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魔物外交編
救出作戦 その一
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俺はベッドにダイブし、ゴツンと頭を打った。
痛いが気にしない。痛みまで快感に感じる程。
なんかいけない世界に踏み込んでる気がするが、気のせいだ。うん、気の所為に違いない。多分……。
今は気分がいいので何も考えたくない。
ここは最高。食事も美味しいし、身体を浸かれる風呂まで有って、ベッドもふかふか。ベッドサイズが小さいのが少し残念だが、それでも柔らかい布団で眠れるのは本当に極楽だ。
ベッドに寝転がり、今の幸せを堪能していると、「キャプテン、分りますか」と脳に直接不愉快なアテーナの声が聞えて来た。
「お前、ずっと俺の声を無視していただろう。俺は洗脳なんてされていないぞ」
【はいはい、従順な部下になった演技をしているだけですよね。分っています。ですが、念の為、魔法の解除処理をさせて頂きます。今から五秒間、脳に信号を流しますから】
「おい待て、変な事は止めろ。そんな事すると脳障害を起こしかねない」
俺は慌てて、首のコネクタに手を回し、外そうとした。
【既に流し始めてます。途中で引き抜くと、本当に脳障害を起こしますよ】
その警告で俺は引き抜くのを断念した。
だが、どうも嘘だったらしい。
その後ピクンと身体が勝手に痙攣し、激しい頭痛が始まった。
【頭が痛いぞ。本当に何を考えている。俺を殺す気か?】
しかし、アテーナは完全無視。
次第に頭痛は治まったが、今度は気分が悪くなり、イライラする。
【終りました。キャプテン、大丈夫ですか? 体調に異常は……無いようですね】
【いや、さっきまでは幸せな気分でいられたのに、今は気が重く、最悪な気分だ】
【それが正しい状態です。常にいろいろ考えて、無駄に悩み続けているのが、本来のモロウキャプテンの姿。何も考えず、恍惚感に溺れていたのは、ナーシャさんの掛けた魔法の影響です】
そう言われれば、何も考えていなかった気はするが……。
【ところでセシルは? あいつ、どうなったんだ】
【ご存じじゃ無かったんですか? それは困りました】
【おいおい、ジー、から探すのじゃ、ジー、間に合わないぞ】
かなり激しいノイズでよく聞き取れないが、ガスパの声も聞こえてきた。
【まだ、精神操作魔法が、ジージー、確認できていないんだ。黙ってろ】
今度はケビン。ノイズもそうだが、息も荒い気がする。
何がどうなってるのか、さっぱりわからない。
【説明します。ケヴィンさんが精神操作魔法の原理を解析し、それを解除するアンチマジックを導き出してくれました。理論に間違いがあれれば、脳障害を起こすリスクもありましたが、時間がなく、一か八か実行させて頂きました】
そんな怖い事を、あっさりと言いやがって……。
【特に脳波に異常はありませんでしたので、ケヴィン理論は正しく、魔法解除できていると思います。ですが、本当に元通りのモロウキャプテンに戻っているのかを、これから私がいくつか質問し確認します。その上で、問題ないと判断すれば、こちらの現状、作戦内容等をお話します。良いですね】
【ああ、分った】
【第一問、偵察艇はどうなったと思っていますか?】
【粉々に壊されたって……。待てよ、そんな質問をするということは……。考えてみればおかしいな。二キロ近く離れていても揺れが出る程の大爆発だったが、大破しても木端微塵になるとは考えづらい。なんで疑問も持たなかったんだろう。……わかったぞ。シールドを張った事で軽度の損傷。砂塵に紛れて迷彩を張り、上空に逃げた。どうだ、当ってるだろう】
【ええ、正解です。流石はキャプテンと言っておきましょう】
馬鹿にしやがって。本当は子供でも分ると思ってるくせに。
【第二問、現状で取るべき最善の策はなんだと思いますか?】
