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本編

05 捨てられたシンデレラ

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 まだ離婚は成立していない。
 だから葬儀には参加せざるを得なかった。
 それにやらなくてはならないことがある。
 私はアッカー氏と、弟のベンジャミンが用意してくれた護衛を連れ、四か月振りにあの町へ戻った。
 喪服に身を包んだ私が町に入ると、ぶしつけな視線が向けられる。
 しかし私の両脇を守るように歩くアッカー氏と護衛に慌てて目をそらした。
 弱い者でなければ文句の一つも言えないらしい。

 バーノンは馬車での移動中、落石に巻き込まれて馬車ごと谷に落ちたという。
 数日後に引き上げられたが、夫を含め馬車の乗員は全員こと切れていたそうだ。
 葬儀の手配はマシューと町長夫妻が全て行った。
 私はあえて口を出さなかった。
 エラもいたが、お互い声をかけることはなく葬儀は終了した。

 葬儀の後、私はガルシア邸を訪ねた。
 まだ私は女主人のはずだが、エラとマシューはそうは思っていないはずだ。
 彼らにわざわざ中に入る許可を得るのは癪だったが、拒むこともできないだろう。
 私はアッカー氏だけでなく、町長夫妻、そしてヨーク準男爵という貴族も伴った。
 エラとマシューは目を丸くしていたが、町長夫妻の手前私を追い返すこともできず、全員がリビングに集まった。

