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第三章 力を持つと人は道を踏み外すのかな
3-6 フェイ失踪事件
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早朝は、フェイではなく、フェンに顔をぺろぺろと舐められて目を覚ました。
顔を洗って、ダイニングに行くと、フェイはおらず、お弁当二つと手紙とが置いてあった。
「
愛しの健斗へ
昨晩、話そうと思っていたんだけど、切り出せなかったので、手紙で書きます。
実は、先週、薬屋の店主から、媚薬の注文を受けていて、今日中に届ける約束になっています。そこで、いつもの薬の納品も兼ね、プリッツの街に届けに行きます。
私が独りで行くと言い出すと、健斗は絶対についていくと言い出すと分かっているし、昨日は私がどんなに心配したかを説教したばかりだったので、言い出せませんでした。
黙って、出かける事、本当に申し訳なく思います。
ですが、今日は店主が早朝から、店に泊まり込みで待っていてくれることになっているので、クラン『エルデンリング』から見つかる心配はありません。
それなりのお金が入る予定なので、フェンの首輪とドッグフードも買ってきます。
私の心配はいりませんので、今日も、しっかり修行に励んでください。
それから、夜のフェンの対策も考えておいてください。
フェイより
」
僕は、朝食も取らずに、急いで追いかけようかと思ったが、今は六時過ぎ。七時に到着する様に出発したなら、午前三時半には出発している。
今からなら神速で追いかけても、フェイは既に取引を終えている時間だ。薬屋に入りさえすれば、元カレのグレイが安全を確保してくれる筈だし、人通りが多くなれば、見つかる危険は増えるが、誘拐される危険は逆になくなる。
僕は、心配する必要もないかと、フェンと一緒に、テーブルに準備されていた朝食を食べることにした。
それでも、一言も告げずに一人で街に出かけたと思うと、腹が立ってくる。
そもそも、レベル70相当になるまで修行をすることにしたのは、フェイの生活を改善するため。だからフェイが安心して街に出入りできるようにすることの方が、レベルアップより優先される。
店まで着けば、安全かもしれないが、その店に到着するまでに、あいつらに見つかり、拉致される危険はある。早朝でも、冒険帰りの奴らに見つかり、拉致される危険がないとは言い切れない。
やはり僕がボディーガードとして一緒についていくべきだったのに、一人で勝手に出かけるなんて、あんまりだ。
それに、あの川を早朝に渡ったと思うと、可哀そうすぎる。川も冷たいうえ、早朝なら外気は凍える程寒い。
ボディーガード不要だとしても、川を渡るくらい手伝わせて欲しかった。
考えてみれば、昨日の時点で、目標のレベル70相当に到達していれば、きっとフェイも僕と一緒に街へ行くという選択をしていた筈だ。
僕が無駄な戦闘ばかりして、目標達成を今日まで伸ばしてしまったのが全ての原因だ。
昨日、効率よく、戦っていれば、今頃、レベル18になっていた筈なのに……。
そんなことまで後悔してしまった。
そういう訳で、フェンにフェイの護衛を頼む必要もなくなり、フェンのレベル上げも兼ねて、魔物狩りに出かけることにした。
朝日が低く、普段より少し早いみたいだが、早めに帰宅して、昨晩の分もたっぷりと楽しめばいいだけの事だ。
幸い山小屋の納屋には、太い鋼鉄の鎖があった筈。あの鎖なら、フェンの噛み砕きスキルでも切れない筈で、首輪さえ付けてしまえば、寝室にこれなくできると言う訳だ。
そのフェンは、今日も無謀に垂直な絶壁登りにチャレンジし、一度足場を踏み外してひやりとする場面があったが、見事に登り切って見せた。
それからは昨日と同様に、今日も魔物の森の奥へと進む。
