セジアス 魔物の惑星

根鳥 泰造

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魔物外交編

救出作戦 その一

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 俺はベッドにダイブし、ゴツンと頭を打った。
 痛いが気にしない。痛みまで快感に感じる程。
 なんかいけない世界に踏み込んでる気がするが、気のせいだ。うん、気の所為に違いない。多分……。
 今は気分がいいので何も考えたくない。
 ここは最高。食事も美味しいし、身体を浸かれる風呂まで有って、ベッドもふかふか。ベッドサイズが小さいのが少し残念だが、それでも柔らかい布団で眠れるのは本当に極楽だ。
 ベッドに寝転がり、今の幸せを堪能していると、「キャプテン、分りますか」と脳に直接不愉快なアテーナの声が聞えて来た。
「お前、ずっと俺の声を無視していただろう。俺は洗脳なんてされていないぞ」
【はいはい、従順な部下になった演技をしているだけですよね。分っています。ですが、念の為、魔法の解除処理をさせて頂きます。今から五秒間、脳に信号を流しますから】
「おい待て、変な事は止めろ。そんな事すると脳障害を起こしかねない」
 俺は慌てて、首のコネクタに手を回し、外そうとした。
【既に流し始めてます。途中で引き抜くと、本当に脳障害を起こしますよ】
 その警告で俺は引き抜くのを断念した。
 だが、どうも嘘だったらしい。
 その後ピクンと身体が勝手に痙攣し、激しい頭痛が始まった。
【頭が痛いぞ。本当に何を考えている。俺を殺す気か?】
 しかし、アテーナは完全無視。
 次第に頭痛は治まったが、今度は気分が悪くなり、イライラする。
【終りました。キャプテン、大丈夫ですか? 体調に異常は……無いようですね】
【いや、さっきまでは幸せな気分でいられたのに、今は気が重く、最悪な気分だ】
【それが正しい状態です。常にいろいろ考えて、無駄に悩み続けているのが、本来のモロウキャプテンの姿。何も考えず、恍惚感に溺れていたのは、ナーシャさんの掛けた魔法の影響です】
 そう言われれば、何も考えていなかった気はするが……。
【ところでセシルは? あいつ、どうなったんだ】
【ご存じじゃ無かったんですか? それは困りました】
【おいおい、ジー、から探すのじゃ、ジー、間に合わないぞ】
 かなり激しいノイズでよく聞き取れないが、ガスパの声も聞こえてきた。
【まだ、精神操作魔法が、ジージー、確認できていないんだ。黙ってろ】
 今度はケビン。ノイズもそうだが、息も荒い気がする。
 何がどうなってるのか、さっぱりわからない。
【説明します。ケヴィンさんが精神操作魔法の原理を解析し、それを解除するアンチマジックを導き出してくれました。理論に間違いがあれれば、脳障害を起こすリスクもありましたが、時間がなく、一か八か実行させて頂きました】
 そんな怖い事を、あっさりと言いやがって……。
【特に脳波に異常はありませんでしたので、ケヴィン理論は正しく、魔法解除できていると思います。ですが、本当に元通りのモロウキャプテンに戻っているのかを、これから私がいくつか質問し確認します。その上で、問題ないと判断すれば、こちらの現状、作戦内容等をお話します。良いですね】
【ああ、分った】
【第一問、偵察艇はどうなったと思っていますか?】
【粉々に壊されたって……。待てよ、そんな質問をするということは……。考えてみればおかしいな。二キロ近く離れていても揺れが出る程の大爆発だったが、大破しても木端微塵になるとは考えづらい。なんで疑問も持たなかったんだろう。……わかったぞ。シールドを張った事で軽度の損傷。砂塵に紛れて迷彩を張り、上空に逃げた。どうだ、当ってるだろう】
【ええ、正解です。流石はキャプテンと言っておきましょう】
 馬鹿にしやがって。本当は子供でも分ると思ってるくせに。
【第二問、現状で取るべき最善の策はなんだと思いますか?】
【そりゃ救出作戦だが、まさかこっちに向かってるのか? それは愚策だ。俺だけ逃げる訳にもいかず、無駄足になるし、あいつ等を更に警戒させるだけだ。やるなら、セシルの居場所を特定して、短時間で救出可能な目途をつけてからだ。作戦は……、そうだな、ヘリオスで派手に陽動するか。その隙に、俺がセシルを救出し、光学迷彩した偵察艇でピックアップだ。時間が勝負。もたもたしていると、奴らも俺とセシルの所に兵を差し向けて来るはずだからな。ところで、本当に俺達の救出作戦がはじまってるか? それなら、直ぐに中断して引き返せ】