 「ここに集った皆様は、故人にゆかりのある方々ばかりです。まずはお悔やみを申し上げます」
 口火を切ったのは弁護士のアッカー氏だ。
 「ご存知でしょうが、私はケイトリン夫人の依頼を受けて雇われた弁護士です」
 「…遺産の件でしょうか?」
 嘲笑するように言ったのはマリク夫人だ。
 私ががめつい女に見えているのだろう。
 「その通りです。ですがその様子だと誤解されているようですね」
 「誤解、ですか?」
 「その前に、こちらの紳士を紹介させていただきます。ヨーク準男爵閣下です」
 ヨーク準男爵が立ち上がって礼をする。
 四十代後半の、文官風の男性だ。
 今回のバーノンの死を知って、あらゆる伝手を使って探し出した人だった。
 「間男ね」
 「こら、お前…!」
 馬鹿にするようにいったマリク夫人に町長が色をなす。
 「聞こえましたぞ、私を間男といいましたな、町長夫人!どういうつもりだ!!」
 思いのほか大きな声を出した準男爵に、余裕ぶっていたマリク夫人は椅子の上で飛び上がった。
 「も、申し訳ございません。妻にはよく言って…」
 「いいや、許しませんぞ。我が家は国王陛下に功績を認められ一代限りとはいえ爵位を賜った家です。それを平民ごときが侮辱するとは国王陛下を侮辱するも同じ!私も弁護士を雇い、名誉棄損で訴えることにいたします」
 「すみません、すみません!」 
 町長は立ち上がって必死に頭を下げる。
 夫人は座って震えているだけだ。
 「ヨーク準男爵、どうか私に免じて矛を収めていただけませんか?前にお話しした通りの町なのです」
 「ふむ…確かに」
 私が声をかければ、ヨーク準男爵も馬鹿にしたような眼で町長夫妻を見やる。 
 「目上の者を軽々しく馬鹿にする頭の弱い女に、それを制御できない夫…。確かに、エラ嬢をこの町に置いておくのはよくありませんな」
 「それはどういうことですか?」
 戦闘不能になってしまった町長夫妻の代わりに応戦したのはマシューだ。
 「マシューさん、あなたはご存じのはずだ。ケイトリン夫人が離婚を望んでいたことを」
 「離婚!?」
 町長夫妻が一瞬復帰した。
 でも面倒なので全員が放置する。
 「ケイトリン夫人は離婚協議中とはいえ、まだガルシア氏の妻です。つまり遺産を受け取る権利がある。…しかし、夫人も夫人の連れ子である二人の娘さんもその遺産を放棄するつもりです」
 「放棄…本気なのですか?」
 マシューが疑うように私を見る。
 だって、ガルシア家の遺産ともなれば莫大になる。
 アッカー氏にざっと計算してもらったが、なんと5億ペシはくだらないそうだ。
 贅沢さえしなければ一生を十分賄える金額だった。
 それをみすみす手放すなんて正気の沙汰とは思えないのだろう。
 「ええ。遺産はいりません。ただし、私たちが再婚前に持参した宝石やドレス、そしてバーノンとの婚姻中に個人的にもらったアクセサリーなどは引き取ります。ほとんどは四か月前に家を出たときに持ち出しましたから、リストを確認して頂戴」
 私は前々から作っていたリストをマシューに渡した。
 男爵夫人時代の宝石は全て男爵家の紋章が彫られているし、バーノンからもらったアクセサリーも宝石商の明細を取ってある。
 後から不当に金目のものを持ち出されたと騒がれてはたまらないから、弁護士がいるこのタイミングでリストを出し、エラのサインをもらわなくてはならない。
 「私も娘たちも、ガルシア家とは完全に縁を切りたいのです。エラ、もちろんあなたともね」
 全員の視線がエラに集まった。
 エラは信じられないという顔をしている。
 私が遺産を受け取れば、それをまた悪し様に言うつもりだったのだろう。
 「遺産はびた一文いりません。ですが、同時にエラの親権も放棄させていただきます」
 そんな、酷い。
 …とは、誰も言わなかった。
 だって私は継子を虐げる継母。
 エラがそんな女と縁を切れればそれに越したことはないのだ。
 固まってしまったエラたちを横目に、アッカー氏が再び口を開いた。
 「紹介が途中になりましたが…こちらのヨーク準男爵はバーノン・ガルシア氏の従兄弟にあたります。疑うのなら調べていただいても結構ですよ。ガルシア氏の父君と、準男爵の母君は同腹の姉弟です」
 「母は豪商ガルシア家の娘でした。王宮で文官をしていた子爵家の次男だった父に嫁ぎました。周囲に反対された結婚だったので、その後ガルシア家とは疎遠だったと聞いています」
 マシューは何も話さない。
 恐らくヨーク準男爵の話が真実だと分かっているのだろう。
 ガルシアの父親の代から仕えていたというから、駆け落ちした主の姉の話は知っていたはずだ。
 「ケイトリン夫人が遺産を放棄されれば、ガルシア家の莫大な遺産はエラ嬢に相続されます。しかしケイトリン夫人はガルシア家との離縁を望まれています。そうなると、エラ嬢には後見人が必要になる」
 誰かがごくりと唾を飲み込んだ。
 「ヨーク準男爵も、いくら親族とはいえ一度も会ったことのないエラ嬢を引き取ることは躊躇されていました。ヨーク準男爵も引き取りを拒めば、エラ嬢の親族は誰も居ません。マシューさんはエラ嬢が誰よりも信頼をおく人物でしょうが、独り身なので認められるのは難しいでしょう。そうなると残りは町長夫妻なのですが…」
 町長夫妻は一瞬顔を輝かせたが、それを地獄に叩き落したのはヨーク準男爵だった。
 「この場で町長夫妻が信頼のおける人柄なら、私はエラ嬢の後見人を降りるつもりでした。ですが、こんな無礼な連中に従兄弟姪を任せることはできない。エラ嬢は私が引き取ります」
 「そ、そんな…!」
 「ご安心を。マシュー氏も一緒に引き取ります。エラ嬢は成人するまで準男爵家で責任を持って育てましょう」
 「ま、待ってください!エラお嬢様の意向も聞いてください」
 「そ、そうです。エラちゃん、私たちと一緒にこの町で暮らしましょう」
 「それは無理です。あなた方は血の繋がらない他人。親族のヨーク準男爵が引き取ると言っている以上、未成年のエラ嬢の意向は反映されません」
 「そんな馬鹿な…!」
 町長夫妻はがっくりと肩を落とした。
 金の卵を掴み損ねたのだ。
 それだけではない。
 マリク夫人がヨーク準男爵を侮辱したことで私たち母子への仕打ちが信ぴょう性を増し、この町の悪名は一気に轟くことだろう。
 ざまあみろである。
 だかこのままでは不十分だ。
 私はアッカー氏に目配せし、あらかじめ用意していた書類を出してもらった。
 「…これは?」
 もはや抗う気力もないのか、マリク町長がうつろな目でこちらを見やる。
 「これは『念書』です。ケイトリン夫人に是非にと頼まれて作成しました」
 「念書?」
 「要約すると、『ケイトリン夫人とヴァレンティーナ嬢、ティファニー嬢は間違いなくガルシア氏の遺産を完全に放棄したことを認める』『今後この事実を捻じ曲げて、三人の不利になるような発言をしたり誤った噂を吹聴すれば、一人に付き2,000千万ペシの賠償金を求めることができる』とあります。こちらはエラ嬢とヨーク準男爵、そしてマシュー氏にサインしてもらいます」
 「なぜそのようなことを?」
 マシューがこちらを睨みつけてくるが、その眼力には力がない。
 不利であることを悟っているのだろう。
 アッカー氏がさらに言葉を重ねる。
 「ありていに言えば、エラ嬢とマシュー氏を信用できないからです。なんでも町の人たちの仕打ちに耐えかねてケイトリン夫人がお嬢様二人と町を脱出したあとも、まるでまだ夫人たちがガルシア邸の中にいるように振舞い、相変わらず酷い扱いを受けていると吹聴していたそうですね」
 町長夫妻がはっとした顔をする。
 エラとマシューは唇を噛んだ。
 隣町に私たちが逃げ込んだ事実は、とっくにこの町にも広まっていることだろう。
 この町でも、二人が嘘つきだということに気が付いている人たちはいるはずだ。
 「ケイトリン夫人は、何よりもヴァレンティーナ嬢とティファニー嬢の将来を心配されています。酷い噂を流されたままでは結婚相手にこと欠くやもしれませんし、逆に遺産を受け取ったと誤解されれば、無理やり結婚しようと実力行使をする輩も出てくるでしょう。ヨーク準男爵はそのような人を陥れる嘘は決して流さない立派な方ではありますが、ケイトリン夫人は目に見える形での保証を望まれています」
 「もちろん私はサインいたします。…エラ嬢、マシューさん、君たちもしたまえ」
 ヨーク準男爵は躊躇する様子もなく、さらさらとサインを入れてしまった。
 エラは硬直したまま動かず、マシューはただおろおろと所作なさげにしている。
 しかしアッカー氏に、「サインできない理由がなにかあるんですか?」と問われ、サインを拒むことは自分たちが嘘つきだと認めることになると気づいたのだろう、最後はしぶしぶサインを入れた。
 さらに私が用意した個人資産のリストにもサインしてもらい、それぞれ写しを受け取る。
 やるべきことは全て終わった。

 こうして、私の十か月におよぶ長いようで短い「シンデレラの継母」の役は終わった。
 エラはマシューと共にヨーク準男爵の屋敷に引き取られていった。
 最後まで私とエラは言葉を交わさなかった。
 傍から見れば、私は血の繋がらない継子を捨てた、冷血な女だろう。
 でも何と思われようとも構わない。
 最悪の事態を回避するためには必要なことだったのだ。
 私はそう信じて、新たな人生への一歩を踏み出した。

 
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