大好きだけど

根鳥 泰造

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第一話 蜘蛛の糸見つけた

春雷や ホームレスの軍手に涙

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 俺が便利屋『昴』で働き始めて、明日で二週間になる。
 昴所長との腕相撲再戦は、まだで、未だにガレージ生活をしているが、あの後、裕ちゃんからノートPCやDVDラジカセ、磯川部長から、机や液晶テレビを貰い、今までにない程、充実した環境になっている。
 ただ、火曜日の夜になると、どこからか裕ちゃんの艶めかしい声が微かに聞こえてくる。
 最初の夜、うとうとし始めた時、初めて聞こえてきた。
 最初は、磯川部長の奥さん夕実さんの悶え声かと思ったが、ちゃんとした言葉も聞こえ、裕ちゃんの声だと気づいた。しかも、かなりの長時間、激しく続き、心臓が悪い筈なのに、よくやるよと呆れたものだ。

 先週も今日学んだことを復習していると始まった。
 裕ちゅんはどう見ても女盛りの四十歳位だが、五十八歳の齢なのだとか。
 所長は六十四歳で、結構な年寄夫婦だが、毎週愛し合ってるらしい。
 だからこそ、二人とも、元気で若々しいのかもしれない。
 そんな訳で、先週は、裕ちゃんの悶える姿を想像して、しっかり抜かせていただいた。
 おそらく明日もきっと激しいセックスが繰り広げられるはずで、明日もしっかり抜かせてもらうつもりだ。

 朝食を食べ終わると、石神井公園の脇を抜けて、裕ちゃん、所長、磯川部長と三人で、事務所へと向かう。事務所は、西武池袋線石神井公園駅から徒歩三分の駅前ビル三階の奥にあり、賃貸料が相当高そうだと思っていたら、このビルは裕ちゃんの持ちビルなんだとか。
 神谷邸もこの駅前ビルも、裕ちゃん名義で、前の夫が残してくれたものなのだとか。
 あれだけの美人で、いい体をしていて、あんなに激しく行き捲るんだから、所長もその神谷という男も垂らし込まれても、仕方がないが、裕ちゃんは、いい男ばかりをものにする、たいした女だ。

 事務所に着くと俺はまず、客寄せロボット「カムイ」を一階の玄関脇に設置する。
 ペッパー君に忍者の衣装を着せたロボットで、火事で焼けて壊れたペッパー君を所長が修理・改造したのだとか。
 初日の帰社時に、突然、「ご苦労様でした」と挨拶され、普通に会話して来た。俺はペッパー君と会話した事が無かったので、こんなに人間みたい会話するんだと驚きとともに、感心したが、それはAIではなく、未来ちゃんだった。事務所から、カムイの目を通して外を見ることができ、ロボットを遠隔操作しながら会話できるようになっていたのだ。今は、もうそんなことはしていないが、開店当初は暇だったので、よく通行人と会話して遊んで、沢山の人をあつめていたのだとか。
 AI機能までは復元できなかったのだそうで、その遠隔操作時以外のカムイは、基本は定型アクションと定型会話を繰り返すだけとのロボットだ。
「便利屋昴は、この奥のエレベータを上がった三階になります」
「便利屋昴は、三万円プラス必要経費で、どんな仕事でも引き受けます」
「お困りのことがあれば、是非、便利屋昴に起こし下さい」
 身振り手振りをして、同じ動作を延々と繰り返す。
 臨機応変に会話するペッパー君からは遥かに劣るが、それでも、ロボットを改造修理できるだなんて、所長は本当にすごい人だ。

 ロボット設置して事務所に戻ると、裕ちゃんが昨日の俺が書いた報告書を読みながら、俺を手招きした。
「ホームレスなんて、良く見つけ出せたわね」
「ええ、たまたま改札口の監視カメラに映っていて、見つけることができました」
「ホームレスだと、ふらふらと移動してることが可能性もあるから、最終確認に、安君も同行してもらえないかしら」
 最終確認とは、人探し業務の一ステップの名称で、その最終確認は、裕ちゃんが担当している。
 因みに裕ちゃんは代表取締役と名刺に書いてあるが、相談者の接客係と、この最終確認とが彼女の担当だ。
「四時頃でもいいですか」
「三時位から出かけたかったけど、たまには直帰もいいわね。四時でいいわ」
 そういう訳で、本日、四時に裕ちゃんの最終確認に立ち会う事になった。

「お早うございます」
 開店間際に、ゆっくりと出勤してきたのが、未来ちゃんだ。
 彼女は、所長の息子の嫁で、妊娠四か月の妊婦。裕ちゃんの弟の娘でもあって、東京の大学に通っている時は、神谷邸に一緒に同居していたらしい。

