞いた方がいい。分からない事を――、分らないままにする方が、あとあと問題が起きるからな」
「特に無いんですが……」
「特に無いということは、何かあると言う事だろう?」
「どうして、そこまで自分にアドバイスをくれるのかと思いまして――」
「ふむ……」

 頷いた目黒さんはソファーから立ち上がる。
 そして、事務所内の冷蔵庫から清涼飲料水を取り出し、俺や桜の前に置く。
 
「飲むといい」

 俺と桜の前に置かれたのは、スポーツドリンク。
 夏場の今には丁度いい物と言える。

 俺が口を付けたのを見たあと桜は、「いただきます」と言ってキャップを開けて飲み始める。
 
「さて――、アドバイスの事だが――」

 一息ついた所で目黒さんが俺を真っ直ぐに見てくる。

「五郎、田口は言っていなかったか? お前たちは村にとっては家族同然だと――」
「言っていました」
「つまりそういうことだ。お前も、桜ちゃんも儂ら年寄にとっては掛け替えのない子供だと言う事だ」

 漠然とした答え。
 その言葉の意味するところは曖昧であって不確かな物としか言えない内容。

「いまは、まだ分からなくてもいい。その内、お前にも分かる時がくる」
「はぐらかされているように感じますね」
「そうだな。ただ、お前がもう少し父親としての自覚が出てきたのなら、自然と分かるようになる。話は変わるが――、最近は塩を大量に購入しているらしいな」
「そうですが?」
「踝から話は聞いている。やはり異世界へ販売している物なのだろう?」
「はい」
「そうか……。踝から、問い合わせが田口にあってな。五郎が塩を購入している量が多い。何かイベントでもするのか? とな――」
「そんなことが……」
「うむ。田口も踝には異世界の話はしていないようだからな、まだ若いから当然とも言えるが……」
「踝さんには話した方がいいですか?」
「言わん方がいいな。踝は、まだ若い。それに結婚もしているからな。それに自らを自制するのは難しい。五郎や桜ちゃんは、異世界との交流で矢面に立たされる立場だからこそ口は堅くなるが――、踝はあくまでも第三者という立場だからな」
「そうですか……」
「うむ。だからな、塩を使った新しい産業を初めてみたらどうだ?」
「いえ、そんな余裕は……」
「余裕ではなく、これは必須なことだ。それに、何も本当に塩を使っての商品開発をしろとは言わん。ペーパーカンパニーとして、塩を使った商品を開発している振りをするだけでいい」
「なるほど……」
「会社設立に関しては田口の方に任せておけばいい」
「村長に?」
「うむ。田口の妻――、妙子さんは司法書士と行政書士の二つの資格を持っているからな。任せておいて問題ないだろうな」
「そうですか……」

 話が怖いくらいにトントン拍子に進む。
 まるで、最初から打ち合わせを済まされているかのようだ。



 ――話が一段落ついたのは数時間後。
 桜がお昼寝を始めた頃。

「まぁ、大体はこんなところだな。」
「ありがとうございます」

 疲れた……。
 正直言って、疲れた。
 会社設立までの流れから始まった話し合いは月山雑貨店の今後の経理についての話にまで波及し、理解するだけで頭が痛くなるレベル。
 
 だが……、かなり勉強になった。
 そして結論付けた。

 税理士に頼もうと――。

「あの……」
「――ん? まだ分からないことがあったか?」
「いえ、税理士って村には居ないですよね……」

 結城村の人口は300人ほど。
 産業も数えるほどしかない。
 つまり、企業も殆ど存在しない。
 そんな村に税理士が居るとは到底思えないが……、一応聞くだけ聞いておこう。

「いるぞ?」
「いるんですか?」
「うむ。五郎よりも先に帰省してきた田口の孫娘が居るだろう?」
「…………そ、それって――、雪音(ゆきね)さんですか?」
「一応、税理士の資格を持っている。妙子さんが取るようにと勧めて取らせたようだがな」
「なるほど……」
「儂の方から話をしておくか?」
「いえ、自分の方から必要があれば――」
「そうか」

 それにしても、田口村長の孫娘の雪音さんが税理士の資格を持っているとは……。
 問題は、桜が雪音さんを嫌っている事なんだよな。
 一回、桜と相談してみるとするか。
 


 話が一段落ついたところで、寝ている桜とフーちゃんを抱きかかえて目黒さんの家を出る。

「五郎、ある程度の金なら儂が買い取ってやるから持ってくるといい。ただし――、手数料はもらうがな」
「分かっています」

 桜をチャイルドシートに座らせてベルトで固定する。
 そして、運んでいる途中で目を覚ましたフーちゃんを後部座席に座らせたあと、エンジンを掛けた。

「それではな」
「はい。またよろしくお願いします」

 目黒さんの家の敷地から出たあとは山道を走り近くの町に向かう。
 桜を起こさないように一般道を走ったことで、2時間ほど掛かってしまったが近隣の町にあるホームセンターに到着する。

