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第一章 フィオレンツァと愉快な乙女たち

06 三人の王子が現れた!

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 「できましたよ、フィオレンツァ様」
 「ありがとう、アガタ」
 アガタに手伝ってもらって仕上げたドレス姿はなかなかの出来だった。
 うんうん!貧乏臭くもないし、かといって目立ってもいない。パトリシアにもらった萌黄色のドレスは中庭の背景に溶け込みそうだし、ロージー嬢からもらったビーズの髪留めは上品だけどぴかぴかしていない。これで王子たちが出席するお茶会の席についても、ロージー嬢の目立ったら承知しないわよビームを受けることもないだろう…多分ね。
 「でも私たちが王子殿下とお茶をする必要があるのかしら?」
 「フィオレンツァ様は王宮付きの教師になりたいのでしょう?もしそれが叶ったら、王子殿下と顔を合わせる機会も増えますわよ」
 
 フィオレンツァが王宮で勉学を受けるようになってから二週間が経った。
 この日初めて、バーンスタイン夫人が王子たちを招き、妃候補の令嬢たちとお茶会という形で顔合わせをすることになったのだ。王子は三人とも参加するらしい。フィオレンツァは当然王子たちと顔を合わせたことなどないし、パトリシアやエステル嬢もないらしい。スカーレット嬢とロージー嬢は父親の関係であったことがあるそうだ…さすが妃候補の筆頭たちである。
 あれ、妃にならない自分はいらないんじゃない?と思ったが、バーンスタイン夫人の補佐をしてほしいのだそうだ。

 会場の中庭に着くと、バーンスタイン夫人がすでに待っていた。そして…。
 「スーザン嬢…」
 謹慎していたスーザン・アプトンの登場だ。フィオレンツァを見るなり、忌々しそうに睨みつけてくる。
 「フィオレンツァ嬢、今日からスーザン嬢も授業に戻るわ」
 「…わかりました」
 「フィオレンツァ嬢、テーブルの最終チェックをお願い。スーザン嬢、お茶とお菓子の出来上がりを厨房に確認してきて頂戴」
 バーンスタイン夫人に指示されて、それぞれ動き出す。共に行動しなくて済むようでほっとした。

 言われた通り皿やフォークの位置にずれがないか確認していると、四人の令嬢たちが従者を引き連れてやってきた。
 「ごきげんよう、バーンスタイン夫人。今回はお招きありがとうございます」
 代表してスカーレット嬢が挨拶をし、他の三人がそれに続く。先を越された…とロージー嬢がすねているのはお約束だ。
 「ごきげんよう、皆さん。今日は王子殿下の前ですので粗相がないように」
 「かしこまりました」
 令嬢たちがそれぞれの席に着く。テーブルは三つで、一つは四人の令嬢たちが、一つは三人の王子たちが、そして最後の一つはバーンスタイン夫人と補佐のフィオレンツァたちのものだ。厨房に確認にいったスーザン嬢が戻ってきたら一緒に座るはずが、スーザン嬢がなかなか戻ってこない。どんどん時間が迫り、フィオレンツァはじりじりした。
 「バーンスタイン夫人、スーザン嬢は遅くないですか?何かトラブルかもしれません。私が見て参りましょうか?」
 そろそろ王子殿下たちも来る頃だろう。なのに不手際があったら、ホストのバーンスタイン夫人の名に傷がつく。
 「…そうね。申し訳ないけどあなたに頼もうかしら…いえ、待って」
 何かに気づいたバーンスタイン夫人の目が急に鋭くなった。フィオレンツァも同じ方向に目を向けて…絶句する。
 待っていたスーザン嬢がこちらへ歩いてきているのだが、彼女は一人ではなかった。二人のイケメンと楽し気に話をしているのだ。イケメンたちは埃一つついてなさそうな煌びやかな衣装をまとっている…おそらくこれが第一王子と第二王子だろう。料理を確認しに行って、どうして王子を引き連れる展開になるのだろうか。心なしかバーンスタイン夫人から冷気が漏れている気がして、フィオレンツァは身震いした。