【そりゃ救出作戦だが、まさかこっちに向かってるのか? それは愚策だ。俺だけ逃げる訳にもいかず、無駄足になるし、あいつ等を更に警戒させるだけだ。やるなら、セシルの居場所を特定して、短時間で救出可能な目途をつけてからだ。作戦は……、そうだな、ヘリオスで派手に陽動するか。その隙に、俺がセシルを救出し、光学迷彩した偵察艇でピックアップだ。時間が勝負。もたもたしていると、奴らも俺とセシルの所に兵を差し向けて来るはずだからな。ところで、本当に俺達の救出作戦がはじまってるか? それなら、直ぐに中断して引き返せ】
【キャプテンがそう言ってますが、どうします?】
【もう遅い。ジー、内に侵入してしまったからな】
【もう王宮内だそうで、中断できないそうです】
【それでも直ぐに引き返せ】
【まだ洗脳の疑いが晴れていません。命令は疑いを晴らしてからにして下さい】
ちっ、本当に困った奴らだ。でも、まだ発見されていないのなら問題はない。あいつらなら、手荒な真似はしない筈だし……。いや、待て。ガスパなら殺しかねない。
俺は急に不安になってきた。
【では最後の質問です。セシルさんの現在の居場所として考えられれる場所は?】
【お前の方が分るだろう。逆探知すれば良いんだし】
【残念ながら、セシルさんの通信機は現在、キャプテンの手元にありますし、タブレットも女王が保有している様です。ですから、逆探知困難な状態です】
くそ。夕食の席に居なかったのに、どうしてセシルの心配をしなかったんだろう。あいつらセシルは人質だと言ってたから、変な事はしないと思うが、万一を考えると心配だ。
セシルは何処にいる。どうやって見つけ出せばいいんだ。
【ちょっと考えさせてくれ】
【3、2、1、ブブー、時間切れです】
【本当に洗脳されてなんかいない。信じてくれ】
【ええ、間違い無く普段のモロウさんに戻っています。ケヴィンさん、ガスパールさん、聞えますか? 直ぐに現作戦を中断し、作戦会議を開くことを提案します】
【愚策しか、ジー、浮かばず、申し訳、ジージー、が、もう遅いです】
【ああ、もう無理だ。ジー、兵隊に気づかれて、ティザーガンをジージー。それに、ジー、が不信がり連絡に、ジー、やがった。キャプテンを拘束に、ジー、前に、そっちに乗り込む】
【ガスパ、来るな。何とかそこから脱出する方法を考えろ。俺は洗脳した振りを続け、セシルの居場所を探すから】
【私も、キャプテンが正常に戻られたのなら、その方が良いと判断します】
【イェッサー】【分った。ジージー、してみる】
理解してくれて助かった。だがティザーガンで兵士を感電させたとすると不味い。もう完全に侵入したのを知られたと考えるべきだ。
奴ら、直ぐに出入り口を全て固めるだろう。それまでに脱出できればいいが、間に合わなければアウト。どんなに隠れてもあぶり出され、捕まることになる。
【アテーナ。あいつ等のカメラ画像を俺の脳内に映せないか?】
【無理です】
【優秀なお前ならできるだろう。頼む。アテーナさんに出来ない事なんてないって】
【ええ、映像があれば可能でしょう。ですが、今は光学迷彩使用中のため、カメラのスイッチを切っています。音声のあのノイズは、通信コネクタのノイズだけでなく、光学迷彩による影響です】
会話に混じって来たので、光学迷彩はまだ使っていないだろうと思ったが、既に使っていたらしい。
光学迷彩は可視光を歪曲する技術だが、それには電磁波を使う。それが通信のノイズになるし、逆に通信機等が発する微弱電磁波でも、可視光の歪曲を乱す原因にもなる。
だから、光学迷彩使用中は通信機等は切っておくのが基本だ。
さて、どうしよう。奴らが捕まったら、元も子もない。作戦決行前に相談ぐらいしろよ。
【私の所為ですね。申し訳ありません】
【いや、愚策であっても、君にとめる権限はないし、気にしないで】
