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第一章 露出狂のレズビアン

五月六日 事件発生

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 ゴールデンウィークが終り、何時もの日常が戻ってきた木曜日の昼だった。
 新宿六丁目、明治道り沿いの高級ラブホテルの入口に、黄色いキープアウトのテープが張られ、入口付近に巡査か立っている。
 通りには何台ものパトカーが停めてあり、丁度昼休み時間のためか、野次馬が何が有ったのかと群がり、ホテルの入口を取り囲んでいる。
 そこに学生風の若いカップルがテープを潜って出て来た。殺人事件が起きた為、急遽、追い出されたることになったのだ。
 二人は、野次馬にスマホを向けられて、困惑して、真っ赤に赤面している。事件発生で、晒し者にされて可哀相だが、平日の昼間から、こんな所でいちゃついて遊んでいるのが悪い。
 そして、入れ替わる様に、背広姿の中年男性が、群衆を掻き分けて、白い手袋を嵌めながらテープを潜り、中に入って行く。
 背広の襟元には、S1Sをデザインした赤い襟章を付けている。
 フロント前には、制服姿の巡査が立っている。
「ご苦労様です。現場は四階の403号室になります」
 彼は、警視庁捜査一課の襟章を見て、敬礼した。
 エレベータで四階に上がると、廊下には鑑識や刑事がひしめき合っている。
「ちっ、神野(じんの)まででばってきたのか」小声で、新宿署の所轄刑事が呟いた。
 神野はその悪口を無視して、部屋とは逆方向の突き当りの非常口を開け、外を確認した。
 そして再び施錠して戻って来て、ビニールシューカバーを革靴に嵌め、室内へと入った。
 室内は、鑑識が作業をしている最中で、吐き気を誘うような血の臭いが充満している。ラブホにしては比較的広く、大きなキングベッドには、血まみれの遺体がある。その遺体は、手首をバスローブの紐で結わかれ、手を上げ、左右に引っ張られる様に絶命している。
 なのに、神野は遺体に目もくれず、キョロキョロと室内全体を見渡した。
「どうやら、捜査一課からは、俺が一番だったみたいだな」
 神野はそう独り言を呟き、改めて、ベッドの死体を確認した。
 顔は青ざめているが、幸せそうな笑顔で、傷は見られない。だが、その下半身は血まみれで、男性器がない。犯人により、陰嚢毎、ごっそりと切り取られていた。
 神野は、その遺体から目を背けることなく、観察を続け、胸ポケットから警察手帳を開いて、周りに突き付けた。
 捜査一課、警部補、神野匠と書かれている。
「該者の身元は?」
 神野の問い掛けに、三十歳弱の若い刑事が手帳を見ながら話し始めた。
「田沼修治、三十八歳。ロックバンド『ファイヤー』のベーシストです。死亡推定時刻は、昨夜十時から一時の間で、死因は解剖しないと分らないそうですが、ペニス切断による失血死だとそうです」
「検死官は、メクラだな。まあいい。続けてくれ」
「第一発見者は、室内清掃員の女性で、電話しても応答がないので、十時過ぎに、室内のドアを開けたら、発見したそうです。以上です」
「指紋は?」
「現在確認中ですが、綺麗に拭き取られていて、今の所、髪の毛一本確認されていません」
「そうか、有難う」 神野は振り向くと、今度は風呂場の確認に向かった。
 浴室には、背中に警視庁と書かれた青い制服を着た男が、排水溝をチェックしている。
「山さん、排水溝から、何かでたか?」
 うずくまって、顔が見えないのに、神野はそれが鑑識課長の山﨑だと、見抜いていた。
「いや、室内もそうだが、徹底的に掃除して痕跡を消している」
「衝動的犯行ではなさそうだな。それで悪いが、発見時の写真を見せてくれないか?」
「もう、仕事中なのに……。ちっと待って下さいよ」
 山﨑は、確認作業を中断して、浴室を出て、デジカメを取りに行き、液晶画面の写真を見せた。
 死体の顔は苦しそうではなく、やはり恍惚の笑顔を浮かべている。
「精液が大量に身体に付着しているが、このDNA鑑定もしてくれるんだよな」
「必要ならしますが、神野さんは、犯人は男だと、推理してるんですか? 女で間違いないと思いますよ。拘束して、膣では無く、手コキで延々と、射精させたんだと思います」
「いや、女だと思っている。セックス中に、殺されたのは間違いないと俺も考えているさ。只、精液が彼女の膣から流れ出したものなら、彼女のDNAも検出されるだろう?」
「分りました。全て、DNA鑑定に廻します」
 それを聞くと、神野は部屋を出て深呼吸をした。そして再び一階フロントへと向かった。
 エレベータが開くと、丁度、同僚三人が立っていた。蓮沼、鵜飼、磯川の三人で、共に神野が所属する捜査第一課、第三強行犯捜査・殺人犯捜査第一係の刑事だ。
「ちっ、神野が先に来てやがったか」 蓮沼が舌打ちする。
「既に来てたんですね。居ないので、心配してたんですよ」磯川は神野のバディだ。
「ちょっと、寄りたいところがあったんでな。現場は、403号室。ペニスを切り落とす猟奇殺人だ。磯川、お前は俺と聞き込みだ」そう言いながら神野はエレベータを降りた。
「警部補だからと、偉そうにしやがって……」
 蓮沼は、敵意剥きだしに、そう呟いて、鵜飼と共に、エレベータを乗り込む。
 磯川は、少し残念そうな顔をして、神野の後を着いて行く。
 そして、フロントの係の人に、昨晩のフロント対応をしていた女性の名前を聞きだした。
 彼女は既に早朝帰宅していたが、住所を聞きだし、彼女の家へと向かう事にした。
「俺も、遺体を見てみたかったですよ」
「写真で嫌という程、見れるさ」
「切り落としたペニスは、犯人が持ち帰ったんですかね?」
「分らんが、現場には睾丸も陰茎も無かった。阿部定事件に似ているが、絞殺した痕は無く、局部以外に、一切、傷が無かった。死体は恍惚の笑みを浮かべていて、どうやって殺されたのか、全く予想が立たない」
「男の本懐の腹上死ですか、羨ましい」
「そうでもないさ。俺も性交死の遺体を、二度、見た事があるが、二人とも苦痛の表情を浮かべていた。脳梗塞とか心不全で死ぬときは、相当に苦しいらしいぞ」
「そうなんですか。参考になります」
 そんなどうでもいい話をしながら、担当していたフロント係のアパートを訪れた。
 彼女は、五十歳位の小母さんで、殺人事件があったことすら知らず、403号室のお客の事も覚えていなかった。
 だが、「ファイヤー」の田沼修治については、何度も利用しているので覚えていた。
 その日、田沼は独りでの宿泊利用だった。そして三十分程して、一人の怪しげな女がやってきた。髪が長く、背の高いモデルの様な女性だったそう。普通のデルヘル嬢とは違い、ふちの大きい帽子を被り、夜だのにサングラスをして、マスクを付け、顔を隠していたので、印象に残っていたと言う。顔は殆ど見えないので、どんな女性と訊かれても困るが、かなり綺麗な人に思え、写真を見ればわかるかもと言う話だった。
 服装に関する問いには、「良く覚えていないけど、淡い水色のワンピースドレスを着ていた様な気がする」と応えた。
 深夜に、独りで出て行った女はいたかには、「そう言えば、居た様な気がするけど、良く覚えていない」と言われてしまった。


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