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得をするのは誰なのか
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一夜明けて、陸の元に「怪異戦略本部」幹部会議への呼び出しがかかった。
「偉い人たちの会議じゃないですか……昨日のニュース番組でやってた話と関係あるんでしょうか」
「そうかもしれないけど、八尋司令は、何か考えている筈だ。だから、大丈夫だよ」
不安げな観月を安心させようと、陸は微笑みながら言った。
「何か言われたら、俺たちが、君には何ら非が無いことを証言するからな」
「頑張れよ」
来栖や元宮、それに他の隊員たちは、陸に励ましの言葉をかけると、訓練場へと向かっていった。
陸も、ここでの正装とも言える戦闘服を着て、「怪異戦略本部」の中でも、普段は幹部しか出入りしない特別棟へと向かった。
特別棟の入り口には、真理奈と桜桃が佇んでいた。
陸が来るのを待っていた様子だ。
真理奈は普段の白衣姿ではなく「怪戦」幹部の制服、桜桃も術師の装束をまとっている。
「二人とも、やはり司令に呼ばれたんですか」
陸が問うと、桜桃は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「はい。……八尋司令は、『怪異戦略本部』そして風早さんを守る為の対策を立てたいのだと思います」
「とはいえ、色々と面倒なことになっているらしいですね」
真理奈が、小さく息をついた。
陸たち三人は、特別棟に入り、指定先の「特別会議室」へ向かった。
ノックの後、会議室の扉を開けると、幹部と思われる者の幾人かが既に着席し、時折、何やら囁き合っている。
その中には、術師の装束をまとった者も三人ばかりいた。
老人と言って差し支えないであろう、長く伸ばした真っ白い髪が印象的な高齢の男性が一人と、中年の男女――おそらく、術師の中でも高位の者たちなのだろう。
「失礼します」
陸は会釈しながら、真理奈と桜桃に付いて入室した。
「おお、桜桃、真理奈ちゃんも、久しぶりじゃの」
陸たちの姿を認めた高齢の術師は席を立ち、矍鑠たる足取りで歩み寄ってきた。
「風早さんは初めてですね。私の祖父で、『怪戦』の術師の最高責任者である、術師長です」
「桜桃の祖父の花蜜無常だ。孫と弟子が世話になっているな。もうちっと早く会いたかったが、『怪戦』は年寄り使いが荒くてな」
桜桃の紹介を受け、無常が陸に笑顔を向けた。見た目は異なるものの、ゆったりと優しげな雰囲気は、孫だという桜桃に通じるものがある。
「風早陸です。こちらこそ、いつもお世話になっています」
「我は、この陸の中で憩う者。ヤクモと呼ばれておる」
陸が挨拶すると、ヤクモも音声を使って名乗った。
その様子を見た幹部たちの間から、小さく、おお、と声が上がる。
「話には聞いていたが、まるで腹話術だな」
幹部の一人が言った。
「いや、この者の中には、たしかに本人以外の存在がある……人間とは全く異なるが、禍々しさはない。どちらかと言えば清浄なものに感じるのぅ」
無常が、陸を見つめた。
その時、出入り口の扉が開いて、護衛と秘書らしき男たちと共に八尋が入ってきた。
「すまない、呼び出しておいて、待たせてしまったな」
八尋は、そう言いながら、入り口から最も奥の席に腰を下ろした。
陸たちも案内された席に座ったのを確認すると、八尋が再び口を開いた。
「今回、集まってもらった理由については分かっている者も多いと思うが、少々面倒なことになっている。問題の一つは、現在『使い魔』として扱われている『コードネーム・ヤクモ』についてだ」
その言葉で、会議室に集まっている者たちの視線が、一瞬自分に向けられるのを、陸は感じた。
「彼は、いわば不幸な事故によって『怪異』と融合した状態になった訳だが、人間としての自我が保たれており、我々も彼の協力により多大な恩恵を得ていることは、皆も御存知のことと思う。ただ、こういった事例は前例が無く、混乱を避ける為に外部への公表を控えてきたことで、現在、説明責任を問われるという事態になっている」
と、幹部の一人が挙手した。
「『ヤクモ』は、既に、ある程度の実績を積んでおり、安全性への疑問についてはクリアされていると考えられます。情報公開しても問題ない段階へ来ているのでは」
