上 下
27 / 57

緑の暗殺者

しおりを挟む
「うわあああッ!」
 ナタンたちの正面にあった茂みから、悲鳴と共に一人の男が飛び出してきた。
 脚がもつれて転倒した男の背後から、大人のももほどの太さを持つ、緑色の巨大な蛇が素早い動きで迫る。
 咄嗟に飛び出したナタンは、男の身体を抱えると、全力で後方に跳躍した。
 すかさず、フェリクスが目にも止まらぬ無数の斬撃を繰り出し、蛇を寸断する。
 身体の半分近くを斬り落とされながらも、蛇の残った部分は、出てきた時と同じく素早い動きで茂みの中に引っ込んだ。
 フェリクスの刀で細切れにされても、ぴくぴくと痙攣するようにうごめいている物体を目にして、ナタンは驚いた。
「緑色の蛇かと思ったけど……蛇じゃない??」
 切断面から流れ出しているのは、緑色の、血液よりは水に近い液体だ。
 よく見れば、その「胴体」には、蛇であれば存在する筈の頭部や骨も見当たらない。
「……まだ……終わりじゃない……あれは、ほんの一部……」
 ナタンに抱きかかえられている男が、息も絶え絶えに言った。よく見ると、命に関わるほどではないものの、負傷している様子だ。
 その言葉が終わらないうちに、何か重い物を引きずるような音を立てて、茂みの中から巨大な緑色の「蛇」が姿を現した。
 先刻の「蛇」が何体も絡まり構成された、巨大な緑色の柱の如き物体……動物とも植物ともつかない、ナタンにとっては未知の生物だ。いや、「蛇」に見えるのは、獲物を狩る為の触手なのだろう。
「皆さん、動かないでください!」
 リリエが、これまでに聞いたことのない大きな声で叫んだ。
「あれは、『帝都跡』に生息する『殺人蔦さつじんヅタ』と思われます! 動くものに反応して獲物を捕食すると……『帝都跡の歩き方』に記述がありました」
 彼女の言葉に、ナタンたちは呼吸する以外の動きを止めた。
 すると、殺人蔦さつじんヅタも動きを止める。
 ナタンには、耳など持たぬ筈の殺人蔦さつじんヅタが、耳を澄ませて周囲の様子をうかがっているように感じられた。
 フェリクスが、足元に落ちていた太めの枝を殺人蔦さつじんヅタに向かって放り投げる。
 次の瞬間、殺人蔦さつじんヅタが素早く一本の触手を伸ばしたと思うと、その先端が裂けるように開き、枝を捕らえた。
 まるで生き物のあぎとの如く開いた触手の中に、無数の鋭い棘が生えているのを、ナタンの目は捉えた。
 触手に食らいつかれた枝が、瞬く間に粉々にされる。
 戦士型の「異能いのう」であっても、下手をすれば逃れられないかもしれない反応速度だ。
「ああして獲物を捕食するのか」
 フェリクスが、なるほどとでも言うように頷いた。
「でも、あいつ、目も耳も無さそうなのに、どうやって獲物の位置を探っているんだろう」
 ナタンは首を傾げた。小声で話している分には反応を見せないところから、「音」は関係しないようにも思えた。
「あのつたは、走って逃げている人を追ってきました……あくまで推測ですが、ある程度の速度で動くもの……その周囲の空気の動きを感じているのではないでしょうか」
 リリエが小声で言った。
 先刻の、フェリクスが投げた枝への反応を思い返せば、リリエの言う通りかもしれないと、ナタンは思った。
「だとすると、このままでは動けませんね……困りましたね」
 言って、セレスティアがフェリクスを見た。
「……気を付けろ……奴は、剣で数か所斬ったくらいじゃ、残った部分から再生してきやがる……」
 ナタンの腕の中で、逃げてきた男が途切れ途切れに言った。
「俺の脚なら、逃げ切れると思っておとりになったが……このザマだ……」
おとりってことは、他にも仲間がいるのか?」
 ナタンの問いかけに、男は力なく頷いた。
「……私に、考えがあります」 
 そう言って、リリエが魔法の呪文を詠唱し始めた。
 すると、殺人蔦さつじんヅタの周囲に風が巻き起こる。
 殺人蔦さつじんヅタは空気の流れが起きた場所に触手を伸ばすが、その先端は空を切るばかりだ。
「そうか、奴が空気の流れで獲物の位置を探っているなら、風が目眩めくらましになるってことか」
 ナタンは、気弱だと思っていたリリエが存外冷静であるのに驚き、そして彼女に対する尊敬の念を強くした。
「あとは、奴が再生できないくらい細切れにすればいいということだな。ナタン、やれるか?」
 言って、フェリクスが刀を構えた。
「もちろんだ」
 ナタンは、負傷している男を、そっと地面に横たえながら答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...