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第一章 のんびり異世界ライフをおくれるんじゃなかったのか

1-6 前世の様な逃げ出してばかりの人生はいやだ

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 今から行けばフェイの許に着くのは、昼頃になるので、軽食を二つずつ買って、ついでに、冒険者ギルドで、薬草採取のクエストを受け、フェイに会いに行った。
 だが、フェイは留守だった。というか、埃が積もっていて、あの日以来、帰って来た気配がない。納屋の抗体づくりの鼠たちも、餌がもらえず衰弱していた。
 一体どうしたんだろう。お金を手にして、買い物して帰宅してるはずなのに、途中で事故にでも遭ったんだろうか。
 その時、ふと、一昨日の晩、居酒屋で話していた男の話が気になってきた。
 売春の話ではなく、奴隷の首輪を嵌められた事件の事だ。彼女は五年前に酷い目に遭い、お金を全て取られたと言っていたが、その彼女を騙した男は、今どうしているのだろう。
 治安が悪いから行きたくないといっていたが、売春するならそういう場所に行かなければならない。
 その男に見つかり、捕まって、また奴隷にされたのではという懸念が湧いてきた。
 いずれにせよ、フェイの身に何かが起こったのは間違いない。

 僕は、フェイに教わった薬草の知識から、必要な薬草を必要量集めると、プリッツの冒険者ギルドに急いだ。

 クエスト報酬を受け取り、受付のローラに五年前にフェイに起きた事件について尋ねると、「あの事件は、プリッツの汚点なの」と申し訳なさそうな顔をして、教えてくれた。
 
 フェイは六年前ごろから絶世の美女の娼婦として一躍有名になったらしい。人気が出るとどんどん値が高くなり、彼女も奢り、男をえり好みする高嶺の華の高級娼婦となる。
 その噂を聞きつけて、領主の三男坊で、出来損ないと呼ばれ、役職にもつけずにいたスティーブは、金に物を言わせ、彼女を買いにいく。だが、あっさり振られ、触らせても貰えなかったのだそう。
 そこで、父親のモリアート伯爵に頼み込み、彼女を上流貴族モリアート家のパーティーに招待する許可をもらう。
 娼婦を貴族のパーティーに招待するなんて前例がないが、出来の悪い息子程かわいいらしく、父親はそのお願いを聞き届けたという訳だ。
 その招待を受けた彼女も悩んだが、領主からの誘いを断ることはできず、嫌々参加して、冷たい視線を浴びる。
 しかも、スティーブは、娼婦だと皆に紹介し、恥をかかせて虐めた。裸になって見せろと皆の笑いものにされ、ドレスを赤ワインで汚して台無しにした。
 執事が、直ぐにお召し替えをと、着替え部屋を準備してくれたが、これもスティーブの作戦だった。
 彼女がドレスを脱いだ時、施錠していたのに、スティーブが部屋に侵入し、レイプしようとしたのだ。
 だが、彼女は必死に抵抗して、スティーブを突き飛ばし、後頭部を家具の角で打ち付け、怪我をおわせてしまう。
 正当防衛だが、娼婦が上流貴族の御子息に怪我を負わせるなんて、死罪相当の大罪。スティーブがとりなし、命だけは許してもらったが、その慰謝料というか賠償金は、とんでもない高額で、彼女の貯金では支払えず、彼女は奴隷契約させられてしまう。
 そして、スティーブは彼女を散々玩具にした挙句、彼が隊長を務める冒険者クラン『エルデンリング』のメンバーにも抱かせ、彼女のプライドをずたずたに引き裂いて甚振り続けた。
 だが、それが失敗で、クランメンバーが自慢した事で、彼女を監禁して奴隷にしていることが、世間にしれ、世間から叩かれる。領主でもあるモリアート伯爵は、直ちに、彼女の解放を命じたということだった。
 
 そのスティーブという男が、無性に許せなかったが、出来損ないであっても、領主の息子なので、なんら罰せられることなく、未だにのうのうと冒険者を続けているのだそう。
 
 モリアート伯爵の邸宅の場所をきいたが、スティーブはその事件で勘当され、独り暮らししているとの話だった。
 なら、きっとそのスティーブの屋敷に監禁されているに違いない。
 僕はスティーブの屋敷へ、フェイを探しにいくことにした。

 ローラから聞いたスティーブの屋敷は、かなりの豪邸だった。勘当されたという話だのに、父親からかなりの援助金を出してもらったに違いない。
 早速、呼び鈴を押して、彼を呼び出そうとしたが、執事が出てきて、「お坊ちゃまは、お会いにならないとの事です。お引き取り下さい」と丁重に門前払いされた。
「ここに、フェイ、鉄の魔女がいるはずなんですが、彼女と会わせて下さい」
「鉄の魔女と呼ばれる方は存じ上げませんが、このお屋敷におりません。お帰り下さい」
「なら、せめて邸内の見学だけでも」
「不審者をお通しする訳にはまいりません。お断りします」
 何もを言っても無駄だった。

 そこで、周囲を通りかかった人を捕まえて話を訊いて回ることにしたが、誰も、鉄の魔女を見かけた人はいなかった。
 でも、最近、『エルデンリング』のメンバーがしきりに出入りしているという。
 この邸宅は、クランの会議等に使われ、出入りがあってもおかしくはないが、ここ数日、やたら多くの人が出入りしているとの話だった。
 この屋敷にフェイが監禁されているのは、間違いない。

