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ドラゴン王女と旅の剣士

ミーナ

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 ヨモギ庵でドルチェとナティが店の奥へ消えて行く時、剣士トウフは自分の目を疑った。
 比喩では無く、何もない空間に本当に消えて行ったのである。
 トウフは一瞬、焦ったが、空間系の魔法であることは推測できた。
 以前に戦った相手が使ったことがあったのである。
 そして消えたのは二人の意志では無く、罠であろうことも予想できた。
 術者がどこかにいる。
 トウフが辺りを見回し、術者を探すと、歳は十歳ぐらい、銀色の髪の白いローブの獣人の小さな女の子が、店の入り口付近に立っているのを見つけた。
 女の子はトウフが見ているのに気付くと、彼の方を振り向き、じっと見入った。
 トウフを見つめる女の子の黄色の瞳孔が、見る見るうちに縦に細くなって行き、そして口を開いた。
「お兄ちゃん、さっきの二人の知り合い?」
 トウフはすぐに答えることが出来なかった。
 見た目こそ小さな女の子だが、存在感が違ったのだ。
 本能が警告を発している。
「……」
 声を発することが出来ない。
 頭の中で答えと思考が入り混じる。
 しかしトウフは鼻から息を一気に吸い込んで、自分の精神を取り戻した。
 そして脇にあった剣を鞘ごとひっ掴んで、バッと通りへと飛び退いた。
「……何者だ?……」
 トウフの口から発せられたのは掠れたその一言だけだった。
 目が血走り、肩が震えている。
「誰かって言うと、名前はミーナ……かな……」
 トウフは息を更に二、三度長く呼吸し、ようやく落ち着きを取り戻した。
「お前……彼女らに何をした?」
「邪魔だったんだよ。だから遠くに行って貰った」
「邪魔?」
「そうだね……選択肢をあげよう。一緒に行くか、ここに残るか。どっちがいい? どっちでも結果は同じだけどね」
 途端、街に地響きが響き、たくさんの叫び声が聞こえて来た。
 人々が散り散りに走って行くのが見える。
 振り返ると、街の壁の向こうに一つ目の魔物の巨大な頭が見えていた。
 巨人が壁に手をかけると、壁がガラガラと崩れた。
 魔物の巨人が街の中へ入ろうとしているのだ。
 それは王国への敵襲であった。
 空から巨人目がけて、いくつもの火球が降り注ぐ。
 それは上空のワイバーンの群れの吐く火球だった。
 巨人は火がついて怯み、手で次々と降り注ぐ火球を振り払いながら壁の向こうへ消えて行った。
 更に城から無数のドラゴンが迎撃に飛び立って行く。
「役立たずめ……あれでは盾になっていないじゃないか……」
 ミーナがそうボソリと呟いた。
 壁の外側から壁を壊そうとする魔法を放つ音が響いている。
 しかし、喧噪と混乱の中、トウフは術者の小さな女の子に対峙して、剣を抜くのを躊躇していた。
 ミーナはそれに気付いて、呆れたようにこう言った。
「この幼い体は便利だね。誰もが戦うのを躊躇する。それが命取りになるんだけどね。でも……それじゃつまらないな」
 ミーナが右手をゆっくりと上げ、トウフを指差した。
「避けないと、痛いよ、お兄ちゃん!」
 指先から光弾が発射され、トウフは素早くそれを躱した。
 次々と光弾がトウフの後を追っていく。
 トウフは走って建物の陰に飛び込んだ。
「いいね。基本に忠実だね。そうそう、飛び道具には遮蔽物の陰に隠れるのが基本だよね。でもこの場合、意味が無いんだよね。遮蔽物壊れちゃうからね。あはは!」
 光弾が壁を貫いて簡単に粉々にして行く。
 トウフは転がって他の建物へ走ったが、かなり距離がある。
「ハハハッ。こうかな?」
 光弾の軌道がクイと曲がりトウフに迫る。
 後ろから光弾がトウフを貫こうとしたその時。
 トウフは素早く剣を抜いて振り下ろし、光弾を弾き返した。
 弾かれた光弾はミーナ目がけて飛んでいった。
 ミーナは咄嗟に横に避け、光弾は前髪付近を掠めて、ヨモギ庵のウサギの人形を粉々に砕いて、壁に鋭い穴を空けた。
 一筋の血がミーナの額から流れ、ミーナはそれを指で拭って舐めた。
「面白い。ボクの魔法を跳ね返す剣か。それに見た事の無い形の剣だな。やけにイヤな波動を持っているし……そうか、対魔族用の剣か?」
 トウフはゆっくりと剣を正面に構え、目を瞑った。
「戦うと言うのかい? 君にはボクは斬れないだろう? ハハハッ! 目を開けろよ! 何も見えないだろう? 気でもふれたか?」
「そうだな、幼い女の子は切りたくは無い……だが……」
 次の瞬間、一瞬でトウフがミーナの寸前に迫り、剣を真一文字に振り切った。
「な……何を……」
「……消えたか……」
 トウフは瞑っていた目を開けた。
 ミーナは倒れていた。
 しかし切られてはいない。
 切ったのはミーナではなく、ミーナの頭上の空間だったのだ。
 と同時に、ミーナの上に魔物が倒れる時に生じる、黒い砂がパラパラと降り注いだ。
「そうだ、これは魔を倒す剣だよ。それにな、すまんな、俺は見えるんだよ。目を瞑ればね。憑依した魔族の本体がね……君にはその体は小さ過ぎる。そう思ったのさ」
 トウフは後ろを振り返った。
「そこの人、この子の回復を頼めるか?」
 トウフがそう言うと、物陰から、前髪で目が隠れている一人の女が現れた。
「気付いていましたか……」
「ドルチェさんの草だろう? 従者がいる程の人物ならいてもおかしくない」
「ご明察で」
「俺はドルチェさんの後を追ってみる。まだ入口が残っていればだけど……」
「あ、私も行きます! お役目ですので!」
「……その子を頼むよ。俺は乗りかかった船ってやつだ。それに……」
「それに……?」
「行ってくる」
 トウフは店の奥に行くと空間を探ると、手が消える空間があった。
「あった!」
 トウフは空間を両手で探り中へと消えた。後には戦の喧騒と匂いが残った。
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