セジアス 魔物の惑星

根鳥 泰造

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魔物外交編

女王との謁見

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「なあセシル、気分でも悪いのか」
 俺は案内された王宮控室のソファで寛ぎながら、セシルに問いかけた。
 勿論英語。今は通信機を取り外しているし、翻訳マスクも付けていない。
「ううん、大丈夫。少し緊張しているだけ」
 漸く言葉を発し、笑顔を返して来たが、何か様子がおかしい。
 隔離結果は体調の異変は一切見られず、特に問題なし。今朝も「隔離なんて必要なかったでしょう」と生意気を言っていた。でも、偵察艇を降りてから、一言も言葉を発せず、心ここにあらずと言う様子でぼうっとし続けている。普段、明るく元気なだけに心配だ。
 まさかあの日になったとか……。
 そう思って慌てたが、今は思考を読まれる事がないので一安心だ。
 でもセシルは一言話しただけで、また黙り込んでしまった。本当にどうしたのだろう。もしかして、ナーシャさんに会った所為だろうか。
 実は、今日偵察艇に同乗したナーシャさんが、とんでもなくセクシーな女性だった。身長は百二十センチ程なのだが、グラマーな人間の女性をそのまま縮小した様な外観。尻尾も無く、鱗の類も一切ない。しかも、人間の審美眼では絶世の美女に属する顔立ち。
 そんな美女が、蔦が身体に絡まっているかのような、とても露出の激しい服装(申し訳け程度に蔦の葉で隠している程度の裸と言うべきか)で現れた。
 俺は出来るだけ、彼女を見ないようにしていたが、ケビンとガスパの二人は、彼女を見る様に何度も指示してきた程。
 その上、誘惑するように俺を見つめて来たから大変。セシルが闘志をむき出しにして、彼女を見下ろす様に睨みつける格好となった。
 その後、彼女の話を聞いてセシルも何も言えなくなって小さくなったが、彼女はその昔、大賢者と呼ばれた偉い人だった。
 彼女も一応、トカゲ族の女性。尻尾の無い奇形種なのだそうで、年齢はなんと三百歳。因みに、トカゲ族の平均寿命は三十歳程なのだそう。
 まさに、エルフ。否、耳が長くないので、ドリュアスと呼ぶべき生物だ。
 でも、そういう躰に生まれたために、幼少期は気味悪がられ、迫害され、親からも嫌われていのだとか。でも彼女には、特異な身体だけでなく、特殊な才能も備えていた。
 それは魔法。わずか五歳で、魔晶石なしに魔法を使ったのだとか。その才能に目を付けた当時の王都魔法師団長が彼女を引き取り、英才教育を施した。そして成人して王都の魔法師団の一員になり、師団長を引き継ぎ、この国を平和の地へと導く賢者になった。爆裂魔法も彼女が術式をあみだしたのだとか。
 今は引退して、この地の人里離れた森の奥に一人で住んでいるそうだが、現女王とも交友があり、今回の会談のために、態々、森の奥から出て来たというわけだ。
 そして、その話を聞いてから、セシルは大人しくなって、明るさまでなくなってしまった。
 全ての智を知る大賢者だったとしても、セシルは権威に萎縮する性格ではない。なので、きっと彼女の生物学の常識が壊れたからかもしれないと推察しているが、何時もの明るいセシルに戻って欲しい。このセジアスは何でもありの世界なのだから……。
 もしかして敗北感による傷心? 自分ではナーシャに勝てないと思ったのか?
 いや、それはない。いくら見た目が人間の美女でも……。
 今は思考を読まれない状態ではあるが、それ以上、この事は考えない様にし、通信コネクタを再装着して、控室内の調度品をじっくり見て回りることにした。ケビンもガスパも興味がある様子で、彼等と念話で話して時間を潰し、女王との謁見の時を待った。



