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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?

08 第三王子の婚約者

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 結局ホワイトリー伯爵は別室に運ばれた。ようやく部屋に到着したテッドメイン宰相も「先に二人で話し合ってください」と、父伯爵の方に付き添ってしまった。フィオレンツァはアレクシスと部屋に取り残されてしまう。ヨランダが扉の内側にいるので正確には二人きりではないが、少し奥に移動したので会話は聞き取れなくなったはずだ。
 あまりの展開に少しぼうっとしていると、がさがさという音に気が付いて視線を落とした。全く気が付かなかったが、アレクシスは紙袋を持参していたようで、中から花束を取り出してきた。
 「…あ」
 薔薇だ。しかも赤い薔薇ではない。
 「本当は赤い薔薇を108本用意したかったんだけど、王宮の庭園の薔薇を百本以上使ったら怒られるし、かといって外から仕入れたら、知られたときに大騒ぎになると思って…結局この色の薔薇を手配してもらったんだ」
 赤い薔薇を108本…「結婚してください」か。
 フィオレンツァは急に可笑しくなった。そういえば、彼との会話には常に花があった。プロポーズに赤い薔薇を108本って、どれだけキザなのだろう。そして今彼の手にある薔薇の色は…青だった。
 青い薔薇。
 数年前まで不可能とされていた色の薔薇だが、熱心な愛好家団体が研究に巨額を投じて成功させたと聞く。とはいってもフィオレンツァの前世の世界のように遺伝子組み換え技術があるわけではないので、完全な青ではなく薄い青紫だ。それでも栽培が成功した時は「奇跡」だと騒がれていた。未だに簡単には入手できず、かなり高額なはずだ。
 花言葉は「奇跡」「夢がかなう」。アレクシスの今の気持ちを素直に表しているのだろう。

 アレクシスは花束を抱え、フィオレンツァの前で膝をつく。
 「…フィオレンツァ・ホワイトリー伯爵令嬢。あなたを愛しています。どうか妻になってください」
 フィオレンツァは噴き出した。アレクシスが目を丸くする。
 「そこで笑う?」
 「だって…さっき、『結婚できませんなんて返事は聞かないからね?』って言ったじゃないですか」
 「あー、うん。そうなんだけど」
 格好つけてみたかったんだ、とアレクシスは頭をかいた。フィオレンツァは改めてアレクシスを真っすぐに見返した。あの時小さくて可愛らしいと思った少年は、一人の男になっている。
 「年上ですが、いいんですか?」
 「四つだけだ。すぐに気にならなくなるよ」
 「特別美人でもないですし」
 「…それは口にしない方がいいよ。敵を作るから」
 「ダンスがものすごく下手です」
 「あれ、それは初耳だな。僕が手取り足取り指導してあげるね」
 「…」
 「もうないの?」
 「いま考えています」
 「早くしないと、抱きしめてキスするよ?」
 …こいつぁ本気マジだな。実行に移される前に返事をしなければならない。
 「私でよろしければ、…お受けします」

 翌日、第三王子アレクシスの婚約が発表された。



 クラーラは苛立っていた。
 「どうして…!アレクシス様の婚約者は私しかいないはずだったじゃない!!」
 どうしても苛立ちが抑えられなくて、机の上の本やインク壺など、手当たり次第にあたりに投げつける。紅茶が入っているポットが落ちて中身が飛び散り、近くにいた侍女が悲鳴を上げた。
 「せっかく王族になれるチャンスが巡ってきたと思ったのに…!何なのよ、フィオレンツァって女は!」

 クラーラ・スピネットは、スピネット侯爵家の次女として生まれた。六歳年上の姉ロージーとの二人姉妹だ。本来ならば長女のロージーが婿を取って侯爵家を継ぎ(侯爵家は直系であれば女の後継ぎが認められる)、クラーラは相応しい家格の家に嫁入りするはずだった。だがロージーが美しく賢く成長するにつれ、スピネット侯爵は彼女を将来の王妃にできるのではと期待を持った。第一王子と第二王子とは年が釣り合い、かつどちらも長い間婚約者が決められていなかった状況もその期待を後押しした。
 一方のクラーラは、第三王子アレクシスと同い年だ。アレクシス王子と歳の釣り合う高位貴族の令嬢ともなれば、クラーラ以外にはパルヴィン家のエステル嬢しかいない。ちょうどロージーからクラーラくらいまでの年齢の高位貴族の子供たちは、性別が男児に偏ってしまっていたのだ。しかしスピネット家から妃を二人も出すわけにはいかない。そうでなくとも子供は二人しかいないので、どちらかには家を継いでもらわねばならないのだ。
 スピネット侯爵は賢いだけでなく、美しく妖艶に成長したロージーの方に望みをかけた。そうしてクラーラがスピネット侯爵家を継ぐことが決まり、ベル子爵家の次男と婚姻が決まった。ベル家はもともとスピネット侯爵家に連なる家で、子爵家とはいえ高貴な血筋を組んでいるので悪くない縁談だ。しかしクラーラは不満だった。いつも注目され、父に期待をかけられるのは姉のロージー。姉は王子妃になるかもしれないのに、自分の未来の夫は子爵家の出身だ。ロージーは血のにじむような努力を重ねて王子妃候補になったのだが、クラーラには楽をしてより良い環境を享受しているようにしか見えなかった。

