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第二章 魅せられた刑事

五月十一日 刑事の勘

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 神野はこの日、石神井公園の来栖邸の前に居た。
 三宅管理官から、来栖美羽との直接の接触は禁止されているか、これだけ来栖美羽の情報を手に入れた今なら、心理学に精通している美羽であっても、対等に渡り合い、情報を引き出せると考えたのだ。
 神野が、インターフォンを押すと、早速、張り込み中の刑事が、車から出て来た。
 だが、その刑事が神野を制止する前に、あっさり凛が来て、中に入れて貰えた。
 神野が、居間のソファで待っていると、美羽が遣って来た。挑発する様に、あの犯行時の水色のワンピースドレス姿でだ。
「匠さん、あれからご無沙汰だから、私の方が待ち焦がれちゃったじゃない」
 美羽は、そう言って、今日も、足を大きく振りかざす様に、足を組んだ。
 短い丈のワンピースなので、また股間が見えそうになっている。見えないので、定かではないが、今日もパンツを穿いていないのかもしれないと、神野は思った。
「先生の作品、五冊とも楽しく拝読させて頂きました。五人、四冊目は三人だから、七人ですか。とんでもない殺人鬼ですね」
「ええ、だって人が死なないと、面白くないでしょう、エロチックサスペンスは……。読者は、自分より悲惨な人生を送るものを好み、最後に天誅を下されるのが大好きなの。だらか、私は現代社会の必殺仕事人を描いているという訳」
「でも、先生の本の内容は、全て、実際に起きてますよね」
「当然、既存の犯罪も取材して、虚飾して描くわよ。当然でしょう。それとも、私が実際に、犯罪を犯して、それを書いているとでもいうの?」
「はい。捜査会議では、小説はフィクションだから、そんなものに振り回されるなと、言われてますし、実際にその通りだったとしても、既に我々としては手の出しようがない。ですが、田沼修治の事件だけは、貴女を逮捕できる可能性がある」
「やっぱり、匠さんって、面白い方ね。何か、証拠でもあるのかしら?」
「捜査上の秘密は、お話しできません。ですが、貴女は今回の件で、一つだけミスをしました。指紋も全て消し、痕跡を完全に消したつもりだったみたいですが、ベッドの横の絨毯の上に、貴女の毛髪が一本だけ、見つかっているんです」
「あら面白い。その日、凛と楽しんでいたのに、髪の毛か勝手に飛んで行ったの?」
 そう微笑んで、美羽は神野の鎌掛けにも、全く動じない。だが、神野は本当だいう素振りで、じっとその瞳を見つめ返した。
「どうやら、髪の毛が本当にあったみたいね。それで今日は、私のDNAを採取しに来たという訳ね。良いわ。私の粘液を提供してあげる」
「有難う御座います。でも、本当に良いんですか?」
 美羽があっさり粘液提供を言い出したので、神野はつい慌ててしまった。
「あら、今度は随分動揺してるのね。どういうこと? もしかして毛根がなかった?」
 美羽は、髪の毛そのものからは、DNA鑑定は出来ないと知っていた。神野の嘘がばれた訳では無かったが、DNA鑑定しても、犯人と特定できないと気付かれてしまった。
「それなら私の無実は証明できそうもないけど、私は本当に修治を殺してないの。そもそも、修治を殺す動機かないし、今回は小説の方が先に出版されているのよ。彼が読んだかは知らないけど、その通りにされる可能性を知りながら、拘束されたりするかしら」
「田沼修治に、読書する趣味がないのは、貴女ならご存じでしょう。動機に関しては、過去の殺人の決定的な証拠でも握ったからじゃないですか?」
「仮にそうだとしても、あなたもさっき自分で仰っていた通り、それらの事件は既に解決済み。公表されても怖くないし、むしろ話題になって、本が重版され、私にとっては嬉しい限りよ」