 未来ちゃんは、この便利屋昴が開業した時から、所長と二人で働いていたそうで、肩書は事務部長。
 俺以外の全員が取締役だが、家族経営なので、未来ちゃんは実質、お茶汲み等の雑務全般の担当と言うのが正しい。
 でも、俺の事をよく気に掛けてくれる。

 今でこそ、さほど苦も無く報告書作成できるようになったが、初日、いきなり磯川部長に、見本を渡され、報告書作成を命じられた時はパニックになった。
 パソコンなんて、中学の授業以来、触ったことすらなかったので、ワードの使い方なんて、全く分からない。その時、未来ちゃんが懇切丁寧に教えてくれ、以来、結構、仲良くさせてもらっている。
 勿論、彼女も俺が少刑出の元ヤクザだと知っているが、「そんなことも知らないの」と平気で馬鹿にしてきて、普通に雑談したり、お菓子を分けてくれたりして、友達の様に接してくれる。本当に気さくでいい人だ。

 今はこの五人で便利屋昴を切り盛りしている。

 便利屋昴は、その名の様に探偵事務所ではなく便利屋だ。
 HPでも思い出の品を修理しますと、過去に修理した様々な品物が前面に押し出し宣伝していて、人探しの業務の事は一切触れていない。
 実際、一年前に開業した時には、オルゴールやからくり人形の修理や、エクセルマクロ作り、火災現場の片づけ等をして、細々と営業していたらしい。
 それが開業して二か月半ほどして、人探しの依頼が来た。
 最初は断ったらしいが、探偵を雇う金がないからと女子高生に泣きつかれ、仕方なく引き受けた。
 その時は、大変な手間と労力を要し、もうこりごりだと思ったらしいが、警察に頼んでも何もしてくれないし、探偵を雇う程のお金はない困っている人は沢山いる。
 そこで、昴システムと呼ぶ自動人探しシステムを開発し、人探し依頼も受ける様にしたのだとか。
 勿論、これも所長がたった一人で、ソフトを作り、裕ちゃんが都内交通機関の各社と契約交渉して成立させたとかで、本当にとんでもない人たちだ。
 でも、この昴システムにより、便利屋昴は繁盛店へと変貌していく。
 当初はHPでも大々的に宣伝したらしいが、最初の月はたったの二件。だが、僅か三万円で人探ししてもらえると口コミで広がり、テレビでも取り上げられ、今では、一番依頼が多いのが人探し業務となっている。

「安、今日の打ち合わせをするぞ」
 磯川部長と共に、接客スペースに移動して、本日の人探しをどの順番で回るかを打ち合わせする。
 俺が昨日、帰り間際に仕掛けて置いた昴システムの結果から、捜索対象者の出現駅は分かっているが、どういう手順で、探し出すのが効率的かを打ち合わせする。
 今日は、昨日の繰り越しを含めて、四件もあり、相当に大変だ。
「安も、要領を掴めてきたみたいだから、今日はお前に、この一件任せる。いや、昨日の繰り越しも、もう停留所まで特定できているで、直ぐに済むな。この二件をお前に任せるから、一人でやさを見つけて見せろ」
 俺としては、もっと磯川部長の技を学びたかったが、一人前扱いしてくれたことが嬉しくてならない。
「はい、きっちり一人だけで見つけ出して見せます」

 初めての俺一人での人探しは、予想以上に順調に行き、二時半には帰社でき、早速報告書にまとめた。
 時たまキーボードを確認してしまうが、毎晩、キーボード練習ソフトで練習してきた成果がでて、なんとかブラインドタッチで入力できる。

 そして、報告書が書きあがったので、明日の捜査対象者を昴システムに設定する。
 この工程は、二つの処理からなる。この画像検索システムでは捜索対象者の3Dモデルが必要となるので、先ずは、その3Dモデルを作り出す。
 基本、自動で、捜索対象者の様々な角度の写真を読み込ませると、勝手に3Dモデルを作成してくれる。
 だが、写真が少ない等があると、全く似ていない3Dモデルができることがある。
 今日は、まさにその事態が起きてしまった。仕方なく、マニュアルで顔を補正して似通らせていくが、これがかなり難しい。
 俺一人で何とかしたかったが、四時が迫って来ていて、所長の助けを借りることになった。
 それでも時間切れ。
「安君、時間になったから、出かけるわよ」
「後は、俺の方でやっとくから、裕子の交渉術を学んでおいで」
 あんなホームレスなんて、最終確認する必要ないのに、そんなことに付き合わされ、所長に面倒を掛けてしまったことが、不満でならなかった。

