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土産話
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「リューリちゃん、そろそろ起きましょうか」
いつのまにか心地良い眠りの中にいたリューリは、ローザの声で目が覚めた。
「お、おはよう」
目を擦りながら起き上がったリューリの前には、ローザとアデーレの姿がある。
寝ぼけまなこで周囲を見回し、彼女は、自分が現在いる場所がハルモニエの王宮であることを思い出した。
「ここしばらくの間は、リューリちゃんと一緒に寝ていたから、昨夜は少し寂しかったよ」
「そうだな、ベッドが広く感じたな」
そう言って笑い合うリューリとアデーレを、ローザが、にこにこしながら眺めている。
侍女たちに身支度を整えてもらってから、リューリはローザたちと共に食堂へ向かった。
食堂では、既にジークとウルリヒ、それにフレデリクがテーブルに着いていた。
「フレデリク、あまり顔色が良くないようだが」
リューリが声をかけると、フレデリクは決まり悪そうに言った。
「……疲れてはいるんだけど、神経が昂っているのか、昨夜はあまり眠れなくてね」
やがて、テーブルの上には料理長が腕によりをかけたという朝食が並ぶ。
泡立てた鶏卵をバターでふんわりと焼いた玉子料理に、リューリは夢中になった。
「これは旨いな。完全に火が通っているかいないかという絶妙な焼き加減で、バターの香りもいいし、かかっているソースも絶品だ」
「料理長の得意料理さ。これを食べると、帰ってきたという気持ちになるよ」
リューリの様子を見て、ジークが相好を崩した。
ふとリューリは、正面に座っているフレデリクが目頭を押さえているのに気付いた。
「大丈夫か?」
「いや……リューリちゃんが、美味しそうに玉子料理を食べているのを見ていたら、娘を思い出してしまって。あの子も、玉子料理が好きで、私が作って少し焦げたものも文句を言わずに食べてくれて……」
フレデリクは、そう言うと言葉を詰まらせた。
「お嬢さんは、捕らえられている先で、ひどい扱いを受けたりはしていないのでしょうか」
ローザが、心配そうに言った。
「それは心配ないと思います……ほんの時々、短時間だけ娘と面会を許されていたのですが、健康状態も問題なさそうだし、本や玩具も与えられているとかで……しかし、常に監視が付いているので、これまで連れ出すことはできませんでした」
答えながら、ため息をつくフレデリクに、ジークが声をかけた。
「俺も、子を持つ親だから、君の気持ちは想像できる。娘さんを助ける為にも、まず君が元気でいないとな」
「はい、ありがとうございます……」
頷いたフレデリクが朝食に手を付け始めたのを見て、リューリも、何とはなしに安心した。
その日の午後、現ハルモニエ国王テオドール、つまりジークとローザの息子との面会の時間が取られると伝えられた。
指定の時刻が近付き、リューリたちは、侍従の案内で面会の場へと向かった。
案内されたのは、玉座のある謁見の間ではなく、広い応接間のような部屋だ。
侍従に勧められ、各々が長椅子に腰掛ける。
――ローザとジークの息子だし、そこまで厳格な人物ではないと思いたいが、曲がりなりにも相手が「国王」だと、やはり緊張するな……
あまり良い記憶のなかったプリミス王国の宮廷を思い出しながら、リューリは国王が現れるのを待った。
少し経って、部屋の扉が叩かれた。
ローザが、どうぞと返事をすると、侍従が開けた扉の向こうから、数人の男が部屋に入ってきた。侍従長の他は知らない顏である。
「テオドール国王陛下の御成りです」
侍従長の声に、リューリたちは立ち上がった。
「父上、母上、お久しぶりです」
上質な生地で誂えたと分かるコートをまとった、三十代前半に見える偉丈夫――テオドールが、ローザとジークに向かって親しげに声をかけた。
栗色の髪と琥珀色の目は父であるジークと同じだが、その面差しは母のローザに似て穏和な印象だ。