「私も、それには同意だ。『ヤクモ』については近く会見を開き、ある程度の情報公開をしようと考えている。もちろん、風早くんの個人名その他のプロフィールについては伏せるので、安心して欲しい」
八尋と目が合った陸は、無言で頷いた。
「もう一つは、民自党の総裁選絡みだ。候補者の一人である光明院氏が唱えている『怪異戦略本部』解体論については、これだけ聞けばナンセンスな話でしかない。また、光明院氏も、亡くなった父親が元首相だったとしても、本人は現時点で何の実績もない若手だ。彼が実際に総裁の座に着く可能性は低いだろう」
「それについてですが、少々風向きが怪しくなっている気配があります」
挙手した幹部の一人が言った。
「『怪戦』解体論と、先の説明責任問題を一緒くたにして、『怪戦は信用ならないし、税金の無駄なのでなくすべき』『民営化すべき』といったプロパガンダを行っている者がいます。単なる承認欲求から閲覧数による収益狙いまで、こういったセンセーショナルな文言に乗っかって騒ぐ者は常に存在しますが、大手のSNS上では、かなり大きな話題として取り上げられている模様です」
八尋は頷くと、口を開いた。
「実は、民自党総裁選の候補の一人である志摩氏と、あくまでプライベートだが電話で話をした。彼と私は中学高校の同級生で、一緒にヤンチャしたことも一度や二度ではない……それはともかく、志摩氏によれば、普通では考えられないことだが、党内でも光明院氏支持に傾く者が増えているらしい」
彼の言葉に、会議室が小さく騒めいた。
「そんな実績もない候補に乗っかるなど、命知らずだな」
「カネでも積まれたのか」
「たしかに光明院氏は父の地盤を引き継いで議員になったが、そこまで大勢の議員を動かすだけの財力があるのか?」
「誰かの援助があれば、あるいは……バレれば収賄罪だが」
「金を積まれたとしても、明らかに力の足りないものに国を任せたりすれば、自分にも、しっぺ返しがあるだろうに」
「あ、あの……」
陸は、思わず挙手した。
「風早くん。君は当事者の一人だ。何か言いたいことがあれば、遠慮なく言ってくれたまえ」
八尋が、厳しかった表情を若干和らげた。
「光明院という人は、何故、『怪戦』を狙い撃ちするのでしょうか。財政を見直す目的であれば、他の部署でも構わない筈です。『怪戦』のような、なくなれば明らかに多くの人が困る部署にこだわるのは、パフォーマンスの為と言われても、自分から見ると変に感じます。俺が、素人だからかもしれませんけど……」
「然り、『怪戦』が失われて得をするのは、人間に害を成す『怪異』くらいのものであろう」
陸の言葉が終わると、ヤクモの声が響いた。
「ほほう、一連の動きは『怪異案件』の可能性もあるということじゃな」
術師長の無常が、飄々とした口調で言った。
「SNS上の、著しく事実と乖離した、誹謗中傷にあたる文言については、業務妨害を理由に情報開示を請求してよろしいかと思います。見つかるのは末端の雇われた者だけかもしれませんが」
真理奈も、声を上げた。
「そうだな。『怪異案件』も視野に入れて、光明院氏の周囲を探る必要があるかもしれない。私には、警察や公安にも友人がいるからね」
八尋が言った時、怪異出現を知らせる警告音が、アナウンスと共に鳴り響いた。
「哨戒中の隊員がN区に大型怪異の出現を確認、現在、警察と協力し周辺住民の避難誘導を敢行中、『対怪異戦闘部隊』は直ちに出撃せよ」
陸は、無意識のうちに立ち上がっていた。
「久々の出番なのである」
ヤクモの声に、数人の幹部たちが難色を示した。
「現在の状況で、彼を出撃させるのは……」
「何かあれば突こうと手ぐすね引いている者がいる時に……」
陸も一瞬迷ったものの、思い切って口を開いた。
「でも、ヤクモの力があれば、助けられる人が増えます!」
「N区といえば、次に行こうと思っていた『ラーメン屋』がある場所なのである。壊されては困るのである」
ヤクモも、行く気満々の様子だ。
一瞬考える様子を見せていた八尋が言った。
「君のことは、私の首を賭けてでも守る! 君は、現場の住民たちを守ってくれ」
「では、我々は司令の首が飛ばない為の対策も協議せねばならんな」
八尋の言葉を受けて、無常が言った。もはや、反対する者は無かった。
「了解です!」
陸が答えると、桜桃が転移の札を取り出し、現場に行く準備をした。
「私も行きますよ。風早さんの担当ですから」