 そもそも、便利屋昴での人探しは、四つのステップからなる。
 第一ステップは、依頼者が本当に信用に足る人物で嘘をついていないかを確認する事前確認。その時点で信用できないとなると、直ちに断り、人探しはしない。
 第二ステップが、昴システムと呼ばれる自動人探しシステムによる乗降駅の特定。俺が今仕掛けようとしていた処理だ。
 捜索対象者の3Dモデルさえ作れれば、都内の私鉄・地下鉄・JRの全駅と契約して一週間分の監視カメラ画像が、サーバーに蓄積されていて、画像マッチング検索により、その捜索対象が映っている映像を自動抽出してくれる。
 第三ステップが捜索対象の住所の特定。朝から午後二時まで掛けて、俺がしていた地道な聞き込みだ。
 ただ、バス路線を利用していて、かつ運転手や乗客が誰もその男の乗車停留所を知らなかったりすると大変だ。昨晩繰り越しになった一件は、そのパターンで、全ての停留所近くのコンビニの防犯カメラをダビングさせてもらって、再び昴システムで、停留所の特定までしなければなくなる。
 そして、第四ステップが最終確認で、依頼者に見つけたと報告してもいいかとその捜索対象者に確認にいく。
 DV加害者は、巧みに素性や本性を隠していて、事前確認をスルーしてしまう事もある。だから、そういう場合は、捜索対象者と念入りに話して、互いの言い分を冷静に判断して、場合によっては、依頼者に、見つけることができなかったと嘘の報告をする。
 そういう意味で、最終確認は重要なステップではあるが、今回の相手はホームレス。
 犯罪とは無関係なのは明確なので、今日に関しては、不必要としか思えない。そのまま探し出したと報告すればよい。
 それに、家族に、連絡を入れて良いかと訊いたら、絶対に嫌と言うはずだ。
 それを説得しに行くのだと思うが、俺も忙しいし、時間の無駄だとしか思えない。

「今日は付き合わせちゃって御免なさいね」
 少し不満そうな顔をしていたのか、俺が助手席に乗り込むと、そんなことを言われてしまった。
 その後、仕事になれたかとか、困っている事はないかとか、いろいろと訊かれ、今度は磯川部長の感想をもとめられた。
「一を訊いて百を知る、そんな感じの凄い人で、尊敬しています。それと顔からは想像もつかない優しい人でした。俺のことを常に気に掛けてくれていて、疑問に思っていると、聞かなくても説明してもらえますし、面白い下ネタ話もしてくれて和ませてくれます。本当にいい人だと思っています」
「上司だと思って、遠慮しなくていいのよ。私としてはあなたの本音が聞きたいの」
 本当のことを言っているのに、信じてもらえず、あの手この手で、攻め立ててきて、虐められた。

「ねぇ、あなたに一つ話しておかないといけない事があるの。私のこと。主人しか知らない事なので、磯川さんには内緒よ」
「口は堅いので、大丈夫です。なんでしょう」
「あなたに心配させない様に黙っていたけど、あの後、二月になるまで意識が戻らなかったの」
 俺らが必死に心臓マッサージや、人工呼吸をしていたところに、旦那の所長が現われ、口移しで薬を飲ませたのか、キスをすると、彼女は、「あなた」と目を覚ました。
 その後、直ぐに失神したので心配だったが、所長が「もう大丈夫。心配はいらない」と言ってくれたので、罪悪感は変わらないものの、少しだけ安堵した。でも、やはり、とんでもない事になっていた。
「でもね。クリスマスの日に、今の私とは違うもう一人の私が目を覚まし、一ヶ月以上も、主人と生活していたらしいの。私、その時に、多重人格になっちゃた。知っているわよね、二重人格は」
 頭が、全くついて行けなかったが、俺は頷いた。
「今は普通の私だけど、もう一人がね。興味を持っちゃったらしいの……。やっぱり言えない。もう」
 彼女は一人で、勝手に、恥ずかしがっている。
 所長とあんなに激しく愛し合っているので、俺をエッチに誘っているではない筈で、意図が分からない。
「きちんとすべて話すと決めたのに、いざとなるとダメね。私、家では主人とよく喧嘩しているけど、本当は主人の事が大好きで、主人一筋なの」
「知ってる」
「えっ。まぁいいわ。それでね、もう一人の私があなたを誘惑するかもしれない。でも、何もしないで欲しいの。変な気は起こさないでねと言うお願い」
「俺、頭悪いんで」
「そうよね、判んないわよね。うまく言えないけど、主人以外とのセックスは絶対に嫌。彼女もそう。ただ、あなたのを見たくて、誘惑する可能性があるというお話し」
 やっと理解できた。俺のペニスを見たいと言っている。
 母親の様に感じたこともあったが、彼女も叔母と同じ好色女だ。
「じゃあ、今、見ますか。俺は別に見せても、構わないから」
 冗談のつもりで、ズボンのベルトを外す動作をすると、彼女がうろたえた。
「バカ。今は運転中だから、危ないでしょう。いや、そういう意味じゃなくて」
 彼女は、まるで少女の様に、真っ赤になっていた。
 反応が、面白かったので、さっきの仕返しに、もうすこし虐めてやろうかとも思ったが、尊敬する所長の奥さんなので、流石にやめた。

