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因果律か天命か
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「造られた……生命体?」
フェリクスは、それが自身を指した言葉なのだと気付くのに数秒の時間を要した。
「あぁ、本当に、心当たりが無いのですね」
一人納得した様子のカドッシュを見て、フェリクスは、言い知れぬ不安に襲われた。
「……あなたは、俺について何か知っているというのか」
「――半年ほど前のことです。帝国における魔導および生命科学研究の最高峰と言われる帝立研究所で、一つの事故が起きました」
淡々と語り始めたカドッシュを、フェリクスは、ただ沈黙と共に見つめた。
半年ほど前――それは、フェリクスが、モンスとシルワに保護された時期だった。
「事故というのは、極秘に育成され休眠状態だった実験体が一体、予定外に覚醒し、逃亡そして行方不明になったというものです」
「…………」
「その実験は、頑強な肉体に高い身体能力、そして、超常の力と、不老をも兼ね備えた『不死身の人造兵士』を生み出す為のものでした。従来の実験では、元になる生物を複製するのが限界でしたが、『不死身の人造兵士』は、生命の設計図たる塩基の配列を組み上げるところから――つまり、人間の手で一から造られたそうです。もっとも、塩基配列自体の決定は、殆ど『智の女神』によるものらしいのですが」
紡ぎ出される言葉の一つ一つが、フェリクスの思考の表面を滑っていく。
その意味は理解できても、受け入れられるかは別問題だった。
「その、行方不明になった『実験体』が、俺だと言っているのか」
「そうです」
「極秘に行われていた実験のことを、何故あなたが知っているんだ」
「以前お話ししたかと思いますが、私には中央にも複数の協力者がいましてね。研究所にも、学生時代の後輩がいて、密かに情報を流してくれるのですよ。彼が送ってくれた資料と照らし合わせてみましたが、逃亡した実験体と、君とでは、外見上の特徴も一致しています」
「だが……俺が保護されたのは、帝国と隣国の国境付近にある村だ。帝都とは距離が離れすぎているのではないか」
「実験体は、培養槽から逃げ出した後、同じ研究所内で起動実験中だった『空間転移装置』によって、どこへともなく消えたそうです。『空間転移装置』は、一瞬で物体を離れた別の場所に転送するもの……時間的な矛盾も無いでしょう。虚数空間の彼方へ消えるなどということもなく済んだのは、幸運だったと言えますね」
何を訊いても澱みなく答えるカドッシュを前に、フェリクスは、今にも足元が崩れ落ちそうな気がした。
――カドッシュの言葉が本当であれば、俺を生み出したのは『智の女神』ということになるのではないか……?
「………………嘘だ………」
フェリクスは、無意識に呟いていた。
「嘘をつくなら、もっと信じてもらえそうな嘘をつきますよ」
言って、カドッシュは肩を竦めた。
「――それと、君に過去の記憶が無いというのは、失われたのではなく、最初から、そのようなものが存在していなかったからです。何せ、半年前に培養槽から出てきたばかりですからね。基本的な知識や戦闘の技能は、魔法による記憶操作の応用で、脳に焼き付けたというところでしょう」
――初めてセレスティアの瞳を見た時、宇宙から見た惑星のように美しいと思ったのも、「焼き付けられた」記憶の為だったというのか……?!
鳩尾の辺りが絞られるのと同時に、何かが込み上げてきそうな感覚を覚え、フェリクスは口元を押さえた。視界が、薄らと、ぼやけるのを、彼は感じた。
「……おや、顔色が良くないようですが、気分でも悪いのですか」
カドッシュが白々しく言った。
「おそらく、これまで君は何の疑いもなく、自分も人間だと思っていたのでしょう。ですから、真実を知って衝撃を受けたであろうことは、察するに余りあります。なに、このことを他言するつもりはありませんから、安心してください。『実験体』……いや、君が、ここにいることは、情報をくれた『協力者』も知りません」
彼の、さも同情するかのような物言いに、フェリクスは却って苛立ちを覚えた。
「……こんな……『真実』を話して、あなたは……俺にどうしろと言いたいんだ」
「別に、これまで通りにしていただければと思っていますよ。皇帝守護騎士すら寄せつけない君は、間違いなく、たった一人でも戦況を変えうる力を持っている……『リベラティオ』を守ることは、セレスティア殿を守ることでもありますからね」
「…………」
「――セレスティア殿と、幸せになりたいのでしょう?」
揺らいで崩れそうになっているフェリクスの心を、カドッシュの言葉が絡めとっていくかのようだった。
「……私は、信仰の対象としての『神』など信じてはいませんでしたがね。君と、セレスティア殿という、強力な『手札』が舞い込んできたことで、多少は『天の意思』というものを信じてみたくなりましたよ」
言って、カドッシュは、いつもに似合わない皮肉な笑みを口元に浮かべた。