【いいえ、勘違いされているようなので、言っておきます。もし愚策と判断していたなら、私は何があっても断固阻止します。止めずに行かせたのは、彼等が救出作戦に出かけた時点では、適切な作戦と思えたからです。まだ魔法解除の目途が立っておらず、キャプテンには期待できない状態でしたから。回線切断の判断も、正しいと思っております。ですので、そこまでは何も悪い事をしたとは考えておりません。もっと早くに魔法解除ができていたらとは思いますが、それも全力で取り組んだ結果なので、私に落ち度はありません。ですが、質問途中で、指示通りに作戦中断すべきだったと思い、謝罪しました。キャプテンが正常なのは直ぐに分っていましたので……】
光学迷彩なら見つからないと甘く見て、何時もの様に俺をからかっていたということか。本当にアテーナには困ったものだ。
【今後はその様な事は控えますので、ご容赦下さい】
まだするつもりなのかよ。本当に……。
今は愚痴ってる時じゃない。見つかったとなると……。
その時、バタンとドアが開いて、兵士達とペダルが現れた。
【洗脳されている振りを忘れずに】
【分ってるよ】
俺は急いでマスクをつけた。
「お仲間から連絡が無かったか?」
「ええ、ありません。沢山の兵士を引連れて、何かあったんですか?」
【下手過ぎです】
「ん? いま、質問したのか?」
【精神操作魔法が掛かっていると、何も疑問にもたないのです。疑問を抱いて質問するなんて、魔法が解除されてると白状している様なものです】
「まぁいい。二階にいた衛兵が倒れていてな。館内巡回中の警備兵からも、扉が勝手に開いたとか、何か影が動いたとか、幽霊がいるとか、不思議な現象がおきているとの連絡を貰った。そこで、お前たちの仲間が潜入したのではないかと思ったわけだ。心当たりはないか?」
「あります。理解できないと思いますが、光学迷彩という技術があり、その布を被っていると透明化する事ができます。二人のうち、どちらかがそれを使って潜入したものと思われます」
「なるほどな、そう言う技術まであったのか。しかし、それを話すということは、やはり私の勘違いか。まあいい。で、ここに助けに来ると思うか?」
「そのまま、気付いていない振りをすれば、ここに救出に来ると思います。ですが、こんなに兵隊を増員したのであれば、気づかれたと悟り、一旦引き揚げるでしょう」
「そうか分った」
ペダルが出て行き、どたばたと兵士が走り去る足音が聞えて来た。
【どうだ、上手く誤魔化せただろう】
【しっ、今は何も考えずに、黙っていて】
どうしたんだ。あいつ等になにがあったのだろうか。
【煩いって……】
そして暫くして【セシルさんの居場所が推理できました】と言って来た。
【この王宮に隠し地下室はありますか? セシルさんはそこにいると思われます】
【この王宮内についてはよく知らない。それより、どういう訳だ。説明しろ】
【一日もいて何も調べていないなんて……。まあ精神操作の魔法に掛けられていたので、しかたがありませんね。話せば長くなりますが、実は魔法解除のために……】
説明があまりに長かったので、以下省略。
要約すると、この通信コネクタのノイズ除去が可能となり、聴覚音もクリアに再生できるようになった。その地獄耳状態で兵隊の足音を聞いていた所、約三十メートル先でドアを開け、階段を下りていく足音がした。ここは一階の客間なので、更に降りたとなると地下室。扉の開閉音がしたので、隠し階段があるのだろうという推理だった。
【この先三十メートルだな。探ってみる。進行方向の右か左かわからないか?】
【そこまでは分りませんが、今はドアの外に何人もの兵が立っています。今日は大人しく、お休みになるほうが良いと判断します】
【分った。明日にする。ところで、ガスパとケビンはどうなってる】
【今は通信機能までオフにした状態なので、確認できません】
【なら、彼等と連絡がとれ次第、教えてくれ】
そう言って、ベッドに横になると、信じられない程、ベッドが小さい。頭をヘッドボードに付けた状態でも足が飛び出る。手を伸ばせば横に飛び出す。
こんな酷い状態なのに、さっきまで、柔らかい布団で極楽だと思っていた。本当に魔法恐るべし。
そして暫くして、ガスパ達からの連絡がきた。無事、逃げおおせたと言う話しだった。
無事で良かった。