 一時間程待たされて、執事らしきトカゲが現れた。
 俺はマスクをして贈答品を入れた大きなバックを手に持って、彼の後を歩いて行く。
 王宮の玄関で、手荷物を預かると言われたが、大事なものだからと、俺が持ち歩いている。
 嵩張るが、重力が三分の一なので、重くはない。
 案内されれたのは女王の間ではなく、食卓のある一室だった。態々用意したのか、背の高いテーブルが(我々からすればそれでも低いテーブルなのだが)あり、足の高いファミレスの子供椅子の様なものに、四人が着座している。
 女王陛下と思われれるトカゲ女と、その親族らしき立派な服を着たトカゲ男、それとペダルさんとナーシャさんの四人だ。
 テーブルには、既に食事の準備ができていて、一人掛けソファの様な低めの幅広椅子も、二脚用意されいる。
「吾がこの国の女王、マリル・ルティナ・ロシナントです。食事はできないと聞いており準備をしておりませんで、こんなものしか用意できませんでしたが、先ずは食事でもして、互いをよく知り合ってから、交渉に移りたいと思いますが、如何でしょう」
 食事も可能と知り、急遽用意してくれたらしい。
 好意は有難いが、正直困ったことになった。食事を取るには翻訳マスクを外さなければならない。
 翻訳マスクがなくても、アテーナ通訳で相手の話しは分かるが、こちらからは話せなくなる。いちいち、マスクを付けて話すのも不自然だ。
 困ったなと思ったが、目の前のご馳走に、俺のお腹がグウッと鳴った。
 テーブルには俺の好物の分厚いステーキや、あれ程食べたいと欲したサラダも山盛り。それに今日はとても早くにヘリオスで朝食を取っていて、それから何もくちにしていない。
【キャプテンに関しては、タブレットから思考をそのまま翻訳する事もできます】
 食事を促す様なアテーナの助言。
【セシルはいちいち話す際にマスクを付け無ければならないが、問題ないか?】
 セシルが静かに頷いたので、折角の食事を頂くことにした。

