上 下
30 / 116

◆皇帝守護騎士(挿し絵有り)

しおりを挟む
 ウェール王国の王都アウラ――いや、今は、王都だった、と言ったほうがいいだろう。
 人影ひとつない廃墟の上空には、優美な流線型をした飛空艇が数隻、魔法の力で浮かんでいた。
 数日前に、突如ウェール王国へ侵攻し王都を蹂躙した、アルカナム魔導帝国軍が誇る、飛空艇団だ。
 高速飛行を生かした神出鬼没の戦法で、全ての国から恐れられる存在である。
 ひときわ大きな飛空艇、その内部にある一室で、一人の将校と青年が向き合っていた。
「――付近を捜索した結果、対象者が逃走に使用した車両を発見……また、そこから更に離れた山の斜面の横穴にて、対象者のものと思われる、切り落とされた毛髪を発見しました。それは資料として本国へ送る準備をしておりまして……」
 直立不動の姿勢で報告を行う壮年の男の胸に光るのは、佐官以上の将校であることを表す階級章だ。
 男の前で、彼の息子ほどの年齢であろう、緩やかに波打った豊かな黄金おうごん色の髪とすみれ色の瞳を持つ細身の青年が、椅子に深く腰掛けて尊大に腕組みをしている。軍服とは異なる意匠のきらびやかな制服と、整った容貌が相まって、貴公子然とした雰囲気を醸し出していた。
「それで、結局、肝心の対象者そのものは未だ発見できていない、ということかい」
 青年が、鋭い目でめつけると、壮年の将校が、びくりと肩を震わせた。
「面目次第もございません、グスタフ様……!」
「そもそも、皇帝守護騎士インペリアルガードたる僕が、君たち如きの尻拭しりぬぐいをさせられるのは遺憾と言いたいところだが。皇帝陛下ならびに『智の女神』様直々じきじきの仰せだからね」
 青年――グスタフは言って、馬鹿にするかのようにフンと鼻を鳴らした。
「ん? 何か、言いたいことがあるようだが? 僕のような若造が、古参である君をアゴで使うのが面白くない、とか?」
「そんな……滅相もない!皇帝陛下直属の皇帝守護騎士インペリアルガードたる、グスタフ・ベルンハルト様に指揮して頂けるなど、光栄の極みであります!」 
 グスタフの、やや皮肉な口調に、将校が震えながら答えた。
 皇帝守護騎士団インペリアルガードとは、全員が「異能いのう」の者で構成された、皇帝を守護することを役割とする、皇帝直属の戦闘集団である。
 彼らが従うのは皇帝、そして「智の女神」のみで、たとえ、軍の最高位である元帥であっても、団員に命令することはできないのだ。
 だが、将校が震えているのは、それだけが理由ではなかった。
 帝国に限らず、ほとんどの国で、「異能」の者には、その力の強さゆえに、法的に様々な制約が課せられている。
 「異能」の者が、そうでない者を故意に傷つけた場合、通常よりも遥かに重い量刑を課されたり、手足を満足に動かせない状態にされるなどというのが、代表的なものだ。
 人間である以上、彼らの中からも悪意を以て力をふるう者が必ず現れる為である。
 そうして、この世界の人間たちは秩序を保ってきた。
 しかし、皇帝守護騎士団インペリアルガードには、この法が適用されない。
 たとえ相手が無辜むこの市民であっても、斬り捨てたところで罪に問われないのだ。
 まして、グスタフは若いながらも皇帝守護騎士団インペリアルガード最強と言われている。
 気分ひとつで、いとも簡単に自分を抹殺できる者を前にしたなら、この将校でなくとも恐怖に震えるというものだろう。
「僕の機嫌が悪いからといって、斬り捨てられるとでも思っているのか? そんなことをしたら剣が汚れてしまうじゃあないか」
 やれやれとでも言いたげに、グスタフは肩を竦めた。
「もう行っていいよ」
「では、我々はこれから、どういたしますか」
「あぁ……適当にやっといて。僕も好きにするから」
「しかし……」
「聞こえなかったのかい?」
 将校は、グスタフの言葉に困惑した表情を見せたものの、失礼しますと言い残し、あたふたと部屋から出て行った。
 グスタフは溜め息をつくと、傍らの事務机に置いてある、板状の情報端末を手にした。

 起動の為の呪文パスワードを唱えると、情報端末に、捜索対象であるウェール王の養女、セレスティアについての資料が浮かび上がる。
「公的には数年前に死んだことになっていた、王の養女、か。癒しの力を持っていたというが、似た能力を持つ『異能』は帝国でも確認されているし、『智の女神』様が、そこまで関心を持たれるとは、何かあるのだろうな」
 資料の中には、王宮で発見されたのであろう、セレスティアの肖像画ポートレイトも収められていた。
 愛らしい微笑みを浮かべる肖像画ポートレイトを眺めて、グスタフは呟いた。
「……いかにも『可憐な女の子』という感じだ――かつて僕が、そうありたいと思っていた姿……か」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!

エノキスルメ
ファンタジー
ノエイン・アールクヴィストは性格がひねくれている。 大貴族の妾の子として生まれ、成人するとともに辺境の領地と底辺爵位を押しつけられて実家との縁を切られた彼は考えた。 あのクソ親のように卑劣で空虚な人間にはなりたくないと。 たくさんの愛に包まれた幸福な人生を送りたいと。 そのためにノエインは決意した。誰もが褒め称える理想的な領主貴族になろうと。 領民から愛されるために、領民を愛し慈しもう。 隣人領主たちと友好を結び、共存共栄を目指し、自身の幸福のために利用しよう。 これはちょっぴり歪んだ気質を持つ青年が、自分なりに幸福になろうと人生を進む物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載させていただいています

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

処理中です...