【キャプテンがそう言ってますが、どうします?】
【もう遅い。ジー、内に侵入してしまったからな】
【もう王宮内だそうで、中断できないそうです】
【それでも直ぐに引き返せ】
【まだ洗脳の疑いが晴れていません。命令は疑いを晴らしてからにして下さい】
 ちっ、本当に困った奴らだ。でも、まだ発見されていないのなら問題はない。あいつらなら、手荒な真似はしない筈だし……。いや、待て。ガスパなら殺しかねない。
 俺は急に不安になってきた。
【では最後の質問です。セシルさんの現在の居場所として考えられれる場所は?】
【お前の方が分るだろう。逆探知すれば良いんだし】
【残念ながら、セシルさんの通信機は現在、キャプテンの手元にありますし、タブレットも女王が保有している様です。ですから、逆探知困難な状態です】
 くそ。夕食の席に居なかったのに、どうしてセシルの心配をしなかったんだろう。あいつらセシルは人質だと言ってたから、変な事はしないと思うが、万一を考えると心配だ。
 セシルは何処にいる。どうやって見つけ出せばいいんだ。
【ちょっと考えさせてくれ】
【3、2、1、ブブー、時間切れです】
【本当に洗脳されてなんかいない。信じてくれ】
【ええ、間違い無く普段のモロウさんに戻っています。ケヴィンさん、ガスパールさん、聞えますか? 直ぐに現作戦を中断し、作戦会議を開くことを提案します】
【愚策しか、ジー、浮かばず、申し訳、ジージー、が、もう遅いです】
【ああ、もう無理だ。ジー、兵隊に気づかれて、ティザーガンをジージー。それに、ジー、が不信がり連絡に、ジー、やがった。キャプテンを拘束に、ジー、前に、そっちに乗り込む】
【ガスパ、来るな。何とかそこから脱出する方法を考えろ。俺は洗脳した振りを続け、セシルの居場所を探すから】
【私も、キャプテンが正常に戻られたのなら、その方が良いと判断します】
【イェッサー】【分った。ジージー、してみる】
 理解してくれて助かった。だがティザーガンで兵士を感電させたとすると不味い。もう完全に侵入したのを知られたと考えるべきだ。
 奴ら、直ぐに出入り口を全て固めるだろう。それまでに脱出できればいいが、間に合わなければアウト。どんなに隠れてもあぶり出され、捕まることになる。
【アテーナ。あいつ等のカメラ画像を俺の脳内に映せないか?】
【無理です】
【優秀なお前ならできるだろう。頼む。アテーナさんに出来ない事なんてないって】
【ええ、映像があれば可能でしょう。ですが、今は光学迷彩使用中のため、カメラのスイッチを切っています。音声のあのノイズは、通信コネクタのノイズだけでなく、光学迷彩による影響です】
 会話に混じって来たので、光学迷彩はまだ使っていないだろうと思ったが、既に使っていたらしい。
 光学迷彩は可視光を歪曲する技術だが、それには電磁波を使う。それが通信のノイズになるし、逆に通信機等が発する微弱電磁波でも、可視光の歪曲を乱す原因にもなる。
 だから、光学迷彩使用中は通信機等は切っておくのが基本だ。
 さて、どうしよう。奴らが捕まったら、元も子もない。作戦決行前に相談ぐらいしろよ。
【私の所為ですね。申し訳ありません】
【いや、愚策であっても、君にとめる権限はないし、気にしないで】
【いいえ、勘違いされているようなので、言っておきます。もし愚策と判断していたなら、私は何があっても断固阻止します。止めずに行かせたのは、彼等が救出作戦に出かけた時点では、適切な作戦と思えたからです。まだ魔法解除の目途が立っておらず、キャプテンには期待できない状態でしたから。回線切断の判断も、正しいと思っております。ですので、そこまでは何も悪い事をしたとは考えておりません。もっと早くに魔法解除ができていたらとは思いますが、それも全力で取り組んだ結果なので、私に落ち度はありません。ですが、質問途中で、指示通りに作戦中断すべきだったと思い、謝罪しました。キャプテンが正常なのは直ぐに分っていましたので……】
 光学迷彩なら見つからないと甘く見て、何時もの様に俺をからかっていたということか。本当にアテーナには困ったものだ。
【今後はその様な事は控えますので、ご容赦下さい】
 まだするつもりなのかよ。本当に……。
 今は愚痴ってる時じゃない。見つかったとなると……。