「初めての者もいるね。私が、ハルモニエの現国王、テオドールだ。ああ、そんなに緊張しないで楽にしてくれ」
緊張して立っているリューリたちを見て、テオドールは言うと、自らも長椅子に座った。どうやら、両親に似て気さくな人柄のようだ。
「おや、これまた可愛らしいお嬢さんがいるな」
ふと彼はリューリに目を留め、驚いたように言った。
「この子はリューリちゃん。こう見えても、凄腕の魔術師なのですよ」
ローザとジークが、旅の間に起きたことや判明したことを、代わる代わる説明し始めた。
二人が話している間、リューリは、テオドールと共に来た男たちを観察していた。
いかにも戦士といった風体の、筋骨隆々な五十絡みの男は、強面だが、どこかアデーレに似た顔立ちと燃えるような赤毛から、彼女の身内と思われた。
もう一人は、灰色の長い髪を首の後ろで緩く束ね、魔術師風のローブをまとった年齢不詳の男だ。見る度に、若くも歳を取っているようにも見える、不思議な印象がある。
「あの人たちは?」
リューリは、隣に座っているアデーレに囁いた。
「赤毛のほうは、私の父、バルトルトだ。元は騎士団長だったが、今は引退している。あちらの魔術師の方は、元魔法兵団長のミロシュ様で、ウルリヒの師匠でもある人だ」
「なるほど、久々に娘と弟子に会いに来たのか」
「たぶん、それだけではないと思う」
そう言うアデーレが少し緊張した様子を見せているのに、リューリは普段と違うものを感じた。
「……それで、フレデリク殿は『エクシティウム』から離反し、我々に協力するということか」
頷きながらローザたちの話を聞いていたテオドールが、フレデリクに目をやった。
「その男、本当に信用できるのか。ローザリンデ様に取り入るフリをした間諜の可能性はないのか?」
アデーレの父だという赤毛の男、バルトルトが、鋭い目でフレデリクを見た。
「待ってくれ」
リューリは、思わず反論した。
「間諜として潜り込むなら、もっと巧いやり方があった筈だ。私はフレデリクと戦って……論理的な説明は難しいが、彼が、そういう人間ではないと感じている」
「リューリちゃん……」
フレデリクが、驚いた様子でリューリを見た。
「リューリちゃんの言う通りだな。こんな不器用な男に間諜など務まらないだろう」
「ふむ……ジークが言うなら、そうなのだろうな」
ジークの言葉に、バルトルトが、なるほどと頷いた。頑固そうなバルトルトが、あっさりと引き下がったのを見て、彼らの間には強い信頼関係があるのだろうと、リューリは思った。
「それにしても、リューリちゃんといったか、自分が生きている間に『生まれ変わり』の事例を目にする機会があるとは思わなかったよ」
元魔法兵団長のミロシュが口を開いた。
「魔法の技能には、持って生まれた『魔素との親和性』の高さも関係するが、生前と同じように魔法を使えているのであれば、現在の身体も『魔素との親和性』が相当に高いと言えるんじゃないのかね」
ミロシュに言われて、リューリは、はっとした。
彼の言葉通り、魔法の技能と「魔素との親和性」には密接な関係がある。
「魔素との親和性」とは、その個人が生まれついて持つ素質で、言い換えるなら、一度に動かすことのできる魔素の量の多寡である。
全く同じ呪文を詠唱した場合、「魔素との親和性」が高いほど、魔法の効果も高くなるのだ。
「たしかに、前世から魔法の知識と技能を持ち越していても、『魔素との親和性』が低かったら宝の持ち腐れになるところだったな……」
もし「魔素との親和性」の低い身体だったなら、生家から逃げ出すことができたかも分からない――そう考えたリューリは、自らの強運に小さく息をついた。
「生みの親には全く似ていないと言っていたが、ということは、外見の特徴は魂の影響を受けているということなのかな? 実に興味深い」
「師匠、珍しい事例であることは分かりますが、落ち着いてください」
リューリに近付いて、彼女を矯めつ眇めつ眺め回すミロシュを、ウルリヒが宥めた。
