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2.ロージーと色男の公子様
しおりを挟むオクタビオは、ソブリノ公国の第二公子だ。
金髪に緑色の瞳を持ったなかなかの色男で、祖国では名の知れた遊び人だった。
とはいっても誰彼構わずベッドに引き込むようなことはせず、どちらかというとそれまでの過程や駆け引きの方が好きだった。
それに公務では完璧に父と兄の補佐をこなしていたので、オクタビオの「お遊び」はそれまで見て見ぬふりをされていた。
ところがそうもいっていられなくなったのが三ヵ月前のこと。
オクタビオの周囲でとある事件が起き、彼は一気に貴族の信用を失ってしまったのだ。
父であるソブリノ公王はオクタビオにルーズヴェルト王国の大使館勤務を命じると、素早く国から放り出した。
ほとぼりが冷めるまで他国で過ごさせ、ついでに結婚相手も見繕うことができればより良いということだろう。
さすがのオクタビオも祖国の貴族たちの手の平返しにはショックを受け、大人しくルーズヴェルト王国で過ごすことを受け入れたのである。
「オクタビオ公子、少しよろしいですかな?」
ルーズヴェルト王国の令嬢たちと歓談していたオクタビオは、笑顔を張り付けて声の方へと顔を向けた。
この夜会の主催者であるキャベンディッシュ伯爵が、一人の貴族女性を伴っている。
美女を見慣れているはずのオクタビオですら一瞬目を見張るほどの美貌の持ち主だった。
歳はオクタビオより少し下くらいで、落ち着いたドレスの印象からしても二十代半ばだろう。
勝気そうな顔立ちをしているが、オクタビオを見るその瞳はどこか不安げに揺れていた。
オクタビオは周囲の令嬢たちに軽く挨拶してその場を辞し、伯爵に促されて窓の近くへと歩いた。
「オクタビオ公子、こちらはスピネット家のご当主、ロージー・スピネット女伯爵です」
「お会いできて光栄でございます、公子様」
「これは…こんなに美しくお若い女性が伯爵家のご当主とは驚きました。ソブリノ公国から参りましたオクタビオと申します」
オクタビオは驚きつつも礼を返す。
「女伯爵さまは王妃様と旧知の間柄なのです」
「なんと」
この国の王妃フィオレンツァとは、来国してすぐに挨拶した。
オクタビオのとしてはもう少し肉付きがいい方が好みだが、十分に美しい容姿だったし、何より賢そうだった。
オクタビオは頭のいい女性が好きなのだ。
オクタビオがロージーに興味を持ったのを確認したキャベンディッシュ伯爵は、静かなところで話をしては?とバルコニーの席を勧めてくれた。
「まずはシャンパンで乾杯いたしましょう」
席に座る前に給仕が持ってきてくれたシャンパンを一つ差し出す。
ロージーは何か言いかけるも、またすぐに口を閉じた。
「…スピネット女伯爵?」
「乾杯してあげなくもないわよ」
「…はい?」
「だ、だから!仕方ないから乾杯してあげます。シャンパンがもったいないですわ」
「ほう」
すねているな、とすぐにわかった。
さてはこの女性…。
「キャベンディッシュ伯爵は随分魅力的な方ですよね」
「んあっ!」
ロージーは激しく動揺したのか、シャンパンがグラスから零れかけた。
「確か前の奥様を亡くされて長らく独り身とか…」
「べっ、別にっ…そんな興味…独身なの!?」
ロージーが上半身をずずいと乗り出す。
おお、これは想像以上にバストが豊満だ。
にやついたオクタビオの顔にロージーはようやく我に返ったのか、睨みつけてきた。
…可愛い。
「キャベンディッシュ伯爵のことなら、何でも分かりますよ。先日一緒にビリヤードとダーツを楽しみましたので」
「結構ですわ」
「よろしいのですか?好みの女性などについても話題に出たのですがね」
「…」
ロージーはオクタビオを睨んだままだが、鼻の下がぴくぴくしている。
ウサギみたいで愛らしい。
たまらん。
「伯爵のことは何でもお教えしますよ。…もちろん、一緒に私のことも知っていただきたいですが」
「無駄ですわ。私は婿を取らなくてはなりませんの」
「おや、それでは私の方にチャンスがあるのですね」
「随分自意識過剰ですのね」
ロージーはようやく睨むのをやめて、手にしていたシャンパンを口に含んだ。
所作が美しい。
それだけで彼女の教養が高いことが分かった。
腹芸は苦手なようだが、フィオレンツァ王妃と同じく賢明な女性なのだろう。
先ほど自分に群がっていた小娘たちとは違う。
―――この女性(ひと)が欲しいな。
彼女の家に婿入りしてもいいし、祖国(くに)に連れ帰ってもいい。
年の頃は自分と丁度いいし、外見も好みだし、何より頭が良さそうだ。
そしてオクタビオはツンデレが好きだった。
オクタビオはあっさりとロージーを口説き落とすことを決めた。
ロージーはお不浄に行く振りをして、ようやくオクタビオと二人きりのバルコニーから脱出した。
