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057:赤く染まる願い

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 刺されたからか、天から見下ろすイストメール様の姿が一瞬見えた気がした。

「ア、アネモネエエエエエエ!!」

 すぐ近くにいるはずなのに……なんだろう、優男の声がとても遠く聞こえる。
 でもそう思えるって事は、私まだ生きているのかな?
 うん、生きているんだ。でも……。

「ヴァハァッ!! ゲボッ……」
「そんな……僕を守って口から血が……クッ、すまない……僕が――え?」
「ランスを殺そうと思ったら、まさか魔牛が飛び込んで――ハァ?」

 首が焼け付くみたいに痛い。
 ちょっとでも気を抜くと死んでしまう。それが分かるほどの激痛が、首の端から全身へと伝わる。
 クッ、予想以上に牛の体って頑丈なの? まだ生きているって事は、ジローの封印もそのままだろうし、このままならジハードに優男がやられちゃう!!

 でも……なぜジハードはそんなマヌケな顔で、私を指さして震えているの?
 そう思っていると、ジハードは震える指で「ア……アネモネ様? そんな死んだはずでは」と呟く。

「まさかキミがアネモネだったとは。てっきり泉の精霊かと……」

 優男は私を抱きしめながら、斜め上から覗き込む。
 それはあの夜の泉での事を思い出し、こんな時なのに妙に気恥ずかしい。

「ハァハァ……やめ、てよ……そんな顔しないで……私はもうすぐ死ぬの。だから生きて……」
「死なせない! 死なせるものか! キミの傷は致命傷じゃないのだから!!」
「俺がアネモネ様を刺した? そ、そんな……そんなッ!?」

 ん? なに、なんなの? 何かこう色々とおかしい。
 それにアネモネってジハードが言ってるよね……え? ちょっと待って、まさか私?
 そんな事はありえない。そう思いながら震える右前足を上に上げてみた。

 そこにあったのは、白くつややかな白い毛が生えた右前足――は無く、人間だった頃のきゃしゃな右手があった。

「まさか……私、人に戻れた……の?」
「そうだよ、キミは今とても美しい娘になっている。あの泉で会ったままの素敵な姿でね」

 恐る恐る顔を触ってみる。
 するとやっぱり人の手で自分の顔を触っていた。
 しかも、あの馴染み深い素肌を触る感覚があり、驚きよりも懐かしさで胸がいっぱいになる。
 
 でも首の激痛がそれを一気に吹き飛ばし、またケホリと血を吐き出す。
 思わずその場所を手で抑えた事で、状況を理解した。
 
 それは牛だったから助かったのだと。
 それと言うもの傷の場所が首の端であり、大きな首だった牛の頃は、ジハードの刃が刺さった場所がそれなりに真ん中でも、人に戻ると随分と端だったのだから。

「そんな事があるのね……でもそれも時間の問題」

 ただ致命傷じゃなかったとはいえ、この出血量ではもうすぐ私は死んじゃう。
 しかも話すたびに口から血がこぼれ落ち、残された時間をますます浪費するのがわかった。
 だから迷わず――口を開く。

「優男……ううん、ランスロット。ケホッ……これまで騙していてゴメンなさい。私が……大聖女のアネモネなんだ……ケホケホッ」
「いい! いいからもう話ささないでおくれ! キミが誰かなんてどうでもいい! 僕はキミの心が大好きなんだ! 真っ直ぐで、人の事を一番に思ってくれる、純真なキミが!!」

 自分も苦しいのに、一生懸命私の事を思って励ましてくれるランスロット。
 その姿に苦笑いがでちゃうけれど、最後にそう言ってもらえて、心から本当にうれしい。
 
 だって最低の娘だったから牛にされちゃったんだし、それが彼だけでも違うと否定してくれたのだから。
 だからこそ「ありがとう」と、今一番贈れる最高の笑顔でそれに応える。

「真っ直ぐ? 純真? 他人を思う? 嘘だ……嘘に決まっている!! あの・・アネモネ様がそんなマトモな人間であるはずが無いッ!! やはりキサマはマリエッタ様が言うように魔の者なのだろう!?」

 ジハードは頭をきむしりながら、イラただしげに叫ぶ。
 そう、それでいい。それが彼が私へ対する正当な怒りなのだから。

「ジハード……これまで本当にごめんなさい。あなたには酷いことを沢山しちゃったし、ケホッケホッ……沢山の苦痛を与えてきた……だからジハード」

 震える体を起こし、気力で立ち上がる。
 首から生暖かい血がセイントローブを赤く染め、血濡れになりながら両手を広げジハードへと乞う。

「あなたは私を殺す権利がある。だから好きにして。その代わりお願い。ランスロットとマリーナ。そしてセバスタンを助けて、お願いします」

 そう言いながら真っ直ぐジハードを見る。
 彼は震える声で「嘘だ……嘘だ……」と顔面蒼白になりながら呟く。
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