「二人とも、気を付けて」
真理奈の心配そうな目に見送られ、陸と桜桃は「怪異」が出現したという現場へ向かった。
「偉い人たちの会議じゃないですか……昨日のニュース番組でやってた話と関係あるんでしょうか」
「そうかもしれないけど、八尋司令は、何か考えている筈だ。だから、大丈夫だよ」
不安げな観月を安心させようと、陸は微笑みながら言った。
「何か言われたら、俺たちが、君には何ら非が無いことを証言するからな」
「頑張れよ」
来栖や元宮、それに他の隊員たちは、陸に励ましの言葉をかけると、訓練場へと向かっていった。
陸も、ここでの正装とも言える戦闘服を着て、「怪異戦略本部」の中でも、普段は幹部しか出入りしない特別棟へと向かった。
特別棟の入り口には、真理奈と桜桃が佇んでいた。
陸が来るのを待っていた様子だ。
真理奈は普段の白衣姿ではなく「怪戦」幹部の制服、桜桃も術師の装束をまとっている。
「二人とも、やはり司令に呼ばれたんですか」
陸が問うと、桜桃は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「はい。……八尋司令は、『怪異戦略本部』そして風早さんを守る為の対策を立てたいのだと思います」
「とはいえ、色々と面倒なことになっているらしいですね」
真理奈が、小さく息をついた。
陸たち三人は、特別棟に入り、指定先の「特別会議室」へ向かった。
ノックの後、会議室の扉を開けると、幹部と思われる者の幾人かが既に着席し、時折、何やら囁き合っている。
その中には、術師の装束をまとった者も三人ばかりいた。
老人と言って差し支えないであろう、長く伸ばした真っ白い髪が印象的な高齢の男性が一人と、中年の男女――おそらく、術師の中でも高位の者たちなのだろう。
「失礼します」
陸は会釈しながら、真理奈と桜桃に付いて入室した。
「おお、桜桃、真理奈ちゃんも、久しぶりじゃの」
陸たちの姿を認めた高齢の術師は席を立ち、矍鑠たる足取りで歩み寄ってきた。
「風早さんは初めてですね。私の祖父で、『怪戦』の術師の最高責任者である、術師長です」
「桜桃の祖父の花蜜無常だ。孫と弟子が世話になっているな。もうちっと早く会いたかったが、『怪戦』は年寄り使いが荒くてな」
桜桃の紹介を受け、無常が陸に笑顔を向けた。見た目は異なるものの、ゆったりと優しげな雰囲気は、孫だという桜桃に通じるものがある。
「風早陸です。こちらこそ、いつもお世話になっています」
「我は、この陸の中で憩う者。ヤクモと呼ばれておる」
陸が挨拶すると、ヤクモも音声を使って名乗った。
その様子を見た幹部たちの間から、小さく、おお、と声が上がる。
「話には聞いていたが、まるで腹話術だな」
幹部の一人が言った。
「いや、この者の中には、たしかに本人以外の存在がある……人間とは全く異なるが、禍々しさはない。どちらかと言えば清浄なものに感じるのぅ」
無常が、陸を見つめた。
その時、出入り口の扉が開いて、護衛と秘書らしき男たちと共に八尋が入ってきた。
「すまない、呼び出しておいて、待たせてしまったな」
八尋は、そう言いながら、入り口から最も奥の席に腰を下ろした。
陸たちも案内された席に座ったのを確認すると、八尋が再び口を開いた。
「今回、集まってもらった理由については分かっている者も多いと思うが、少々面倒なことになっている。問題の一つは、現在『使い魔』として扱われている『コードネーム・ヤクモ』についてだ」
その言葉で、会議室に集まっている者たちの視線が、一瞬自分に向けられるのを、陸は感じた。
「彼は、いわば不幸な事故によって『怪異』と融合した状態になった訳だが、人間としての自我が保たれており、我々も彼の協力により多大な恩恵を得ていることは、皆も御存知のことと思う。ただ、こういった事例は前例が無く、混乱を避ける為に外部への公表を控えてきたことで、現在、説明責任を問われるという事態になっている」
と、幹部の一人が挙手した。
「『ヤクモ』は、既に、ある程度の実績を積んでおり、安全性への疑問についてはクリアされていると考えられます。情報公開しても問題ない段階へ来ているのでは」
「私も、それには同意だ。『ヤクモ』については近く会見を開き、ある程度の情報公開をしようと考えている。もちろん、風早くんの個人名その他のプロフィールについては伏せるので、安心して欲しい」
八尋と目が合った陸は、無言で頷いた。