昨晩、もうあの荒野には踏み入らないとフェイと約束したが、この森はもう魔物がほとんどおらず、現に突き当りの絶壁に到着するまでに、一匹の魔物にも出会わなかった。
だから、今日は別の森に行くつもりだ。
「フェンは、あの森ヘの行き方は知ってるかな」
僕は、右の一段高い森に行くことを考えていて、その森を指差した。
「クウン」 知らないみたいだ。
僕らは、それでも、神速で崖際を走り続けて、森の突き当りの絶壁にたどり着いた。
高さ二十メートルほどで、勾配も四十度程だったので、フェンは先に登っていき、僕が彼女を追いかける形になった。
ここは思った通りに魔物が沢山いた。レベルは34前後で、下の森より少し強い程度の弱小魔物だ。
フェンはやる気満々で、先に戦闘を始めてしまうのが困ったものだが、二人が同等にダメージを与えるようにして、僕とフェンとが共にレベルアップできるように調整しながら戦った。
数体倒したところで、まずフェンがレベルアップ。身体が光り出し、辛そうにしていたので、よしよしと身体を撫で続けてやった。
僕より進化に時間がかかり、三分程苦しんだが、三十センチ程の小さな身体が、徐々に大きくなっていき、三分後には、中型犬の大きさにまでなっていた。
単純にスケール倍したのではなく、容姿も少し変わり、少し成犬らしい見た目になった。でも、足はとんでもなく太く大きく、子犬なのは変わらない。
鑑定してみると、耐久値や防御力がとんでもなく上がっていて、既に人間のレベル40程度に到達していた。
そして、気配感知のスキルや、物理攻撃耐性を獲得し、魔法防壁レベル1という魔法まで習得していた。
呪文は長く複雑だが、その呪文を唱えるだけで、バリアが張れ、基本六属性の中級魔法までなら無効化できるらしい。
僕が欲しいくらいの魔法だが、フェンはまだしゃべれないので、宝の持ち腐れだ。
「眷族ボーナスって何。気配感知とか、物理攻撃耐性とか、マジックバリアとか、次々と獲得したんだけど」
やはり、僕の眷族となったことで、僕のボーナス加護まで、彼女が獲得できるようになったらしい。
ただでさえとんでもなく強いフェンリルなのに、僕のボーナスまで乗れば……。
「ええっ、何で言葉が話せるの」 漸く気づく僕。
「パパはレベル20になったら、話ができるようになると言ってたけど、なぜか話せた。これも眷族ボーナスの影響じゃない」
ボーナス加護にそんな力はないと思うが、眷族になったことで、より僕と意思疎通が図れるような作用が起きた可能性はある。
「じゃあ、魔法も使えるかもしれないね。魔法防壁というのは、呪文を心の中で唱えれば……」
僕は、呪文をフェンに教え込んだ。
知力が高く、記憶力も高いので、彼女はあっという間にその魔法を使えるようになった。
その後も、次々と、二人で魔物を狩り続けていると、漸く僕も、レベルアップ。
獲得スキルは『覇王の威厳』で、耐性はフェンリルにボコボコにされたからか『物理攻撃耐性レベル4』、魔法は絶対氷結だ。
名前からして、とんでもない魔法の様な気がするが、鏡がないので、試すことも確認することもできない。
これで、おそらくレベル70相当の実力になっている筈だが、まだ昼前なので、もう少し魔物狩りをつづけることにした。
「そろそろ、帰ろうか」 昼食を食べ終わると、フェンに提案してみた。
「まだ。もう少し遊びたい」 フェンにはこの魔物狩りが遊びでしかないらしい。
そんな訳で、三時頃まで、狩りをし続けることにしたが、フェンは知らない内に、レベル15になっていた。
突如、光を放ち、進化が始まった。
数えていなかったので、何匹魔物を倒したか分からないが、五分弱で一匹の割合で殺しまくったので、百匹以上斃していたとしても、おかしくない。
「熱い。痛いよ。健斗、助けて」
僕はフェイに痛み止めのヒールを掛けてあげたが、それでも凄く苦しそうで見ていられなかった。
身体が少し大きくなったと思ったら、今度は毛が抜け始めた。手足も少し伸びていき、身体の造形が変化していく。