 「クラーラ、ああ、かわいそうに…!」
 「お母様!」
 暴れ疲れてしくしくと泣いていると、部屋に入ってきたのは母のビヴァリーだった。ビヴァリーは侍女たちに「早く片付けなさい」と命じると、クラーラをリビングへと連れ出した。
 「ショックだったでしょうね…。国王陛下も王妃様のご意向を無視されるなんて何を考えていらっしゃるのかしら」
 「お母様…。私、私…」
 「泣かないで、クラーラ。あなたは何処に出しても恥ずかしくない、最高の娘よ」
 ビヴァリーはいつもクラーラの味方だった。クラーラがマナーの家庭教師に注意されて泣けば、飛んで行って教師を怒鳴りつけた。語学の勉強が難しいと愚痴を零せば、やはり家庭教師に難しい問題を押し付けるなと言って辞めさせた。なのでクラーラの次期当主としての教育は遅々として進んでいない。最近ようやく事態を把握したスピネット侯爵が慌てて再教育しようとしているが、クラーラが嫌だと泣けばやっぱりビヴァリーが味方してくれる。
 今日だって、クラーラが心を痛めていることに気づいて部屋に様子を見に来てくれた。意地の悪い父や姉とは大違いだ。
 「どうしてなの、お母様。王妃様は私こそがアレクシス様に相応しいとおっしゃって下さったのでしょう?私はアレクシス様の妃なのでしょう?」
 「クラーラ…」
 グラフィーラ王妃が、アレクシスの妃にはクラーラが相応しいと口にしたのは三年ほど前のことだ。クラーラはその日から直接言葉を交わしたことも数えるほどのアレクシスの妻気取りだった。ベル家の婚約者の存在は頭から消えている。アレクシスが成人すれば、彼は豪華な馬車でクラーラを迎えに来てくれるはずだった。二人で手を取り合って、夢のような結婚式を挙げ、王宮で贅沢に暮らせるのだと思っていたのに。

 「国王陛下はどうして私を選んで下さらなかったの?私の方が侯爵家で、身分も高いのに」
 「きっとホワイトリー伯爵とやらが何らかの工作をしたのね。アレクシス殿下に年上の娘を押し付けるなんて恥知らずな…!」
 「どうしたらいいのかしら?どうしたらアレクシス様をお助けできるの?」
 「クラーラ」
 「きっとアレクシス様も嘆いていらっしゃるわ、年上の身分の低い女を押し付けられて。私と結婚できなかったことを悲しんでいらっしゃるわ」 
 ビヴァリーはクラーラを見つめた。自分の容姿を受け継いだ愛しい娘。
 クラーラのことは真綿にくるむように溺愛してきた。彼女はまさに自分の分身だ。王妃がクラーラをアレクシスの妃にしたいと発言したとき、自分こそが王族に認められたと感じて天にも昇る気持ちだった。
 ところが最初は乗り気だった夫は、すぐにクラーラを王子妃にはできないと言い出した。どうやらスピネット家がアレクシス王子を擁してユージーン王子から王太子の座を奪うという噂が立ってしまったようだ。だがなんだというのだろう、その通りにしてしまえばいいのだ。自分の分身であるクラーラがこの国の王妃になれるなんて、なんて素晴らしいのだろう。しかしそれを口にした瞬間、夫は激しく怒り出しビヴァリーを部屋から追い出した。それからは社交には一切出してもらえなくなり、お茶会はもちろん手紙を出すことすら制限されてしまった。
 三年経ってもクラーラとベル家の子息との婚約は解消されず、それでもアレクシス王子が成人すれば状況は好転すると思っていたのに。結局アレクシス王子の婚約者として発表されたのは、全く注目されていなかった、伯爵位の家の年上の令嬢だった。王宮で女官をしていたというから、その時にはしたなくも王子に言い寄ったのだろう。王子は幼く純真だから、女に言いくるめられてしまったのだ。そんな女が大事なクラーラの幸せを邪魔するなんて許すことはできない。

 「大丈夫よ、クラーラ。お母様がなんとかしてあげるわ」
 「お母様…、本当?」
 「ええ、そんな身の程知らずの女は、お母様がすぐに排除してあげますからね」

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