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本編

24 シンデレラは王子様と結婚しました(おしまい)

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 ヒドルストン王国の国王ウィルフレッドが内外に声明を出したのは、チャーミング王太子が新たな婚約者を選んでから五ヶ月後のことだった。
 曰く、チャーミング・ヒドルストンは重い病にかかり、回復の見込みがないとして王太子の座を自ら返上したこと。
 曰く、新たにリリアーナ・ヒドルストンを王太女とし、王配候補としてメトカーフ侯爵の次男が選出されたこと。

 声明が出されてから数日後、チャーミング廃太子とエラ・ヨークの結婚式が行われた。
 当人たちと神父、そして立会人が数人だけの、親族すら参加しない密やかな式であったという。
 そのままチャーミングとエラ妃は表舞台から姿を消した。
 この四年後、ミランダ王太后が病死した時の記録の中にチャーミングの墓の記述があることから、リリアーナ女王が即位する前に死亡したことは間違いない。
 しかしエラ妃の消息はぷつりと途絶え、以降の歴史に登場することはなかった。



 「シンデレラは王子様と結婚し、幸せにくらしました…」
 私がぽつりと漏らした言葉に反応し、ゆりかごの中の青い瞳がくりくりと動いた。
 私はゆりかごから赤ん坊を抱き上げる。
 「何でもないのよ。ちょっとした、物語のお話しなの」
 私の言葉など当然分かるはずもなく、赤ん坊は抱っこされて目を細めている。
 タオルを畳んでいた乳母が気づいて、慌てて駆け寄ってきた。
 「奥様、私があやしますのでどうかお座りになってくださいませ」
 「大丈夫よ。今日は体調がいいの」

 あの事件の直後、私はアーロン様と結婚した。
 今や大公妃と呼ばれる身分である。
 数年後には大公位を返上する予定だったアーロン様とひっそり暮らすつもりだったのだが、なんと私は三十半ばにしてあっさりと妊娠した。
 その年のうちに大公家にとっては次女となるミランダ、翌年には三女アンジェリア、一年開けて四女クラリッサを授かった。
 そろそろ隠居を…と考えていた(とはいえまだ三十代である)アーロン様は、思いがけず三人の娘を授かりすっかりめろめろだ。
 それぞれ所帯を持ったグリフィン様、ヴァレンティーナ、ティファニーが、どうせ隠居するなら妹を養女にくれと打診すれば、可愛い娘を手放してなるものかと現役続行を決意した。
 私もあと十年は大公妃として社交に出なければならなくなり、貴族令嬢としては引きこもり気味だった己を顧みては少々気が重い。
 今はまだクラリッサを生んだばかりなので屋敷に籠っていられるが、どんなに引き延ばせたとしてもあと半年だろう。
 今から侍女長と一緒に復帰のタイミングを検討しているところだ。

 一方、事件後のチャーミング廃太子とエラは、表向きは田舎で療養しているとされるも実際は監視付きの幽閉となった。
 色々やらかしていたとはいえ、エラと出会う前のチャーミングは無能ではあっても罪といえるものを犯してはいなかった。
 しかしエラの暴走に始まる例の事件で王族の権力を不当に行使し、私たち母娘や大公家の家人を傷つけた。
 王太后様を始め国王陛下、アーロン様はここぞとばかりにチャーミングをやり込め、呆然としているうちに王太子の座を返上する旨と病気療養を受け入れる旨を受け入れさせたという。
 高位貴族にとっては公然の秘密であるが、庶民にはただ単に王子は病気を理由に田舎に引っ込んだとしか伝わらない。
 他国も馬鹿ではないのでチャーミングが事実上の廃嫡処分になったことを知っているが、あえて指摘して関係を悪化させることもないので、ヒドルストン王国の面子は表向き保たれた。
 国王夫妻はかなり落ち込んでいるようだが、長年チャーミングの行動に頭を悩ませていたのもまた事実であるため何とか飲み込んだそうだ。
 チャーミングとエラが幽閉先でどういった生活をしているのかまでは教えてもらえなかった。

 しかし四年が経ったつい先日、ミランダ王太后様が風邪をこじらせて儚くなった。
 そこで私は初めてチャーミングがすでに亡き人であることを知った。
 死因は聞かなかった。
 二年前にアンジェリアの誕生と時期を同じくして、メトカーフ侯爵の次男とご結婚されたリリアーナ王太女が無事に男児をお生み遊ばした。
 チャーミングを生かしておく理由はなくなったのだろう。
 そしてエラは…。
 廃太子の妻となったエラは王族ではなく、王家の墓に入ることはない。
 彼女が今どこでどうしているのか、生きているのか死んでいるのかさえ私には知るすべがない。
 だがアーロン様が何も言わないということは、心配する必要もないということだ。

 「奥方様、大公閣下がお戻りでございます」
 「今行くわ」
 私はクラリッサを乳母に預けて共に玄関ホールへと向かう。
 するとすでにミランダとアンジェリアが父親を出迎えていて、アーロン様は娘二人を片手ずつに抱いて何やら話していた。
 「おかえりなさいませ、アーロン様」
 「ああ、ただいま。ケイトリン」
 「あ、ママだー」
 「まんま」
 ミランダとアンジェリアが父親から降りてこちらに向かってくる。
 ああ、幸せだ。


 シンデレラは王子様と結婚しました。
 そして二人一緒に、幸せに暮らしました。

 シンデレラをいじめていた継母と二人の娘たちがどうなったかですって?
 それは誰も知りません。
 みじめに死んだのかもしれません。
 でも、もしかしたら…。
 素敵な殿方に見初められて、案外幸せに暮らしているのかもしれませんよ。
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