 なんという鬼畜野郎。絶対に許せない。
 かといってスティーブはレベル36との話で、レベル2の僕では何もできない。
 せめて、フェイを救い出したいが、どう助け出せばいいのだろう。
 警察に当たる組織に協力要請して、解放してもらえばいいと思いついたが、彼らに動いてもらうには、それなりの証拠が必要となる。

 どうやって監禁されている証拠を掴むか。
 僕は、『エルデンリング』のクランに加入すればいいと思いついた。

 冒険者ギルドのコミュニティー掲示板を確認すると、『エルデンリング』のクランメンバー募集の案内はあったが、入隊条件は、冒険者ランクC以上で、能力レベル20以上だった。今の僕では到底加入できない。

 なら、メンバーの一人から、拉致監禁したと話を引き出すしかないが、どうしたものか。
 僕は、ローラにお願いして、エルデンリングのメンバーが来たら教えてもらう事にし、ギルド内で、待ち続けた。

 二時間程待ち続けていると、厳つい剣術士らしき一人の男がやって来て、ローラが目くばせしてきた。
 男はクエスト掲示板を確認して、何も受注せずに、出て行ったが、僕は彼を尾行することにした。

 でも、どうやってフェイが監禁している証拠を掴めばいいのだろう。この人も僕よりかなり強そうで、フェイが監禁されていると素直に教えてくれるわけもない。
 何か良い手はないかと考えながら尾行し、人通りのほとんどない路地に来た時だった。
「こそこそ付きまとってないで、何の用だ」
 見つからないようにしていたつもりだったが、尾行を気づかれていた。
 仕方なく、僕は彼の前に姿を見せる。
 誤魔化しを言って、この場を収めることもできるが、この世界でも前世同様に戦いから逃げる人生は送りたくない。好きの女性のピンチに何もしないで、逃げることなどできないと決心した。

「お前らのリーダーのスティーブが、フェイを拉致監禁しているだろう」
「フェイ? ああ、鉄の魔女のことか。そんな犯罪なんかしてるわけないだろう」
 名前すら知らないのに、鉄の魔女と気づいたという事は、監禁していると言う事だ。
「嘘だ。彼女は三日前から、行方不明になっている。誰かが誘拐したのは間違いないんだ」
「それが、なんで俺たちの仕業になるんだよ。因縁付けると只じゃすまないぞ」
「暴力反対。話し合いで片を付けよう。スティーブの家に僕を招待してもらいたい。それで何もないと判断できるだろう」
「なんで、お前を招待しないとならない。締めるぞ」
「ちょっと待って、冷静に」
 彼は静止を無視して、僕を殴り飛ばした。
 でも、余り痛くない。痛み耐性のお蔭かもしれない。
「誰か、助けて」
 大声で助けを求めたのは最悪だった。彼を逆上させてしまい、それからは蹴りまでいれて、ボコボコにされた。
 反撃も試みたが、全く叶わず、一方的に殴る蹴るされる。痛みはさほどなくても、ダメージは蓄積していき、顔は腫れ上がり、意識が薄れていく。
 やはり僕は無能者。力がなければ、誰も助けられない。
 彼も漸く満足したのか、僕に唾を吐きかけ、立ち去ろうとした。

 でも、必死に考え続けていると、ひょんなことからアイデアが浮かんでくるものだ。
 これなら、無能者の僕でも、証拠を掴むことができる。
「仕方ない。近衛兵詰め所に報告して、立ち入り検査してもらうから」
 近衛兵詰め所とは、この世界の警察署の様な所だ。ローラに教えてもらった。
 彼は僕の言葉に逆上して、再び駆け寄って来て、馬乗りになって僕を殴り続けた。
 再び意識が遠のいていき、僕はそのまま意識を失った。

 何時間、意識を失っていたのかは分からないが、夕暮れ時だったのに、既に真っ暗になっていた。
 全身打撲で、痛み耐性があるのに、痛くて動けない状態だった。
 それでも僕は、リュックから治癒薬を取り出して飲んだ。
 身体の腫れや痣はみるみると消えて行き、痛みもしなくなった。
 これなら走っても問題ない。急がなくてはと、僕はスティーブ邸へと急いだ。

 でも、一晩中、待ち続けたが、誰も出てこなかったし、誰も来なかった。
 近衛兵が立ち入り検査にくるとなれば、きっとフェイをどこかに移動すると思い、あんな発言をしたのだが、何も起きない。

 朝方、近所の人に聞き込みしてみたら、昨晩七時頃、何かの荷物を皆で運び出していたとの話だった。
 作戦は上手くいったのに、僕が意識喪失して、来るのが遅すぎ、証拠を押さえられなくなってしまった。しかも、どこに彼女を遷したのかすら、分からなくなってしまった。最悪だ。

 僕はとぼとぼと、冒険者ギルドに向かったが、中に昨日の男がいた。

「鉄の魔女が逃げ出したと連絡を貰った。バレるとことだ。至急、見つけ出せ。最悪殺しても構わん」
 それを訊いてほっとした。見つかって殺される危険はあるが、逃げおおせたなら、そんな簡単には見つかりはしない。今頃、この街を出て、帰路についているに違いない。
 酷い目にあい、心に再び深い傷を負ったに違いないが、本当に良かった。

 こんな無能の僕でも、彼女の逃走の手助けをできたことが、嬉しくてならなかった。

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