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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?

07 第三王子は結構前から暗躍していた(3)

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 ユージーン王太子とエステル妃の結婚式は盛大に行われた。三十年ぶりの王族の結婚式、それも次期国王と次期王妃のものとあって、王都は一ヵ月ほどお祭り騒ぎだった。
 
 アレクシス第三王子は15歳になっていた。身長は伸び、幼かった容姿は精悍になり、剣術もたしなみ始めたことで体つきもしっかりしてきた。16歳の誕生日がせまり、なるべく早く成人の儀式を行うつもりだ。

 数か月後、王太子夫妻の結婚式の熱が引き始めたある日のこと。
 新たにエステル妃が加わって行われた王家の朝食の席で、ユージーン王太子が切り出した。
 「アレクシス、婚約者に相応しい令嬢を選定しているそうだな」
 「…!そうなのですか?」
 ユージーン王太子の話に真っ先に食いついたのはグラフィーラ王妃だった。ユージーン王太子はあえて母を無視し、アレクシスに言葉を重ねる。
 「もう決まったのか?」
 「はい、兄上。相応しい令嬢が見つかりました」
 アレクシスが笑顔で言うと、エステル妃が首を傾げる。
 「もしかしてスピネット家のクラーラ様ですか?以前お話が出ていましたわよね」
 「まさか!クラーラ嬢はとっくの昔に別の方と婚約されていますよ。スピネット家をよく思わない輩がおかしな噂を広めたようですが、クラーラ嬢と結婚なんてありえません」
 「では、どなたですの?」
 「ホワイトリー伯爵家のフィオレンツァ嬢に打診しようと思っています」
 「まあ!フィオレンツァ様ですか」
 思わぬ名前にエステル妃が目を丸くする。
 「義姉上は妃教育で一緒でしたよね」
 「え、ええ…とても優秀で素晴らしい方ですわ。でもフィオレンツァ様は殿下よりいくつか年上では…」
 「四つです。ありえない歳の差ではありませんし、子爵家の令嬢では同じ条件の令嬢が多くて話がこじれそうでしたので」
 「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
 どんどん進んでいく話にグラフィーラ王妃が身を乗り出す。ガドフリー国王もぽかんとしていた。
 「ホワイトリー伯爵家?フィオレンツァ嬢って…聞いたことのない名前よ」
 「知らないのですか、王妃。カルロッタの大姪よ。王宮女官として西館に勤めているわ」
 そう言ったのはアレクザンドラ王太后だ。
 「女官!?聞いたことがない伯爵家ということは、あまり力のない家なのですよね?そんな実家を持つ令嬢を?しかも年上とは!」
 「あなたはアレクシスになるべくいい家格の令嬢を宛がいたいのでしょう?ホワイトリー伯爵令嬢が駄目なら、子爵家から探すしかなくなるわよ」
 「スピネット侯爵家のクラーラ嬢がおりますわ!家格も年齢も釣り合います」
 がたっ。
 アレクシスが突然立ち上がった。
 「母上は…母上は私が可愛くないんだ!だからそんな酷いことが言えるんだ!!」
 「なっ…」
 アレクシスの思わぬ発言に、グラフィーラ王妃は唖然とする。とっさに宥めようとするが、いつも従順だった下の息子の剣呑な目つきに息を呑んだ。
 「パルヴィン伯爵家を実家に持つエステル様が兄上の妃になったのですよ!?王弟になる私の妃はパルヴィン家より下の家格の令嬢でなければ、子供ができた時に継承争いに発展するかもしれないでしょう!」
 「そ、それは…」
 「私は兄上を尊敬していますし、争いたくはない。王位を継ぐのは兄上で、その後を継ぐのは兄上の子でなければならないと思っています。なのにやり手のスピネット侯爵家の娘と結婚すればどうなります?私は王太子の子を脅かさないために子供を作ることができなくなるのですよ!私だって、子供を作って幸せな家庭を築きたいのに!!でも母上は邪魔をする!兄上の方が可愛いからですよね?だから私に子供を作らず、寂しく生きろと言うんですか!!」
 癇癪を起したように一気にまくし立てたアレクシスに、グラフィーラ王妃は完全に言葉を失った。自分の息子が下位の貴族と縁づくことに抵抗を覚えていたが、それが息子に「子供を作るな」と取られていることに衝撃を受けていた。
 「アレクシス、少し落ち着け」
 「ですが…!」
 「いいから、座れ」
 毅然とした口調でアレクシスを黙らせたのはユージーン王太子だった。アレクシスは憮然とした顔で座り込む。それを確認したユージーン王太子はグラフィーラ王妃に向き直った。
 「母上…。アレクシスの言っていることの方が正しい。スピネット侯爵家のクラーラ嬢はすでに婚約しています。いくら相手が子爵家とは言え、アレクシスと結婚させるために婚約を破棄させたら、ほかならぬアレクシスが非難されるのですよ?あのヘイスティングズと同類と揶揄されてしまうでしょう。同時に我が王家の信用も落ちてしまいます。ホワイトリー伯爵のご令嬢のことは良く存じませんが、嫁の身分が子爵家で我慢ならないというのならば、彼女しかいないのでは?」
 「でも…、ですが、…年上なんて。もし子供ができなかったらどうするのです?」
 「それならばなおのことクラーラ嬢は相応しくありません。理由は先ほどアレクシスが言ったとおりですが」
 「…」
 グラフィーラ王妃は黙り込んで下を向く。
 食卓はしばらく無音になった。唯一アレクザンドラ王太后だけがのんびりと食事を続けており、かちゃかちゃと一人分の食器がぶつかる音が響く。そして食べ終わったアレクザンドラ王太后がナプキンで口を拭い、ゆっくりと話し始めた。
 「パルヴィン家より力がなく、かといって王子妃として低すぎない爵位を持っている歳の近い令嬢…フィオレンツァ嬢しかいないわね。諦めなさいな、王妃。ユージーンが伯爵令嬢だったエステルを選んだ時に説得できなかった時点で決まっていたことなのよ。それとも宰相が推している子爵家のご令嬢方から選ぶ?年齢だけならばアレクシスに釣り合うわ」
 「し、子爵家などと…ありえません!」
 「ならフィオレンツァ嬢で決まりね。子供のことを心配しているのなら、ユージーンとエステルに男児が…そうね、二人ほど生まれて、尚且つアレクシスとフィオレンツァに子供ができなかったら円満離婚させればいいわ。事前に支度金を多めに包んで、ホワイトリー伯爵とフィオレンツァ嬢に言い含めればいいのよ。あの家は少し前まで財政難で苦しかったから、王子妃の地位に執着はしないでしょう。離婚後にフィオレンツァ嬢の仕事を斡旋すると付け加えれば応じるのではない?どうしても心配なら親戚のカルロッタに説得させるわ。カルロッタはホワイトリー伯爵が若い頃に後見人をしていたから、うまく言ってくれるわよ」
 そこまで言われてはグラフィーラ王妃も言い返すことができない。
 アレクシスは心の中で舌を出した。もちろん激高したようにみせたのも演技だ。ユージーン王太子とアレクザンドラ王太后もグルで、全ては打ち合わせ通りの展開だった。ユージーン王太子としてはアレクシスがエステル妃より家格が下の令嬢を娶ることはむしろ歓迎するので喜んで協力したし、アレクザンドラ王太后もブレイクを通してよくよく根回しをしていた。あとは万が一にもグラフィーラ王妃がフィオレンツァに手出しをしないよう、ヨランダに周辺を注意するように言っておこうとアレクシスは思った。