顔もどんどん変わっていき、今度は五分以上もの長時間進化となったが、子犬から十歳位の女子になってしまった。 因みに鑑定では、『魔獣フェンリル、人型形態(篠崎健斗眷族)』となってた。
人型形態ということは、犬型形態も可能ではと、鑑定でいろいろと調べてみたが、形態変化させるスキルも魔法も存在していなかった。
しかも、スキルや魔法が飛んでもないことになっていた。
僕の気配感知はレベル4だか、『気配感知レベルMax』で一キロ圏内の敵だけでなく、種族まで色分けして分かるようになっている。『以心伝心』というスキルは、一キロ圏内の任意の者とテレパシーで交信できる。魔法防壁なんて、戦闘中は一度も発動していないのにレベルMaxで、全ての魔法をキャンセルする絶対魔法防壁になっている。さらには攻撃増加という全ての物理攻撃を五十パーセント増加するという支援魔法まで取得していた。
基本能力も僕のレベル15の進化後より超えているし、一対一で僕でも勝てるか疑問なほどの化け物になっている。
一応、その全てを説明し、使い方をマスターさせたが、その処理だけで三十分近くもの時間を取られることになった。
「これからは、レベルアップしたら、必ず伝えるんだぞ」
「はぁい。で、この身体になったんだから、フェイとしてたのしてよ」
なんのことだか分からなかったが、フェンは手を開いて、目を閉じて顔をつきだしてきた。
寝室で、抱き合って愛撫していたのを見ていて、それをしてもらいたかったみたいだ。
「それは大人になってからな。帰るぞ」
僕は、フェンを置き去りにして、一足先に帰路についたが、これからの事で頭が一杯だった。
全裸の女の子なんて連れ帰ったら、フェイは、言い訳一つ聞いてくれず、カンカンに怒るに決まっている。彼女は子犬のフェンなんだといくら言っても、僕すら未だに信じられないのに、信じてもらえるわけがない。
せめて、犬耳に尻尾が生えた獣人なら、信じてもらえるが、どう見ても人間の女の子だ。
フェイが買ってきてくれる予定の首輪をつけ、外に繋いでおく対策も、この体系になると、流石にできない。
今日もセックスできないのかと、その意味からも頭が痛かった。
「健斗、危ない」フェイがいきなり僕の横を駆け抜けていった。
だが、四つん這いで走っていき、そのままジャンプして、蛇の魔物の首にかみついた。
人間形態になっても、その行動は犬の儘だ。
僕も抜刀して、二人で秒殺したが、これからはフェイにも人間の戦い方を身に着けてもらわなければならないと、頭がいたかった。
「ちょっと考え事して、ぼうっとした。危ない所をありがとう。でも、四つ足走りはよくないな。もう人間なんだから、これからは二足歩行すること」
「分かった。これからは人間らしく振舞う様にする」
意外にもあっさり、了承してもらえ、それからは素足で素直に歩いてくれた。
その帰路の途中、フェイに格闘術を教えた。
早速、見つけた蛙の魔物と一人で戦わせてみたが、なかなか様になっている。でも、不慣れな格闘スタイルなので、敵の攻撃を何度も浴びることになり、最後は四つ足に戻り、噛みつきで、仕留めていた。
本人も四つ足スタイルになったことを反省していたし、その直前までは人間そのもの。
この分なら直ぐに人間らしい格闘家になれそうだ。
ただ、人型形態になったことで、絶壁から降りるのは、犬だった時の様にはいかない。
以前より体重が増えているし、二足歩行だと、四足歩行時ほど跳躍できないからだ。それに分厚い毛皮にも覆われてもいなので、崖から転がり落ちると、確実に大怪我する。
それでも、森から森への絶壁の傾斜は、何とかなったが、滝の絶壁は困難だ。
崖下を覗き込んで、不安そうに眺めている。
「フェン、僕が抱っこしてやるから、こっちに来て、首にしがみつているんだぞ」
「嫌。これ位、降りれるもの」
「昨日の犬の時でも無理だったじゃないか。大怪我するだけだよ」