その時。
卓子の上に置いてある、小型の通信端末が、呼び出し音を鳴らした。
フェリクスは、それが自身を指した言葉なのだと気付くのに数秒の時間を要した。
「あぁ、本当に、心当たりが無いのですね」
一人納得した様子のカドッシュを見て、フェリクスは、言い知れぬ不安に襲われた。
「……あなたは、俺について何か知っているというのか」
「――半年ほど前のことです。帝国における魔導および生命科学研究の最高峰と言われる帝立研究所で、一つの事故が起きました」
淡々と語り始めたカドッシュを、フェリクスは、ただ沈黙と共に見つめた。
半年ほど前――それは、フェリクスが、モンスとシルワに保護された時期だった。
「事故というのは、極秘に育成され休眠状態だった実験体が一体、予定外に覚醒し、逃亡そして行方不明になったというものです」
「…………」
「その実験は、頑強な肉体に高い身体能力、そして、超常の力と、不老をも兼ね備えた『不死身の人造兵士』を生み出す為のものでした。従来の実験では、元になる生物を複製するのが限界でしたが、『不死身の人造兵士』は、生命の設計図たる塩基の配列を組み上げるところから――つまり、人間の手で一から造られたそうです。もっとも、塩基配列自体の決定は、殆ど『智の女神』によるものらしいのですが」
紡ぎ出される言葉の一つ一つが、フェリクスの思考の表面を滑っていく。
その意味は理解できても、受け入れられるかは別問題だった。
「その、行方不明になった『実験体』が、俺だと言っているのか」
「そうです」
「極秘に行われていた実験のことを、何故あなたが知っているんだ」
「以前お話ししたかと思いますが、私には中央にも複数の協力者がいましてね。研究所にも、学生時代の後輩がいて、密かに情報を流してくれるのですよ。彼が送ってくれた資料と照らし合わせてみましたが、逃亡した実験体と、君とでは、外見上の特徴も一致しています」
「だが……俺が保護されたのは、帝国と隣国の国境付近にある村だ。帝都とは距離が離れすぎているのではないか」
「実験体は、培養槽から逃げ出した後、同じ研究所内で起動実験中だった『空間転移装置』によって、どこへともなく消えたそうです。『空間転移装置』は、一瞬で物体を離れた別の場所に転送するもの……時間的な矛盾も無いでしょう。虚数空間の彼方へ消えるなどということもなく済んだのは、幸運だったと言えますね」
何を訊いても澱みなく答えるカドッシュを前に、フェリクスは、今にも足元が崩れ落ちそうな気がした。
――カドッシュの言葉が本当であれば、俺を生み出したのは『智の女神』ということになるのではないか……?
「………………嘘だ………」
フェリクスは、無意識に呟いていた。
「嘘をつくなら、もっと信じてもらえそうな嘘をつきますよ」
言って、カドッシュは肩を竦めた。
「――それと、君に過去の記憶が無いというのは、失われたのではなく、最初から、そのようなものが存在していなかったからです。何せ、半年前に培養槽から出てきたばかりですからね。基本的な知識や戦闘の技能は、魔法による記憶操作の応用で、脳に焼き付けたというところでしょう」
――初めてセレスティアの瞳を見た時、宇宙から見た惑星のように美しいと思ったのも、「焼き付けられた」記憶の為だったというのか……?!
鳩尾の辺りが絞られるのと同時に、何かが込み上げてきそうな感覚を覚え、フェリクスは口元を押さえた。視界が、薄らと、ぼやけるのを、彼は感じた。
「……おや、顔色が良くないようですが、気分でも悪いのですか」
カドッシュが白々しく言った。
「おそらく、これまで君は何の疑いもなく、自分も人間だと思っていたのでしょう。ですから、真実を知って衝撃を受けたであろうことは、察するに余りあります。なに、このことを他言するつもりはありませんから、安心してください。『実験体』……いや、君が、ここにいることは、情報をくれた『協力者』も知りません」
彼の、さも同情するかのような物言いに、フェリクスは却って苛立ちを覚えた。
「……こんな……『真実』を話して、あなたは……俺にどうしろと言いたいんだ」
「別に、これまで通りにしていただければと思っていますよ。皇帝守護騎士すら寄せつけない君は、間違いなく、たった一人でも戦況を変えうる力を持っている……『リベラティオ』を守ることは、セレスティア殿を守ることでもありますからね」
「…………」
「――セレスティア殿と、幸せになりたいのでしょう?」
揺らいで崩れそうになっているフェリクスの心を、カドッシュの言葉が絡めとっていくかのようだった。
「……私は、信仰の対象としての『神』など信じてはいませんでしたがね。君と、セレスティア殿という、強力な『手札』が舞い込んできたことで、多少は『天の意思』というものを信じてみたくなりましたよ」
言って、カドッシュは、いつもに似合わない皮肉な笑みを口元に浮かべた。
その時。
卓子の上に置いてある、小型の通信端末が、呼び出し音を鳴らした。
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