 そして、二人で嘘の自己紹介をしてから、マスクを外し、食事の席に着いた。
 するとまた目の前に座るナーシャさんの視線を感じた。ちらと見ると、こっちを見ている。マスクを付けていない顔を確認しようとしているのだろうが、俺に気があるではと考えてしまう。
 でも、変な事は考えないようにして、まずはスープを口にした。
 うまい。野菜の味が濃縮したコンソメスープの様。この国の料理は大した事がないと見くびっていたが、流石は王室。奥行きのある美味しいスープだった。
 そして、肉も一口食べてみたが、これも旨い。何の肉かは知らないが、赤身だのに柔らかく、肉汁のしっかりした美味しい肉だ。
 そして何よりサラダが絶品。生野菜に飢えていた所為かもしれないが、とても美味しく感じる。甘みがあり、しゃきしゃきしているし、柑橘系のジュレドレッシングも中々で、本当に至高の逸品だ。
「面白い人ですね。毒がしこんであるとは、考えなかったのですか?」
 顔を起こすと、ナーシャさんがじっとこっちを見て、笑っている。
 言われてから、無警戒だったことにはっとしたが、内ポケットのタブレットをオンにして、目を皿に移した。
「そんなことはしないと、信じておりますから」
「ガスパールさんは、シャイなかたなのですね。全く私と目を合わせて頂けないんですもの」
【そうだ、そうだ。俺ならじっと彼女の胸を凝視するぞ】
 ガスパが勝手な事をいうが、あんな裸の様な恰好をみつめることなんてできない。
「仕方がありません。それではモロウさん。あなたの口から、本当事を話して頂きましょう」
 今度はペダルさんが、セシルを見つめ、冷たい口調で話し出した。
「今回の来訪の本当の目的はなんですか?」
 隣のセシルを見ると、慌ててマスクを填めている。
「以前も申し上げましたが、私達の星は、後二百年程で爆発して消滅する予測になっています。ですので、この星が移住可能な地なのかを調べ、可能であるなら、この地の人々から、移民受け入れの許可を頂きたいと、やって参りました」
「二百年も先の話だったのですか。ならその時に交渉に来れば、良いではありませんか。それをなぜ今なんですか?」
 今度は女王が聞いて来た。
【必要のない情報まで話すからややこしくなったじゃないか。今後は少し考えて話せ】
 そう注意して、俺も食事を中断してマスクをつけて、何時でも対応できる様にした。
「私達の星は、私達の宇宙船でも、二百年以上もかかる遠方にあります。交渉が出来たと連絡しても、ここから私達の星にそれが届くのは百五十年後。今すぐ連絡しても、旅立つまでの準備期間を考えるとぎりぎりなんです」
 余計な事は話すなのと注意したばかりなのに、ぺらぺらと話すセシルに呆れてしまう。
「今の話、矛盾がありますね」今度はナーシャさんが話し出した。
「今の話が本当なら、私と同じ無限の時を生きる生命体という事になります。ですが、貴女は三十歳だといっていませんでしたか?」
 いらぬ事まで話すから、どんどんややこしくなっていく。
「いえ、超高速で飛んでいると、時間の流れが極端に遅くなるのです。説明しても信じて貰えないと思いますが、普通の時の流れが二百年でも、宇宙船内の時間では僅か二百日に満たない時間しか経たないのです」
「理解しがたいですが、嘘ではないと信じましょう。で、私達が貴方達を受け入れないと答えたなら、どうするおつもりですか? 他の星に行って頂けますか?」
 またペダルさんが問いかけた。
「正直、この星以外に、人間が住めそうな星は見つかっていません。ですから、暴力に訴えても、移住許可を頂くつもりでいました。ですが、今は違います。我々の持てる知恵を振り絞り、皆様に迷惑を掛けない方法を考えました」
 やれやれ、勝手に交渉を始めしまった。困った奴だ。
 交渉の前に、贈答品を渡す予定だったのに、機を逸してしまったではないか。
「ガスパール、地球儀を出して」
【お前な。交渉というのは手の内を隠しながら進めるものなんだ。何でもかんでも正直に話せばいいと言うものじゃないだぞ】
「キャプテン判断に不満があるとでもいうの?」セシルが睨みつけて来た。怖い。
【今日のセシル、なんかへんじゃねぇ】
【ああ、普段らしかぬ、勝手な言動ですな】
【私にもこんなことになるとは予想もしておりませんでした。最悪の提案をしてしまったと深く反省しております】
 皆の話は無視して、交渉の流れをどうやって引き戻そうかと思案しながら、話し始めた。
「これはセジアスの星を再現した『地球儀』と我々が呼ぶものです。本日、女王陛下にお渡ししようと持参したものの一つですが、キャプテン要望なので、これを説明に使わせて頂きます。我々の計画では……」
 後は俺にまかせろと言う積りで話し始めたのだが、セシルは俺の話を手で遮って、彼女自身で続きを話し出した。
「世界地図を御存じなら、ここがこの国がある位置だと理解できるはずてす。そして、西の彼方と言っていたイングラシア帝国が此処。その間には広大な海と島々が点在するだけの大陸のない空間があります」
 セシルが地球儀に指を当てながら、説明を続けていく。
 完全に暴走状態だが、もうどうにでもなれだと言う気になり、俺は状況を静観することにした。

 そして、セシルの長い説明が終わると、女王がゆっくりと口を開いた。
「そちらの意図は分かりました。到底現実不可能と思う壮大な移住計画ですが、あなたたちの技術なら可能なのかもしれません。ですが、大陸造成着手が三百五十年後で、その大陸に住み始めるのが六百年後とは何ですか? そんな計画をこの場で話そうとしいていたとは、呆れてものも言えません」
 女王はそう言うと、視線をナーシャに移した。
「ナーシャ殿、それでは手筈通りに御願い致します」
「分りました。モロウ殿、私の目をしっかりと見つめて下さい」
【催眠術の類の恐れがあります】
 その声はセシルにも聞こえている筈だが、彼女は言われた通りにナーシャの目をじっと見つめる。偵察艇内でにらみ合っていた時に、術に落ちていた可能性が高い。
「セシル止めろ。目を見るな」俺は慌てて立ち上がる。
「大人しく自分の星に帰って頂けますね」
「はい」
 俺がセシルの目を抑えた時には既に遅かった。
【キャップ、注意しろよ。お前もやられるぞ。あれは催眠術ではなく魔法の類だ】
【キャプテンがチキンだったのが不幸中の幸いとは】
【魔法という非科学的なものが存在していることを考慮し忘れていました】
 その時、衛兵がどっと雪崩れ込んで来て、俺を押さえつけようとした。
 力なら負けないので数人を投げ飛ばしたが、次々とやって来て、きりがない。
 遂には床に押さえつけられてしまった。
「仰向けに寝かせて、目を開かせろ」
 という事は、眼を合わせなければ、問題ないということになる。
 俺は抑え込まれながらも、うつ伏せを保つ様に、必死に抵抗し続けた