でもそれからは、状況報告という名の自慢話が始まった。ケビンが俺の魔法原理を解き明かし、アンチ魔法を見つけたとか、アテーナがケビンにも一目置く様になったとか、どうでもいいことを延々と話す。そしてガスパも、王宮上空に偵察艇をホバリングさせておいたのが、無事脱出できた理由だと自慢する。
確かに空からのロープを伝って侵入・脱出なんて、彼等には思いもつかない方法だ。
だが、侵入して、二階の廊下に出た際、衛兵に怪しまれてしまった。じっとしてやり過ごすつもりだったが、彼らの一人に、窓の外に垂れ下がるケプラーロープの存在がばれてしまった。
そこで仕方なく、ティザーガンを使用し、気絶させたのだという。これは仕方がない状況だ。それ以外は誰にも危害を加えていないそうで、兵隊が増員されてからも、音で兵隊を誘導しながら、無事脱出してみせた。
それを聞くと確かに、大したもの。賞賛に値する。
かといって、深夜に祝杯をあげて、どんちゃん騒ぎするのは止めて欲しい。君らが昼寝をして目が冴えているからって、何でおれを巻き込む。こっちは疲れている眠いのに、寝れないじゃないか。
まあ、セシルが地下室に閉じ込められていると聞いて、俺も心配で寝るどころではないので、話しにつきあったが、本当に困った奴らだ。
【今、俺らが逃走中だった時の録画を確認したけど、これは不味いな】
ケビンが突然、そんな事を言って来た。
【光学迷彩を教えた事か? ちゃんと話さないと疑われたからな。すまん】
【そうじゃない。あの女がもう一度、精神操作魔法を掛けて来る可能性があるという事だ】
【確かに、キャプテンはチキンで、ちゃんと目を見る事ができないから、きっとばれる】
確かに、解け掛けていると危惧して、より深く魔法を施しておこうとする可能性はありうる。否、昼食の時、セシルにもそうしていたし、さっき疑問に思われたので、かなりの可能性は高いと考えるべきだ。その時、目を見ろと言われ、少しでもびびれば、俺らが魔法解除方法を持っていると気付かれる。かと言って、見つめ合えば、また洗脳される。見つめている振りして、視線を合わせなければ大丈夫だろうか。
【漸く胸を見つめる覚悟がついたか?】
【ガスパール、お前誤解している。あの魔法、網膜の視神経を解して、脳の前頭葉に電気信号を送るメカニズムなんだ。視線の中心が別の所にあっても、瞳孔から網膜が見える限り、魔法は発動する。そして魔法に掛かると散瞳といって更に瞳孔が大きく開く。どうやっても、あの女に魔法が解除されていると気付かれる】
【知りませんでした。ですが、そうだとすると瞳孔散大を起こして置けば、いいのですね。それなら可能だと思います】
【本当か、ならその方法でいこう。同時にアンチ魔法を施せば、魔法にもかからないからな】
そう言う事で、皆勝手に納得していたが、俺は嫌だ。また電脳を解して脳にアクセスする訳で、下手すると脳破壊につながりかねない。俺はモルモットか。
【ご安心ください。私、失敗しないので】
どっかで聞いたセリフだが、こんなAI、大嫌いだ。
痛いが気にしない。痛みまで快感に感じる程。
なんかいけない世界に踏み込んでる気がするが、気のせいだ。うん、気の所為に違いない。多分……。
今は気分がいいので何も考えたくない。
ここは最高。食事も美味しいし、身体を浸かれる風呂まで有って、ベッドもふかふか。ベッドサイズが小さいのが少し残念だが、それでも柔らかい布団で眠れるのは本当に極楽だ。
ベッドに寝転がり、今の幸せを堪能していると、「キャプテン、分りますか」と脳に直接不愉快なアテーナの声が聞えて来た。
「お前、ずっと俺の声を無視していただろう。俺は洗脳なんてされていないぞ」
【はいはい、従順な部下になった演技をしているだけですよね。分っています。ですが、念の為、魔法の解除処理をさせて頂きます。今から五秒間、脳に信号を流しますから】
「おい待て、変な事は止めろ。そんな事すると脳障害を起こしかねない」
俺は慌てて、首のコネクタに手を回し、外そうとした。
【既に流し始めてます。途中で引き抜くと、本当に脳障害を起こしますよ】