「無理じゃない。昨日は、ちゃんと一人で降りれたもの」
身体は十歳程度の少女でも、ゼロ歳児の赤ちゃんなので、我儘言い出すと絶対に聞かない。
結局、フェイは、後ろ向きになって、恐る恐る降り始めた。
僕は、万一に備え、小刻みにジャンプしながら、彼女と並んで降りることにした。
昨日はジグザグに降りていたが、今回はロッククライミングの様に壁に張り付いて、真下に向かって最短距離で降りていく。足を石の突起に向けて伸ばして、体重移動させ、降りていくのだが、全裸なのでアソコが丸見えだ。まだ小陰唇も未発達な女性器なので、興奮はしないが、それでも恥ずかしい恰好この上ない。
それでも、少しづつ順調に降りていき、やはり昨日と同じ地上十五メートル程の所で、行き詰まる。
上りの時もぎりぎりで、危うく落ちそうになった難所で、足場となる岩が極端に少なく、下りの場合、真下の足場が陰になっていて、降りることができなくなるのだ。
「ほら、限界だろう。もう素直に諦めろ。大人しく、僕に抱っこされよう」
「いや。昨日はここから飛べたから、きっと大丈夫だもの」
そう言って壁を蹴る様にして、再び滝壺に飛び込んで行った。
だが、体重も重くなり、跳躍力も落ちている。滝壺の中央までとどかず、地面の岩に激突しそうだ。
ザブンとなんとかぎりぎりで飛び込めたが、僕の心臓が止まりそうになった。
それでも、直ぐに水面から顔を出してくれた。
人型形態でも、犬かきして泳ぐ姿には笑えたが、僕にはやるべき事がある。
水面に顔を映し、覇王の威厳と絶対氷結を確認した。
覇王の威厳は、唸りながら誰かを睨みつけると、自分の周囲の者を敵味方関係なく確率で硬直させることができる。確率のため、必ず硬直させられるという訳でなく、余り使えないスキルだ。また、自分のレベル以下の敵が襲ってこなくなる効果も常時発動しているらしいが、僕はレベル18しかないので、全く無意味なスキルだった。
だが、絶対氷結は凄い魔法だった。魔力消費が大きく、これまた恥ずかしアクションが発動条件になっているが、自らを除外し、その周囲を絶対零度の空間にする。距離が離れると急速に効果は薄れるが、半径二十メートル範囲なら、敵を凍り付かせられそうだ。
さて、問題はこれからだ。僕はフェイに少し後ろから着いてくるように言い聞かせて、洞窟の入り口を潜った。
「フェイ、誤解しないで聞いてくれ。彼女は……」
フェイの姿がどこにもなかった。
「フェイ。どこだ。フェイ」
あの時間に街に出かけたなら、昼前に戻って来ていていい筈なのに、どこを探しても彼女がいない。
まさか、また捕まったのか。
最後に寝室を確認し、僕がガクリと膝をつき、茫然自失していると、フェイが僕の頭を撫でてくれた。
「心配しないでも、フェイなら、昨日の夜中に独りで出かけて行ったよ」
フェンは、そんな頓珍漢なことを言ってきた。
でも、心配してくれたお蔭で、悲しんでいる時ではないと気づくことができた。
「フェンよく聞いて、僕の言いつけを守ってくれ。フェイが誘拐されたみたいなんだ」
「誘拐?」
難しい言葉は、まだ理解できないので、説明が大変だったが、これからブリットと言う街にフェイを探しに行くから、大人しくここで待っていて欲しいと説得した。
「嫌、フェンも一緒に探しにいく」
人間は裸でいては駄目なんだと、説得しても、身体の大きい赤ん坊なので、聞き分けてくれない。
仕方なく、フェイの服の裾を折り返して、背中を摘まんで止めて、更にロープをベルト代わりにして、服代わりにした。
下着は大きすぎるので、ノーパンのその酷い恰好で、フェンと二人でフェイを探しに出かけた。
スティープ邸に監禁されている筈だが、魔物に襲われた可能性も考え、何か落ちていないかを注意し、ところどころで、脇道に逸れて、川も念入りに確認しながら、先を急いだ。