 現地に着くと、俺が付き添うまでもなく、昨日と同じあいつのビニールハウスの中にあいつはいた。
「私、毎日編集部のものですが、ホームレスになった理由を調べていまして、少し、お話しさせてもらってもいいですか。少しですが、謝礼もあります」
 何を考えているのか、全く分からないが、黙って二人の会話を訊くことにした。
「こんな別嬪さんとお話しできるなら、大歓迎だ」
「いつから、路上生活を始めたのですか?」
「去年の春」
 彼女は、その後、ホームレスになった理由を訊きだしていたが、同情の余地なしだ。
 投資に失敗して、借金が払えなくなり、離婚して、家を売り、一人、アパートでバイト生活を始めた。
 だが、インフルエンザになったのが原因で、働くのが嫌になり、金が払えず、アパートからおいだされた。
 本当に、最低なダメ人間で、ホームレスになったのは自業自得だ。
 しかも、ホームレスを辞めて働く気はないのかの問いに、その気は無いと即答した。

「さっき家族と離婚されたとおっしゃっていましたが、ご家族の方は、この生活をご存じなのですか?」
「いっさい、連絡とってないから知らないはずだ」
「お子さんはいらっしゃらなかったのですか?」
「娘と息子がいる」
「なら、あなたはお子さんにとっては、大切なお父さんですよね」
「俺の事を恨んでるから、死んだものとでも考えてるさ」
「私の父も酷い男で、母を泣かしてばかりでしたし、父が嫌いでした。でも、やっぱり大好きなんです。特に娘にとっては、父親は特別な存在なんです」
「さっきから、何言ってんだ」
「大変申し訳けありませんでした。取材と言うのは嘘です。私、こういうものです。実は、市ノ澤樹里さんの依頼で、あなたを探しに来ました」
「謝礼も嘘か」
「いえ、あなたに娘さんと会う気があるなら、更生のための支度金を用意させて頂きます」
「会えるわけないだろう」
「樹里さん、結婚されるそうです。お父さんに、是非、式に出席してもらいたい。それが依頼の理由です。お父さんに、花嫁姿を、どうしても見て欲しいのだそうです」
「今更、会えねぇ」
「もう一度、娘さんのために、頑張って働いてみませんか」
 男は暫く悩んで、静かに頷いた。
「ちゃんとお風呂と床屋に行って、服を買って、此処に行って下さい。話は通してありますから」
 そういって、支度金の一万円と、住込みの仕事の紹介状を渡した。

 帰りの車中で、訊いてみた。
「どうして、仕事の紹介なんてしたんですか。必要ないですよね」
「依頼者を優先させただけ。彼女も、父が貧乏で小さなアパートで苦労して生活しているだろうとは予想している。でも、まさかホームレスになっているとは思っていない。結婚式に呼べる最低限の形に手助けしてあげただけ。でも、支度金一万円は、必要経費にするから、路上生活者になっていたことは、ちゃんと報告するわよ。でも、その時に、娘のために、働く決意をしましたと報告したいもの」
 便利屋昴の人探しとは、こういう仕事なのだと、俺に教えようと、今日の道案内を頼んできたのだと理解した。
 俺なんかをそれとなく指導してくれてる。
 なのにエッチな女だなんて、何て失礼な事を考えてしまったんだろう。
「でも、あのお金だけもって、逃げたりしないでしょうか」
「逃げ出しても、昴システムで直ぐ見つけられるでしょう。でも、親は、娘に酷い恰好は見せられないものよ。少なくとも、結婚式までは頑張るはず。そこから先、立ち直れるか、また、ホームレスになるかは本人しだいだけど」
 やっぱり、心に余裕がある人達は、考え方も違う。
 俺もこうゆう考え方が出来る様にならなくちゃいけない。
 そのために、裕ちゃんから色々と学ばなくてはいけない。
「でも、本当に臭かったわね。体中に匂いが付いちゃった。帰ったら直ぐお風呂。一緒に入る?」
 やっぱり、裕ちゃんは、かなりのスケベな不思議ちゃんだ。

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