その警告で俺は引き抜くのを断念した。
だが、どうも嘘だったらしい。
その後ピクンと身体が勝手に痙攣し、激しい頭痛が始まった。
【頭が痛いぞ。本当に何を考えている。俺を殺す気か?】
しかし、アテーナは完全無視。
次第に頭痛は治まったが、今度は気分が悪くなり、イライラする。
【終りました。キャプテン、大丈夫ですか? 体調に異常は……無いようですね】
【いや、さっきまでは幸せな気分でいられたのに、今は気が重く、最悪な気分だ】
【それが正しい状態です。常にいろいろ考えて、無駄に悩み続けているのが、本来のモロウキャプテンの姿。何も考えず、恍惚感に溺れていたのは、ナーシャさんの掛けた魔法の影響です】
そう言われれば、何も考えていなかった気はするが……。
【ところでセシルは? あいつ、どうなったんだ】
【ご存じじゃ無かったんですか? それは困りました】
【おいおい、ジー、から探すのじゃ、ジー、間に合わないぞ】
かなり激しいノイズでよく聞き取れないが、ガスパの声も聞こえてきた。
【まだ、精神操作魔法が、ジージー、確認できていないんだ。黙ってろ】
今度はケビン。ノイズもそうだが、息も荒い気がする。
何がどうなってるのか、さっぱりわからない。
【説明します。ケヴィンさんが精神操作魔法の原理を解析し、それを解除するアンチマジックを導き出してくれました。理論に間違いがあれれば、脳障害を起こすリスクもありましたが、時間がなく、一か八か実行させて頂きました】
そんな怖い事を、あっさりと言いやがって……。
【特に脳波に異常はありませんでしたので、ケヴィン理論は正しく、魔法解除できていると思います。ですが、本当に元通りのモロウキャプテンに戻っているのかを、これから私がいくつか質問し確認します。その上で、問題ないと判断すれば、こちらの現状、作戦内容等をお話します。良いですね】
【ああ、分った】
【第一問、偵察艇はどうなったと思っていますか?】
【粉々に壊されたって……。待てよ、そんな質問をするということは……。考えてみればおかしいな。二キロ近く離れていても揺れが出る程の大爆発だったが、大破しても木端微塵になるとは考えづらい。なんで疑問も持たなかったんだろう。……わかったぞ。シールドを張った事で軽度の損傷。砂塵に紛れて迷彩を張り、上空に逃げた。どうだ、当ってるだろう】
【ええ、正解です。流石はキャプテンと言っておきましょう】
馬鹿にしやがって。本当は子供でも分ると思ってるくせに。
【第二問、現状で取るべき最善の策はなんだと思いますか?】
【そりゃ救出作戦だが、まさかこっちに向かってるのか? それは愚策だ。俺だけ逃げる訳にもいかず、無駄足になるし、あいつ等を更に警戒させるだけだ。やるなら、セシルの居場所を特定して、短時間で救出可能な目途をつけてからだ。作戦は……、そうだな、ヘリオスで派手に陽動するか。その隙に、俺がセシルを救出し、光学迷彩した偵察艇でピックアップだ。時間が勝負。もたもたしていると、奴らも俺とセシルの所に兵を差し向けて来るはずだからな。ところで、本当に俺達の救出作戦がはじまってるか? それなら、直ぐに中断して引き返せ】
【キャプテンがそう言ってますが、どうします?】
【もう遅い。ジー、内に侵入してしまったからな】
【もう王宮内だそうで、中断できないそうです】
【それでも直ぐに引き返せ】
【まだ洗脳の疑いが晴れていません。命令は疑いを晴らしてからにして下さい】
ちっ、本当に困った奴らだ。でも、まだ発見されていないのなら問題はない。あいつらなら、手荒な真似はしない筈だし……。いや、待て。ガスパなら殺しかねない。
俺は急に不安になってきた。
【では最後の質問です。セシルさんの現在の居場所として考えられれる場所は?】
【お前の方が分るだろう。逆探知すれば良いんだし】
【残念ながら、セシルさんの通信機は現在、キャプテンの手元にありますし、タブレットも女王が保有している様です。ですから、逆探知困難な状態です】