いつもの川を渡る時、フェイがまた我儘を言い出したが、今回は無理やりお姫様抱っこして渡り、薬草の森や山小屋等、フェイが立ち寄る可能性のあるところは、何か落ちていないか徹底的に調べ、街道へと続く獣道をひた走った。
顔を洗って、ダイニングに行くと、フェイはおらず、お弁当二つと手紙とが置いてあった。
「
愛しの健斗へ
昨晩、話そうと思っていたんだけど、切り出せなかったので、手紙で書きます。
実は、先週、薬屋の店主から、媚薬の注文を受けていて、今日中に届ける約束になっています。そこで、いつもの薬の納品も兼ね、プリッツの街に届けに行きます。
私が独りで行くと言い出すと、健斗は絶対についていくと言い出すと分かっているし、昨日は私がどんなに心配したかを説教したばかりだったので、言い出せませんでした。
黙って、出かける事、本当に申し訳なく思います。
ですが、今日は店主が早朝から、店に泊まり込みで待っていてくれることになっているので、クラン『エルデンリング』から見つかる心配はありません。
それなりのお金が入る予定なので、フェンの首輪とドッグフードも買ってきます。
私の心配はいりませんので、今日も、しっかり修行に励んでください。
それから、夜のフェンの対策も考えておいてください。
フェイより
」
僕は、朝食も取らずに、急いで追いかけようかと思ったが、今は六時過ぎ。七時に到着する様に出発したなら、午前三時半には出発している。
今からなら神速で追いかけても、フェイは既に取引を終えている時間だ。薬屋に入りさえすれば、元カレのグレイが安全を確保してくれる筈だし、人通りが多くなれば、見つかる危険は増えるが、誘拐される危険は逆になくなる。
僕は、心配する必要もないかと、フェンと一緒に、テーブルに準備されていた朝食を食べることにした。
それでも、一言も告げずに一人で街に出かけたと思うと、腹が立ってくる。
そもそも、レベル70相当になるまで修行をすることにしたのは、フェイの生活を改善するため。だからフェイが安心して街に出入りできるようにすることの方が、レベルアップより優先される。
店まで着けば、安全かもしれないが、その店に到着するまでに、あいつらに見つかり、拉致される危険はある。早朝でも、冒険帰りの奴らに見つかり、拉致される危険がないとは言い切れない。
やはり僕がボディーガードとして一緒についていくべきだったのに、一人で勝手に出かけるなんて、あんまりだ。
それに、あの川を早朝に渡ったと思うと、可哀そうすぎる。川も冷たいうえ、早朝なら外気は凍える程寒い。
ボディーガード不要だとしても、川を渡るくらい手伝わせて欲しかった。
考えてみれば、昨日の時点で、目標のレベル70相当に到達していれば、きっとフェイも僕と一緒に街へ行くという選択をしていた筈だ。
僕が無駄な戦闘ばかりして、目標達成を今日まで伸ばしてしまったのが全ての原因だ。
昨日、効率よく、戦っていれば、今頃、レベル18になっていた筈なのに……。
そんなことまで後悔してしまった。
そういう訳で、フェンにフェイの護衛を頼む必要もなくなり、フェンのレベル上げも兼ねて、魔物狩りに出かけることにした。
朝日が低く、普段より少し早いみたいだが、早めに帰宅して、昨晩の分もたっぷりと楽しめばいいだけの事だ。
幸い山小屋の納屋には、太い鋼鉄の鎖があった筈。あの鎖なら、フェンの噛み砕きスキルでも切れない筈で、首輪さえ付けてしまえば、寝室にこれなくできると言う訳だ。
そのフェンは、今日も無謀に垂直な絶壁登りにチャレンジし、一度足場を踏み外してひやりとする場面があったが、見事に登り切って見せた。
それからは昨日と同様に、今日も魔物の森の奥へと進む。
昨晩、もうあの荒野には踏み入らないとフェイと約束したが、この森はもう魔物がほとんどおらず、現に突き当りの絶壁に到着するまでに、一匹の魔物にも出会わなかった。
だから、今日は別の森に行くつもりだ。
「フェンは、あの森ヘの行き方は知ってるかな」
僕は、右の一段高い森に行くことを考えていて、その森を指差した。