その様子に、リューリも、変わり者と言われていた自分の師匠を思い出して、ふふと笑った。
いつのまにか心地良い眠りの中にいたリューリは、ローザの声で目が覚めた。
「お、おはよう」
目を擦りながら起き上がったリューリの前には、ローザとアデーレの姿がある。
寝ぼけまなこで周囲を見回し、彼女は、自分が現在いる場所がハルモニエの王宮であることを思い出した。
「ここしばらくの間は、リューリちゃんと一緒に寝ていたから、昨夜は少し寂しかったよ」
「そうだな、ベッドが広く感じたな」
そう言って笑い合うリューリとアデーレを、ローザが、にこにこしながら眺めている。
侍女たちに身支度を整えてもらってから、リューリはローザたちと共に食堂へ向かった。
食堂では、既にジークとウルリヒ、それにフレデリクがテーブルに着いていた。
「フレデリク、あまり顔色が良くないようだが」
リューリが声をかけると、フレデリクは決まり悪そうに言った。
「……疲れてはいるんだけど、神経が昂っているのか、昨夜はあまり眠れなくてね」
やがて、テーブルの上には料理長が腕によりをかけたという朝食が並ぶ。
泡立てた鶏卵をバターでふんわりと焼いた玉子料理に、リューリは夢中になった。
「これは旨いな。完全に火が通っているかいないかという絶妙な焼き加減で、バターの香りもいいし、かかっているソースも絶品だ」
「料理長の得意料理さ。これを食べると、帰ってきたという気持ちになるよ」
リューリの様子を見て、ジークが相好を崩した。
ふとリューリは、正面に座っているフレデリクが目頭を押さえているのに気付いた。
「大丈夫か?」
「いや……リューリちゃんが、美味しそうに玉子料理を食べているのを見ていたら、娘を思い出してしまって。あの子も、玉子料理が好きで、私が作って少し焦げたものも文句を言わずに食べてくれて……」
フレデリクは、そう言うと言葉を詰まらせた。
「お嬢さんは、捕らえられている先で、ひどい扱いを受けたりはしていないのでしょうか」
ローザが、心配そうに言った。
「それは心配ないと思います……ほんの時々、短時間だけ娘と面会を許されていたのですが、健康状態も問題なさそうだし、本や玩具も与えられているとかで……しかし、常に監視が付いているので、これまで連れ出すことはできませんでした」
答えながら、ため息をつくフレデリクに、ジークが声をかけた。
「俺も、子を持つ親だから、君の気持ちは想像できる。娘さんを助ける為にも、まず君が元気でいないとな」
「はい、ありがとうございます……」
頷いたフレデリクが朝食に手を付け始めたのを見て、リューリも、何とはなしに安心した。
その日の午後、現ハルモニエ国王テオドール、つまりジークとローザの息子との面会の時間が取られると伝えられた。
指定の時刻が近付き、リューリたちは、侍従の案内で面会の場へと向かった。
案内されたのは、玉座のある謁見の間ではなく、広い応接間のような部屋だ。
侍従に勧められ、各々が長椅子に腰掛ける。
――ローザとジークの息子だし、そこまで厳格な人物ではないと思いたいが、曲がりなりにも相手が「国王」だと、やはり緊張するな……
あまり良い記憶のなかったプリミス王国の宮廷を思い出しながら、リューリは国王が現れるのを待った。
少し経って、部屋の扉が叩かれた。
ローザが、どうぞと返事をすると、侍従が開けた扉の向こうから、数人の男が部屋に入ってきた。侍従長の他は知らない顏である。
「テオドール国王陛下の御成りです」
侍従長の声に、リューリたちは立ち上がった。
「父上、母上、お久しぶりです」
上質な生地で誂えたと分かるコートをまとった、三十代前半に見える偉丈夫――テオドールが、ローザとジークに向かって親しげに声をかけた。
栗色の髪と琥珀色の目は父であるジークと同じだが、その面差しは母のローザに似て穏和な印象だ。
「初めての者もいるね。私が、ハルモニエの現国王、テオドールだ。ああ、そんなに緊張しないで楽にしてくれ」