くそ。夕食の席に居なかったのに、どうしてセシルの心配をしなかったんだろう。あいつらセシルは人質だと言ってたから、変な事はしないと思うが、万一を考えると心配だ。
セシルは何処にいる。どうやって見つけ出せばいいんだ。
【ちょっと考えさせてくれ】
【3、2、1、ブブー、時間切れです】
【本当に洗脳されてなんかいない。信じてくれ】
【ええ、間違い無く普段のモロウさんに戻っています。ケヴィンさん、ガスパールさん、聞えますか? 直ぐに現作戦を中断し、作戦会議を開くことを提案します】
【愚策しか、ジー、浮かばず、申し訳、ジージー、が、もう遅いです】
【ああ、もう無理だ。ジー、兵隊に気づかれて、ティザーガンをジージー。それに、ジー、が不信がり連絡に、ジー、やがった。キャプテンを拘束に、ジー、前に、そっちに乗り込む】
【ガスパ、来るな。何とかそこから脱出する方法を考えろ。俺は洗脳した振りを続け、セシルの居場所を探すから】
【私も、キャプテンが正常に戻られたのなら、その方が良いと判断します】
【イェッサー】【分った。ジージー、してみる】
理解してくれて助かった。だがティザーガンで兵士を感電させたとすると不味い。もう完全に侵入したのを知られたと考えるべきだ。
奴ら、直ぐに出入り口を全て固めるだろう。それまでに脱出できればいいが、間に合わなければアウト。どんなに隠れてもあぶり出され、捕まることになる。
【アテーナ。あいつ等のカメラ画像を俺の脳内に映せないか?】
【無理です】
【優秀なお前ならできるだろう。頼む。アテーナさんに出来ない事なんてないって】
【ええ、映像があれば可能でしょう。ですが、今は光学迷彩使用中のため、カメラのスイッチを切っています。音声のあのノイズは、通信コネクタのノイズだけでなく、光学迷彩による影響です】
会話に混じって来たので、光学迷彩はまだ使っていないだろうと思ったが、既に使っていたらしい。
光学迷彩は可視光を歪曲する技術だが、それには電磁波を使う。それが通信のノイズになるし、逆に通信機等が発する微弱電磁波でも、可視光の歪曲を乱す原因にもなる。
だから、光学迷彩使用中は通信機等は切っておくのが基本だ。
さて、どうしよう。奴らが捕まったら、元も子もない。作戦決行前に相談ぐらいしろよ。
【私の所為ですね。申し訳ありません】
【いや、愚策であっても、君にとめる権限はないし、気にしないで】
【いいえ、勘違いされているようなので、言っておきます。もし愚策と判断していたなら、私は何があっても断固阻止します。止めずに行かせたのは、彼等が救出作戦に出かけた時点では、適切な作戦と思えたからです。まだ魔法解除の目途が立っておらず、キャプテンには期待できない状態でしたから。回線切断の判断も、正しいと思っております。ですので、そこまでは何も悪い事をしたとは考えておりません。もっと早くに魔法解除ができていたらとは思いますが、それも全力で取り組んだ結果なので、私に落ち度はありません。ですが、質問途中で、指示通りに作戦中断すべきだったと思い、謝罪しました。キャプテンが正常なのは直ぐに分っていましたので……】
光学迷彩なら見つからないと甘く見て、何時もの様に俺をからかっていたということか。本当にアテーナには困ったものだ。
【今後はその様な事は控えますので、ご容赦下さい】
まだするつもりなのかよ。本当に……。
今は愚痴ってる時じゃない。見つかったとなると……。
その時、バタンとドアが開いて、兵士達とペダルが現れた。
【洗脳されている振りを忘れずに】
【分ってるよ】
俺は急いでマスクをつけた。
「お仲間から連絡が無かったか?」
「ええ、ありません。沢山の兵士を引連れて、何かあったんですか?」
【下手過ぎです】
「ん? いま、質問したのか?」
【精神操作魔法が掛かっていると、何も疑問にもたないのです。疑問を抱いて質問するなんて、魔法が解除されてると白状している様なものです】