 その時、バタンとドアが開いて、兵士達とペダルが現れた。
【洗脳されている振りを忘れずに】
【分ってるよ】
 俺は急いでマスクをつけた。
「お仲間から連絡が無かったか?」
「ええ、ありません。沢山の兵士を引連れて、何かあったんですか?」
【下手過ぎです】
「ん? いま、質問したのか?」
【精神操作魔法が掛かっていると、何も疑問にもたないのです。疑問を抱いて質問するなんて、魔法が解除されてると白状している様なものです】
「まぁいい。二階にいた衛兵が倒れていてな。館内巡回中の警備兵からも、扉が勝手に開いたとか、何か影が動いたとか、幽霊がいるとか、不思議な現象がおきているとの連絡を貰った。そこで、お前たちの仲間が潜入したのではないかと思ったわけだ。心当たりはないか?」
「あります。理解できないと思いますが、光学迷彩という技術があり、その布を被っていると透明化する事ができます。二人のうち、どちらかがそれを使って潜入したものと思われます」
「なるほどな、そう言う技術まであったのか。しかし、それを話すということは、やはり私の勘違いか。まあいい。で、ここに助けに来ると思うか?」
「そのまま、気付いていない振りをすれば、ここに救出に来ると思います。ですが、こんなに兵隊を増員したのであれば、気づかれたと悟り、一旦引き揚げるでしょう」
「そうか分った」
 ペダルが出て行き、どたばたと兵士が走り去る足音が聞えて来た。

【どうだ、上手く誤魔化せただろう】
【しっ、今は何も考えずに、黙っていて】
 どうしたんだ。あいつ等になにがあったのだろうか。
【煩いって……】
 そして暫くして【セシルさんの居場所が推理できました】と言って来た。
【この王宮に隠し地下室はありますか? セシルさんはそこにいると思われます】
【この王宮内についてはよく知らない。それより、どういう訳だ。説明しろ】
【一日もいて何も調べていないなんて……。まあ精神操作の魔法に掛けられていたので、しかたがありませんね。話せば長くなりますが、実は魔法解除のために……】
 説明があまりに長かったので、以下省略。
 要約すると、この通信コネクタのノイズ除去が可能となり、聴覚音もクリアに再生できるようになった。その地獄耳状態で兵隊の足音を聞いていた所、約三十メートル先でドアを開け、階段を下りていく足音がした。ここは一階の客間なので、更に降りたとなると地下室。扉の開閉音がしたので、隠し階段があるのだろうという推理だった。
【この先三十メートルだな。探ってみる。進行方向の右か左かわからないか?】
【そこまでは分りませんが、今はドアの外に何人もの兵が立っています。今日は大人しく、お休みになるほうが良いと判断します】
【分った。明日にする。ところで、ガスパとケビンはどうなってる】
【今は通信機能までオフにした状態なので、確認できません】
【なら、彼等と連絡がとれ次第、教えてくれ】
 そう言って、ベッドに横になると、信じられない程、ベッドが小さい。頭をヘッドボードに付けた状態でも足が飛び出る。手を伸ばせば横に飛び出す。
 こんな酷い状態なのに、さっきまで、柔らかい布団で極楽だと思っていた。本当に魔法恐るべし。