緊張して立っているリューリたちを見て、テオドールは言うと、自らも長椅子に座った。どうやら、両親に似て気さくな人柄のようだ。
「おや、これまた可愛らしいお嬢さんがいるな」
ふと彼はリューリに目を留め、驚いたように言った。
「この子はリューリちゃん。こう見えても、凄腕の魔術師なのですよ」
ローザとジークが、旅の間に起きたことや判明したことを、代わる代わる説明し始めた。
二人が話している間、リューリは、テオドールと共に来た男たちを観察していた。
いかにも戦士といった風体の、筋骨隆々な五十絡みの男は、強面だが、どこかアデーレに似た顔立ちと燃えるような赤毛から、彼女の身内と思われた。
もう一人は、灰色の長い髪を首の後ろで緩く束ね、魔術師風のローブをまとった年齢不詳の男だ。見る度に、若くも歳を取っているようにも見える、不思議な印象がある。
「あの人たちは?」
リューリは、隣に座っているアデーレに囁いた。
「赤毛のほうは、私の父、バルトルトだ。元は騎士団長だったが、今は引退している。あちらの魔術師の方は、元魔法兵団長のミロシュ様で、ウルリヒの師匠でもある人だ」
「なるほど、久々に娘と弟子に会いに来たのか」
「たぶん、それだけではないと思う」
そう言うアデーレが少し緊張した様子を見せているのに、リューリは普段と違うものを感じた。
「……それで、フレデリク殿は『エクシティウム』から離反し、我々に協力するということか」
頷きながらローザたちの話を聞いていたテオドールが、フレデリクに目をやった。
「その男、本当に信用できるのか。ローザリンデ様に取り入るフリをした間諜の可能性はないのか?」
アデーレの父だという赤毛の男、バルトルトが、鋭い目でフレデリクを見た。
「待ってくれ」
リューリは、思わず反論した。
「間諜として潜り込むなら、もっと巧いやり方があった筈だ。私はフレデリクと戦って……論理的な説明は難しいが、彼が、そういう人間ではないと感じている」
「リューリちゃん……」
フレデリクが、驚いた様子でリューリを見た。
「リューリちゃんの言う通りだな。こんな不器用な男に間諜など務まらないだろう」
「ふむ……ジークが言うなら、そうなのだろうな」
ジークの言葉に、バルトルトが、なるほどと頷いた。頑固そうなバルトルトが、あっさりと引き下がったのを見て、彼らの間には強い信頼関係があるのだろうと、リューリは思った。
「それにしても、リューリちゃんといったか、自分が生きている間に『生まれ変わり』の事例を目にする機会があるとは思わなかったよ」
元魔法兵団長のミロシュが口を開いた。
「魔法の技能には、持って生まれた『魔素との親和性』の高さも関係するが、生前と同じように魔法を使えているのであれば、現在の身体も『魔素との親和性』が相当に高いと言えるんじゃないのかね」
ミロシュに言われて、リューリは、はっとした。
彼の言葉通り、魔法の技能と「魔素との親和性」には密接な関係がある。
「魔素との親和性」とは、その個人が生まれついて持つ素質で、言い換えるなら、一度に動かすことのできる魔素の量の多寡である。
全く同じ呪文を詠唱した場合、「魔素との親和性」が高いほど、魔法の効果も高くなるのだ。
「たしかに、前世から魔法の知識と技能を持ち越していても、『魔素との親和性』が低かったら宝の持ち腐れになるところだったな……」
もし「魔素との親和性」の低い身体だったなら、生家から逃げ出すことができたかも分からない――そう考えたリューリは、自らの強運に小さく息をついた。
「生みの親には全く似ていないと言っていたが、ということは、外見の特徴は魂の影響を受けているということなのかな? 実に興味深い」
「師匠、珍しい事例であることは分かりますが、落ち着いてください」
リューリに近付いて、彼女を矯めつ眇めつ眺め回すミロシュを、ウルリヒが宥めた。
その様子に、リューリも、変わり者と言われていた自分の師匠を思い出して、ふふと笑った。
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