「まぁいい。二階にいた衛兵が倒れていてな。館内巡回中の警備兵からも、扉が勝手に開いたとか、何か影が動いたとか、幽霊がいるとか、不思議な現象がおきているとの連絡を貰った。そこで、お前たちの仲間が潜入したのではないかと思ったわけだ。心当たりはないか?」
「あります。理解できないと思いますが、光学迷彩という技術があり、その布を被っていると透明化する事ができます。二人のうち、どちらかがそれを使って潜入したものと思われます」
「なるほどな、そう言う技術まであったのか。しかし、それを話すということは、やはり私の勘違いか。まあいい。で、ここに助けに来ると思うか?」
「そのまま、気付いていない振りをすれば、ここに救出に来ると思います。ですが、こんなに兵隊を増員したのであれば、気づかれたと悟り、一旦引き揚げるでしょう」
「そうか分った」
ペダルが出て行き、どたばたと兵士が走り去る足音が聞えて来た。
【どうだ、上手く誤魔化せただろう】
【しっ、今は何も考えずに、黙っていて】
どうしたんだ。あいつ等になにがあったのだろうか。
【煩いって……】
そして暫くして【セシルさんの居場所が推理できました】と言って来た。
【この王宮に隠し地下室はありますか? セシルさんはそこにいると思われます】
【この王宮内についてはよく知らない。それより、どういう訳だ。説明しろ】
【一日もいて何も調べていないなんて……。まあ精神操作の魔法に掛けられていたので、しかたがありませんね。話せば長くなりますが、実は魔法解除のために……】
説明があまりに長かったので、以下省略。
要約すると、この通信コネクタのノイズ除去が可能となり、聴覚音もクリアに再生できるようになった。その地獄耳状態で兵隊の足音を聞いていた所、約三十メートル先でドアを開け、階段を下りていく足音がした。ここは一階の客間なので、更に降りたとなると地下室。扉の開閉音がしたので、隠し階段があるのだろうという推理だった。
【この先三十メートルだな。探ってみる。進行方向の右か左かわからないか?】
【そこまでは分りませんが、今はドアの外に何人もの兵が立っています。今日は大人しく、お休みになるほうが良いと判断します】
【分った。明日にする。ところで、ガスパとケビンはどうなってる】
【今は通信機能までオフにした状態なので、確認できません】
【なら、彼等と連絡がとれ次第、教えてくれ】
そう言って、ベッドに横になると、信じられない程、ベッドが小さい。頭をヘッドボードに付けた状態でも足が飛び出る。手を伸ばせば横に飛び出す。
こんな酷い状態なのに、さっきまで、柔らかい布団で極楽だと思っていた。本当に魔法恐るべし。
そして暫くして、ガスパ達からの連絡がきた。無事、逃げおおせたと言う話しだった。
無事で良かった。
でもそれからは、状況報告という名の自慢話が始まった。ケビンが俺の魔法原理を解き明かし、アンチ魔法を見つけたとか、アテーナがケビンにも一目置く様になったとか、どうでもいいことを延々と話す。そしてガスパも、王宮上空に偵察艇をホバリングさせておいたのが、無事脱出できた理由だと自慢する。
確かに空からのロープを伝って侵入・脱出なんて、彼等には思いもつかない方法だ。
だが、侵入して、二階の廊下に出た際、衛兵に怪しまれてしまった。じっとしてやり過ごすつもりだったが、彼らの一人に、窓の外に垂れ下がるケプラーロープの存在がばれてしまった。
そこで仕方なく、ティザーガンを使用し、気絶させたのだという。これは仕方がない状況だ。それ以外は誰にも危害を加えていないそうで、兵隊が増員されてからも、音で兵隊を誘導しながら、無事脱出してみせた。
それを聞くと確かに、大したもの。賞賛に値する。
かといって、深夜に祝杯をあげて、どんちゃん騒ぎするのは止めて欲しい。君らが昼寝をして目が冴えているからって、何でおれを巻き込む。こっちは疲れている眠いのに、寝れないじゃないか。
まあ、セシルが地下室に閉じ込められていると聞いて、俺も心配で寝るどころではないので、話しにつきあったが、本当に困った奴らだ。
【今、俺らが逃走中だった時の録画を確認したけど、これは不味いな】
ケビンが突然、そんな事を言って来た。