「クウン」 知らないみたいだ。
僕らは、それでも、神速で崖際を走り続けて、森の突き当りの絶壁にたどり着いた。
高さ二十メートルほどで、勾配も四十度程だったので、フェンは先に登っていき、僕が彼女を追いかける形になった。
ここは思った通りに魔物が沢山いた。レベルは34前後で、下の森より少し強い程度の弱小魔物だ。
フェンはやる気満々で、先に戦闘を始めてしまうのが困ったものだが、二人が同等にダメージを与えるようにして、僕とフェンとが共にレベルアップできるように調整しながら戦った。
数体倒したところで、まずフェンがレベルアップ。身体が光り出し、辛そうにしていたので、よしよしと身体を撫で続けてやった。
僕より進化に時間がかかり、三分程苦しんだが、三十センチ程の小さな身体が、徐々に大きくなっていき、三分後には、中型犬の大きさにまでなっていた。
単純にスケール倍したのではなく、容姿も少し変わり、少し成犬らしい見た目になった。でも、足はとんでもなく太く大きく、子犬なのは変わらない。
鑑定してみると、耐久値や防御力がとんでもなく上がっていて、既に人間のレベル40程度に到達していた。
そして、気配感知のスキルや、物理攻撃耐性を獲得し、魔法防壁レベル1という魔法まで習得していた。
呪文は長く複雑だが、その呪文を唱えるだけで、バリアが張れ、基本六属性の中級魔法までなら無効化できるらしい。
僕が欲しいくらいの魔法だが、フェンはまだしゃべれないので、宝の持ち腐れだ。
「眷族ボーナスって何。気配感知とか、物理攻撃耐性とか、マジックバリアとか、次々と獲得したんだけど」
やはり、僕の眷族となったことで、僕のボーナス加護まで、彼女が獲得できるようになったらしい。
ただでさえとんでもなく強いフェンリルなのに、僕のボーナスまで乗れば……。
「ええっ、何で言葉が話せるの」 漸く気づく僕。
「パパはレベル20になったら、話ができるようになると言ってたけど、なぜか話せた。これも眷族ボーナスの影響じゃない」
ボーナス加護にそんな力はないと思うが、眷族になったことで、より僕と意思疎通が図れるような作用が起きた可能性はある。
「じゃあ、魔法も使えるかもしれないね。魔法防壁というのは、呪文を心の中で唱えれば……」
僕は、呪文をフェンに教え込んだ。
知力が高く、記憶力も高いので、彼女はあっという間にその魔法を使えるようになった。
その後も、次々と、二人で魔物を狩り続けていると、漸く僕も、レベルアップ。
獲得スキルは『覇王の威厳』で、耐性はフェンリルにボコボコにされたからか『物理攻撃耐性レベル4』、魔法は絶対氷結だ。
名前からして、とんでもない魔法の様な気がするが、鏡がないので、試すことも確認することもできない。
これで、おそらくレベル70相当の実力になっている筈だが、まだ昼前なので、もう少し魔物狩りをつづけることにした。
「そろそろ、帰ろうか」 昼食を食べ終わると、フェンに提案してみた。
「まだ。もう少し遊びたい」 フェンにはこの魔物狩りが遊びでしかないらしい。
そんな訳で、三時頃まで、狩りをし続けることにしたが、フェンは知らない内に、レベル15になっていた。
突如、光を放ち、進化が始まった。
数えていなかったので、何匹魔物を倒したか分からないが、五分弱で一匹の割合で殺しまくったので、百匹以上斃していたとしても、おかしくない。
「熱い。痛いよ。健斗、助けて」
僕はフェイに痛み止めのヒールを掛けてあげたが、それでも凄く苦しそうで見ていられなかった。
身体が少し大きくなったと思ったら、今度は毛が抜け始めた。手足も少し伸びていき、身体の造形が変化していく。
顔もどんどん変わっていき、今度は五分以上もの長時間進化となったが、子犬から十歳位の女子になってしまった。 因みに鑑定では、『魔獣フェンリル、人型形態(篠崎健斗眷族)』となってた。