 「待たせたな、夫人」
 「…いいえ、ユージーン殿下。ちょうど時間ですわ。…ところでその者は?」
 「ん?妃候補の一人ではないのか?」
 「違います。スーザン・アプトン、どういうことですか?」
 バーンスタイン夫人の口調が厳しいものになる。するとスーザン嬢は、きゅっ、と肩をすくめて怯えたような顔をした。
 「も、申し訳ありません…。途中で王子殿下とお会いして…無視するわけにもいかず、こちらの会場までご案内したのです…」
 ぷるぷると体が震え、大きな瞳は目薬でも差したかのようにうるうるしている。まるでチワワのようだ。
 …待て待て、あんたそんなキャラじゃないだろう。
 心の中でツッコんだのはフィオレンツァだけではあるまい。妃候補の令嬢たちも、スーザン嬢のわざとらしい演技に半目になっている。黙したまま激怒しているバーンスタイン夫人に対し、もう一人の王子がスーザン嬢をかばうようにすっと前に出た。
 「よさないか夫人。ただのお茶会ごときで口うるさいぞ」
 ここだけ切り取れば、いじめられる可憐な令嬢をかばうキラキラ王子様だ。
 でも「お茶会ごとき」と平然と口にする王子に、女性たち全員の表情に失望が浮かぶ。その「お茶会ごとき」にどれだけの労力が費やされているのか、何のために開かれるのか分かっているのだろうか。あの様子では貴族の女性のお遊びくらいにしか捉えていないのだろう。
 「かわいそうにこのように怯えて…さあ、私の隣においで」
 「はい!ヘイスティングズ様」
 「…ヘイスティングズ殿下、彼女には私の補佐役を命じております。それに勝手に席を変えてしまわれては困ります」
 「私がいいと言っているだろう!」
 ヘイスティングズと呼ばれた王子はスーザン嬢を勝手に王子のための席に座らせ、自分も隣に座ってしまった。最初に声をかけてきたユージーン王子はとっくに座っているので、もう一人の王子のための席がなくなってしまう。
 もー最悪だ、この王子。これが王位に継ぐかもしれないなんて、この国は大丈夫だろうか。
 「よいではないか、どうせアレクシスはついでなのだ。そなたたちの席にでも座らせればよいだろう」
 そう言い放ったヘイスティングズ王子の視線の先には、廊下で所作なさげに立ち尽くしている少年の姿があった。

 現在の国王には、三人の王子がいる。
 正妃を母に持つ、24歳のユージーン第一王子。亜麻色の髪に茶色の瞳は国王譲りで、きりりとした顔立ちとがっしりとした体つきをしている。勤勉で温厚な人柄でこれまでに特に問題を起こしたこともなく、何もなければ彼が王位を継ぐはずだ。
 次に側室腹で、22歳のヘイスティングズ第二王子。金髪に飴色の瞳をしており、キラキラした容貌のザ・王子様だ。側室の実家は王妃の実家と対立する有力貴族で、彼を国王にしようとする一派もいるといわれている。彼も特に問題を起こした話は聞こえてきたことがないが、先ほどのやり取りを見る限り、やや…いやかなり人格面に不安がある。スーザン嬢のあの見え見えの演技を真に受けるなんて、裏を読むこともできないのではないか。
 そして最後が第一王子と同じく正妃腹の、12歳のアレクシス第三王子。正妃の子とはいえ上の二人と歳が離れているので、王位争いに名前が挙がったことはない。兄二人の影に隠れがちで、フィオレンツァも名前と年齢以外の情報は大して知らなかった。

 

 ヘイスティングズ王子に押し切られる形で席を変えられ、アレクシス王子が気まずそうにフィオレンツァの隣へやってきた。
 ―――あら、可愛い!
 髪の色こそユージーン王子と同じだったが、アレクシス王子は可愛らしい顔立ちをしていた。瞳は綺麗な緑色で、長いまつ毛に縁どられている。肌は白く頬は薔薇色で、不謹慎ながらビスクドールのようだと思ってしまった。12歳ということだが、可愛い容姿のせいか年齢より幼く感じる。
 「さあアレクシス殿下、こちらにお座りになってください。もうすぐお菓子が来ますから、たくさん食べてくださいましね」
 「あ、ありがとう…」
 フィオレンツァはアレクシス王子を椅子に座らせ、ナプキンを手渡すなど世話を焼く。何となく領地に残してきた弟のミリウスのことを思い出した彼女は、アレクシス王子に加護欲を抱いてしまった。一方のアレクシス王子は少し緊張が解けたのか、フィオレンツァを真っすぐ見て、笑みも見せてくれる。
 うはー、笑うとさらに可愛い。
 エンジェルだ。
 皆さん、エンジェルがここにいますよー!