 そして暫くして、ガスパ達からの連絡がきた。無事、逃げおおせたと言う話しだった。
 無事で良かった。
 でもそれからは、状況報告という名の自慢話が始まった。ケビンが俺の魔法原理を解き明かし、アンチ魔法を見つけたとか、アテーナがケビンにも一目置く様になったとか、どうでもいいことを延々と話す。そしてガスパも、王宮上空に偵察艇をホバリングさせておいたのが、無事脱出できた理由だと自慢する。
 確かに空からのロープを伝って侵入・脱出なんて、彼等には思いもつかない方法だ。
 だが、侵入して、二階の廊下に出た際、衛兵に怪しまれてしまった。じっとしてやり過ごすつもりだったが、彼らの一人に、窓の外に垂れ下がるケプラーロープの存在がばれてしまった。
 そこで仕方なく、ティザーガンを使用し、気絶させたのだという。これは仕方がない状況だ。それ以外は誰にも危害を加えていないそうで、兵隊が増員されてからも、音で兵隊を誘導しながら、無事脱出してみせた。
 それを聞くと確かに、大したもの。賞賛に値する。
 かといって、深夜に祝杯をあげて、どんちゃん騒ぎするのは止めて欲しい。君らが昼寝をして目が冴えているからって、何でおれを巻き込む。こっちは疲れている眠いのに、寝れないじゃないか。
 まあ、セシルが地下室に閉じ込められていると聞いて、俺も心配で寝るどころではないので、話しにつきあったが、本当に困った奴らだ。
【今、俺らが逃走中だった時の録画を確認したけど、これは不味いな】
 ケビンが突然、そんな事を言って来た。
【光学迷彩を教えた事か? ちゃんと話さないと疑われたからな。すまん】
【そうじゃない。あの女がもう一度、精神操作魔法を掛けて来る可能性があるという事だ】
【確かに、キャプテンはチキンで、ちゃんと目を見る事ができないから、きっとばれる】
 確かに、解け掛けていると危惧して、より深く魔法を施しておこうとする可能性はありうる。否、昼食の時、セシルにもそうしていたし、さっき疑問に思われたので、かなりの可能性は高いと考えるべきだ。その時、目を見ろと言われ、少しでもびびれば、俺らが魔法解除方法を持っていると気付かれる。かと言って、見つめ合えば、また洗脳される。見つめている振りして、視線を合わせなければ大丈夫だろうか。
【漸く胸を見つめる覚悟がついたか?】
【ガスパール、お前誤解している。あの魔法、網膜の視神経を解して、脳の前頭葉に電気信号を送るメカニズムなんだ。視線の中心が別の所にあっても、瞳孔から網膜が見える限り、魔法は発動する。そして魔法に掛かると散瞳といって更に瞳孔が大きく開く。どうやっても、あの女に魔法が解除されていると気付かれる】
【知りませんでした。ですが、そうだとすると瞳孔散大を起こして置けば、いいのですね。それなら可能だと思います】
【本当か、ならその方法でいこう。同時にアンチ魔法を施せば、魔法にもかからないからな】
 そう言う事で、皆勝手に納得していたが、俺は嫌だ。また電脳を解して脳にアクセスする訳で、下手すると脳破壊につながりかねない。俺はモルモットか。
【ご安心ください。私、失敗しないので】
 どっかで聞いたセリフだが、こんなAI、大嫌いだ。

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