歯の浮くような口説き文句の数々に、久しぶりに頭が沸騰しそうだ。
前の婚約者だった伯爵家子息は口下手で、「綺麗だ」の一言を何とか絞り出すのがせいぜいだったというのに。
「…遊び人なのね。顔はいいのに残念な男だわ」
オクタビオは誠心誠意ロージーを口説いたつもりだったのだろうが、残念ながら彼女の心には全く響いていなかった。
このまま帰ってしまおうか。
キャベンディッシュ伯爵にはある意味振られ、隣国の色ボケ公子には妙に気に入られ、ロージーはすっかり気持ちが萎えてしまっていた。
後でオクタビオに何か言われても、「途中で気分が悪くなったから」と言い訳すればいい。
実際あまり調子がいいとは言えない。
そんなことを考えながらお手洗いを終えて廊下に出ると、亜麻色の髪の令嬢がこちらに歩いてくるところだった。
「あら、あなたは…モニカ嬢」
「スピネット女伯爵様」
モニカ嬢はスカートを軽くつまんで礼をしてくれる。
少しお話したいのですがと言われ、彼女が用を済ませるまで待った。
そのまま窓際に移動して備え付けのソファに座る。
「すみません、先ほどオクタビオ公子とお話をされていたでしょう?内容が気になって…」
「…ただの社交辞令でしたわ」
いろいろと大げさではあったが。
ロージーがモニカ嬢くらいの年頃だったらまだ効果はあったかもしれない。
「大変不躾な質問なのですが…。女伯爵様は公子様とご結婚なさるのでしょうか?そういったお話合いではございませんでしたの?」
「…」
「ご、ごめんなさいっ。でも、わたくし…」
「公子様に好意を持っていらっしゃるの?」
ロージーの質問に、モニカはそっと目を逸らした。
まじか。
やめといた方がいいと思うんだけど。
なぜなら彼は…。
「侯爵家は兄が継ぎます。私は無理に高位貴族に嫁ぐ必要はないからと、いまは結婚相手を自分で選ぶ自由を認めてもらっています」
「いまは」ということは、期限があるということだ。
確かにこの国の貴族令嬢は、二十を過ぎれば「行き遅れ」と揶揄されてしまう。
期限が過ぎれば親が厳選した相手と見合いをすることになるのだろう。
「公子様を一目見た瞬間、あの人の虜になってしまったんです。でも私から話しかけに行く勇気はなかなかなくて。なのに、さっき女伯爵様と公子様が二人でお話している様子はまるで美しい絵画のようで…とてもお似合いでしたわ」
「そ、そ、そんなことはないかと」
「具体的にどこまでお話は進んでいるのですか?私、覚悟しておりますから!その時が来たらお二人のことを心から祝福…」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!ありません!そんな具体的なお話なんてありませんから!!」
ロージーは慌てて否定する。
どうして初めて会った相手とバルコニーでちょっと話し…いやだいぶ告白とかされたけど、でもそれだけでそんなに話が飛躍するものだろうか。
「ない、…んですか?」
「ないです!」
「ですが…」
「…確かに私は入り婿を探しています。その条件に合うだろうと主催者の伯爵様から公子様を紹介されたのは間違いありません」
モニカ嬢が切なそうな顔をする。
「ですが…その…オクタビオ公子様はもう軽い…いえお若い…お嬢様がお似合いだと思いますわ」
「そうでしょうか」
「そうですわ!そ、それに…私、実はかなり年上が好みなのです。前の婚約者も少し離れていましたし」
「キャベンディッシュ伯爵様のような?」
「はへっ!?」
ロージーは思わず飛び上がりそうになった。
「まままままままさかまさかまさか!キャベンディッシュ伯爵だなんてそんなそんなそんなわけがわかめ」
「モニカ!!」
突然静かな廊下に男の怒声が響き渡った。
ロージーもモニカ嬢も目を剥く。
そこにいたのは肩を怒らせたガイ・シェリンガム侯爵子息…モニカ嬢の兄がいた。
「お、お兄様」
「そこで何をしている!?」
「べ、べつに…女伯爵様とお話を…痛い!」
ガイは妹の手首を荒々しく掴んだ。
「やめて、痛いわ、お兄様!」
「おやめなさい!痛がっているでしょう」
突然の展開に唖然としていたロージーだが、可憐なモニカ嬢への乱暴にいきり立つ。
いくら兄とはいえ横暴過ぎだ。
しかしガイはぎろりとロージーを睨みつけ、ただ一言吐き捨てた。
「妹に近づくな…!」
ロージーは金縛りにあったように動けない。
それくらいの迫力だった。
そんなロージーを一瞥し、ガイは妹を半ば引きずりながら屋敷の出口へと歩いていく。
ロージーはただその背中を見送るしかなかった。
数日後。
スピネット女伯爵がはしたなくもオクタビオ公子に色目を使って迫り、周囲の令嬢たちを蹴散らしていたという噂が貴族たちの間に広まった。
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