 そんな騒動の横で、ペダルがセシルに近寄って来て、話し掛けた。
「今、彼はあなたをセシルと呼びましたが、いったいどういうことでしょう」
「私の本当の名前はセシルで、彼がモロウ。偵察艇で最初に会ったのがガスパールです。あなた達がモロウを女性と勘違いしているので、私がモロウを演じ、彼がガスパール役を演じる作戦を取ったまでです」
「という事は他にも仲間がいるのね。全部で何人いるの? 何処に隠れているの?」
「四人。ケヴィンという男性もいます。偵察艇より遥かに大きいヘリオスという宇宙船に居ます」
【魔法恐るべし】
【裸になれと命じたら、裸になるのかな】
【そんなことを言うと、後でセシルに殺されるぞ】
 想定外の大変な事態なのに、緊張感が丸で無い。本当に困った奴らだ。
【ガスパールさんが万一に備えて放電装置を礼服に仕込んでいたそうです。多少感電するかもしれませんが、遠隔起動して宜しいでしょうか?】
【頼む、やってくれ】
 次の瞬間、信じられない程の痛みを感じた。躰全体にスタンガンを当てられた様な痛み。身体が痺れて動けない。多少感電するなんてレベルじゃないじゃないか。
 でも兵士は全員気絶したらしい。凄い威力だ。
「#$ $##&¥#¥& |&%%&#$」
 感電のショックで翻訳マスクが壊れたみたいだ。
【通訳します。『ほう、電撃魔法まで使えるとは思いもしませんでした』】
 俺の意思を読んで、アテーナが直ぐに翻訳してくれた。通信コネクタは帯電処理されているので、壊れなかったらしい。でも機能低下を起こし、ノイズが激しくなっている。
「ギゼル王配公、魔晶石をお借りしてもよろしいですか」
 続けて、アテーナが翻訳してくれる。兄か弟だと思っていたが、女王の配偶者だったらしい。
【魔晶石だって? キャップ、王配の方を見てくれよ】
 俺はなんとか手を突いて起き上り、無口なトカゲ男へと視線を向けた。
 彼は襟元からネックレスを取り出した。先端に付いている小さな赤い鉱石が魔晶石らしい。
【くそ、ノイズが激しく、良く見えない】
 送信している視覚情報にもノイズが出ているらしい。
 そしてそのネックレスを受け取ったナーシャは魔晶石を握りしめ、何やらブツブツと呟き出した。
【ちょっとこれは本当にやばいんじゃないか。アテーナさん、なんとかならないのか】
 漸くガスパも慌てだした。
【予測不能。ですが怪我を負わせる気はないもののと判断します】
 それを聞いて俺も一安心したが、彼女が最後に何かわけのわかない言葉を言うと、身体の自由が利かなくなった。そして彼女と向き合って、目を合わせていた。
【前頭葉に外部からの電気反応を確認】
 気持ち良くなって来て何も考えらなくなっていく。
【ドーパミンの大量分泌が始まりました】
【成程、ドーパミンでコントロールしているのか】
【どうしよう。偵察艇を呼び戻すか?】
【ヘリオスで直接乗り込んだ方が早やいだろう】
 外野がごちゃごちゃ煩いがどうでもいい。気持ちいい。
「さて、二人はこれで大人しくなったが、あと二人もいるとは想定外だな」
「心配はいりません。こちらには人質がいる様なものですから」
「しかし、奴らの戦力は桁違いだ。怒らせるとこの国が亡びる」
「私がその宇宙船というものに乗り込んで魔法を掛ければいいだけの事。何とでもなります」
「ではその方向で作戦会議を開くとしよう。お前達二人は、部屋に戻っていろ」
 ペダルの指示になぜか抗う気が起きない。
 俺は、再び現れた執事の後について、素直に歩きはじめていた。

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