 なんとも言えない空気の中、お茶会はスタートした。まずはお茶を楽しみながらお互いを紹介し合う。次に歓談タイムとなり、令嬢たちは王子たちに個別にアピールに行くのだが…。
 フィオレンツァはバーンスタイン夫人と顔を見合わせる。妃候補たちの間に無理やり割り込んだ形になったスーザン嬢は、やはりというべきかヘイスティングズ王子の隣から動こうとしなかった。すっかり二人の世界を作り出してしまい、他の令嬢たちを寄せ付けようとしない。すると令嬢たちはユージーン王子のところに行くしかなくなる。
 ユージーン王子はさすがというべきか、どの令嬢が話しかけても嫌な顔をせずに対応しているのだが、明らかに一人の令嬢を気に入っていた。一番年下のエステル嬢に熱っぽい視線を向け、傍から離そうとしないのだ。スカーレット嬢たちが話しかけると一度はそちらに応じるのだが、すぐにまたエステル嬢に視線を戻したり、会話を無理やり振ったりする。
 「あの…バーンスタイン夫人」
 「…お茶会にスーザン嬢を呼んだ私のミスだわ。今日はなるべく早めに切り上げましょう」
 バーンスタイン夫人は深くため息をつく。10日も謹慎し課題もきちんと提出したスーザン嬢が心を入れ替えたと信じていただろうに、こうもあっさりと手を噛まれるとは思わなかったのだろう。

 「アレクシス殿下、こんなことになって申し訳ありません。エステル・パルヴィン嬢とは後日改めて会う機会を設けますわ」
 その言葉に、やはりか、と思った。
 四人の令嬢たちが妃教育をしているのは第一王子と第二王子の妃を選ぶため。結婚適齢期を迎え、すでに社交デビューを終えた令嬢ばかりの中、どうして一人だけ歳が離れたエステル嬢が妃候補に加えられたのか気になっていた。
 そして、今回のお茶会に「ついでで」出席したアレクシス王子。おそらく最初から、エステル嬢はアレクシス王子のお相手となるべく呼ばれたのだろう。
 ―――でもどうして、こんな回りくどいことをしたのかしら?
 最初からアレクシス王子の婚約者として宛がえばよかったのに。何らかの思惑が絡んでいることは間違いないが、フィオレンツァには知りようもないことである。

 「アレクシス殿下、お菓子はもう十分ですか?」
 話しかければ、アレクシス王子は緑色の瞳をいっぱいに見開いてこちらを見上げてきた。
 うーん、可愛いなぁ。アレクシス王子の周囲だけきらきらと光が舞っているようだ。…尊い。
 これが弟ならば頬っぺたをすりすりするところだが、ぐっと我慢する。
 「う…うん。もうお腹いっぱいだよ」
 「そうですか。すぐに退席されますか?従者の方を呼んで参りましょうか?」
 「…少し薔薇園を散歩して帰りたい。お、お、お姉さん、もいっしょに」
 「え、私ですか?」
 「駄目?」
 うるうると縋るような目を向けられ、フィオレンツァは一瞬意識を失いかけた。
 い い で す と も ! !
 ああ、いやいや違う。正気に戻るのだ、フィオレンツァ・ホワイトリー。
 この城へ来た目的を忘れてはならぬ。
 「も、申し訳ありません。私は夫人のお手伝いをしないと…」
 「いいえ、かまわないわ。フィオレンツァ嬢。アレクシス殿下を気分転換に連れて行ってあげて」
 思わぬところから許可が出て、フィオレンツァは目を丸くした。
 「よろしいのですか?」
 「薔薇園は東館の方だから、そのままお送りして差し上げて」
 「やった!行こう!ええと…フィ、フィ…」
 「フィオレンツァですわ」
 「フィオレンツァ嬢」
 それまで大人しくちょこんと座っていたのに、アレクシス王子はぱっとフィオレンツァの手を取って出口へと引っ張っていく。一瞬戸惑うフィオレンツァだが、振り返ったアレクシス王子の笑顔が美味しそ…いやいや、嬉しそうだったので、萌え萌えしながら…ではなくほのぼのしながら付いて行ったのだった
 …ん?
 でもどうして自分(フィオレンツァ)が?
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