「もう一つは、民自党の総裁選絡みだ。候補者の一人である光明院氏が唱えている『怪異戦略本部』解体論については、これだけ聞けばナンセンスな話でしかない。また、光明院氏も、亡くなった父親が元首相だったとしても、本人は現時点で何の実績もない若手だ。彼が実際に総裁の座に着く可能性は低いだろう」
「それについてですが、少々風向きが怪しくなっている気配があります」
挙手した幹部の一人が言った。
「『怪戦』解体論と、先の説明責任問題を一緒くたにして、『怪戦は信用ならないし、税金の無駄なのでなくすべき』『民営化すべき』といったプロパガンダを行っている者がいます。単なる承認欲求から閲覧数による収益狙いまで、こういったセンセーショナルな文言に乗っかって騒ぐ者は常に存在しますが、大手のSNS上では、かなり大きな話題として取り上げられている模様です」
八尋は頷くと、口を開いた。
「実は、民自党総裁選の候補の一人である志摩氏と、あくまでプライベートだが電話で話をした。彼と私は中学高校の同級生で、一緒にヤンチャしたことも一度や二度ではない……それはともかく、志摩氏によれば、普通では考えられないことだが、党内でも光明院氏支持に傾く者が増えているらしい」
彼の言葉に、会議室が小さく騒めいた。
「そんな実績もない候補に乗っかるなど、命知らずだな」
「カネでも積まれたのか」
「たしかに光明院氏は父の地盤を引き継いで議員になったが、そこまで大勢の議員を動かすだけの財力があるのか?」
「誰かの援助があれば、あるいは……バレれば収賄罪だが」
「金を積まれたとしても、明らかに力の足りないものに国を任せたりすれば、自分にも、しっぺ返しがあるだろうに」
「あ、あの……」
陸は、思わず挙手した。
「風早くん。君は当事者の一人だ。何か言いたいことがあれば、遠慮なく言ってくれたまえ」
八尋が、厳しかった表情を若干和らげた。
「光明院という人は、何故、『怪戦』を狙い撃ちするのでしょうか。財政を見直す目的であれば、他の部署でも構わない筈です。『怪戦』のような、なくなれば明らかに多くの人が困る部署にこだわるのは、パフォーマンスの為と言われても、自分から見ると変に感じます。俺が、素人だからかもしれませんけど……」
「然り、『怪戦』が失われて得をするのは、人間に害を成す『怪異』くらいのものであろう」
陸の言葉が終わると、ヤクモの声が響いた。
「ほほう、一連の動きは『怪異案件』の可能性もあるということじゃな」
術師長の無常が、飄々とした口調で言った。
「SNS上の、著しく事実と乖離した、誹謗中傷にあたる文言については、業務妨害を理由に情報開示を請求してよろしいかと思います。見つかるのは末端の雇われた者だけかもしれませんが」
真理奈も、声を上げた。
「そうだな。『怪異案件』も視野に入れて、光明院氏の周囲を探る必要があるかもしれない。私には、警察や公安にも友人がいるからね」
八尋が言った時、怪異出現を知らせる警告音が、アナウンスと共に鳴り響いた。
「哨戒中の隊員がN区に大型怪異の出現を確認、現在、警察と協力し周辺住民の避難誘導を敢行中、『対怪異戦闘部隊』は直ちに出撃せよ」
陸は、無意識のうちに立ち上がっていた。
「久々の出番なのである」
ヤクモの声に、数人の幹部たちが難色を示した。
「現在の状況で、彼を出撃させるのは……」
「何かあれば突こうと手ぐすね引いている者がいる時に……」
陸も一瞬迷ったものの、思い切って口を開いた。
「でも、ヤクモの力があれば、助けられる人が増えます!」
「N区といえば、次に行こうと思っていた『ラーメン屋』がある場所なのである。壊されては困るのである」
ヤクモも、行く気満々の様子だ。
一瞬考える様子を見せていた八尋が言った。
「君のことは、私の首を賭けてでも守る! 君は、現場の住民たちを守ってくれ」
「では、我々は司令の首が飛ばない為の対策も協議せねばならんな」
八尋の言葉を受けて、無常が言った。もはや、反対する者は無かった。
「了解です!」
陸が答えると、桜桃が転移の札を取り出し、現場に行く準備をした。
「私も行きますよ。風早さんの担当ですから」
「二人とも、気を付けて」
真理奈の心配そうな目に見送られ、陸と桜桃は「怪異」が出現したという現場へ向かった。
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