人型形態ということは、犬型形態も可能ではと、鑑定でいろいろと調べてみたが、形態変化させるスキルも魔法も存在していなかった。
しかも、スキルや魔法が飛んでもないことになっていた。
僕の気配感知はレベル4だか、『気配感知レベルMax』で一キロ圏内の敵だけでなく、種族まで色分けして分かるようになっている。『以心伝心』というスキルは、一キロ圏内の任意の者とテレパシーで交信できる。魔法防壁なんて、戦闘中は一度も発動していないのにレベルMaxで、全ての魔法をキャンセルする絶対魔法防壁になっている。さらには攻撃増加という全ての物理攻撃を五十パーセント増加するという支援魔法まで取得していた。
基本能力も僕のレベル15の進化後より超えているし、一対一で僕でも勝てるか疑問なほどの化け物になっている。
一応、その全てを説明し、使い方をマスターさせたが、その処理だけで三十分近くもの時間を取られることになった。
「これからは、レベルアップしたら、必ず伝えるんだぞ」
「はぁい。で、この身体になったんだから、フェイとしてたのしてよ」
なんのことだか分からなかったが、フェンは手を開いて、目を閉じて顔をつきだしてきた。
寝室で、抱き合って愛撫していたのを見ていて、それをしてもらいたかったみたいだ。
「それは大人になってからな。帰るぞ」
僕は、フェンを置き去りにして、一足先に帰路についたが、これからの事で頭が一杯だった。
全裸の女の子なんて連れ帰ったら、フェイは、言い訳一つ聞いてくれず、カンカンに怒るに決まっている。彼女は子犬のフェンなんだといくら言っても、僕すら未だに信じられないのに、信じてもらえるわけがない。
せめて、犬耳に尻尾が生えた獣人なら、信じてもらえるが、どう見ても人間の女の子だ。
フェイが買ってきてくれる予定の首輪をつけ、外に繋いでおく対策も、この体系になると、流石にできない。
今日もセックスできないのかと、その意味からも頭が痛かった。
「健斗、危ない」フェイがいきなり僕の横を駆け抜けていった。
だが、四つん這いで走っていき、そのままジャンプして、蛇の魔物の首にかみついた。
人間形態になっても、その行動は犬の儘だ。
僕も抜刀して、二人で秒殺したが、これからはフェイにも人間の戦い方を身に着けてもらわなければならないと、頭がいたかった。
「ちょっと考え事して、ぼうっとした。危ない所をありがとう。でも、四つ足走りはよくないな。もう人間なんだから、これからは二足歩行すること」
「分かった。これからは人間らしく振舞う様にする」
意外にもあっさり、了承してもらえ、それからは素足で素直に歩いてくれた。
その帰路の途中、フェイに格闘術を教えた。
早速、見つけた蛙の魔物と一人で戦わせてみたが、なかなか様になっている。でも、不慣れな格闘スタイルなので、敵の攻撃を何度も浴びることになり、最後は四つ足に戻り、噛みつきで、仕留めていた。
本人も四つ足スタイルになったことを反省していたし、その直前までは人間そのもの。
この分なら直ぐに人間らしい格闘家になれそうだ。
ただ、人型形態になったことで、絶壁から降りるのは、犬だった時の様にはいかない。
以前より体重が増えているし、二足歩行だと、四足歩行時ほど跳躍できないからだ。それに分厚い毛皮にも覆われてもいなので、崖から転がり落ちると、確実に大怪我する。
それでも、森から森への絶壁の傾斜は、何とかなったが、滝の絶壁は困難だ。
崖下を覗き込んで、不安そうに眺めている。
「フェン、僕が抱っこしてやるから、こっちに来て、首にしがみつているんだぞ」
「嫌。これ位、降りれるもの」
「昨日の犬の時でも無理だったじゃないか。大怪我するだけだよ」
「無理じゃない。昨日は、ちゃんと一人で降りれたもの」
身体は十歳程度の少女でも、ゼロ歳児の赤ちゃんなので、我儘言い出すと絶対に聞かない。
結局、フェイは、後ろ向きになって、恐る恐る降り始めた。