 そう言って、煙草を取り出し、自分で火を点けて、吸い出した。美羽の余裕の現れだが、神野は、なんで凛に点けてもらわないんだろうと、疑問を抱いた。
 そう言えば、さっきまで居た凛が居なくなっている。
「そんなに、キョロキョロ探さなくても、凛はいないわよ。粘液を提供すると聞いて、事情を察して、私と貴方の二人にしてくれたの」
「粘液って、まさか……」
「ええ、あなたの想像している通りよ。私の愛液。それなら喜んで提供するわよ」
「今は、貴女の推察通りで、DNA提供されても、殺人の証拠にはなりません。そういうことなら、提供は結構です」
「あら残念。折角、匠さんとのセックスを楽しめると思っていたのに……」
「貴女の様な魅力的な方となら、是非してみたい。ですが、今は仕事中ですので」
「それは残念。でも今度は、仕事でない時に会いに来て下さいね。実は、あなたを見てから創作意欲が湧いて来て、あなたについて調べている最中なの。今度のは、殺し屋の女と、それを追う刑事のエロチックサスペンス。だから、あなたとどうしても寝て見たいの」
「今度は、私が殺される番ですか。今度はどうやって殺されるんですか?」
「まだ、そこまでは考えていない。でも、前作同様に、セックス中に殺すことは確定ね」
 そう言って、美羽は煙草をもみ消し、立ち上がった。
「あなたからは、寝物語にいろいろ聞きたかったけど、する気がないなら帰って!」
 そう言ってから、「凛、刑事さんがお帰りよ」と大声を出した。
「最後に、一つだけ教えて下さい」
 神野は腰を上げようとせずに、そう言ったが、どこからか現れた凛が、腕を引っ張る。
「美羽は、忙しいの、さっさと帰って……」
「いいわ」美羽は凛を制して、再び腰を降ろし、足を組んで、のけぞった。
「先生の作品には、薬物が沢山でてきます。今回の作品でも、射精が止まらなくなるドラックが出てきますよね。先生は、麻薬の類を使用した経験がありますか?」
「匠さんって、本当に面白い。私が常習犯でない事は観れば分るでしょう。一週間前に服用したとしても、もう尿検査にも引っかからない。使ったと言っても、証拠にはならず、逮捕もできない。それが分っていて、最後の質問がそれな訳? まあいいわ。セックスの興奮を高めるために、過去に何度か使った事はあります。それでいい?」
「有難う御座います。それでは、失礼します」
 神野は、それで納得して、立ち上がり、来栖邸を後にした。
 門から出ると、早速、見張りの刑事に捕まり、あれこれ説教された。スマホにも、小坂係長から、山の様な着信履歴と、メールによる苦情が入っていた。
 署に戻ってからも、小坂係長から、単独行動した事や、命令無視に対する説教を食らい、神野は、謝罪のため、三宅管理官の許に出向いた。
 そして、命令違反を侘び、管理官からの「何か分ったかな」と訊かれた時、神野は、とんでもない事を言い出した。
「来栖美羽は、犯人ではないかもしれません」
「来栖美羽が犯人だと言ったのは君だろう。面会して無実だという証拠でも掴んだのか?」
「いいえ、単なる刑事の勘です。防犯カメラに写っていたワンピースの女は、来栖美羽に間違いないと思いますが、犯行を犯したのは、ジーパンを穿いた女の気がします。来栖美羽は、その女を庇って、警察の目を自分に向けようとしている節が有ります」
「では、何で、来栖美羽が、最初にやってきたというんだ」
「水谷凛が、否、ジーパンの女が、田村から何らかの脅迫を受け、それを止めさせる為に、先に話し合いに来たのではないかと、推理します」
「お前の勘は、馬鹿にできないが、今迄通りに、捜査は続ける。もともと、犯人を来栖美羽に絞っていた訳ではないからな」
 そう言って、神野の命令無視には、特に御咎めなく、開放された。
 その日の捜査会議では、四作目の該当事件が発見され、葛西美羽が本当に家庭教師をしていた事が確認された。
 そして、もう一度、来栖美羽への接触禁止が徹底され、その日の会議はそれで終わった。

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