「桜」
「……おじちゃん?」

 眠そうに目を擦りながら起きた桜は周りをキョロキョロと見渡す。

「ここって……、どこなの?」
「前に来た大型ディスカウントショップの近くだよ」
「そうなの?」

 チャイルドシートから桜を下したあと、フーちゃんは桜の頭の上ではなく俺の肩に飛び乗ってくる。
 
「お前、珍しいな。桜の頭の上に乗らないなんて――」

 もしかしたら俺にも慣れたのかもしれない。
 肩に乗ったフーちゃんに人差し指を差し出すとぺロペロと舐めてくる。

「おじちゃん、どうしたの?」
「いや、何でもない」

 眠そうな桜の手を引いてホームセンターの入り口に向かう。
 店内には、ペットショップも併設されていてペットを連れている客も多く見受けられることから、どうやらペット同伴でも問題はなさそうだ。

 店内を一通り見て回り、月山雑貨店で使うレジスターを見繕う。

「ふーむ……」

 これとか良いかも知れないな。
 大手電子機器メーカーのレジスターで大きな画面が二つレジに繋がっていて両方ともモノクロタッチパネル式。
 
「色は黒と白があるのか……」

 俺としては黒の方がスタイリッシュで好みなんだが……。

「桜はどっちの色が好きかな?」
「うーんと……、これ!」

 店内を見て回っている間に目を覚ました桜が指さしたのは、お値段が10倍の50万円するフルカラーの大画面タッチパネル式のレジスター。
 しかも、紙幣や硬貨を読み取るセンサーまで付いていて尚且つ、お釣りまで自動で出してくれて、お客さんにも購入価格が一目で見れる優れもの。
 
「コンビニに置かれているものだな……」

 それにしてもコンビニは、開店に費用が掛かると聞いたことがあるがレジ一つだけ取ってもかなりするものなんだな。

「うーむ」

 たしかに欲しくはあるが……。
 手持ちは現在1200万円。
 これでしばらく過ごさなければいけないからな。
 
 よし、最初のレジスターに決めよう。
 丁度、20歳ほどの女性店員が近づいてくる。

「すいません」
「いらっしゃいませ。何かお困りごとでも?」
「こちらのレジを購入したいのですが――」
「えっと……、こちらは納入まで2営業日から5営業日ほどお時間を頂くことになっていますが宜しいでしょうか?」
「はい。お願いできますか?」
「畏まりました」
「それでは、こちらへどうぞ――」

 ホームセンターのサービスセンターに案内される。
 
「それでは、まずはお申込みとなりますので、こちらの用紙に記載の方をお願いできますか?」
 
 渡された用紙には、申込者の名前・電話番号・設置住所・会社名などを記載する項目がビッシリと並んでいる。
 全てを埋めていき女性店員に渡す。

「えっと……、月山五郎様ですね。保険の方は如何いたしましょうか?」
「保険?」
「はい。購入されてから2年以内に故障した場合には無償で修理となりますが、2年を過ぎますと修理費を全額負担になりますので。ですが保険に加入されるのでしたら5年までは無償修理となります」
「なるほど。それでは保険もセットでお願いします」

 いざという時の為に保険に加入しておくことは必要なことだ。
 レジスターの予約が終わったところで桜と一緒にホームセンターの入口へと向かう。
 すると、桜の足が止まる。

「どうかしたのか?」

 桜の視線の先には自転車コーナーがあり、その中には子供用自転車もたくさん並んでいる。

「自転車でも見ていくか」
「うん!」 
「桜は、自転車に乗ったことがあるのか?」
「あるの……。でも……、起きたら無くなっていたの……」
「そうか」

 どう考えても捨てられたんだろうな。

「これ! これね! パパとママが買ってくれたの!」
「どれどれ」

 桜が指さしたのは、補助輪付きの16インチの子供用自転車。
 色は淡いピンク色で女の子のキャラクターの絵が描かれている。
 値段は3万円。

「俺が以前に乗っていたシティサイクルは1万円だったんだが……」

 桜の方をチラッと見る。
 すごく期待感ある眼差しで桜は俺を見上げてきている。
 まぁ、たまにはいいだろう。

「すいません!」

 パンク修理をしていた店員に話しかける。

「何か?」
「これをください」
「こちらの自転車ですね」

 保険などを付けて購入したあとは、自転車を車に乗せる。

「さて帰るか」
「かえるのー」
「わんっ!」

 
 




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