【光学迷彩を教えた事か? ちゃんと話さないと疑われたからな。すまん】
【そうじゃない。あの女がもう一度、精神操作魔法を掛けて来る可能性があるという事だ】
【確かに、キャプテンはチキンで、ちゃんと目を見る事ができないから、きっとばれる】
確かに、解け掛けていると危惧して、より深く魔法を施しておこうとする可能性はありうる。否、昼食の時、セシルにもそうしていたし、さっき疑問に思われたので、かなりの可能性は高いと考えるべきだ。その時、目を見ろと言われ、少しでもびびれば、俺らが魔法解除方法を持っていると気付かれる。かと言って、見つめ合えば、また洗脳される。見つめている振りして、視線を合わせなければ大丈夫だろうか。
【漸く胸を見つめる覚悟がついたか?】
【ガスパール、お前誤解している。あの魔法、網膜の視神経を解して、脳の前頭葉に電気信号を送るメカニズムなんだ。視線の中心が別の所にあっても、瞳孔から網膜が見える限り、魔法は発動する。そして魔法に掛かると散瞳といって更に瞳孔が大きく開く。どうやっても、あの女に魔法が解除されていると気付かれる】
【知りませんでした。ですが、そうだとすると瞳孔散大を起こして置けば、いいのですね。それなら可能だと思います】
【本当か、ならその方法でいこう。同時にアンチ魔法を施せば、魔法にもかからないからな】
そう言う事で、皆勝手に納得していたが、俺は嫌だ。また電脳を解して脳にアクセスする訳で、下手すると脳破壊につながりかねない。俺はモルモットか。
【ご安心ください。私、失敗しないので】
どっかで聞いたセリフだが、こんなAI、大嫌いだ。
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更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
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2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界転生漫遊記
しょう
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ブラック企業で働いていた主人公は
体を壊し亡くなってしまった。
それを哀れんだ神の手によって
主人公は異世界に転生することに
前世の失敗を繰り返さないように
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決める
主人公が転生した世界は
魔物が闊歩する世界!
それを知った主人公は幼い頃から
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初めての作品です!
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【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
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「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
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巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
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とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
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