僕は、万一に備え、小刻みにジャンプしながら、彼女と並んで降りることにした。
昨日はジグザグに降りていたが、今回はロッククライミングの様に壁に張り付いて、真下に向かって最短距離で降りていく。足を石の突起に向けて伸ばして、体重移動させ、降りていくのだが、全裸なのでアソコが丸見えだ。まだ小陰唇も未発達な女性器なので、興奮はしないが、それでも恥ずかしい恰好この上ない。
それでも、少しづつ順調に降りていき、やはり昨日と同じ地上十五メートル程の所で、行き詰まる。
上りの時もぎりぎりで、危うく落ちそうになった難所で、足場となる岩が極端に少なく、下りの場合、真下の足場が陰になっていて、降りることができなくなるのだ。
「ほら、限界だろう。もう素直に諦めろ。大人しく、僕に抱っこされよう」
「いや。昨日はここから飛べたから、きっと大丈夫だもの」
そう言って壁を蹴る様にして、再び滝壺に飛び込んで行った。
だが、体重も重くなり、跳躍力も落ちている。滝壺の中央までとどかず、地面の岩に激突しそうだ。
ザブンとなんとかぎりぎりで飛び込めたが、僕の心臓が止まりそうになった。
それでも、直ぐに水面から顔を出してくれた。
人型形態でも、犬かきして泳ぐ姿には笑えたが、僕にはやるべき事がある。
水面に顔を映し、覇王の威厳と絶対氷結を確認した。
覇王の威厳は、唸りながら誰かを睨みつけると、自分の周囲の者を敵味方関係なく確率で硬直させることができる。確率のため、必ず硬直させられるという訳でなく、余り使えないスキルだ。また、自分のレベル以下の敵が襲ってこなくなる効果も常時発動しているらしいが、僕はレベル18しかないので、全く無意味なスキルだった。
だが、絶対氷結は凄い魔法だった。魔力消費が大きく、これまた恥ずかしアクションが発動条件になっているが、自らを除外し、その周囲を絶対零度の空間にする。距離が離れると急速に効果は薄れるが、半径二十メートル範囲なら、敵を凍り付かせられそうだ。
さて、問題はこれからだ。僕はフェイに少し後ろから着いてくるように言い聞かせて、洞窟の入り口を潜った。
「フェイ、誤解しないで聞いてくれ。彼女は……」
フェイの姿がどこにもなかった。
「フェイ。どこだ。フェイ」
あの時間に街に出かけたなら、昼前に戻って来ていていい筈なのに、どこを探しても彼女がいない。
まさか、また捕まったのか。
最後に寝室を確認し、僕がガクリと膝をつき、茫然自失していると、フェイが僕の頭を撫でてくれた。
「心配しないでも、フェイなら、昨日の夜中に独りで出かけて行ったよ」
フェンは、そんな頓珍漢なことを言ってきた。
でも、心配してくれたお蔭で、悲しんでいる時ではないと気づくことができた。
「フェンよく聞いて、僕の言いつけを守ってくれ。フェイが誘拐されたみたいなんだ」
「誘拐?」
難しい言葉は、まだ理解できないので、説明が大変だったが、これからブリットと言う街にフェイを探しに行くから、大人しくここで待っていて欲しいと説得した。
「嫌、フェンも一緒に探しにいく」
人間は裸でいては駄目なんだと、説得しても、身体の大きい赤ん坊なので、聞き分けてくれない。
仕方なく、フェイの服の裾を折り返して、背中を摘まんで止めて、更にロープをベルト代わりにして、服代わりにした。
下着は大きすぎるので、ノーパンのその酷い恰好で、フェンと二人でフェイを探しに出かけた。
スティープ邸に監禁されている筈だが、魔物に襲われた可能性も考え、何か落ちていないかを注意し、ところどころで、脇道に逸れて、川も念入りに確認しながら、先を急いだ。
いつもの川を渡る時、フェイがまた我儘を言い出したが、今回は無理やりお姫様抱っこして渡り、薬草の森や山小屋等、フェイが立ち寄る可能性のあるところは、何か落ちていないか徹底的に調べ、街道へと続く獣道をひた走った。
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