 こうしてアレクシスとフィオレンツァの婚約は内々に決まった。
 スカーレットが女公爵となる式典の、二ヵ月前のことだった。



 フィオレンツァは意識を浮上させた。見慣れない天井が視界に映る。
 「ここは…」
 「気が付いた?」
 「…ぴょっ!」
 いきなり目の前にアレクシスの顔が出てきて飛び上がった。きょろきょろと周囲を見渡すと、少し離れたところに心配そうな面持ちの父伯爵と、専属侍女のヨランダがいる。フィオレンツァは自分が謁見の間から出た後に倒れたことを思い出した。
 …謁見の間。
 そうだ!こんにゃく…じゃなくて、婚約!!
 「で、殿下…あの…先ほどのは…」
 恐る恐る訪ねれば、アレクシスの顔が一気にほころんだ。
 「うん、やっと準備が整ったんだ。大変だったよ。この三年間、母上からの結婚の話を躱しながら、スカーレット様や宰相、兄上を味方につけて、ここまでこぎつけたんだ」
 「そ、そうですか。三年…」
 フィオレンツァはアレクシスと二人きりで言葉を交わしたあの日を思い出す。ティンバーレイク家にお忍びで来ていた13歳だったアレクシスに、花束と一緒に気持ちを告白された。てっきり王族としていつか政略結婚しなければならないアレクシスが、気持ちに区切りをつけるための行為だと思っていた。だからフィオレンツァはアレクシスの真っすぐな気持ちを受け取り、彼が相応しい相手と結婚する際は祝福するつもりだった。だがこの様子だと、彼はあの日からずっとフィオレンツァを結婚相手にすべく動いていたようだ。
 もう暗躍レベルだよね。スパイか。
 「もうご実家の心配はないよね?借金がなくなったし、新しい事業も始めて軌道に乗ってるんでしょう?」
 「あの、なぜそれを?」
 アレクシスの向こう側にいる父伯爵の顔色が悪くなっている。確か新しい事業の話はバーンスタイン夫人に紹介された実業家に勧められたものだと聞いた。フィオレンツァもそうだが父も感じたのだろう。…それとなく誘導されていたのではと。
 「で、ですが…私はすでに女官として就職しておりまして…!バーンスタイン夫人の後継者がいなくなってしまいます」
 「大丈夫大丈夫。バーンスタイン夫人の後継者はスカーレット様がなって下さるから」
 スカーレット様の裏切り者ーーーー!
 絶対三年前からグルだったよ、あの人!!!
 「…うーん」
 「ホワイトリー伯爵様。お気を確かに」
 父伯爵がとうとう、白目を向いて倒れた。フィオレンツァの婚姻の相手はスカーレットから前もって聞かされていたものの、相手の執念深さを目の当たりにして許容範囲を超えてしまったらしい。隣に立っていたヨランダはこうなることを予測していたのかホワイトリー伯爵を流れるような動作で支え、至極冷静に対応している。
 「…フィオレンツァ嬢、言っておくけど三年も待ったんだ…逃がさないよ?結婚できませんなんて返事は僕、聞かないからね?」
 「…」
 やっぱすごいよ、王族は。
 あの天使がどうして暗黒スパイにジョブチェンジしたんだ。
 ヨランダに介抱されている父を遠目に眺めながら、フィオレンツァももう一度気を失いたいな、と切に思った。

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